人生いろは坂

人生は山あり谷あり、そんなしんどい人生だから面白い。あの坂を登りきったら新しい景色が見えてくる。

春はそこまで

2012-03-19 04:49:29 | Weblog
 日々、温かさを感じる季節となってきた。枯れたと思ってあきらめていたハスカップが芽を出し
始めていた。寒冷地を好む植物だけに昨年の異常な暑さに枯れたと思い込んでいたのだ。枯れたと
思い込みあきらめかけていたものが生きていたとは、こんなにうれしいことはない。改めて植物の
生命力を感じた次第である。

 ここ瀬戸内海でもイカナゴが店先に出始めると春がそこまで来ていることを感じるようになる。
今は産卵から孵化した小さなイカナゴが店先に出ている。これらは三杯酢で食べても良いし、甘辛く
煮詰めて釘煮にしても良い。

 雨上がりの道を歩いていると「ふと」どこからか沈丁花の甘い香りが流れてくる。この香りを
感じるようになるといっそう春を実感する。「そう!!」季節は変わることなく動いている。

 そして、瞬く間に一年が過ぎ去ってしまい、今更ながら昨年の大震災は何だったのだろうかと
考えさせられてしまう。

 この世の存在や生ずることには全て意味がある。それは私の今までの人生を通じての実感である。
その時には悲しさや苦しさや、はてまた喜びで気付かなかったことも、振り返ってみれば「ああそう
だったんだ」と気付かされることが少なくない。

 そして、その時の苦しみや悲しみや喜びが、今に繋がっていたのだと言うことが次第に分かって
くる。そう考えてみると、被災をされた方々には誠に気の毒ながら、あの大震災は気付きのための
何か深い意味があったのではなかろうかと思えてくるのである。

 それも今でなければならなかった理由があったはずだと。30年早すぎても30年遅すぎても
ダメなことであった。今だったのだと、そう思えるのである。

 前回の総選挙で政権が変わり民主党になった。そして菅さんが首相だったときに大事件は起きた。
震災被害だけでなく原発の水素爆発という思いがけない大事件が更に追い打ちをかけるように事態を
深刻にした。

 しかし、偶然に偶然が重なって東京が被曝することだけはかろうじて避けられた。これらは単なる
偶発的な出来事で、本当に偶然に偶然が重なった結果なのだろうか。私には何かしら深い意味がある
ような気がしてならないのである。

 全停電でバックアップ電源が失われ原発を冷却する方法がなくなったと報道されたときから東京
を中心とする数千万もの人々の避難のことを考えた。原発を全て放棄するのか、人の移送手段は、
移動先は、それよりどのようにしてそのことを人々に伝えるのか。きっと大パニックになるに違い
ない。被爆より恐ろしいことになるのではないか。そんな想像を巡らし国としての機能を完全に
失った日本の姿を想像してしまった。

 そのようにならなかったのは偶然に偶然が重なった結果であったらしいが、政治的判断も適切で
あったと思っている。すべてが完璧だったとはとても言い難いが、官房長官の報道陣への説明や
菅さんが現地へ飛んで原発を放棄するなと指示したことなど、原発関係者には犠牲を強いることに
なったが、今になってみればあれはあれで良かったのではないかと思えるのである。

 過ぎ去ったことを検証すれば当事者ではないものには何とでも言える。また過ぎ去った過去を
検証することはたやすい。しかし、あの時、トップが誰であったとしても取り得た行動には限界が
あったに違いない。しょせん一人の人間の出来ることには限界がある。ましてや凡人であって見れば
尚更のことである。

 私達はこの混沌とした時代にあって大きな試練を受けつつも気付かなかった何かを教えられようと
している。被災者のある人が奇しくも回顧していたように、知らず知らずの内に様々な「しがらみ」
から抜け出せなくなっていた。その「しがらみ」を絶つには大きなきっかけが必要だったと。

 その「しがらみ」は人様々であったろうし、様々であるはずだ。「しがらみ」は被災者ではない
人にもあるに違いない。そうした種々雑多な人間界の思いや出来事に自然界は無言の解答を示した
のではないだろうか。

 この世の有り様や出来事の全てに意味がある。庭の草木は春を忘れる事なく芽吹き、そして花
を開く。また、今年も春がやってきた。
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震災から一年

