月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

ある夏の日の日記(ごくありふれた一日)

2020-12-11 20:02:00 | コロナ禍日記 2020







ある日。8月17日(月曜日)

 

昨晩、夕食にワインを1杯飲んだ、たったそれだけで夜に(夕食後)仕事をする気になれず、日記も書けず、11時半には寝てしまった。

 

6時半起床。ヨガと瞑想をして、すぐ今日提出の原稿の最終チェックと、推敲をする。2本。あれほど、やる気がなく、考えることも嫌で、自分のエネルギーを吸い取られると思うような案件であったのに、昨日あたりから資料やテープおこしをみなくても、内容が頭にはいっていて(良いか悪いかは別にして)この原稿で必要なものと、削る言葉、不適切な表現などが自然とわかる。

 

11時台に寝るのと、12時台以降に寝るのとでは、翌日の頭の働き方が違う。

この頃の気づきとして、睡眠が6時間半の時は小さなことでも悲観したりとマイナス思考に陥りがち。それがよく眠れた日にはちょっとやそっとでは揺るがないくらいどっしりとしていられる。

「多忙の折こそ、睡眠が大事」。

 

ふたたび、瞑想をして、シャワーをあびて、と。時間をあけて、あたらしい目で読み返し、12時半に、2本提出。

 

先方へのメールに「トランスフォーメーション、オンデマンドサービスなほかITビジネスの最新事例を紹介する理数原稿は、実は苦手。うまく書けたことがありません」、という趣旨の内容を完成原稿に添付して送ろうとしたが、やはりやめた。東京の雑誌社でそれも編集長からの指名依頼なので、苦手というのは読めばわかるだろうし、それなりに意図があって出してこられたのだろう。と思うことにする。

 

この盆明けは3本の依頼があったのだが、盆休み中はパパさんも1週間近く休暇で、墓参りもしたかったので、ほかはお断りさせていただいた。

 

午後から、本を読み、昼寝1時間。5時から別の原稿を少し書いた。7時にはいつものように散歩。白いささゆりが開いてうつくしい。ゆり子という名前をつけるだけで、清楚でひかえめで美しい人になるのでは。などと思いながら歩いていた。自分がゆりこなら、あの子がゆり子なら、どういう人生を歩んだのか。すみれなら、菊子なら、椿ならと花の名前を頭にうかべながら、散歩をした。

 

21時30分。Nが東京から帰省。コンビニエンスストアまで歩いてお迎えに。東京在住だし、海外へも仕事で行っていたのでコロナ感染が気になり、いまひとつ話すのに緊張する。けれど、30分もすると打ち解けて、わたしのほうから饒舌に、ぺらぺらと近況報告。

 

夕ご飯。Nは済ませたというので、わたしだけ簡単にとる。稲庭そうめんと、ピーマンとちくわのたまごとじ、香物。デザートはメロン。

 

12時に就寝。きょうのところはNと一緒に寝るのはやめておく。Nの部屋はクーラーがない。大丈夫なのかなと思っていたら、途中にバンと激しくドアが開く音がして、お水を飲みに起きたのだろうかと思えば、赤ちゃん用アイスノンをタオルに包んで枕の下に敷いて寝るとのこと。Nは風邪で熱がある時に枕の下に敷いて寝かせてもらったことを思い出したのだという。扇風機は音がうるさいので使わないと言っていた。

 

わたしは扇風機もクーラーも苦手なので使わない。

 

 



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