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こまつ座公演「薮原検校」を観て

2012年07月13日 | 観劇メモ
井上ひさしの芝居をこれまで観た感想としては、脚本がものすごく饒舌なことにまず圧倒され、話を追ううちにこれまで知らなかった世界が開けていき、観終ったらかなり物知りになっているという勉強になる芝居というところでしょうか。(笑)
同時にサービス精神も旺盛で、随所に笑わせるポイントがちりばめられているので楽しいです。

しかし面白がっているうちに、描かれたさまざまな人生を通して、社会や歴史の表裏に迫る作者の確かな視点が見えてきて、観終ったら結構重いものも作者から渡されていることに気づいたりします。
その社会観・歴史観が説教とならず、巧みに舞台化されているところが井上ひさしの力量だと思います。

今回のキャストは野村萬斎・秋山菜津子・浅野和之・小日向文世・熊谷真美・山内圭哉・たかお鷹・大鷹明良・津田真澄・山崎薫。
音楽はギター一本ですが、これがうまく使われていて、琵琶のように緩急自在に奏でられて、場面を盛り上げていました。奏者は千葉伸彦という方です。ちなみに使われている音楽は井上ひさしの実のお兄さんの作曲だそうです。

↓会場ホールの花です。


台本が井上ひさしで主演が野村萬斎なら絶対ハズレなわけがないと、話の中身もろくに知らないままチケットを購入しました。(笑) いつものパターンです。

で、そのストーリーは、稀代の大悪党・薮原検校(二代目)の生い立ちから非業の最期を遂げるまでの一代記でした。(笑)

ちなみに検校とは、鎌倉時代に生まれた、「平家物語」を琵琶の弾き語りで聞かせる盲人たちの組織が江戸時代に幕府公認の自治組織「当道座」となってから設けられた階級制度の最高位の官位のことです。
この官位は上から検校・別当・勾当・座頭に分かれ、さらにそれが十六階に細分化され、その下に七十三刻の位があったというのですから驚きです。そしてそれを登っていくためには所定の官金を納めなくてはならず、そのトータルは七百十九両もの大金になったそうです。なにやら家元制度みたいな話です。

話は浅野和之演ずる「盲太夫」という狂言回しの語りで展開していきますが、口跡が悪いのか極めて聞き取りづらいのが残念でした。幕間で他の客も「よく聞こえないね」と話していたので、そう思ったのは私達だけではなかったようです。
この人、前作「キネマの天地」の映画監督役でも同様の印象だったので、これが個性なのでしょうか。
でも他の役者さんたちの台詞ははっきりしていました。
なかでも主演の野村萬斎は、変幻自在の発声で、井上ひさし十八番の膨大な台詞をこなして、稀代の大悪党を痛快に演じていました。そういえば、この野村萬斎と浅野和之のふたり、「ベッジバードン」でも共演していましたね。

前半の圧巻は「早物語」。

台本で11ページにわたる長大なシーンですが、萬斎演じる杉の市(後の薮原検校)が浄瑠璃の「義経記」のパロディを声音を巧みに使い分けて語り、時には歌い上げ、果ては物真似まで織り込んでのサービス満点で熱演しています。よく息が切れないものだなあと感心するほど、汗だくで演じていました。

あと、秋山菜津子・小日向文世・熊谷真美の面々も、それぞれのキャラクターをよく演じ切っていました。主演以外は大体二役以上を演じていますが、さすがに芸達者ばかりで、うまく演じ分けていて、少人数を感じさせなかったのは大したものです。とくに小日向文世の台詞はやわらかで穏やかな発声ですが、よく聞こえてきました。

↓プログラムです。こまつ座のプログラムは読みごたえがあります。(笑)


観終っての感想ですが、晴眼者すらまともに生きていくのが難しい過酷な時代に、盲人がその世界の頂点を目指そうとすれば、主人公のように悪の限りを尽くすか、その対極として塙保己一のように学問の世界で偉業を達成するかの選択しかなかったということですね。
舞台の後半、後に薮原検校となる杉の市と、塙保己一が対面するシーンが、その「悪」と「善」の象徴的な対決として面白かったです。あっけらかんとした杉の市の悪漢ぶりが痛快で、「善」の代表である塙保己一すら影が薄らぐ感じでした。

井上ひさしの舞台では、なんといっても怒涛の台詞に圧倒されます。

その怒涛を浴びながら、舞台上で繰り広げられる意表を突いた万華鏡のような世界に浸るのが心地よいので、また観たくなります。

3月に観た三島由紀夫の「サド侯爵夫人」も怒涛の台詞ですが、井上ひさしとは対極となる美文調で貴族趣味に満ちた華麗な台詞のオンパレード。
同じ饒舌な作品でも、井上ひさしの舞台には、人間に対する温かな視線が感じられます。
エンターテインメントとしてもよく気配りが行き届いていてサービス精神満点で観ていて楽しいですね。両者いずれも、その力量は常人の及ぶところではありませんが、やはり私は井上ひさしの作品に深い共感を覚えます。

また、いい出しものが来たら観てみたいです。


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