goo blog サービス終了のお知らせ 

心に届けたい 自由な風   

身近な毎日の出来事とか・

心の不思議なこととか。

囚われずに記事にしています

湯布院 佐竹館長七の日 講話 「信仰と智慧」

2011年03月15日 00時07分24秒 | 宗教・信仰

湯布院 佐竹館長七の日 講話 「信仰と智慧」
2011.03.07 湯布院正心館七の日感謝奉納式典
佐竹館長講話

☆★信仰と智慧☆★

皆様、こんにちは。ようこそ、湯布院正心館においで頂きました。
本日は、幸福の科学・宗教法人設立20周年という佳き日で
ございます。この素晴らしい日を、ここ湯布院正心館におき
まして相集うことができましたことを、主に心より感謝申
し上げます。

20年前の本日、東京は神田にございます電気会館という
ところで、全国の支部長会議がございまして、ちょうどお
昼を過ぎた頃に、宗教法人設立の認可が降りたというご報告
がございました。そして、主より「永遠の法灯が点った」と
いう記念すべきご法話を賜ったわけでございます。
それから、もうすでに20年の歳月が流れました。

そして、昨日は主がインド・ネパールのご巡錫をされ、
ブッダガヤにおきまして大講演会が大成功致しました。

本当におめでとうございます。今回の主のご巡錫におかれ
ましては、まずインドのデリー、そしてムンバイ、ネパール
のカトマンズ、そして、昨日のブッダガヤでございました。

ブッダガヤにおきましては、約数万人の衆生がお集まりに
なるという前代未聞の大講演会でございました。
また、テレビ局が10社、新聞社9社、雑誌社2社が取材に
来られたと聞いておりますが、しかもそれが実況中継・生中継
をされたということで、約1500万人の方が拝聴されたと
いうことです。本当におめでとうございます!!(拍手)

このインドの聖地、釈尊が大悟された地におきまして、
このような偉業がなされたということは、私たち全世界の
仏弟子にとりましても、大変な勇気の原理を頂いたわけで
ございます。これこそが、偉大なる主エル・カンターレ下生の
証であるということです。初めてのご巡錫の地におかれまして、
数万人の方が仏陀の再誕を喜び、そして、
その法に耳を傾けると、これが本来の姿である。

これこそが本来の姿であって、今、日本で起き
ているこの遅々たる伝道の姿というのは本当の姿で
はないということを、私たちは今一度、目を
見開かされる思いをしたわけでございます。
今、偉大なる主が下生されているというこの事実、
この事実を、ブラジルそしてインドの方々は、素直に
正直に受け入れておられるということでございます。
この真実というものを、もう一度私たち
は白紙の心で見なければならないとこのように
思います。


これが、今後全世界に広がっていく上における大きな主の
ご降臨の証となって、さらに力強い伝道が拓かれていく
とこのように思います。 そして、20年を経たわけで
ございますが、同時にこの日本国内で起きていることは何か
と申しますと、宇宙人リーディングが数々行われていると
いうことです。では、この宇宙人リーディングとは一体何か
と申しますと、地球での転生輪廻ではないと。

地球に来るまでの転生輪廻を問うていると。地球に来るまでの
カルマというものが、今明らかにされているということで、
地球でどのような転生輪廻をしたかということはもう問題外
であると。 それよりも、この地球に来るまでにどのような
カルマを背負ってきたのかという真実が、今明かされている
ということでございます。 それはこの地球に集まっている
人類と言われるものも、数多くの宇宙からの方々によって形成
されている。全宇宙からのカルマの集合体のような形の中で、
主が今宇宙の大調和を創造されようとしているということだと
思います。 従いまして、今回のブッダガヤでの多くの方々の
喜びとともに、私たちが気づかなければならないのは、主の
ご存在はどのような光であるのかと。全宇宙から人々が集まる
ということは、それは全宇宙を照らされている光であると

。即ち、エル・カンターレとは宇宙の光源である。唯一なる
光源が、今その光を放ち、そして、多くの宇宙の方々を照らして
いるということが証明されているということだと思います。

