残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一五二話 顔真っ赤なお話

2020-11-20 00:00:00 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 倉庫を包囲した団員たちは、少年と佐藤の次の動きを待っていた。装甲車の重機関銃で徹底的に倉庫を穴だらけにした今、彼らが生きている可能性は低いだろうと彼らは思っていた。それでも今の今までの少年の佐藤の動きを見る限り、油断はできなかった。特に佐藤が特殊部隊の人間であるらしいということは、既に団員たちの中でも知れ渡っている。かつて佐藤の仲間であり、彼を裏切って同胞団に加わった若者たちが多くいるからだ。



 同胞団にも元警察官や元自衛隊員はいる。この装甲車を動かしているのも、昔自衛隊にいた男たちだ。だが特殊部隊に所属していた者はいない。既に大勢仲間をやられている今、少しの油断も命取りになる。

 一階部分を穴だらけにし、続いて二階部分にも銃撃を加えた。自動車のボディすら簡単に引きちぎる威力のある重機関銃の射撃を受けた倉庫は、今やかなり風通しの良い建物と化していた。たとえ倉庫の中に逃げ込もうと、容易に壁を貫通した機銃弾を食らって二人とも死んでいるだろう——————倉庫を包囲する団員の何人かはそう考えている。それでも彼らが少年と佐藤が確実に死んだのか確認すべく倉庫内に突入しないのは、彼らがまだ生きているのではと考えてしまっているからだ。



 だがこちらには装甲車がある。二人が対戦車火器でも持っているのでなければ、何をどうやったところで二人はこちらに勝てない。装甲車の銃座は遠隔操作が可能だから、車長は銃火に身を晒すことなく安全に車内から攻撃ができる。もっとも遠隔操作とはいえ最新鋭の赤外線カメラを備えたようなリモコン操作式の銃座ではなく、古めかしいハンドル操作式だから索敵も攻撃も小回りが利かないし、弾切れになったら車外に身を乗り出して再装填するしかない。



 元々この装甲車は感染者と自衛隊の戦闘が行われた場所で、故障か何かで遺棄されていたものを同胞団が接収したものだ。昔自衛隊の整備部隊にいた団員が修理したことで同胞団の戦力となり、ゆくゆくは戦闘部隊の主力として、感染者や自分たちの障害となる生存者たち、そして自衛隊や警察の残党と戦うために使う予定だった。同胞団は他にも遺棄されている自衛隊の武器や兵器を見つけ、それらを集めて本格的な軍隊を作り出そうとしている。



 今はまだ輸送手段や兵站の問題からほんの二台しか回収・運用できていないが、これから同胞団の規模が大きくなるにつれて、ますます運用できる戦力は増えていくだろう。団員たちは元自衛隊員から戦闘訓練を受け、車両や兵器の操作方法も学んでいる。各地から回収してきた軍用の銃火器を装備した同胞団は、既に規模や装備の面で普通の生存者グループでは太刀打ちできない存在となっていた。

 今の日本で正面切って彼らと戦うことが出来る人間はほとんどいない。仮に自衛隊の残党がいたとしても、広く名の知られた政治家である団長が前に出れば、統制が取れている部隊であれば従うだろう。従わない場合は武力を以て制圧するだけであり、同胞団にはその力が備わりつつあった。



 だがその前に、少年と佐藤を殺しておかなければならない。二人が同胞団の壊滅を目指して戦っていることは明らかであり、彼らに殺された団員もかなりの数に上る。その上ようやく少年を捕まえたと思ったら、今度は佐藤が攻撃を仕掛けてきた。そのせいで拠点はもはやボロボロの状態だった。

 団長が今後の方針についてどう考えているのか団員たちには伝わっていなかったが、下された指示が「現在地の死守及び佐藤と少年の抹殺」である以上、団員たちはそれに従うしかない。それに仲間を殺された怒りや自分も殺されるのではという恐怖が、今の団員たちを駆り立てていた。



