残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一五三話 盗んだ車で走り出すお話

2020-11-21 00:00:00 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 団長たちはもう一台の装甲車に乗って、破壊された西門に向かったらしい。もう一台装甲車があると聞いて少年はゲンナリしたが、先ほど佐藤が破壊したのとは違う型の車両とのことだった。小型で装甲も薄く、重機関銃も搭載してはいるが操作は手動のみらしい。



「またあんなことをやるのはごめんですよ」

「当たり前だ」



 装甲車を破壊し、その際に二人とも無事だったのは———少年はボロボロだったが———幸運が続いたからだ。しかしその幸運がいつまでも続くと限らない。先ほどだって少年は、何回も死ぬ可能性があったし、事実死んでいてもこれっぽっちも不思議ではなかった。機銃弾にバラバラにされ、崩落した床の瓦礫に押しつぶされていてもおかしくはなかった。今も少年が生きているのは、幸運が連続してくれたからに過ぎない。



「もう一両は銃手が直接車外で操作しなききゃならないタイプだから、爆弾は必要ない。銃手を狙撃すれば済む」

「見つかったらこっちがやばいですけどね」



 西門に近づくにつれ、轟く銃声は激しさを増していっている。すっかり聞き馴染んだ重機関銃の銃声が空気を震わせ、燃え盛る炎が空をオレンジ色に染めている。拠点内部にも感染者の侵入を許してしまっていることから、かなり大勢の感染者が殺到してきているらしい。



「そういえば佐藤さんの同志はどうしてるんです? 逃げたんですか?」

「いや、何とか団長を追ってはくれている。もっとももうドンパチはやめて、追跡に専念しているようだ」



 さっき撃破した装甲車が武器保管庫から出てくる際に、反乱部隊の数名が重機関銃でバラバラにされてしまったらしい。仲間の無残な死を目撃した彼らは、すっかり戦意を失ってしまったようだ。どうにか踏みとどまってくれてはいるものの、同胞団に攻撃を仕掛けてくれるとは期待しない方がいいだろうと佐藤は言った。



 団長は西門で感染者対策の陣頭指揮を執っているらしい。同胞団も一時は拠点内に感染者の侵入を許してしまうほど押されていたが、装甲車の投入でどうにかこれ以上の侵入は阻止できつつあるようだ。

 その証拠に、西門に近づくにつれて地面に転がる死体が増えていく。ボロボロの衣服の残骸を纏い、やせ細ったその死体は感染者のものだろう。団員たちの死体は見当たらなかった。



 門とは言うものの、実態は同胞団の拠点をタイヤを外した中型バスやコンクリートで作った防壁を工場や倉庫の間に並べて囲み、その隙間に大きな金属製の扉を付けた出入口だった。住宅街に面した西門には機関銃やサーチライトを備えた監視塔や、車両での突入を防ぐためのコンクリートブロックが備えられていたが、佐藤が仕掛けた爆弾で監視塔は倒壊し、コンクリートブロックは押し寄せる感染者の群れに軽々と乗り越えられてしまっている。



 破壊された門の周囲には、多くの死体が転がっている。銃撃を食らってズタズタになった死体がそこら中に転がっているが、その向こうからさらに感染者が押し寄せてきている有様だった。



「弾が無くなる! 誰かデポに行って取ってこい!」



 コンクリートブロックに身体を預け、自動小銃を構えた団員がそう叫ぶ。破壊された西門の周辺で防衛にあたっている団員は10名近くおり、彼らの周辺には無数の空薬莢が散らばっており、余裕が無くなってきていることは離れた場所にいる少年と佐藤にも伝わってきていた。



 破壊された門を塞ごうと、コンクリートブロックを移動させているブルドーザーが前進していた。運転席が鉄板で覆われたブルドーザーに感染者たちが殺到し、中の運転手を引っ張り出そうと無茶苦茶にそのボディを殴りつける。だがブルドーザーは感染者をものともせず、逆に履帯で押しつぶしながら、門扉が吹っ飛んだ通用路にコンクリートブロックを置いた。



 だが感染者の勢いを止めるには、コンクリートブロック一つでは少なすぎた。川に石を一つ投げ込んだところでその勢いを止められないのと同じように、感染者たちはコンクリートブロックの間から続々と侵入を試みている。

 それを迎え撃とうとしている同胞団も、銃撃が散発的になり始めていた。銃弾を消費し過ぎてしまったらしい。彼らにとっても拠点が大規模な襲撃を受けるというのは初めての事態だったのだろう。手持ちの銃弾は既に消費してしまったようで、何人かが集積所に向かって走っていく様子が見える。