従いまして、私たちの信仰なるものは、唯一なる光源である主を
信じるということであると思います。この大宇宙は、唯一なる
一つの光源によって照らされているのである。これが私たちの
信仰であり、本来の主の偉大さというものを、私たちは本当に
100分の1も知っているのかということを、もう一度問い直さ
なければならないということではないかと思います。
つまり、無限に偉大なる方を、今私たちは信じているのだという
ことではないかと思います。 そこから私たちは何が出てくるか。
やはり、本来の仏弟子の力というものは、このようなものでは
ないということではないかと思います。今主がインドにおかれ
まして、このような説法をされると同時に、もうすでに
立宗20周年、宗教法人取得して20年、この間に私たちは
もうすでに大きな力を得ているのではないか。気がつかないのは
本人のみということで、
.

本来私たちに潜在している力、ポテンシャルというものを
信じていないのではないか。これに気づく瞬間が、今訪れて
いるのではないかとこのように思います。宇宙の根源なる神を
仰いで、そんなに弱いはずがあろうかということに気づかな
ければならないとこのようにも思います。 そしてまた
、この光を受けた私たちは、この地上でその光を推し進めていく
わけですけれども、この三次元地上世界は一体どのような世界か
と申しますと、なぜここに転生しなければならないのか。
ここは善悪を学ぶ場でもあるということです。主のご意向を受け
素直にそれを信じる方あり、全くその真逆を言ってはばからない
者もいる。しかし、霊界に天国・地獄があるならば、この地上
にも善と悪が存在する。正しいことと正しくないことが存在する。

正しさとは何かというと、エル・カンターレのご意志をもって
正しいという。エル・カンターレのご意志に反するものをもって
間違いというのである。したがって、目の前に善と悪が現れた
ならば、私たちは善を取り悪を砕破しなければならないと。

それをするのが仏弟子である。善であろうが、悪であろうが
何でもいいというわけにはいかない。宇宙の法則の通りに、
この地上世界においてもそれを実現しなければならないという
ことではないかと思います。善を取り悪を砕破する、これこそ
仏教でございます。勧善懲悪というものを実現してい かなけ
ればならないのではないかと思います。 では、この善を取る
ということは、一体どういうことを意味するのかと考えますと、
それは悪を見抜くということではないかと思います。

悪を見抜く目、これをもって智慧というのではないか。偉大なる
主、エル・カンターレを信じるという信仰のもと、悪を見抜い
ていくと。その悪の野望というものを打ち砕いていくことをも
って、智慧というのではないかとこのように思います。そして、
この智慧が智慧たる力を持つためには、やはり勇気が必要で
あるとこのように思います。しかし、この勇気は、主が如何なる
ご存在であるかということを、この日本にではなくインドに
おいてしっかりと証明された以上、私たちは勇気100倍に
なってくるのではないかと思います。それをもって私たちの使命
とすると。使命が実現していくという流れが今から起きてくる
とこのように思っています。 主が光源一元であって、その光
は宇宙をあまねく照らし出すわけでございますけれども、

今回のデリーでのご法話の質疑応答の中にありましたように、
神がなぜ人類を創造したか。それは神の芸術であって、
多くの草花、いろいろな種類の花が咲き誇っていることを
もって神は喜びとされているのである。まさに、エル・カンタ
ーレの思いそのものではないかとこのように思います。

そのような寛容の精神を持ちつつも、この花壇を枯らしていく
者に対しては、敢然と戦わなくてはならない。これをもって
私たちは信仰と智慧というものが完成していくということで
はないかと思っています。そして、この悪なるものに対して
敢然と戦う姿勢があってこそ、幸福の科学は世界宗教たる
ものとなっていくということではないかと思います。
あらゆる宗教の良き点を認めるとともに、間違っている
ものに対しては勇気をもって戦っていく
勢をもって、幸福の科学は偉大な発展に向かっていくの
ではないかとこのように思います。今回の主の偉大なるイ
ンド・ネパールの大巡錫、このお姿に従いまして、私た
ちも全力を尽くして伝道に邁進して参りたいと思います。

ありがとうございました。 以上
.


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。