おはようがんす
群馬県の前橋市分に成るのか伊勢崎市分に成るのか旧の赤堀村がある、関東平野の北端と言える地形地にある
赤堀というだけに掘りがついて居るから水の豊かな田園地域であると認識していたが、色色と見聞してみると古人が苦労して開発してきた事がわかる
由来の説明看板があったが、さーっとよんですぐ花に魅了されてしまったので頭に入っていない、看板を撮影するという知恵も忘れていたので
由来や歴史が不明なのが悔しい
大まかには、時の為政者が開田をして石高を上げその地の繁栄を図った灌漑用水路の工事を始めたが、資金不足か、健康の都合かいろいろの事情で
工事が中止になって仕舞い、計画が頓挫したそして中途半端な掘割の工事になって仕舞ったので「女堀」と呼ばれてきた
男尊女卑の最たる呼び名であるがそれだけに、それ程に無念の結果であったのだろうと想像する
それでも途中迄出来た掘割は一部たんぼになったところもあるであろうが水は出来たところまで来た、そして何百年か経て地元の人々の労苦と豊かな心
で菖蒲園となって生き返った、古人の苦労を無駄にしなかった地元に深く敬意を表す
其れが今の菖蒲園である、かなりの広さの除草や植栽の管理は大変であろうし。水の管理もある。遊歩道の設置など等実際は大変である
私達は観るだけなのだが、、、、、
誰しもがスマホと言うカメラを持って居る時代で花見と言う感覚から映像として後で楽しむ時代に成り、現地にあまり長居をしない状況がある
色とりどりと言う言葉の通りの掘割は花好きの者でなくても楽しめる
自分でも多くの花や樹木を植えて楽しんでいると其の管理の苦労の上に立ってこの花が楽しめる事が能くわかる
同じような場面だが、実際にこの場面に遭遇すると、撮影しずにはいられない気分なのだ、不思議なものだ
掘割が二つに分かれているところも菖蒲園に成っているところがある
恐らく工事も終盤に近付き、灌漑範囲を広げる段階まで来たのであろうがさぞ、当時の関係者は無念であったろう
今も毎年毎年増やしているらしい、植栽が込んでいない場所がある、逆さ勝負を映してみた。。。未だ手付かずの掘割があるのに
上州人の特性で有り短所でもある,八つ頭感覚で小さくまとまって誰でもすぐに頭に成りたがる、大きくならない、俺が俺がと言って大成できないの
だ、もっと水郷地帯のように日本でも有数の菖蒲園にするという発想にはならない。残念な事だ
休耕地が沢山あるのに何とか広げて大きな組織に、、、とか、、大きな施設にとか。という発想は、、、、無理なのか????
何でもある、何種類もある、みんな見られる、でも一面に成っているとか見渡す限りなっているとかにはならスーパーマーケット方式だ
その時期にそれらしいものが見えるという点ではとても良い県民性だ
他人のことは言えない自分でも百樹園を持って居る、もてる土地全てを一種類にしたら、、、、、と思う事もあるが
或はその近隣のとちもまきこんでしたら、、、、とか思うがもう「既に秋声」だ
園の水を一時遮断して除草をしている人たちがいた、心からご苦労様と言いたいと思った、思うだけならだれでもできるが、、、、、
やはり菖蒲も基本形が一番きれいだ、菖蒲の種(しゅ)の特徴がでている。この矢じりの様な斑入りが昔の戦士に好まれていたし
名前の菖蒲が勝負につながり武を尊ぶ武士に尚武となってこのまれ昔から改良に改良されています
水に縁の少ない我が家では植えてありませんが好きな花の一つです
しつっこく咲いているところを出していますが、嫌なことも気鬱な事も忘れさせてくれる花達に感謝しつつ帰路につきます
帰りの序に。焼き玉蜀黍を買いました。l今年の初物です一本400円でした。
美味しい
そんじゃあまたはなすべえ
遊童子
今日は自身の記念日ではなかったでしょうか?
最後は自分でのご褒美に焼トウモロコシかな。見た目もとても美味しそうです(^^)
さてさて、全体の大きさがどれほどなのか、写真ではわかりませんが、堀というならばかなりの長いものなのでしょう。これだけの数のハナショウブを植え付けや維持するのも大変な作業かと思います。
あまり大勢の人が詰めかけるのはどうかなとも思いもします。公共交通の便の善し悪しが鑑賞者数を増やす目安なのでしょう。人が多くいるよりゆっくり鑑賞できる方が花好きには良い気がしますが・・・延々と続くハナショウブの回廊は近ければすぐにでも行ってみたいものです。
≪橙≫
こめんとありがとうございます
総延長にして250Mくらいはあると思いますが
御多分に漏れず、この辺りでも農業の担い手が減って休耕が目立ちます
未だ荒れたままの掘りが大分ありますがなかなか手が付けられないようです
未だ手付かずの処も全部」菖蒲園に成れば関東でも有数の物に成ると思いますが、、、、残念です