「成人T細胞性白血病リンパ腫」を発症した闘病日記

成人T細胞性白血病リンパ腫を発症し、
化学治療後、寛解となりミニ移植した様子を載せています。

去年の9月19日 その4

2009年11月08日 | 経緯
移植をしたらどうかと市民病院の主治医に勧められて・・・

大阪○○病院でセカンドオピニオンという形で紹介してもらう。
他の病院もあったが、やはり実家に近いのが一番と何かと縁のある病院だったので。

2008年12月17日(水)
姉につきそってもらい、セカンドオピニオンを受けた。
教授から話を聞いた。
私はこの病気の他に肺にも持病があるため、
そのあたりをしっかり聞いてきたが・・・

リスクの話がメインで最後は怖くなったというのが本音!
帰りしなに姉に「移植したくない」とぼそっと告げた。
姉も同意見のようだ。

とりあえず、家族の白血球だけ調べてみようかということになって、
なかったらあきらめよう(非血縁移植は全く考えていなかった)

白血球のHLAを調べるのに市民病院から紹介してもらったHAL研究所では、
簡単な検査で6人までで¥105000。
確か、大阪○○病院では一人5万円と言ってたような?

このHLA研究所では、淳彦君基金やまほちゃんコースなどもあり低所得者の人には有利な支援がある。

年末から年始にかけて、姉や息子(帰省)達のHLAを調べて提出!
2009年1月半ばに白血球の型が判明!

驚くことに、姉と息子が6座とも合ってると。
息子の場合は千分の一の確率らしい。
主治医も驚いていた。

嗚呼~やっぱり移植しなさいと神様のお告げ?
その結果を大阪○○病院に持っていき報告をした。

でも、この時点でも移植しないと発言しても良い!
強制ではないからね。

とりあえず、抗ガン剤の点滴がまだ途中なので、
残りは市民病院ですることに。

なんだかんだいいながら(もち家族や姉たちと相談しながら)、
ドナーの検査をすることにした。

姉は大阪だけど、息子は離れている。
息子の都合の良い日に帰ってきてもらい検査してもらう。

ドナーの決定は大阪○○病院の主治医だけではなく、
プロジェクトチームを組んで決めると言ってた。

最終的には息子がドナーと決まり・・・息子の会社にも迷惑をかけて、
1週間の休暇がもらえた。

それ以降はこのブログのカテゴリー「移植まで」に詳しく掲載!

☆最後に私が移植を決めた理由・・・
もちろん、神様のお告げ?(ドナーが二人)
もうひとつは市民病院で同じ病室の人が退院して3週間もしないうちに再発
してしまったこと。
おなじATLかは不明だけど、とても怖くなった。

☆移植して良かったか・・・
こうして、今無事でいることは最高の喜びである。
大きなGVHDもなく、リスクもクリア出来た。
ただ、移植しても再発はある!
その恐怖を背中に負いながら、一日を精一杯生きることだ!