『あの日の声を探して 』 2015年12月31日
気温が下がって、ちょっと、冬らしくなったみたいだね。10度か、まだ、寒いってとこまではいってないけど暮の気配を味わうにはいいかもね。
仕事から帰って、う~ん、どうしようか? ツタヤへ行くか。夜の道は、正月の買出しで奥さん連中が自転車で走り回ってるよ。
ライトを点けろよ、真っ暗な道をスピード出して一目散はいいけど見えてないよ。自分では、見えてる積もりなんだろうけどホンマに見えてないよ。
こんなの出会いがしらに車で当てたら堪らんねえ、帰って風呂浸かって飯喰ってホッとしようと思ってる人が気の毒だよ。
無灯火の上に飛び出し平気のおばちゃん、おまえが悪い。引かれたら「ごめんなさい」って云って死になさい。
こんなの云ったら「なに云ってんのよっ、車が不注意に決まってるわっ」って、自分の非を認めない奴が大方だろうね。云っても聞かん奴は死んだら解る。
日が落ちて暗くなると顔と手が冷たくて寒いねえ~。「アスペンパーカはどや?」 温いねえ~いい具合だわ。ツタヤに着いたら、新作の棚に直行だよ。
あらまあ~ズラ~と空箱並んでる。うん? 『キングズマン』 1枚入ってるっ、サッと抜く。『カルフォルニア・ダウン』はアカン。
近づいて下の棚を覗くと、オッ、1枚入ってるっ、サッと抜く。ふうう~、やったぜっ。どちらも返却の品を棚に戻したところみたい。ついてるぜ。
『ボヴァリー夫人とパン屋』もあったね。「パン屋のおっさんと、なんとか云うとったな?」 全然違うね。あと2本、何も無い。
もう一度、丹念に探したけど邦画時代劇 『蠢動』は置いて無いね。チッ、暖かいとこへ入ってウロついてると鼻水が垂れてくるんだね、鬱陶しい。
もう、なんでもいいやで数合わせの洋画を2本追加して借りる。「1月5日火曜日ご返却日になります」 最悪の日だね。気重たくなるよ。
『あの日の声を探して 』
昨晩、『あの日の声を探して』を観たんだけど哀しい映画だったよ。こんなの観ると、自分は、いい国といい時代に生まれたなあって思うよ。
普通の人が虫けらのように殺されるんだね。銃を持った奴の人間性が破壊されているから、どう云っても、こう云っても通じない。
仲間の誰一人止めようなんてしない。笑ってんだね、笑って見てんだね。お茶の間で映し出される中東域の紛争の報道を見慣れてる。
真実は報道されない。真実の惨たらしさを報道せずして戦争反対なんて叫んでもお茶の間には、なにも届かないよ。
馬鹿番組にチャンネル変えられて、みんながみんな笑って忘れてるよ。大方の人が鈍感なんだよ。所詮、他所事、他人事、遠い彼方の出来事でしかない。
人間は、その場に身を置かないと親身にはなれない生きものなんだね。飼っていた犬が死ぬ、これほど悲しいことはないと思って泣いているんだね。
9歳の男の子が姉の赤ちゃんを抱きかかえ窓を覗く。窓の外では、無抵抗な父親が射殺され、その遺体にすがり付いて泣く母親が射殺される。
テロを働く一派と見なされて取り付く島も無い、その場の兵隊の気分で人の命が左右されるんだね。殺された人の一生の物語は終る。
殺した兵隊の人生の物語は、此れからどうなって往くのかね? ごく普通の青年が軍隊でいびられ捻(ねじ)られ精神が歪んでいくんだね。
『あの日の声を探して 』 人は環境で創られる、戦争は若者を変貌させる
前線に赴き、真横で仲間が撃ち殺される、発狂寸前のショックを受けて機銃を乱射する、逃げ惑う家族を敵と見誤って娘を撃ち殺して茫然自失。
理性が破壊されるんだろうね、置かれた立場を短絡的に受け入れざるを得ない。殺さねば殺される、殺人兵器に仕上がる過程が描かれてる。
殺し殺される其の隙間を赤子を抱いて少年は家を出る。健気な子だね、赤子を守り切れない、少年は、とある家の前に赤子を置いて走り去る。
『あの日の声を探して 』
少年がドアをノックして走ったあと、気付いた家人が赤子を抱き上げるのを物陰に隠れて確かめるんだね。悪く無さそうなお婆さんで良かったよ。
あの日の声を探して 本予告
ヨーロッパのロシアを取り巻く一帯の国々は、総じて因果を背負って哀しいね。歴史に根深く民族間の怨念が脈々と息衝いてるって感じがするよ。
そして、恨みが高じてか残酷劇が多いね。其の上、ロシアが介入するから、尚、残酷なんだね。此のチェチェンも第2次世界大戦後、