突然、いましがた穴だらけにした倉庫の二階の窓から、連続した銃声と共に銃火が瞬いた。装甲車に銃弾が命中する金属音と共に、周囲にいた団員たちが一斉に装甲車の陰に隠れる。そして装甲車を盾に銃を構えると、倉庫の二階向けて発砲した。

 装甲車の車長は、相手がどこから発砲してきているのか把握できていなかった。外部の視界はハッチの周りの潜望鏡頼みで、その視野もかなり限られている。外の様子を詳細に把握するにはハッチを開けて外を見るしかないが、車体に銃弾が当たっているその状況ではそれも難しい。



 車長が潜望鏡から外の様子を伺うと、団員たちが装甲車の陰に隠れながらも、倉庫の二階に銃を向けて発砲しているのが見えた。ハンドルを回して重機関銃の銃口を倉庫の上の方に向けると、元は窓だった壁の大穴から、確かに誰かが発砲している様子が潜望鏡越しに見える。恰好から考えて、少年だと車長は考えた。



「舐めやがって・・・!」



 再びハンドルを回し、銃口を二階から発砲している少年に向ける。機関銃が動いているのを見て、慌てて逃げたのだろう。それまで発砲していた少年が倉庫の奥に引っ込み、姿が見えなくなったが、車長は構わず引き金を引いた。

 潜望鏡の狭い視界の中で、重機関銃の銃口から曳光弾が間を開けて吐き出され、その何倍もの銃弾が倉庫の壁を粉砕していく。車長は曳光弾の着弾地点を見ながら照準を修正し、ホースで水を撒くように倉庫の壁を右から左まで撃ち抜いていった。

 これが米軍のリモコン式銃座だったらよかったんだが、と車長は思った。以前は自衛隊にいたその男は、日米共同演習の際に米軍の装甲車に乗せてもらったことがあった。予算があるだけあって、米軍の装甲車は武装も装備も充実している。銃座だって完全に遠隔操作式で、車長は車内から赤外線暗視カメラのモニターを見ながら、ゲームでもするかのようにジョイスティック一本でスムーズに機関銃の操作から発砲まで出来る。こんな冷戦時代の骨とう品みたいな銃座よりも、遥かに優れた装備だった。



 しかしこんな骨とう品でも、生身の人間相手であれば強力すぎる代物だ。その力を自分の思うままに振るえることに、車長は快楽を覚えていた。

 頭がいい奴でも、権力がある奴でも、銃という暴力の前では両手を上げて命乞いをするしかない。今の世の中で圧倒的に強いのは力を持つものであり、その力を体現するのが銃や装甲車といった兵器だった。今の自分たちは、この世界で最も強いのだ。



 機銃弾を受けたコンクリートの外壁が、一つ一つが拳大の破片となって飛び散る。倉庫の奥に引っ込んだらしき少年の姿は見えなかったが、車長は構わず撃ち続けた。



「もう一人いたはずだ、そいつにも警戒しろ」



 無線機のマイクにそう吹き込むと、装甲車の周囲に展開していた団員達も倉庫に向けて引き金を引く。少年が囮となっている間に、佐藤に狙撃されるかもしれない。それを防ぐために、とにかく撃ちまくって相手に頭を出させないようにしているのだ。



 頑丈な鉄筋コンクリート製の倉庫でも、数百発の機銃弾を浴びていればボロボロになる。銃撃で二階の床が崩落したのか、轟音と共に割れた窓や壁の穴からもうもうと土埃が噴き出してきた。

 それと共に銃撃を受け続けた倉庫の二階の外壁が、大きな破片となって崩れ落ちてくる。一メートル大のかつて壁だったコンクリートの板の内側には、赤い液体がびっしりとこびりついていた。

 大きな音と共に地面に落下したコンクリートの破片には、何か転々と小さな赤い塊がへばりついている。それを見て団員達は、少年の死を確信した。

 2キロ先の人間も真っ二つにする機銃弾を何十発も浴びせられたのだ。死体は粉々だろう。これで脅威は減ったと判断した車長は、「もう一人残ってる、油断するなよ!」とマイクで団員達に指示を出す。