 その中で一際大きな銃声を元気に轟かせているのは、団員たちの後方に陣取った装甲車だった。先ほど少年たちを襲ったものとは違い、ジープに装甲を貼ったようなその4輪の装甲車は、屋根の重機関銃を感染者に向けて発砲している。機関銃も無人の銃座ではなく、乗員が外に出て直接操作するタイプのものだ。

 急造のバリケードを乗り越えてくる感染者の群れに対し、同胞団が焦っている様子ははっきりと分かった。おそらく、ここまで大規模な拠点への襲撃は受けた経験が無いのだろう。拠点の周りをうろつく感染者や、街で出くわした感染者を倒したことはあっても、自分たちの拠点に感染者の群れが押し寄せてくるといったことは今までなかったのかもしれない。



 むろん同胞団も感染者の襲撃を受けることを想定して、通用門には銃座付きの監視塔やバリケードを構築し、何らかのトラブルで門が破壊された際も即座に修復できるようブルドーザーとコンクリートブロックを用意していた。だが上から感染者たちを撃ち下ろせる監視塔は佐藤が仕掛けた爆弾で倒壊し、通用門に空いた穴も予想以上に大きく、修復作業は思うように進んでいない。

 地面に転がる死体は全て撃たれて死んだ感染者のもので、まだ感染者に殺された同胞団員はいないのだろう。だが手持ちの弾が無くなり、さらに多くの感染者が押し寄せてくるようなことになれば、彼らは感染者との接近戦を余儀なくされる。



 手持ちの弾が付きつつある中、集積所に弾薬を取りに行こうとする二人の団員がいた。彼らは物陰に隠れている佐藤と少年のすぐそばを通り過ぎようとしていたが、二人に気づくことはなかった。余程焦っていたのだろう、周囲を警戒することもなく、二人はそのまま集積所へ走っていく。



「団長はどこだ…?」



 少年と佐藤が周囲を伺うが、目当ての団長らの姿はどこにもない。装甲車の中だろうか、と目を凝らしたが、小さな窓からでは車内の様子を伺えなかった。少なくとも、装甲車の屋根にマウントされた機関銃を撃っている男は団長ではないようだが。



「おい、見ろ」 



 佐藤の指さした方向を見ると、通用門から少し離れた建物の二階で、窓からこちらの様子を伺う人影が見えた。団員か? と思ったが、団員ならばこちらを見ているのに発砲してこないのはおかしい。



「俺の協力者だ。何とか逃げずにいてくれたみたいだな」



 どうやら彼らは佐藤の協力者である、同胞団の反乱者たちのようだった。先ほどの戦闘で仲間たちを失い、既に戦意喪失して逃げていてもおかしくはない彼らだったが、どうにか団長の追跡は続けていてくれたようだ。



「団長はどうやらあの建物の中にいるようだ。前線指揮でもやっているらしい」



 無線機を手に協力者たちと言葉を交わしていた佐藤が、通用門の近くにあるコンクリート製の平屋の建物を指さした。ここが工業団地だった頃には、警備員の詰め所だったらしい建物だ。窓にはスリットの入った鉄板が張られ、屋内の様子を伺うことはできない。屋根からはアンテナが天に向かって伸びており、詰め所がこの西門における前線指揮所であることは明らかだった。



 自ら最前線で指揮を執るのは状況を逐次把握するためだけでなく、団員たちに不満を抱かせないためでもあるのだろう。常に弱肉強食を謳う団長が、有事の際には自分だけ安全な後方で指揮を執るなんてことがあったら、同胞団の価値観は根底から崩れてしまう。



「で、どうやってあそこまで行きますか?」



 団員たちの目は殺到する感染者に向いているとはいえ、流石に全員が一点を注視してしまうほど彼らも愚かではなかった。数名は感染者の迎撃に加わらず、後方を含めた周辺を警戒している。今はまだ気づかれていないだけであって、二人が詰め所に向かおうと物陰から出ていこうものならば、たちまち見つかって銃撃を受けるだろう。

 もしも団員達に見つかれば、たちまち装甲車の銃口がこちらに向くことは間違いない。先ほどは運よく二人とも無事なまま装甲車を破壊できたが、同じ真似を二度もやるのは御免だった。



「まずは装甲車を無力化する。運転手は外だ、銃手と一緒に倒す」



 装甲車の運転席のドアが開き、そこから運転手が外に出て発砲している様子が見える。停まった状態で運転席に座り続けるよりも、下車して戦闘に加わった方が良いと考えたのだろう。二人がいる位置からであれば、十分狙える距離だった。