ドイツに加担したという疑いでロシア、スターリン赤軍によって全チェチェン人とイングーシ人50万人は中央アジアやシベリアに追放された。
多くのチェチェン人とイングーシ人が追放中の劣悪な環境のために命を落とした。一説には全体の4分の3が犠牲になったといわれてる。
1953年にスターリンが死去後、ニキータ・フルシチョフが政権を獲得、後、スターリン批判を開始した。スターリンの銅像が粉砕されるね。
スターリンの行ったチェチェン人とイングーシ人の民族追放も批判の対象となり、1957年、両民族は対独協力の疑いを破棄されて名誉を回復した。
そして、チェチニヤへの帰還と、チェチェン・イングーシ自治共和国の再建を認められたんだね。ロシア親方の言いなりだね。
1993年に成立したロシア連邦憲法に倣うロシア連邦に周辺の国々は加盟するがチェチェンのみが未加盟となる。言いなりにはならない姿勢だね。
翌年、チェチェンの分離独立を阻止するためにロシア軍が軍事介入、第一次チェチェン紛争に突入する。
『東西冷戦下の時代 ニキータ・フルシチョフと米国ジョン・F・ケネディ』 実写
エリツィンは「憲法秩序の回復」のためチェチェンへの侵攻を開始したと主張し翌年にはロシア軍が首都のグロズヌイを制圧。
ロシア軍が広域に渡って支配権を回復したことで、エリツィンは一方的に休戦を宣言し軍の撤退を始めた。
1999年、チェチェンの一部イスラム原理主義勢力が隣接するダゲスタン共和国をロシアの支配から解放すると称し越境侵入、ロシア軍との間で戦闘が再開。
アルカイーダが介入したんだね。ロシア政府は、チェチェンなどのイスラム武装勢力の拠点に対する攻撃を警告する。
此れに対し、ダゲスタンで軍人家族用アパートが爆破され64人が死亡し133人負傷、モスクワのアパートが爆破、94人が死亡し164人が負傷、
モスクワで再び119人の死亡者を出す爆弾事件、南ロシア・ヴォルゴドンスクで爆破事件が発生、17人が死亡し72人が負傷するテロが連続する。
ロシアはこれら計5件(死者約300人)の爆破事件は、チェチェンのイスラム原理主義者が関わっていたと断定。
エリツィンは、全国的な対テロリズム作戦開始を宣言し、2~3万人強のロシア軍がチェチェン国境に集結することとなった。
これが第二次チェチェン紛争なんだね。此の映画の背景になってる。イスラム原理主義者とチェチェン、イングーシの人々を、どう見極めるんだろうかね?
『実際のチェチェン紛争時』 実写
疑わしきは、敵と見なして殺戮(さつりく)するんだね。男も女も老人、子供も見境なしに殺すなんて悲惨なことになる。
チェチェンなんてところは知らないけれど、映画は、其れらしき風景の中、逃げ惑う人々の、脅え、悲しむ表情を通して人間の愚かさを訴えているね。
昔、10年に及ぶ年月を追放されて生き長らえた人々が帰国すると、其処には、オセット人やロシア人が大挙して入植していたために
土地を失うものが続出したんだね。土地を巡る深刻な対立と紛争が起こるなど問題の根本的な解決は果たされずままにあったから
チェチェン、イングーシの人々が、ロシアに素直になれるはずがない。そこへもってきてアルカイーダの参入で踏んだり蹴ったりの有様だよ。
生まれる家族、生まれる境遇、生まれる環境、生まれる国、人間は、どのような経路を辿って、此の世に生まれ出でて来るのかね? 選んだ覚えはないね?
今の自分の在りようが当たり前とは思えない。今の自分の不遇を取り立てて、殊更に嘆くことかと思えてくるね。
遠い昔の話じゃない、今、同じ時間を生きてる人たちなんだね。
殺される人たちも殺す側の者も、それぞれに声にならぬジレンマを抱えて悶え苦しむ。忘却が救いになっても血が其れを忘れないから終らないんだろうね。
『実際のチェチェン紛争時』 実写
映画は冒頭、ビデオの画面を通して戦場と化した村の光景を映し出す。泥沼になった河底の牛の骸(むくろ)を撮り、
ターンして戦闘のあとの村に入って行く。撮影者の声がロシアを讃え、戦友に声かけしつつ進んで行く。何か投げやりな物言いなんだね。
何人かのロシア兵が親子のチェチェン人を取り囲み尋問している。どちらもが興奮状態で話が通じない、ビデオは笑いつつ写し続けている。
そのうち、父親らしきチェチェン人がなにやら唱えるような口ぶりになって「こいつは祈ってる」って若い兵士が憤る。イスラム教徒と誤認したのかね?
