先日、東京国立新美術館にてエミリー・ウングワレー展を観てきました。
この人、オーストラリアのアボリジニ出身で、もともと儀式的なボディペインティングや砂絵などを描いていた人ですが、80歳手前に始めてキャンバスに絵を描き出し、亡くなるまでのわずか8年間の間に3000から4000点もの作品を残したらしい。
一体どんな絵を描いていたのか?
西洋的な絵の勉強なんてしたはずもないし、原始的な生活で一生を終わったらしいので、独自のやり方、独自の考え方で描いていたのでしょう。儀式みたいな感じだったのか?最初は、与えられた絵の具(アクリル)やキャンバスが珍しくて楽しかったに違いない。でもそのうち自分のいいたいことを絵で表現しようとしたのか?画風が変化していく様がおもしろかった。後期の作品が良かった。死ぬ間際の作品とか。
あまりにも世間に絶賛されてるのがイマイチ気になるところではありますが、確かに色彩感覚がすばらしい。形を表現する感覚も素晴らしい。ごく自然に線をつないでいく様は見ていておもしろかった。キャンバスを地面においての作業(屋外の原っぱで描いていた)は、ちょっと真似したくもなります。
アボリジニの伝統的点描は、色盲検査を思い出させられたが、実際大きな画面でみるとクラクラした。アボリジニなら誰でもこんな絵を描けるわけでもなさそうだけど、この人ならではの色彩なのか?色を重ねるごとに深くなっていく世界が単純におもしろかった。図録も買ってきたけど、実際と全然違う!残念!
でも、絵がどうのっていうことより、まず、年齢的な出発点に感動したわけです。人間いつでもスタート地点に立てるってことだ。それが一番の収穫だった。
そして岡本太郎記念館にも行ってきた。
太郎のアトリエは、今にもそこにいるような・・・そんな錯覚になる場所だった。なんだかんだいってもあの人天才。努力家だけど天才。庭のオブジェも色あせない。存在感あふれる作品ばかり。すごいなー。
残りは、近代美術館と工芸館に行って今回の美術館めぐりは終わり。
工芸館では、黒田辰秋の椅子がおいてあった。自分は木工家といえるほど知識も技術もないけれど、いいものは良いということはわかった。手仕事って素晴らしいな。そんな旅でした。
この人、オーストラリアのアボリジニ出身で、もともと儀式的なボディペインティングや砂絵などを描いていた人ですが、80歳手前に始めてキャンバスに絵を描き出し、亡くなるまでのわずか8年間の間に3000から4000点もの作品を残したらしい。
一体どんな絵を描いていたのか?
西洋的な絵の勉強なんてしたはずもないし、原始的な生活で一生を終わったらしいので、独自のやり方、独自の考え方で描いていたのでしょう。儀式みたいな感じだったのか?最初は、与えられた絵の具(アクリル)やキャンバスが珍しくて楽しかったに違いない。でもそのうち自分のいいたいことを絵で表現しようとしたのか?画風が変化していく様がおもしろかった。後期の作品が良かった。死ぬ間際の作品とか。
あまりにも世間に絶賛されてるのがイマイチ気になるところではありますが、確かに色彩感覚がすばらしい。形を表現する感覚も素晴らしい。ごく自然に線をつないでいく様は見ていておもしろかった。キャンバスを地面においての作業(屋外の原っぱで描いていた)は、ちょっと真似したくもなります。
アボリジニの伝統的点描は、色盲検査を思い出させられたが、実際大きな画面でみるとクラクラした。アボリジニなら誰でもこんな絵を描けるわけでもなさそうだけど、この人ならではの色彩なのか?色を重ねるごとに深くなっていく世界が単純におもしろかった。図録も買ってきたけど、実際と全然違う!残念!
でも、絵がどうのっていうことより、まず、年齢的な出発点に感動したわけです。人間いつでもスタート地点に立てるってことだ。それが一番の収穫だった。
そして岡本太郎記念館にも行ってきた。
太郎のアトリエは、今にもそこにいるような・・・そんな錯覚になる場所だった。なんだかんだいってもあの人天才。努力家だけど天才。庭のオブジェも色あせない。存在感あふれる作品ばかり。すごいなー。
残りは、近代美術館と工芸館に行って今回の美術館めぐりは終わり。
工芸館では、黒田辰秋の椅子がおいてあった。自分は木工家といえるほど知識も技術もないけれど、いいものは良いということはわかった。手仕事って素晴らしいな。そんな旅でした。