 その時、装甲車の隣にいた団員の一人が、明後日の方向に向かって発砲を始める。「感染者だ!」という叫び声を聞いて車長が潜望鏡を覗くと、団員が銃口を向けている方向から複数の人影が走ってくる様子が見えた。



「ついに来やがったか・・・!」



 操作ハンドルを回して重機関銃の銃口を迫りくる感染者たちに向けると、そのまま射撃を開始する。曳光弾が走る人影の群れに吸い込まれるように飛んでいき、それらがバラバラになる様子が潜望鏡越しに見えた。

 どうやら佐藤が破壊した西門から侵入した感染者たちが、拠点の奥深くまで入り込んでいるらしい。破壊された西門には既に警備部隊が急行して感染者の侵入阻止にあたっているはずだし、団長が乗り込んだもう一台の装甲車も増援として向かっている。それでも拠点内部までの侵入を許してしまっているということは、かなり押されているのだろう。



「一班は感染者の対応、二班はそのまま倉庫の監視だ!」



 車長が指示を出すと、装甲車の周囲に展開している団員たちが、手にした銃を感染者に向けて発砲を始める。しかし倉庫を周囲する他の団員達はそれに加わらず、この機に佐藤が外に出てこないか監視を続けていた。

 しかし倉庫に動きはない。もしかして流れ弾で佐藤も死んだのかもしれないが、警戒を怠るわけにはいかない。身体能力は驚異的だが、武器も持たずまっすぐ突進するしか能のない感染者よりも、銃を持った生きた人間の方がこの場では脅威だった。





 一方、少年はまだ生きていた。

 意識を取り戻した途端、全身を激痛が襲う。それと共に自分の身体に大小無数のコンクリート片が覆いかぶさっていることに気づき、ようやく自分が床の崩落に巻き込まれて一階へ転落したことを思い出した。

 佐藤が行動する隙を稼ぐために二階からの銃撃を敢行したものの、予想通り激しい反撃にあってしまった。幸運にも機銃弾が命中することはなかったが、代わりに銃撃を浴びてボロボロになっていた床が崩れ落ち、元いた一階に逆戻りしてしまった。



 身体に覆いかぶさっていたコンクリートの破片を押しのけ、どうにか五体満足であることを確認する。重機関銃で手足を吹っ飛ばされず、床の崩落でもコンクリート片に押しつぶされていなかったことは、幸運以外の何物でもない。その代わり少年が撃っていた軽機関銃は、大きなコンクリートの塊の下敷きとなり銃身が折れ曲がってしまい、使い物にならなくなってしまっていたが。



 どうにか壊れずに済んだ拳銃を引き抜き、そのまま壁に空いた穴から外の様子を見る。自分が時間稼ぎをしている間に、佐藤は何とか外に出られただろうか?

 相変わらず外では銃声が轟いているが、何やら様子がおかしい。壁の穴から外を見ると、先ほどまで倉庫に向けて銃撃を浴びせていた装甲車の銃座が、今は別の方向に向けて射撃を行っていた。装甲車の周囲に展開する団員達も、銃座と同じ方向に銃を向けている。

 彼らは感染者と戦っているらしい、と少年は耳に馴染んだ咆哮を聞いて思った。爆弾が爆発し、派手に銃撃戦を繰り広げているのだ。感染者たちがこの拠点に殺到してこないわけがない。



 装甲車の重機関銃が火を噴くたびに、離れた場所にいる感染者たちが文字通りバラバラになっていく。手足が吹き飛び、真っ二つになった胴体から内臓がまき散らされる。一発でも食らったら、間違いなく死んでいただろう。あんな威力のある銃弾を何百発も撃ち込まれ、それでも無傷で済んでいる自分の幸運さに少年は感謝した。

