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車台に乗って移動

2017-11-23 17:35:46 | 日記
【シリコンバレー=兼松雄一郎】米テスラの最高経営責任者(CEO)で、起業家のイーロン・マスク氏がロサンゼルス近郊で始めた地下トンネルの建設工事が話題を呼んでいる。掘削速度を従来の10倍、コストを10分の1にするという壮大な構想を打ち出したためだ。マスク氏は「誰も成功すると思っていないからやりやすい」と冗談を飛ばすが、その裏にはもちろん高い技術と緻密な戦略がある。


イーロン・マスク氏が進めるトンネル事業の現場(カリフォルニア州ホーソーン市)
マスク氏率いるトンネル掘削ベンチャー、ボーリングカンパニーが導入した新手の資金調達「IHO(イニシャル・ハット・オファリング)」。現在、調達金額は30万ドル(3360万円)を突破した。その名称は最近流行の仮想通貨を使った資金調達法「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」をもじったものだが、中身は全く異なる。


EVトレーラーの発表会で顧客とハイタッチを交わすマスク氏(カリフォルニア州ホーソーン市)
“投資家"は20ドルという値段で、ロゴ入りの帽子を単に買うだけ。配当も出なければ、値上がりもしない。しかし、ロサンゼルスの深刻な渋滞を解消する切り札になるとの期待から市民などが先を争って購入し、1万5千個以上が売れた。

ボーリングカンパニーでは、工事の目標速度の象徴としてカタツムリを飼っている。トンネル工事の速度は最速でも日進で50メートル程度だが、カタツムリは500メートル程度進むものもある。速度を10倍に高めれば、カタツムリに並ぶというわけだ。

「悪くない計画だ」。米トンネル掘削機大手ロビンズのロク・ホームCEOはマスク氏が公開したトンネル構想の動画を見てそう感じた。掘削速度を10倍、コストを10分の1にするという目標は突拍子もないものにも思える。しかし、地下開発の専門家である同氏は「技術的には十分実現可能」と分析する。

業界のベテランとしてホーム氏は「先進国のトンネル事業は数十年にわたり全く新技術に投資してこなかった」と嘆く。研究開発に投資して経験を積む中国勢に押いつかれつつある米建設業界。そのトンネル事業に注目を集めたとして、意外なことに競合にも歓迎されている。

ホーム氏が注目するのはテスラの技術開発力だ。例えばマスク氏が経営するテスラが電気自動車(EV)で培ったモーター技術は土を切削する機械のトルク向上に応用できる。将来的にセンサーで出力を精緻に調整して摩耗を軽減できれば、消耗部品交換の必要性が減る。ともにコストの最大の決定要因である工期短縮につながる。テスラのロボット技術を持ち込めば、無人化や作業の高速化を達成できる可能性もあるとみる。

トンネルの直径を半分にすれば、工事費用は半分以下になるというのが業界の共通認識。だが、トンネルを小さくすれば交通事故が起こりかねない。このため、マスク氏はトンネル内を自動車自体に走行させるのではなく、車台に乗って移動させる方式を採用し、直径を通常の半分まで縮める予定だ。

米では1950年代のアイゼンハワー政権以降、地上の高速道路網の整備を優先し、トンネルを含む地下交通網への投資は進まなかった。だが、これが人口が集中する都市部で深刻な渋滞問題を引き起こしている。

実は米のトンネル工事では、工期だけでなく計画調整や認可に長い時間がかかることも大きな問題になっている。通常そこに15~20年もかかり、実際の工事は3年ほど。いくら工期を短縮しても、調整や認可が今のままでは限界がある。

「渋滞は地獄で、経済損失は甚大だ」。マスク氏は事あるごとにロサンゼルスの渋滞へのいらだちを表明し、市民の間でマグマのようにたまった交通インフラへの不満を刺激しようとしている。ツイッターのフォロワーには、地元の政治家に地下開発の許認可へ圧力をかけるよう訴える。

もちろん、ボーリングカンパニーのトンネル工事はまだ実証実験の段階で、実現するかは不透明だ。IHOで集めた資金も必要資金のごく一部にすぎない。だが、旧態依然としていた米のトンネル事業に新風を吹き込んだことは間違いない。日本経済新聞web版より

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