やおらAKライフルの撃鉄を引き射殺する。泣き叫ぶ母親が半狂乱で夫にすがりつく。その背中越しに連射して殺す、恐怖で立ちすくむ娘。
ビデオは見慣れた光景に驚きもせず写し続けてるんだね。少し離れた家の2階の窓から9歳の少年が、姉の赤子を抱いてその光景を目撃する。
『あの日の声を探して 』 少年の目の前で両親が射殺される
なんてことだろうかね、地獄だね。ロシアの街頭で友人と女性の話をしながら、互いにモクを吹かせて歩く若者。
「ジュースを買う」と一人が売店に立ち寄る、其の時、パトカーが脇に停まり警官が降りて来て、残った若者に 「吸ったな?」と
慌てて踏んで火を消したモクを拾い上げ、言い訳無用で連行する。運命の分かれ道だね、ジュースを片手に動くことも出来ず見送る友人。
連行された若者は、「刑務所は厳しいぞ、云いように取り計らってやる」と取調官に云われるまま、軍隊に送り込まれる。
『あの日の声を探して 』
この少年と若者の二人の在りようが交錯して物語が展開するんだね。殺したり殺されたりを見せ付けられて生きる少年と、
それらとは別世界で生きて居た若者が、軍隊と云う集団の中で生死に関わる行動規範を叩き込まれて人格が変貌していくさまとが描かれてる。
此の頃のロシアはソヴィエト連邦崩壊後で民主化が進んでいた時代だと思うんだけど、絶対的体制下にある生活の様相までは変化がないんだね。
ミレニアム2000年(千年紀とは、西暦を1000年単位で区切ったもの)の頃だね。我がごとの中には苦しみや悲しみを抱えても
世間は苦なく愉快なことばかりの日本、今も変わりなく平和な時代を満喫してるね。何故、こうも違うのかね?
端的に云えば、日本は取り巻く海が災いを制して守られているんじゃないかね?
ヨーロッパのように地続きってのは、互いの不可侵の約束の上で成り立つけれど、民族入り混じって火種が拡散する種を持つ。
そういうことに疎い日本が、他国の人々を安易に受け入れて建物を売り、土地を売り、儲けに走ってけじめを忘れることが果たして先々大丈夫なの?
狭い日本、浸透するのも早いと思うけどね? 軒貸して母屋盗られるって云う、末代までをも見通すことが大事だよ。
この映画、9歳の少年に限っては、紆余曲折の道を辿って彼を探し求める姉と再会、預けた赤子も姉の元に帰り、良かったね、の最後で救われる。
誰が観ても、そう思わざるを得ない顛末なのに、未だに破壊して殺して泣くを繰り返す。人間の愚かを象徴してるよ。
彼の世の神さんは、人間に何を悟らせようとしてんかね? 60億の人々に生きて往く表と裏を知らしめてるんかねえ?
其れを悟(し)って何を学ぶのかね? 人のふり見て我が振り直せを下敷きに、身に有るは、ささやかなれども平和の中に感謝を知れだろうかね?
『あの日の声を探して 』 善良な人たちから無事に赤子を返してもらい、弟を必死に探す姉
同時展開と思って観ていたけれど、ラスト、掃討作戦の最中、倒れた仲間の遺留品を奪うように収拾する兵士たちの中で若者は死体からビデオを盗る。
戦闘が終結して荒れ果てた村の橋を渡りつつ、盗ったビデオで撮影を始める。見下ろす川は水が減り、沼となった底に牛の骸(むくろ)がある。
街頭で隠しながらにモクを吸って逮捕され軍隊で人格変貌した若者が、牛の骸からターンして破壊された村の中へと撮影しながら入って往くんだね。
戦争を知らない平和の中の若者が戦争を思い知らされて変わって往く。明日の自分に今の自分を維持することに約束はないのかねえ?
『あの日の声を探して 』 この二人の女性の力添えで少年は姉と再会を果たせる、捨てる神あれば拾う神ありだね
チェチェン共和国は、北コーカサス地方の北東部に位置するロシア連邦北コーカサス連邦管区に属する共和国(赤枠)。
設立は1991年で首都はグロズヌイ。つまり、ロシア領内の南端にあるんだね。
チェチェンは、ロシア帝国の時代から、ロシア併合の圧力に頑として抵抗を続けたが、1856年のコーカサス戦争で制圧されてしまう。だけど、
ロシアに恭順をよしとせずその反目姿勢の歴史は長い。このことからチェチェン人に対する恐怖心、敵愾心はロシアの社会に根深く残って現代に至ってる。
一方、チェチェン人にも自分たちの土地で採掘される石油の富がロシア人によって持ち出されることに対する不満が蓄積されて、余計に素直にゃなれぬ経緯だね。
スターリンの赤軍、フルシチョフのソヴィエト連邦(鉄のカーテン)、エルツィン、プーチンと大統領が変わる都度、チェチェンに吹く風が変わるんだね。
ブレジネフ、ゴルバチョフ時代は、風は吹かなかったのかね?
幼い子供たちの心を引き裂き、溢れる涙で瞳を濡らすようなことしか出来ん奴等ばかりだね。
『あの日の声を探して 』 THE SEARCH 2014年 フランス・グルジア作品
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