 しかし同胞団の全員が感染者にかかりっきりというわけではなさそうだ。装甲車から離れた場所にいる団員は相変わらず倉庫に視線を向けていて、もしも少年がまた銃撃を始めたら、すぐさま反応して反撃してくることは明らかだった。



 ふと、少年は装甲車のすぐそばに、真っ赤になった大きなコンクリート片がいくつも落ちていることに気づいた。一抱えはありそうなコンクリート片は真っ赤に染まり、表面には赤い肉片のような塊がいくつもこびりついている。血か? と思ったが、自分はどこも被弾していないし、佐藤は一階にいたから銃撃を浴びていないはずだ。血を流しようがない。

 しかし少年の身体も真っ赤に染まっていた。手で顔を拭くと、たちまち手のひらが真っ赤に染まる。やはり怪我でもしたのか? しかし身体のどこもなくなってはいない。



 そういえば、と少年は機銃弾から逃げている時のことを思い出した。倉庫の二階の壁際には、ペンキのペール缶がいくつか置かれていた。作られてから最低でも一年近く放置されていたものだ、中身は液体と塊が混ざり合った状態になっていただろう。

 おそらく機銃弾の命中を食らったペール缶がはじけ飛び、内部のペンキを周囲にまき散らしたのだ。そう考えると、コンクリート片を染めている赤い液体はペンキで、肉片のような物体は固まったペンキなのだろう。

 明るい場所で間近で見ればすぐに判別も付くだろうが、まだ十分照明が回復しておらず薄暗い状態で、しかも戦闘という興奮状態に陥っている今、少年がそうだったように赤いペンキを血と見間違えてもおかしくはない。それに加えて少年を殺そうと銃撃を行っていた直後のことだ、同胞団はペンキを少年の血と見間違えているのかもしれない。



 となると、同胞団は少年が死んだものとして考えているのではないか? 佐藤と少年が両方死んだと考えていないのは未だに倉庫を見張っている団員がいることから明らかだが、もしもまだ少年が生きていると考えていれば、装甲車の火力を感染者に向けるだろうか?

 団員たちは真っ赤なコンクリート片を見て、少年が死んだと考えているだろう。残り一人となった佐藤に対しては、もし姿を見せたらすぐに殺せると踏んで見張っているだけなのだ。



 もし今倉庫から発砲があれば、団員たちはそれが佐藤のものだと思うだろう。となると、倉庫を監視している団員たちの目は少年に釘付けになる。少年が死んだと思っているのであれば、生き残っているのは佐藤一人だけになる。その佐藤一人を殺せば片が付くから、倉庫から他の誰かが逃げ出したり何か動きが無いか見張る必要はない。



 少年は姿勢を低くして、先ほどまで佐藤と一緒にいた場所に異動した。床に積もった埃には、佐藤が匍匐前進で移動した痕が残っている。まだ佐藤は生きている。

 だがまだ装甲車が爆弾で吹き飛んでいないということは、先ほどの少年の陽動では不十分だったということだ。改めて佐藤が装甲車に近づき、爆弾を放り込むチャンスを作らなくてはならない。

 外にいる団員たちや、装甲車の発砲は散発的になってきている。全員が銃火器を装備していて、距離も離れているのであれは、対処するのはさほど難しくはない。団員達の目がまだ感染者に向いている内に、佐藤が改めて行動を起こす隙を生まなければ。



 少年は粉々にガラスが割れた窓から、装甲車の周りの団員目掛けて拳銃を発砲した。距離が離れているせいで団員には銃弾が命中せず、装甲車の車体に火花が散るだけだったが、それでも団員達の視線を引き付けることはできた。



「佐藤がいたぞ!」



 その声と共に外にいた団員が自動小銃を発砲し、ぼろぼろになった倉庫の外壁をさらに削っていく。少年は佐藤が向かった方向とは逆に向かって走りながら、窓や壁の穴から装甲車に向かって発砲した。出来るだけ団員たちの視線を、装甲車から引き離しておく必要があった。







