54のパラレルワールド

Photon's parallel world~光子の世界はパラレルだ。

僕らの知らないところで

2007年01月09日 | クリエイティブな思考への挑戦
少年は働いている。12歳ながら、大手のパン工場で働いている。
未成年の深夜労働は法律で禁じられているが、工場長は少年の家庭の事情を考慮して少年が働くことを黙認していた。
少年の父親はタクシードライバーだった。
タクシー業界の大不況の影響でもともと稼ぎが悪かったのだが、数ヶ月前の事故でその父親は全身不随になってしまった。
母親はパン工場で働いていた。少年がパン工場で働けたのは、母親のはからいがあってのことだった。
事故以来母親は父親の看病と深夜のバイトで心身ともに疲れ果てていた。
少年はそんな母親を見て、自分が働かなければ、と思ったのだった。

少年は中学生になる。
父親の体は一生動かない。しかし意識は鮮明である。それが逆に父親を苦しめるのだが。
母親のバイトは日勤になった。体調を崩すことが多くなったからだ。
夜勤は体に負担がかかる、少年は母親を気遣った。
少年はだから、週に五日深夜バイトをすることになる。
学校にも休まずに通っている。成績は当然悪い。
授業の大半は眠ってしまう。授業内容などまるで入ってこない。
夢の中で見るのはバイト作業のことだった。小麦粉1kg、グラニュー糖100g、イースト20g、、、。
クラスメイトは少年をいじめる。頭悪いなお前、眠ってばっかりじゃないか。
先生にも同様の指摘を受ける。
少年は思う、なんで自分だけこんな目に合わなければならないのだろうか。
しかし父親を恨むことはできなかった。全身ぐったりとしたまるっきり不自由な父親を責めることなどできるはずもなかった。

少年は高校生になる。いや、高校生の年齢になる。高校には進学しなかった。
少年はパン工場で働きはじめて数年になっている。
バイトの人間は次々と入れ替わる。少年だけはずっと働き続けている。
18歳にも満たない少年は、しかし仕事に関しては先輩格であった。
パン生地の生成から成形、焼き加減から包装にいたるまで、パン工場で行われるほとんどの作業に通じていた。
少年の若い頭脳はあらゆるものを吸収していたのだった。
18歳になるやいなや少年は、いや青年は洋菓子課のチーフを任されることになる。
たまたまそこに空きが出たからだったが、青年は歓喜する。洋菓子、ケーキだ。
青年はケーキをつくる。週に五日、何千何万のケーキをつくる。
母親はすでにバイトをやめている。青年は十分に家族を養えるようになっている。
19歳、青年は新作ケーキの開発に携わっている。工場での長年の経験を活かして、新しいケーキを開発する。
目にしてきた数多のケーキ、作業工程のことまで考えた、洗練されたケーキデザイン。青年はパン工場の中枢にいる。
青年が開発したケーキは売れる。大いに売れる。
青年の評価は上がる。ケーキ以外の開発にも抜擢される。
青年はパン作りのプロになっている。パン工場の、いやこの大手製パン会社の中心人物になっている。

さて、青年のかつてのクラスメイトたちは、まだ勉強している。
大学で、あるいは塾で勉強している。
青年を、いやかつての少年を見下していた連中は今なお勉強している。
なんのための勉強なのかも理解せずに、ただただ勉強している。
そうしてさえいれば未来は開けると思っている。
青年はそんな世界のことなど知らない。勉強のことなどまるでわからない。
しかし青年は君臨している。若くして、パン業界の中心人物となっているのである。青年が生み出したパンは日本中で、いや世界レベルで食されている。
パン工場で育てられた少年は、いまや世界中にパンを生み出す青年となっているのである。
大学の講義を聞きながら新作のパンをかじるかつてのクラスメイトはそんなことかけらも知らない。

魔法は僕らの知らないところで起こっている。。


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