Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

臨済宗南禅寺派・達磨寺(2011年4月17日参拝)

2011-05-01 | 聖徳太子御遺跡霊場
昨日行こうと思ってた達磨寺ですが、
やっと結局今日行くことに。(笑)


奈良県北葛城郡王寺町にある臨済宗南禅寺派の寺院。
御本尊:千手観音菩薩・達磨大師・聖徳太子


達磨寺の境内には達磨寺1号墳・2号墳・3号墳と称される3基の古墳
(6世紀頃の築造)が存在し、このうちの3号墳の上に本堂が建てられている。
この古墳は平安時代には聖徳太子ゆかりの達磨禅師の塚であると
信じられていたようである。

この寺の創建については、推古天皇21年613年の冬、聖徳太子が片岡山で
飢えていた異人に衣食を施したという片岡山飢人伝説にからめて語られる。


【片岡山飢人伝説】
日本書紀によると推古天皇21年12月庚午朔(613年)皇太子が
片岡山を通りかかったところ、飢えて瀕死の異人に出会った。
太子はその異人に当座の寒さと飢えを凌ぐ為食物と自分の衣服とを与えた。
翌日使いをやって様子を見に行かせたところ既に息絶えていたので丁重に葬った。
それからしばらくして墓の様子を見に行かせると死体は消えており、
衣服だけがきちんとたたまれて棺の上に置かれていた。
後世、あの異人は達磨禅師の生まれ変わりに相違ないと言い、
飢人の墓の地とされた北葛城郡王寺町に、
聖徳太子が自ら刻んだ達磨像を祀ったのが達磨寺の始まりであるという。







【本堂】




達磨大師の墓所であるといわれる古墳の上に建立されています。


【鐘楼】



【薬師石】


1791年(寛弘3)の「大和名所図会」にも描かれている「薬師石」。
目を閉じて近寄り両手で抱けば病気が全癒すると伝えられている霊石です。


【問答石】


613年(推古天皇21)に聖徳太子と飢人に身をやつした達磨大師が出会い、
歌を詠み交わしたと伝えられる場所です。


【雪丸像】


聖徳太子の愛犬である雪丸は人の言葉が理解できたといい、
達磨廟を守る為に自分の遺骸を本堂の東北隅に埋めよと遺言したという。


【御朱印】
朱印はやっていないようです。


こちらの達磨寺は京都の達磨寺と違ってダルマもなく、
とてもあっさりとしたお寺でした。

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