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13 空間と光

暗闇の中に浮かび上がる空間
 ル・コルビュジェは空間が生まれる瞬間を、窓を開けて暗闇に光が入ってくる、それが空間を造形する瞬間だ、と説明した*01といわれる。この説明は空間とは何かということを考えるうえで光が不可欠な存在であることを示している。
 いま外界から閉ざされ暗闇が支配する部屋に、天井から一条の光が差し込む情景を想像してみよう。この差し込む光によって、暗闇が押しのけられ、“空間”が浮かび上がる。

パンテオン/ローマ・イタリア

情報の光、強度の光
 差し込む光の束から放射された光の粒子が、周囲に存在する様々な表面にぶつかり、反射し拡散する。このときこの反射・拡散した光には、周囲の表面がもつ様々な特性(サーフェスやテクスチャー)が“情報”として刻み込まれている。そしてその光はさらに他の表面での反射、拡散を繰り返し、多重に干渉し合いながら部屋の中の大気を満たして行く。
 一方天上から差し込む直射光そのものには何の情報も含まれていない。そこにはただ光の強度があり、刺激があるのみである。光が届かず、反射光も生じない部屋の奥の暗闇もまた何の情報も与えない。

光と闇のグラデーション
 暗闇に差し込む光は、その部屋の中に光の濃淡(グラデーション)を生じさせる。このグラデーションの両端は、何の情報も含んでいない“光”と“闇”である。そのエネルギーとしての“光”と、反射光すらない“闇”の中間に、光の“情報”のグラデーションが、光の強度と拡散度に応じて分布している。暗闇の中に浮かび上がる“空間”とは、この情報を与える光が分布する領域、それを示す言葉に他ならない。
 したがって、この光によって浮かび上がる“空間”には密度がある。“空間”の密度と範囲は、光の強度と拡散度に対応し、暗闇の密度と範囲に反比例する。空間の密度の高いところが明るく浮かび上がり、密度が低くなるにつれて次第に明るさを失い、暗闇の密度が増してくる。そしてついには光が照らし出すものがない、漆黒の闇へとつながって行く。それにともない“空間”も徐々に消失していくように見える。しかし実はその暗闇の中にも、モノが存在し、移動できるという意味での空間がある。それが物理的空間である。

光に包まれた空間
 この物理的空間の中を人が移動するときに受け取る“光の情報”をギブソンは「包囲光」*02と名づけた。包囲光にはそこを取り囲む全方向の表面の情報が投影している。したがって移動するすべての場所で人が受け取る“光の情報”は、世界でそこだけの、ただ一つの構造を持つ。
 天上から差し込む直射光の真っ只中にいる状況を想像してみよう。それはまさに舞台の上でスポットライトを浴びた状況である。このとき人が包まれる直射光は、情報のないエネルギーとしての光である。スポットライトの外は薄暗い情景にしか見えない。それは強度のエネルギーの光のカーテンをくぐり抜けた弱々しい包囲光が周囲のわずかな情報しか伝えないためである。
 このように周囲の情報が遮断された状況で、自分自身の身体だけが強度の光に照らし出され明瞭に浮かび上がるとき、人は自らが“光に包まれた”空間にいると感じるだろう。このとき人は自分自身の内面と向き合い、“空間”として意識たらしめる“光”の根源について考えざるを得ない。この光が“情報のない”光だからこそ、自然界を超えて依存する非物質的な光、すなわち宗教的な光と結びつく。“光に包まれた”空間は宗教的“空間”に容易に転換する要素を持っている。

暗闇から眺める空間
 一方、暗闇の中にいて、天井から差し込む光を眺める状況を想像してみよう。それはまさに観客席から、スポットライトを浴びるステージを眺める状況に似ている。自分自身は、存在し移動できる物理的空間の中にいながら、自らの姿も、ごく近い身の回りの何もかもが暗闇に沈んで見ることができない。しかし視線の先には光の中に浮かび上がる“空間”がある。このとき人は、自分がその“空間”とは別の場所にいて、その“空間”に所属していない感覚と、その“空間”から得る“光の情報”を冷静に客観的に判断する自分自身を発見するだろう。
 暗闇の中から眺めるその“空間”は“情報の空間”そのものである。それはTVや映画、演劇など他のもの、バーチャルなものに容易に置き換えられる“空間”でもある。
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*01:建築意匠講義/香山 壽夫/1996.11.25 (財)東京大学出版会
*02:レイアウトの法則-アートとアフォーダンス/佐々木正人/2003.07.25 春秋社


建築意匠講義
香山 寿夫
東京大学出版会

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レイアウトの法則―アートとアフォーダンス
佐々木 正人
春秋社

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