残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一五〇話 コマンドーなお話

2020-04-23 00:00:00 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 少年と佐藤は団長を追いかけて走り出した。今のところ同胞団内の反乱勢力も団長の命を狙って攻撃を仕掛けているらしく、彼らから団長の居場所が無線を通じて送られてくる。それによると団長は、数名の構成員らと共に武器弾薬の保管所に向かっているらしい。

 一方で街にいた感染者たちもこれだけドンパチしていればさすがに気づいたようで、団員たちが拠点に近づきつつある感染者を射殺しているらしき銃声も聞こえてくる。まだ銃声は散発的だが、時間が経つほど押し寄せてくる感染者の数も多くなるだろう。



 だが今のところ、同胞団はこの拠点を捨てるつもりはないようだ。それもそのはず、ここは連中にとって重要な拠点だ。武器弾薬やその他燃料、食料をはじめとした生活必需品といったあらゆる物資を連中はここに集積している。ここを捨てるということは、同胞団の強さの源たる豊富な物資も捨ててしまうということだ。

 その選択は最後の最後までやらないだろう。なので今はやってくる感染者を撃退し、拠点を守り抜こうという選択らしい。



『そっちに向かったぞ、逃がすな!』



 団員の死体から奪った無線からは、反乱者たちの怒号が聞こえていた。ドンパチが始まって早々に、情報漏洩を恐れたのか同胞団側は無線機の周波数を変更してしまった。少年は無線機の周波数を反乱者たちが使っているものに変更し、彼らの動きを把握することに努めた。

 同胞団は二手に分かれて行動しているようだった。一隊は少年や反乱勢力の鎮圧、もう一隊は拠点に接近する感染者たちの撃退だ。そのおかげで追撃してくる同胞団員たちの数が少ないのはありがたいが、基本的に銃撃戦は銃口が多い方が勝つ。少年たちは団長を追い、そして団員たちに追いかけられている。この状況では足を止めて撃ち合いをしている暇など無く、団長たちの姿を見失わないように走り続けているのが精いっぱいだった。



 その団長はというと、何人かの部下を引き連れて武器弾薬保管所に向かっているところだ。そのルートも一定しておらず、建物の中を通ったり、かと思えば外を走っていたりとバラバラだ。何とか少年たちを振り切ろうとしているのだろう。だが足止めに割ける人間はそう多くないらしく、今は戦うよりも逃げることを選んでいるようだった。



 団長らの後を追いかけることは、さほど難しいことではなかった。彼らが通った後はドアなどが開けっ放しになっていて、痕跡が多く残っている。団長たちの背中が見えなくなっても、その後を辿るのは簡単だった。



 そして団長たちは今、以前は工場の事務棟だったらしきコンクリート製の建物の中を移動しているようだった。佐藤から渡された地図を見ると、事務棟のまっすぐ先には武器弾薬保管所がある。目的地への最短ルートだということだろう。

 事務棟の扉は開け放たれたままだった。少年と佐藤は中の様子を伺うが、いまだに停電から回復していないせいか、事務棟の内部は非常灯がわずかに灯っているだけで、ほとんど真っ暗だった。



 背後からは団員達が追ってきていて、早くも怒声と共に銃弾が飛んでくる。事務棟の外壁に着弾の火花が散り、二人は急いで事務棟の中に入ると、扉の近くにあった清掃用具用のロッカーを倒して入り口を封鎖した。これで背後から撃たれる心配は、当面なくなった。



「暗視装置を持ってる。お前は俺の後についてこい」



 佐藤はそう言うと、ヘルメットの固定具に暗視装置を取り付け、目に当てた。視野を確保するためにレンズが4つある暗視装置を付けた佐藤は、さながら不気味なエイリアンのようだった。今まで捕まっていた少年にはそんな便利な道具はなく、おとなしく佐藤の後ろについていくしかなかった。



