風が見たもの

日常出会うちょっとした風景に 毒にも薬にもならないコメントをつけて綴っていこうと思います。

道後温泉2

2009-01-15 | 未分類
温泉の後 町に出てみた。

ダウンジャケットを来ていたので 体は寒くはなかったが 寂しくなってきた頭が寒い。(笑)
土産物の店が沢山あり 賑やかで楽しかったが 特に欲しい物もなく ただ冷やかして廻っただけ。

















人力車の呼び込みのお兄さんが何人かいて 乗っている人数人にも会う。
全く関係のない話だが アインシュタインが日本を訪れた時 人力車へ乗るように勧められて 「人間を馬のように扱うなど…。私は乗らない。」と固辞したと言う話が何故か頭から離れず 人力車を見る度に思い出す。






迎春の看板を見て ああ まだ世間は正月気分が抜けきってないんだな…と気づいた。
もうそんな気分など とうに忘れていた。



道後温泉

2009-01-14 | 未分類
知人宅の農園で 伊予かんの収穫を手伝い コンテナ9杯分ものお土産を貰った。
同行したhideさんは 福祉施設やばあばに沢山配ってあげられると喜んでいた。

収穫の後は 道後温泉に連れて行ってもらった。




宮崎駿の「千と千尋の神隠し」を思い出した。








流石松山 伊予かんツリー






連休中と言う事もあり チケット売り場には大勢が並んでいた。
知人はちょっとリッチな気分を味わえる二階席を取ってくれた。














「芋漕ぎ」は厭だなと思っていたが 大勢いたものの 割合ゆったりしていた。
中には背中に “お絵かき”をしている人も居た。(笑)









二階席では浴衣とお茶とお菓子のサービスがある。






二日目は 山へ行く予定だったが 強風雪で断念。 残念。






ターナー島(四十島)

2009-01-14 | 未分類
向こう側を見ると青島が浮いている。これは人の住まない島だそうだ。
よく見ると石と松ばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。
赤シャツは、しきりに眺望していい景色だと言っている。野だは絶景でげすと言っている。

絶景だかなんだか知らないが、いい心持には相違ない。
ひろびろとした海の上で、潮風に吹かれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。

「あの松を見たまえ、幹がまっすぐで、上が傘のように開いてターナーの絵にありそうだね」と赤シャツが野だに言うと、
野だは「全くターナーですね。どうもあの曲がりぐあいったらありませんね。ターナーそっくりですよ。」と得意顔である。
ターナーとはなんのことだか知らないが、聞かないでも困らないことだから黙っていた。舟は島を右に見てぐるりと回った。

波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平らだ。赤シャツのおかげではなはだ愉快だ。
できることなら、 あの島の上へ上がってみたいと思ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。

つけられんこともないですが、釣りをするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。俺は黙っていた。
すると野だが「どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんか」とよけいな発議をした。

赤シャツはそいつはおもしろい、われわれはこれからそう言おうと賛成した。
このわれわれのうちにおれもはいってるなら迷惑だ。おれには青島でたくさんだ。 (夏目漱石 小説「坊ちゃん」より)

















竹ちくわ

2009-01-13 | 
松山の知人宅へ行く事になり お土産は何が良いか考えた。
県外にはあまりないらしい 「竹ちくわ」と蒲鉾にした。
大きなお店や 有名店もあるのだが 妻が「あの店のが美味しい」と言うので JR南小松島駅前の湯浅蒲鉾店へ行ってみた。 

昭和28年の国体の時 近くの旅館に泊まった天皇陛下も召し上がったとご主人が話してくれた。
しかし 時代の流れで商売が難しくなり 先代からの長い歴史に今月いっぱいで 幕を閉じる事にしたと残念そうに話していた。

その昔 今のように物が溢れていない時代 こういったお店には 作る側にも 買った側にも また貰った側にも 沢山の思い出があるのではないだろうか。