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【序章・地獄の世界】 『知らなかったでは済まない霊的真実』

2016年09月20日 22時39分01秒 | 宗教・信仰
  書籍「地獄の方程式」より、抜粋      

  

【序章・地獄の世界】
『知らなかったでは済まない霊的真実』

●地獄の“殺戮(さつりく)劇”は今、この同じ空間で起きている!

地獄を単なる思想としてのみ捉えている人も数多いことでしょう。しかし、地獄は単なる思想ではなく現実にあります。現実にあるといっても、仏がそれを創ったという意味ではありませんが、少なくとも、その世界に生きている者にとっては、現実さながらに感じられるということです。
みなさんが病気のとき、高熱に浮かされて見る夢は、どのようなものでしょうか。それは、真っ暗で、寂しく、冷たい世界の夢でしょう。あるいは、命を狙われて追いかけられたり、穴に落ちたり、事故に遭ったりという不幸な経験を、夢のなかでしたことがあるかもしれません。
そうしたときは、実は地獄の世界を霊的に垣間見ていることが多いのです。すなわち、地獄とは悪夢そのものでもあると言えるわけです。
夢のありがたいところは、目覚めれば何でもないという点にあるわけですが、地獄という悪夢はなかなか覚めず、覚めるまでに何百年もかかってしまいます。
地獄の住人たちは、「これは悪夢に違いない。こんなばかなことが現実に起こるはずがない」と言い続けていますが、不思議なことに、この夢だけはなかなか覚めません。夢がリアリティー(現実感)を持っており、その世界で新たな自己をつくらないかぎり、そこから抜け出すことはできないのです。
天国・地獄は、目に見えない世界のどこかにあるのではありません。はるか上空に天国があるわけでもなければ、地面の下に地獄があるわけでもないのです。天国・地獄はみなさんが生きている世界と共存しています。三次元世界のなかにあの世が共存しており、人々の心のなかが、そうした世界へとつながっているのです。

地上の人間の目には見えませんが、往来を歩いたり、ビルのなかで仕事をしたり、学校で勉強をしたりと、みなさんがさまざまなことをしているのと同じ空間のなかで、実は地獄や天国が展開されているわけです。みなさんから見れば、きれいに舗装された道路を歩いているだけであっても、その同じ空間で地獄の殺戮戦が展開されていることがありうるのです。
まったく不思議な世界ですが、そうした思い、心というものが、リアリティーを持って存在し、夢が夢でなくなるときがあるのです。したがって、あの世の世界は覚醒時と睡眠時とが逆転したようなものだと考えてよいでしょう。

人間は一生のうちに何度か、リアリティーのある夢を見るものですが、そうした夢のなかで、以前に見た夢の続きを見ることがあると思います。そうした場合には、以前、睡眠中に霊界へ行き、そこでさまざまな経験をして地上に還ってきた人が、再び霊界へ行って、その続きを経験していることが多いのです。
したがって、「自分は天国的な人間か、それとも地獄的な人間か」「自分の心の傾向性は、天国と地獄のどちらに向いているか」ということを知りたければ、自分が夢の世界で見るものをよく考えてみればよいのです。平和な世界のなかで人々と喜びを分かち合っているような夢を、数多く見るならば、その人は天国的な人でしょう。反対に、いつも夢のなかで暗く寂しく厳しい環境に置かれ、心が休まるときがないならば、その人は睡眠時に地獄へ行っているのです。そうした悪夢を見ている人は、それが自分の来世の姿かもしれないということを実感していただきたいと思います。