 工場の事務棟は長い間誰も出入りしていなかったらしく、床には埃が積もっていた。しかしライトで照らすと、積もった埃の中に足跡がいくつか残っている。

 外の喧騒とは正反対に、事務棟の中は静まり返っている。ここに敵が潜んでいるのか、それとも団長と一緒に移動を続けているのか。少年と佐藤はフラッシュライトで時折床の足跡を辿りながら、前へと進んでいく。



「危ない!」



 突然佐藤がそう叫び、少年を突き飛ばした。埃まみれの床に顔を突っ込んだ少年の頭上と、銃声と共に飛来した銃弾が掠めていく。佐藤が片手でカービン銃を撃ちながら、鉄筋コンクリートの柱の陰に少年を引っ張り込んだ。

 廊下の向こうで銃を撃っているのは、団長と共に行動していたはずの3名の団員だった。彼らは事務机や椅子を廊下の真ん中に積み上げて即席のバリケードを作り、そこから少年たちを狙っていた。一人は軽機関銃を持っており、机の上に機関銃の二脚を立てて、少年と佐藤が隠れるコンクリートの柱へと銃撃を加えている。残りの二人も手に手に自動小銃や短機関銃を携え、少年たちを狙っていた。バリケードに雑に括り付けられたフラッシュライトが、二人の隠れる柱を照らし出している。



「連中、俺らを足止めするつもりだな」



 佐藤がそう言って、一瞬だけ柱の陰から銃口を突き出し、発砲しようとした。だが断続的に加えられる銃撃のため、中々顔を出すチャンスが作れない。

 団員たちがバリケードを築いているのは、長い渡り廊下の先だった。その脇には部屋など無いから、廊下ではなく部屋を通って回り込むなんてことは出来ない。さらに近づこうにも二人が今いる場所から先には遮蔽物など無いので、進もうとすれば銃撃に身をさらすことになる。



「どうします? 戻って別の道を探しますか?」

「そんな時間はない。それに、俺たちを追ってきてた連中と鉢合わせもしたくないな」



 となると、残る手段は正面突破以外にない。だが長い廊下の先からバリケードを築いて銃撃してくる敵を、どうやって黙らせるのか。それに絶えず銃撃が加えられている今の状況では、様子を伺おうと顔を出すことすらできない。

 だがのんびりしている時間もないことは、ボロボロに崩れていくコンクリートの柱を見れば明らかだった。ここで足止めされている間にも、二人を追いかけている同胞団の一隊が追い付くかもしれない。それにここに留まっていては団長を逃してしまうだろう。それが狙いであの三人組はここに残って少年たちを足止めしているのだ。



「それで、どうするんです?」

「いいか、今から言う俺の指示通りに動いてくれ。ミスをしたらお前も俺も死ぬ、だけど上手くいけばここを突破できる」



 佐藤の作戦を聞いた少年は、その方法に顔をしかめた。どう考えても危険が大きすぎる。

 だが今は、それ以外にいい方法を思いつかなかった。





 一方渡り廊下の反対側、バリケードを隔てて少年たちに銃撃を加えている三人組は、少年たちの動きがないことを不審に思っていた。

 彼らを足止めすべく機関銃で断続的に銃撃を加え、他の二人も時折射撃に加わっていた。三人がここに残って急ごしらえのバリケードを築き、少年たちを迎え撃ったのは団長の命令もあったからだが、何よりもここで手柄を上げておけばさらに上の地位を目指せると考えたからだった。



「力なきものに生きる資格はない」がモットーの同胞団においては、自分がどれだけ同胞団の役に立てるかでその地位が決まる。同胞団創設者の団長や戦闘に加わらないエンジニアを除けば、幹部は元暴力団員や元警察官、元自衛隊員といった戦闘に秀でた者が多い。すなわちどれだけ敵を殺せるかで、同胞団で自分が出世できるかが決まる。