 問題は重機関銃の銃手だ。二人がいる位置からでは左右に跳ね上げられたハッチの扉が邪魔で銃手を狙えない。だが銃手が九十度横を向けば、その頭部はがら空きになる。装甲車の屋根のハッチは前面は機関銃の防弾板、左右は二分割式の扉で銃手を防護しているが、背後には防弾板も何もない。



「ゴーストよりローグ、今から装甲車の機銃を無力化する。そこから装甲車に向かって発砲して、銃手の気を引いてくれ」



 ローグというのは同胞団の反乱者たちのことだろう。佐藤が無線機にそう言うと、すぐに慌てたような声が返ってきた。



『はあ!? ふざけんな、俺たちに囮になれってのか!』

「一瞬でいい、機関銃の銃口がそちらに向けばこちらで銃手を無力化できる」

『撃たれたらこっちが死ぬんだぞ!』



 情けない奴らだな、と少年は思った。確かに仲間が機関銃で粉砕される様を見ていれば、怖気づくのも理解はできる。だがそのリスクを覚悟して、彼らは同胞団に対して反旗を翻したのではなかったのか。今更泣き言を言ったところで末に同胞団に居場所がなくなってしまった彼らは、ここで戦って勝利を得るか、逃げ出すか、あるいは死ぬしか選択肢がない。



「今更泣き言を言うんじゃない! お前らがやらないなら、俺たちはお前らの居場所を同胞団に伝えてさっさとここから離れるからな」



 ついに佐藤が脅し始めて、ようやく反乱者たちも言うことを聞く気になったらしい。彼らが今いる場所は西門近くの建物の二階で、団員たちが殺到してくればあっという間に制圧されてしまうだろう。



「いいか、チャンスは一回だ。銃手が機関銃を旋回させて建物を狙う時に背後ががら空きになる、その瞬間を狙う。俺は銃手を撃つ、お前は運転手をやれ」



 運転手と機銃手は同時に制圧する必要があった。運転手は装甲車を降りて、そのすぐ隣で自らも銃を手に感染者を迎撃している。運転手だけならばいつでも狙えるが、そうなると運転手が殺されたことに気づいた銃手がすぐに車内に引っ込んでしまい、装甲車を移動させてしまうだろう。かといって銃手だけ倒しても、同様に運転手が車内に戻ってすぐに移動されるか、運転手が銃座に移動して、今度はこっちに銃弾が飛んでくる。



 少年は団員から奪った小銃を構え、装甲車の隣で膝立ちになり発砲している運転手に狙いを定めた。西門付近で防衛にあたっている団員たちは、未だに少年たちには気づいていない。だが自分たちに向かって銃弾が飛んでくれば、すぐに反撃してくるであろうことは簡単に想像がついた。

 佐藤がカウントダウンを開始し、ゼロになった瞬間、南側にある建物の二階から銃火が瞬いた。防弾板代わりの装甲車のハッチの扉に着弾の火花が散るが、銃手は無傷だった。それでも突然の銃撃に驚いたのか、一瞬銃撃が止む。



「敵だ! 9時方向!」



 誰かが叫び、団員たちが一斉にそちらを向いて間髪入れずに建物向かって銃撃を始めた。だが正面への銃撃が止んだことで、一気に感染者たちが破壊された西門への距離を詰めてくる。何人かがすぐに正面を向いて、感染者たちへの銃撃を再開した。



「機関銃、あいつらを狙え! 感染者はこっちで何とかする!」



 リーダー格らしき団員がそう叫び、装甲車の銃手に向かって建物を指さした。銃を持った相手には、破壊力のある重機関銃で建物の壁ごと撃ち抜いて射殺してしまおうと考えるのは当然のことだった。銃手が頷き、機関銃を旋回させて南側を向く。装甲車の北東方向にいる少年たちは、一瞬だけ銃手の背後ががら空きになる瞬間を待った。



「いま!」



 銃口を南へ向ける過程で、一瞬だけ銃手の背中が丸見えになる。正面と左右は防弾板に守られているが、背後には何もない。重機関銃を構える銃手の背中は、何にも遮られていない。

 少年と佐藤は同時に発砲した。少年の構えたライフルの照準器の中で、背後から胸を撃ち抜かれた運転手が血を撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。続いて銃座の方に銃口を向けるが、既に背中を撃たれ、力尽きた銃手が重機関銃にもたれかかっているのが見えた。