【序章・地獄の世界】
●“サラリーマン生活”は憑依(ひょうい)霊でいっぱい

私は1981年の3月に霊的な現象を実体験し、霊界の様子が分かるようになったわけですが、その後も5年あまり、この世での生業(なりわい)として会社生活をしていました。
その間、私は、「霊的な実相感覚と、この世の実社会での感覚とは、ずいぶんずれがあるものだ」ということを、常々、実感していました。
この世を去った人たちは、今もなお意識を持って生活しています。彼らは肉体的頭脳もないのに考えることができ、意見を言うことができます。生前の考えを引き継ぎながら、死後に自分が体験したことなどを追加経験として持ち、独特の意見を持っています。そういう人たちが、この世と混在した世界のなかで生活しているのです。しかも、不思議なことに、あの世の世界からはこの世の世界が見え、あの世の霊には、この世の人の考えていることが手に取るように分かるにもかかわらず、この世からは、霊的な感覚を持っている一部の人を除いて、あの世がまったく見えません。
私は霊的な体験を重ねながら会社に勤めていたのですが、この世では信じられないような話なので、当然、そういう話を会社でするわけにはいきません。
しかし、仕事をしていると、私には周りの人の霊的なものが分かり、不思議な感じがしました。一つの課のなかで机を並べている人たちに、いわゆる憑依霊が憑(つ)いているのがよく分かったのです。そして、私が仕事をしていると、その憑依霊が私にいろいろと話しかけてくるのです。これにはほとほと辟易(へきえき)しました。
特に、性格的に非常にきつい人の場合は、憑依霊の数が一体どころではなく、もっと多いのです。四体から六体ぐらいの憑依霊が憑いている人がいて、いろいろな霊がその人を中心に動いていました。 

略 

●うかつに霊視ができるようになると精神病院行きになる人も
 
このように「霊視」といって、霊体が見えたり、人のオーラが見えたり、憑依霊が見えたりするようなことがあります。
ただし、この霊視もほどほどにしないと、昼間から幽霊がいろいろ見え始めると精神病院行きになることも多いですから、あまりありがたがらない程度に抑えておく必要があります。霊が見えてくることもありますが、「こんなものは、見えてもしょうがないんだ」と思っていますと、あまり気にならなくなって、それほど感じなくなってきます。
ところが、それに興味を持ちすぎると、道行く人や、電車の中で乗り合わせたすべての人に、憑依霊の姿が見えたりし始めます。こうなると、人間としての生活がほとんどできなくなりますので、これはあまり歓迎しない程度にしておいた方がよいのです。
 
《ポルターガイスト(騒霊現象)は強い念力を持つ霊が起こす》
 
よく「幽霊は壁を通り抜けて入ってくる」という話がありますが、まったくそのとおりです。私たちの魂も、睡眠中に肉体を抜け出すときには、肉体を布団の中に置いて、天井裏から屋根を抜けて、ピーターパンのように空を飛んでいくことがあります。
一般的に、霊体というものは、地上の三次元の物質、物体を自由に素通りします。それはそれは便利なものです。
ただ、自由に物体を通り抜けることができる便利さがある反面、この世の人に影響を与えるのが極めて難しいということがあります。要するに、物をつかもうとしても、それを素通りしてしまうわけですから、鉛筆一本でさえ触れることができないわけです。そういう難しさがあります。
 
しかし、稀には、「ポルターガイスト」といって、ガタガタという物騒な音を出しながら物が落ちたり飛んだり、電球が切れたり、天井がミシミシいったりするというようなお化け物語があります。これなどは、もちろん悪霊現象です。その霊体が、実は精神集中による非常に強い念力によって起こすわけです。
そうしたことを起こしたいと強く念っていて、それに精通してきますと、ある程度、この世への干渉を起こすことが可能になってきます。しかし、普通の霊ですと、なかなかそこまで習熟しないので、地上に対する影響力を行使することは極めて困難です。
 

夢が夢でなくなったとき、あなたはどうしますか。

そのとき頼りになるのは、仏法真理を知っているということです。仏法真理を学んでいるかどうかが、まさしく分かれ目となります。生きているときに仏法真理をしっかりと学んでいれば、悪夢のような地獄の世界からどうすれば逃れられるか、その方法が分かるのです。しかし、生前に仏法真理を学んでいなかった人は、地獄には学校があるわけではないので、どうすればそこから逃れられるのかがわかりません。

 

「知は力なり」という言葉は真理なのです。

 


 

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