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英「エネルギー革命」で巨大市場誕生へ 洋上風力発電に13兆円投入

2010-06-01 19:29:48 | ニュース
英国が、洋上風力発電など海洋エネルギーを活用して低炭素社会の実現と雇用拡大を両立させる「エネルギー革命」に挑戦している。北海油田の枯渇が現実味を帯びる中、洋上風力発電だけで1000億ポンド(約13兆円)を投じて2020年に現在の約40倍の4000万キロワットに拡大するという野心的な計画だ。一方で英国と同様の海洋国家ニッポンも、洋上風力や海洋エネルギー振興を6月半ばに策定する成長戦略に盛り込む計画で、ようやく本腰を入れ始めようとしているところ。英国の海洋エネルギー事情や関連業界の動き、日本との制度の違い、課題などを追った。(上原すみ子)

[グラフでチェック] 風力発電導入実績、洋上風力発電の導入計画

 ◆2社でシェア9割

 北東イングランドの中心都市ニューカッスルから車で40分の洋上風力発祥の町、ブライス。英政府が再生可能エネルギーの戦略研究機関に位置づける「Narec」(ナレック=新・再生可能エネルギーセンター)の敷地内には、まだ造船用のドックが残る。造船業はさびれたが、波力発電の調査・研究や洋上風力のブレード(羽根)の試験場として再利用され、ブライス周辺は洋上エネルギーの研究開発・生産の一大拠点に生まれ変わろうとしている。

 「洋上風力の市場は英国だけではない。今後拡大するドイツやオランダの市場も狙える」

 今年9月にニューカッスル近郊に世界最大級の風力発電用の羽根を製造する新工場を立ち上げる米国の風力発電機メーカー、クリッパー・ウインドパワーの英国プロジェクトマネジャーのジョン・バスエル氏はその狙いをこう話す。メガワット(1000キロワット)級の風力向けに長さ72メートルもの巨大な羽根を製造する工場では従業員500人を採用する計画だ。ナレックも、長さ100メートルの羽根をテストできる新工場を2011年にブライスに建設予定。最新の海洋技術情報を入手できる上、目の前には港湾も広がり、「これほど最適な条件が整う地はない」(バスエル氏)と意気込む。

 洋上風力発電という一大市場が誕生するのは「またとないチャンス」(韓国サムスン重工業の幹部)だけに、世界の重電メーカーが一斉に英国に照準を合わせている。

 すでに336基が稼働する世界最大の英国の洋上風力市場をめぐっては、先行する独シーメンスとデンマークのヴェスタスの2強が約9割のシェアを握る。だが、今年に入り米ゼネラル・エレクトリック(GE)が英国でタービン工場建設と欧州全体の大規模な拡張計画を、3月には三菱重工業も英国政府の補助金を受け、風力タービン開発プロジェクトに投資すると発表した。4月にはシーメンスも英国工場建設を公表し、韓国や中国勢もこれに追随、激烈な国際競争がスタートした。

 今後20年間で約8000基の洋上風力が計画されている英国で橋頭堡(きょうとうほ)を築けば、これに続く世界の市場を取り込めるからだ。

 日本と同じ海洋国家・英国の海洋エネルギー利用計画は大胆だ。陸上を含めた風力発電全体の導入量は現在、世界8位だが、洋上風力に限ると20年に現在の約40倍の4000万キロワット以上に拡大し、英国全世帯の8割以上の電力を風力発電でまかなう計画だ。

 ◆つながる雇用拡大

 これほどまでに洋上風力に熱心なのは、“ドル箱”だった北海油田の生産が1999年をピークに4分の1に減っているからだ。そこで、石油・天然ガス開発で培った海洋技術を風力や海洋エネルギーに応用し、雇用拡大にもつなげる戦略を明確に打ち出したのだ。

 英国で戦後初の連立政権として5月に発足したキャメロン首相率いる保守党と自由民主党の新政権も、再生可能エネルギーにアクセルを踏み込む方針を表明し、「石油から再生可能エネルギーへのシフトが揺らぐことはない」と、業界団体のリニューワブルUKのニック・メディック氏は分析する。

 英国の有力日刊紙インディペンデントも5月20日の経済面トップで、自国の研究機関の調査状況を紹介し、「英国の海洋再生エネルギーは、2050年には10億バレルの石油と同じ価値を持ち、14万5000人の雇用を生み出す」と大きく報じるなど、国を挙げて洋上風力発電を推進する。

 ■影薄い日本勢 受注出遅れ

 実は、英国は一次エネルギーに占める再生可能エネルギー導入の割合が05年で1.3%と、欧州諸国の中で最も遅れていた。だが、海洋エネルギーを取り込み、これを20年に15%に引き上げ、一気に低炭素社会へとねじを巻き直し、欧州全体の20%の目標に貢献する考えだ。

 英国が進めるのは洋上風力だけではない。潮の満ち引きの差をプロペラでとらえる潮力や、波の上下の動きからエネルギーを取り出し発電する波力などの海洋エネルギーを総動員する。

 この3月、スコットランド北東沖合のペントランド海峡やオークニー諸島で、6つの波力・4つの潮力発電プロジェクト(合計120万キロワット)が承認され、この分野で初の商用プロジェクトがスタートした。丸紅が出資する英ベンチャー企業パルス・タイダル(ヨークシャー州)は、海中に設置したプロペラを使った潮力発電機の技術を磨き、地元の電力会社と組んでこのプロジェクトに参加しようと動いている。

 英国政府は海洋エネルギーにすでに100億円以上の補助金を投入したが、波力や潮力発電を手がけるのはベンチャー企業がほとんど。実証段階のものが多いため、「さらなる政府の支援が必要だ」と口をそろえる。

 政府支援は補助金だけではない。英国の海洋エネルギー産業を支えるユニークな存在が、ロンドン中心街の不動産や公園、海岸など英国王室が保有する資産の管理会社クラウン・エステートだ。海を利用する海洋エネルギーは、漁業権のある場所では補償が必要になったり、船舶の航行や環境団体など複雑な権利調整が求められる。クラウン・エステートは王室の信用力と権限を武器に、自らその利害調整に乗り出す。「海底のリース料で収入につながるほか、国益につながるビジネス」(利害調整のマネジャーを務めるデビット・チャールスワース氏)と、洋上風力の部品調達や物流の仲介にも乗り出す。同社では60人の専門部隊が洋上風力のビジネス拡大に一役買っているのだ。

 海洋エネルギー立国を目指す英国に世界からの投資が向かう中で、日本企業の関心は高いとはいえない。これまで受注企業を決定するラウンド1(260万キロワット)、ラウンド2(716万キロワット)とプロジェクトを進めてきたが、ラウンド2で東京電力の子会社で風力発電会社ユーラスエナジーホールディングスが英国の電力会社と共同で事業認可を得た程度。

 今年1月に入札結果が発表されたラウンド3ではプロジェクト数で9つ、総発電能力は3200万キロワットにも及び、世界から100社近くが受注に名乗りをあげたが、日本勢の受注は皆無で、その存在感は低い。


海洋エネルギー立国、か。
どうなることやら。