 重機関銃が火を噴くことはなかったが、既に反乱者たちは建物から逃げ出していたようだ。これ以上彼らの協力を得ることは難しいだろう。彼らの戦意は既に失われている。

 だが最大の脅威である装甲車は無力化できた。他の団員たちは感染者を迎え撃つことで手一杯であり、装甲車の銃手たちが倒されたことにはまだ気づいていないようだ。



 その時、詰所の扉が開いて中から男が一人出てきた。見覚えがある男で、団長の護衛をしていた幹部だ。彼に続いて詰所から出てきたのは、二人のターゲットである団長だった。



「あの野郎・・・!」



 とっさに少年は小銃を構え、団長に向けて引き金を引く。だがその前に団長は詰所の陰に隠れてしまい、放たれた銃弾は詰所の壁を抉るに留まった。

 少年が発砲する直前に、団長は装甲車の方を見ていた。きっと撃たれた銃手と運転手の姿を見て、危険だと判断したに違いない。



「敵だ!」



 さすがに背後から二度も銃声が轟けば、団員たちも異常に気付く。こちらを振り返った団員が叫び、二人に向かって発砲した。応戦しようとする少年の目の前で、一台のランドクルーザーが勢いよく詰所の前に停まり、団長が後部座席に乗り込む様子が見えた。護衛の幹部も派手に短機関銃を連射しながら後部席に乗り込み、ドアが閉まると同時にランドクルーザーは急発進した。



「奴が逃げる!」



 少し離れた場所にある装甲車に乗り込まなかったのは、そこまで行く間に銃撃を受ける可能性を考えたか、あるいは最初からSUVで逃げるつもりだったのだろう。遠ざかっていくランドクルーザーを見て少年はいてもたってもいられず、銃撃の中物陰から飛び出した。



「あっおいこら・・・!」



 佐藤が引き留める声が聞こえたが、少年は止まらなかった。姿を現した少年向けて団員たちが発砲しようとしたが、佐藤が牽制の銃弾を放つ。

 二人の近くには団員たちが西門まで乗ってきたらしい車が何台か、路肩に停められていた。少年はその中の一台、大型SUVのパジェロの運転席に飛び込む。



 団員たちがいつでも車を出せるようにするためか、キーは刺さったままだった。それにパジェロは幸い、オートマ仕様のものだった。少年は運転免許を持っていないが、オートマ程度であればアクセルを踏むだけで動かすことが出来るので運転方法はわかる。だがマニュアル車は一度も運転したことが無かった。



 キーを捻ると、途端にディーゼルエンジン特有の振動と共にエンジンが始動した。少年を狙った銃弾が何発か飛んできて、窓ガラスにひびが入る。乗用車であるパジェロには、当然装甲などは施されていない。



「あいつを追います!」



 佐藤にそう言い残し、少年は車を発進させた。佐藤を置いていく形となってしまうが、団長を逃がすわけにはいかなかった。







「あいつ、無茶しやがって・・・」



 一方佐藤も、遠ざかっていくランドクルーザーと、それを追う少年のパジェロを見てそう呟く。一人になってしまったが、あの状況での少年の判断は正しかった。佐藤を待っていたり、どうするか議論していたら、団長が乗った車はより遠くまで逃げて行ってしまっただろう。

 とはいえ、一人で団員たちを相手にするのは多少厳しい。だが、破壊された門から侵入する感染者の数は、徐々に増えつつある。団員たちは目の前の感染者を相手にしつつ、佐藤にも対処しなければならない。この状況を活かせば、逆転することも不可能ではないだろう。



 佐藤は沈黙したままの装甲車に目をやった。運転手と機銃手が死んだ装甲車は、佐藤と団員たちの間に位置している。そこまで行くには、遮蔽物のない道を一気に駆け抜けなければならない。

 装甲車を団員たちに渡すのは危険だし、乗り込むことが出来ればはるかに彼らの相手をするのが楽になる。佐藤は大きく息を吸い、そして今まで隠れていた建物の陰から飛び出した。
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (やわらかスマホ)
2021-06-26 17:27:23
更新まだかなー
(´;ω;)114514…
Unknown (ガバ穴ダディー)
2021-09-10 09:09:02
なろうに太いほんへがあるぞ
1ファン (琴)
2022-04-04 19:59:32
続きを待っています
Unknown (名無し)
2022-04-10 12:28:09
https://ncode.syosetu.com/n4071bj/
こっちに続き書いてあるから読んでホラ

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