 一方装甲車の車長も、車体への着弾音で倉庫からの発砲があったことに気づいた。二階にいた少年はミンチになって死んだから、撃ってきているのは佐藤だ。先ほど一階にもあれほど銃弾を撃ち込んでいたというのに、まだ生きていたとは。



「どうする、動くか?」

「いや、この場で待機だ。壁ごと撃ち抜いてやる」



 運転手からの問い合わせに、車長はそう答えた。わざわざ移動して射界を確保する必要はない。重機関銃であればコンクリートの壁ごと佐藤を撃ち殺せるのは、バラバラになった少年で実証済みだ。

 突撃してくる感染者たちも、地上の団員たちの自動小銃で十分対応可能なまでに数が減ってきていた。重機関銃で火力支援をする必要はなさそうだと判断した車長は、「一班はそのまま感染者の対処を続行、二班は俺と一緒に佐藤を殺せ!」と無線機のマイクに吹き込んだ。

 そしてハンドルを操作して重機関銃の銃口を、壁の穴や窓から見える走る人影に向ける。その手元からは時折銃火が瞬くが、走りながら撃っているせいか誰にも命中していない。



 死ね、と呟き、引き金を引く。・・・が、最初の二発を撃っただけで、重機関銃は沈黙してしまった。まだ弾切れになるほど撃ってはいない。となると、考えられるのは機関銃の故障だ。



「クソっ、この欠陥品が!」



 そう悪態を吐いて、ハッチを開けて上半身を外に乗り出す。車長が自衛隊にいた時も、車両に装備されている重機関銃は度々問題を起こすことがあった。上手く装填がされなかったり、引き金を引いても発砲できなかったり。製造メーカーが品質を改ざんして納入していたということは後になって知ったが、それにしてもお粗末すぎる出来の機関銃だ。元はアメリカ製の傑作機関銃だが、国産化した途端に欠陥品になるのは日本にはよくあることだ。



「この野郎、ぶっ殺してやる」



 装填レバーを引き、ハッチから身を乗り出したまま発砲する。だがまたしても、一発撃っただけで射撃は止まってしまった。再度装填レバーを引き、また撃とうとした。今度は何も起きない。



「クソが!」



 倉庫の中を逃げる佐藤への発砲はひとまず装甲車の周囲に展開する一班に任せることにして、車長は機関銃のフィードカバーを開いた。そして機関部を覗き込み、故障の原因を探ろうとしたその時、視界の隅で何かが動いたことに気づく。



 何気なくそちらを見た車長の目に、装甲車向けて走る人影が写る。埃やコンクリートの破片で全身を真っ白にしたそいつは、片手に拳銃を携え、もう片手には何かを抱えていた。そして一番肝心なことに、そいつはどこにも同胞団の一員であることを示す黒い布を巻いていなかった。



「佐藤・・・!?」



 少年はミンチになって死んだから、今一班の連中が狙っている倉庫の中を逃げる男は佐藤のはずだ。それがなぜここに? じゃあ今逃げているのは誰だ? 見張っている二班の連中は何をやっていた?

 そこで車長は佐藤の背後に人影が倒れていることに気づく。そいつは感染者が押し寄せる中でも倉庫を見張っていた二班の連中だ。佐藤が倉庫から出てくる時に射殺したのだろうが、他の奴らはなぜ気づいていない?



 そこで車長は、団員たちの視線が倉庫内を逃げる人物に視線が釘付けになっていることに気づいた。少年が死んだと今の今まで考えていたから、残り一人となった佐藤を殺せば終わりだと全員が思っていた。だから皆倉庫の出入り口を見張らずに、逃げる人影を目で追ってしまっているのだ。

 佐藤が装甲車に接近してきていることに、誰も気づいていない。車長は動かない重機関銃から手を放して、腰のホルスターから拳銃を引き抜き、構えようした。だがその前に佐藤が消音器付きの拳銃を発砲する方が早かった。





 車長の指示通り装甲車をその場から動かすことなく待機していた運転手は、後ろから聞こえた何かが倒れる音で振り返った。そこで目にしたのは、額から血を流して力なく椅子に倒れこんでいる車長の姿だった。