2012-03-12 05:07:59 | Weblog
 早いものである。震災から一年が過ぎた。昨日の午後は会議中だったが一区切り付いた時、
大地震の発生した時刻だったので会場の全員が起立して黙祷を捧げた。

 春とは言え北国はまだ寒い。雪が降っているところもあるようだ。あの日も押し寄せる大津波を
間近に見ながら震えている人々の周辺には激しく雪が舞っていた。

 広大な地域が被災しただけに状況は様々であったようだ。その時から悪夢のような日々が始まり
今もなお続いている。過ぎ去ったこの一年は何だったのだろう。夢か幻か、しかし全ては現実で
あった。

 改めて被災された方々へのお見舞いと、亡くなられた多くの犠牲者のみなさんのご冥福を心から
お祈りしたい。そして被災地の復興が一日も早いことを願っている。

 今、改めて地震発生後からの対応が検証されている。その中で様々に言われていることは一様に
頷けることばかりではあるが、その構えが全く欠けていた政府や電力の関係者に何を問いかければ
良いのだろう。ただただ時間が流れ右往左往するばかりだったのではないだろうか。

 トップに立つと言うことは、こうした思いがけない災害時の全てを背負うことになる。東京電力や
原子力行政を担う人の中に、このような自覚を持っていた人が何人いたであろうか。

 また検証に当たった人にも咄嗟の状況で幾人の人が適切な対応が出来るであろうか。私達全てが
一様に反省し懺悔すべきことではないだろうか。

 リスクの多いものには過剰なほどの資金を投入しても投入し過ぎということはない。それを経済
効果ばかりを優先し投資を惜しんできたのが現実の姿であった。資本主義という経済優先のものの
考え方が行き過ぎると、このような結果になる。あたら広大な土地を核による汚染によって放棄
せざるを得なかった。

 このような大きな犠牲を払いながらも唯一の救いは、何かしら変になっていく世の中の在り方に
疑問を感じ始めたことではないだろうか。今までの生き方や生活の在り方で良かったのだろうか。
私達の人間関係はこれまでのような在り方で良いのだろうかと気付き始めた人も増えてきたことで
ある。震災によって気付かされ反省すべきことは多かった。

この多大なる被害と犠牲を新たなる意識改革の礎としたい。
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春の準備

2012-03-09 05:49:05 | Weblog
 一雨毎に春らしさが感じられるようになってきた。庭に植えているブルーベリーの芽が一段と
膨らんできた。沈丁花の花開くのも今日か明日か、そんな感じだ。私の一番好きな季節が始まる。

 児島市民交流センターがオープンし5ヶ月目を迎えようとしている。家に居る時間より勤務先
のセンターに居る時間の方が長くなってきた。そんな日々を過ごしている。自分の勤務場所と
言うより自分の事務所と言った感じである。

 そんなわけでわずかばかりの時間を利用して畑仕事を行っている。今は柑橘類の剪定が急がれる。
間もなく芽吹きが始まるからだ。昨日はダイダイ、ハッサクの大きな木の剪定を行った。

 今年の剪定は再来年の収穫に繋がる大事なものだ。古くなった枝は長く伸び切って周辺を覆い
尽くすばかりである。古い枝には大きな実は付かない。常に新しい勢いの良い枝を準備しておく。

 この頃やっと思い切って剪定が出来るようになった。収穫しにくい枝は極力短くして手が届き
やすいようにしている。昨年はビワの木の剪定を行った。花の数は少なくなったが大きな実が付く
ことを期待している。

 どうしても木によって、あるいは種類によって収穫に差があるのは実を付けすぎることによる。
分かっていながら思い切って間引きが出来ない。ついついたくさんの実を残してしまう。人間の
欲がそうさせるのだ。

 さて3月11日が近づいている。今年はどんな年になるのだろう。昨年の今頃はミュージカル
「最後の五匹」本公演に向けて忙しい日々を送っていた。考えてみれば会社で働いていたときも
定年になってからもこの季節はいつも慌ただしく過ごしている。ゆっくりと春を感じている暇も
ない。そんな生まれ合わせなのだろうか。

 今年の春も足早に過ぎ去って行きそうだ。
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