 また同胞団への貢献度は、命令の遂行度合いによっても変わってくる。命令をきちんと遂行すればポイントが上がる。逆に与えられた命令の遂行に失敗し続けた者は、役に立たないと見なされる。

 敵は二人、しかもここで足止めをしているだけで、仲間たちが挟み撃ちにしてくれる。これほど簡単な仕事はない。バリケードの向こうの三人は、ひとまず佐藤と少年の動きを止めることだけを考えて、銃弾をばらまいていた。



 突然、佐藤たちが隠れた柱の陰から、何かが放り投げられた。床を何度かバウンドしたスプレー缶のようなそれは、回転しながら白煙を噴き出し、あっという間に廊下を煙幕で満たして団員たちの視界を遮ってしまう。



「スモークだ!」



 煙に紛れて逃げるか、それともこちらを攻撃してくるつもりなのか。そう考えた団員たちは、廊下を満たす煙の奥目掛けて発砲した。佐藤たちが煙幕を展開しても、その場にくぎ付けにしておくためだった。絶えず銃弾を浴びせていれば、いくら煙の向こうで姿が見えないとはいえ、佐藤たちもそう簡単に身動きは取れないだろう。

軽機関銃が連射され、ベルトリンクで繋がった5.56ミリ弾が気前よく機関銃の中へと吸い込まれ、銃口から吐き出されていく。無数の空薬莢が床に落ちて、小さな金属音を立てた。



 煙の向こうから、反撃の銃弾が飛んでくることはなかった。もしかしてここは通れないと諦めて逃げたのかもしれない。機関銃を撃っていた団員がそう思ったその時、それまで気前よく銃弾を吐き出していた機関銃が静かになった。弾切れだ。



「リロードする」



 相手はとっくに逃げたかもしれないが、一応再装填することだけは伝えておこう。男はその言葉と共に、再装填すべく機関銃のフィードカバーを開けた。横で銃を構えていた他の二人の視線が一瞬だけそちらに向かったその時、煙幕の向こうから何かが飛び出してきた。



 煙の中から姿を現したのは、さっきまで柱の陰に隠れていた少年だった。少年は手にした短機関銃をバリケード向けて構え、引き金を引く。バリケードの奥にいた男たちに銃弾が当たることはなかったが、それでも突然の攻撃に、男たちは思わず首をすくめた。まさかこちらの機関銃座に向けて進んでくるとは、彼らも想定外だった。



「この・・・!」



 応戦しようと頭を上げかけたが、途端に目の前で着弾に火花が散り、再び団員たちは頭を下げた。制圧射撃だ。こちらに当てようと思って撃っているわけではないが、こちらは銃弾が当たるかもしれないという恐怖で身動きが取れない。

 だが少年の持っている短機関銃に装填されている銃弾は多くて25発。そんなもの、あっという間に弾切れになる。少年の射撃が止んだその時に、再びこちらから銃撃を加えればいい。

 渡り廊下に障害物はなく、銃撃に晒されたら隠れる場所はない。こちらに向かってくる勇気は認めるが、勇気と無謀は違うものだ。バリケードに隠れた団員たちは目を合わせ、少年が再装填するタイミングを見計らう。バリケードに隠れているせいで少年の様子は見えないが、銃撃が止んだ時が彼が死ぬ時だ。



 二発から三発の短連射が繰り返され、そのたびに事務机やロッカーに銃弾が突き刺さる金属音が鳴り響く。だが唐突にその銃撃が止んだ。少年の短機関銃が弾切れになった瞬間だと理解した団員たちは、バリケードから身を乗り出して銃を構える。





 だが団員たちが引き金を引く前に、バリケードに向かって小走りで進む少年の背後から、もう一つ人影が表れた。それは今まで少年の背後に隠れていた佐藤だった。

 佐藤は少年の前に出て、前進しながら自分のカービン銃を発砲する。そして今度は少年が佐藤の背中に隠れると、素早く弾切れになった短機関銃に、新しい弾倉を装填した。その間も二人は前進を続け、着実にバリケードへと近づいていく。