 何が起きたのかわけもわからずに、思わず運転手はハッチを開けて外を覗いた。視界の隅で誰かが装甲車に向かって何かを放り投げ、直後踵を返して走り去っていく様子が見えた。ごん、という何かがぶつかる音が装甲車の屋根から響き、続いて開いたままのハッチから何かが車内に投げ込まれたが、運転手はそのことに気づいていなかった。



「あいつ・・・!」



 誰かはわからないが、今逃げていく男が車長を殺したに違いない。運転手は床に置いてあった短機関銃を引っ掴むと、逃げる男の背中に照準を合わせた。

 引き金を引こうとしたその時、背後が一瞬明るくなる。車内を振り返った運転手が最期に見たのは、自分に向かって押し寄せてくる炎の塊だった。







 装甲車のハッチから投げ込んだ無反動砲弾改造の爆弾は、きっちりタイマーで指定した時間の後に爆発した。

 装甲車が紅蓮の炎に包まれ、タイヤが何本か吹き飛ぶ。飛散した破片と爆風を食らい、装甲車の周囲に展開していた団員たちは瞬時に命を落とした。

 生き残った団員たちも、何が起きたのか理解できていないようだった。今の今まで倉庫の中で逃げている佐藤と思しき人影に向かって発砲していたら、いつの間にか背後で装甲車が爆発していたのだから当然だろう。

 佐藤はカービン銃を構えると、パニック状態に陥って周囲を見回しているだけの団員たちを一人ずつ仕留めていく。先ほどまで装甲車と数にものを言わせて優勢だった同胞団は、たちまち立場が逆転していた。



 佐藤が倉庫の外に出たのは、床が崩れて一階に落ちてきた少年が、同胞団から集中攻撃を食らいながら倉庫の中を走り回っている時だった。倉庫の周囲に展開し、監視していた団員たちの視線が一斉に少年に向かった隙に、佐藤は壁に空いていた大穴から外へと這い出た。

 佐藤が外に出ても、逃げる少年に視線が釘付けだった団員たちはそのことに気づいていなかった。佐藤は進路上の邪魔な団員を射殺し、そして装甲車へと爆弾を放り投げた。



 今や装甲車は文字通り火の車と化して黒煙を上げている。ハッチや扉の類は全て内側から吹き飛び、車内から噴き出す炎で車体は黒焦げだ。弾薬に引火しているのか、何かが弾ける音がする。



 既に倉庫の周囲で動くものはいなくなっていた。佐藤が少年の名前を呼ぶと、倉庫の中からボロきれ同然の姿になった少年がフラフラと出てくる。



 正直なところ、どちらも生き残れるとは考えてもいなかった。少年が重機関銃でひき肉にされるか、佐藤が倉庫を出ようとした時にハチの巣にされるか、運よく外に出られたとしても団員たちに気づかれて装甲車諸共爆死、なんてことも十分有り得た。

 だが運のいいことに、こうやって二人とも生き残ることが出来た。さっきまで銃弾から逃げ回っていた少年は放心状態だったが、すぐに我に返り、団員の死体から自動小銃と装備品を奪って身に着け始める。



「早いとこここを離れて団長を追った方が良さそうだ」



 佐藤は二人に向かって走ってくる感染者を見てそう呟き、その頭向けて引き金を引く。先ほどまで感染者たちに対応していた団員たちは、装甲車の爆発に巻き込まれて全滅していた。彼らが死んだ今、感染者たちは二人に向けて殺到しつつある。



 装備を整えた少年も同じ意見のようだった。走ってくる感染者を何体か射殺し、二人はそれ以上感染者に拘泥することなく、炎上する装甲車の脇を通り抜けて装甲車がやってきたルートを逆に辿って走り出す。燃え盛る装甲車の運転席では、ハッチから身を乗り出したままの運転手の死体が、炎に炙られて黒焦げになっていた。


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