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こんな日が一年に何度あるだろう。お陰と言おうか何と言おうか日中の気温は上昇し
畑の乾燥がひどい。
とうとうこの時期になって再び散水をすることになった。今までにも冬になるまで
何度かあった散水だ。お陰でしおれていた野菜も果樹も立ち直った。
そうした散水をしての帰り道、山の畑から見上げていると盛んにコウモリたちが
飛び交っていた。久しく目にすることのなかった眺めであった。
いつに変わらぬ自然の姿であり、季節の移り変わりであった。あたりは静寂に包まれている。
さすがに道路を行き交う自動車の音も街の喧騒も届かない場所であった。
我が家を堅牢にする目的と外気の温度を遮断するために数年前に二重サッシにした。
以来、温度の遮断だけでなく音まで遮断してしまった。
どんなに大雨が降っていようとその音は小さく気にならなくなってしまった。
昔の生活を思い起こすと障子一枚や戸板一枚の生活であった。家の至る所に
隙間があり外気は容赦なく家の中まで入ってきた。そして音までも。
家の作りによっては外での生活と変わりなかった。そのような生活だと
雨の日は雨の音が、風の日は風の音が、家の隙間からは星空が、時には
雨も容赦なく吹き込んでいる。
そんな生活をしていると季節を直に感じることになる。自然がすぐそこにあった。
私たち自身もそして私たちの祖先の多くはそのような生活をしてきた。
今のような二重サッシの生活では滅多に外気を感じることはない。自然がそれだけ
遠くに行ってしまった。
あるものを得て、あるものを捨てた。あるいは失ってしまった。現代人の
生活がそこにある。そんなことを感じた秋の夕暮れであった。
遠くの山並みに迫る夕焼けは淡くオレンジ色のグラデーションとなっていた。