 バリケードに向かってくるのが少年一人だと思っていた団員たちは、絶えず飛んでくる銃弾にパニックに陥った。再びバリケードの奥に引っ込んだが、間に合わなかった一人の肩を銃弾が貫き、銃声に混ざって悲鳴が廊下に響き渡る。

 佐藤のカービン銃が弾切れになり、今度は少年が前に出た。佐藤が再装填している間も、少年は団員たちがバリケードから顔を上げられないように銃撃を続ける。



 佐藤が出したアイディアは、煙幕を展開して団員たちに無駄弾を撃たせ、一番の脅威である機関銃が弾切れになった瞬間にバリケード向かって突撃するというものだった。

 ただし一人で撃っていたのでは、弾切れになった瞬間に団員たちの反撃を食らってしまうだろう。一人が前進、一人がその場に留まって援護射撃という考えもあったが、煙幕の中では味方を背中から撃つ恐れがあった。

 だから二人で前進し、一人が撃っている間にもう一人がその背中に隠れ、交互に発砲することで銃撃を絶やすことなく前進する、というある意味捨て身の戦法を取るしかなかった。盾になる者が敵の銃弾に倒れる可能性もある危険な方法だったが、時間がない中では他にいい方法もなかった。



 少年の短機関銃が再び弾切れになったが、佐藤が前に出てくることはなかった。十分にバリケードに近づいた今、銃撃を継続する必要はなかった。少年の背後で佐藤は手榴弾の安全ピンを引き抜くと、勢いよくそれを放り投げた。

 浅い弧を描いて放り投げられた手榴弾は、バリケードの淵で一回バウンドし、ちょうどバリケードのど真ん中に落下した。銃撃が止んだことで反撃すべく頭を上げた団員たちだったが、直後背後で起こった爆発が、一瞬で彼らの命を奪った。バリケードに投げ込まれた手榴弾に、団員たちは最後まで気づいていなかった。





 一方少年と佐藤は爆風をやり過ごすべく、その場に伏せて耳を塞いでいた。頭上を爆風が通り過ぎ、窓という窓のガラスが粉々に砕け散る。しっかりと固定されていなかったバリケードを構成する机や椅子が吹き飛ばされ、甲高い音を立てて廊下に落下した。

 天井が低い廊下では手榴弾の遠投など出来ないので、こうやってギリギリまで近づくしかなかったのだが、一歩間違えていればこちらも死んでいただろう。少年が恐る恐る顔を上げる横で、既に佐藤は銃を構えて半壊したバリケードに乗り込んでいた。



 手榴弾で吹き飛ばされたバリケードの中には、破片と肉片が散らばる悲惨な光景が広がっていた。肩を撃たれ、床に倒れていた団員は、至近距離で爆風を食らったのか、もはや人相も判別できない人の形をした赤い塊と化してしまっている。佐藤に反撃を試みていた二人も背中から爆風を浴びて、手足は変な方向にねじ曲がり、頭部や背中に無数の金属片をめり込ませて絶命していた。



「これ、使えるな?」



 立ち上がった少年に佐藤が手渡してきたのは、今まで団員たちがバリケードの中から撃ってきていた軽機関銃だった。見たところ壊れている様子もない。どうやら団員の死体が、爆発の際に盾になったようだ。

 少年は弾切れになった短機関銃を捨て、軽機関銃を受け取った。既に装填済みの機関銃は10キロの重さがあったが、今の二人にとっては強力な武器だった。以前に佐藤と一緒に自衛隊の防衛拠点で同じ機関銃を見つけたことがあり、その際に使い方は教わっている。



 半壊したバリケードの中で見つけた予備の弾丸が入ったバックパックも背負うと、途端に身体がずっしりと重くなった。だがこれでもう弾切れの心配はない。いくら敵がやってこようと、いくらでも蹴散らしてみせる。
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