11/18(日) 晴れ、13℃、木枯らし1号。予定はなかったのですが、晴れたのでツレアイと6週連続となるハイキングに出かけました。
大間々町は初めてです。あこがれの「わたらせ渓谷鉄道」を期待しましたがツレアイが却下しました。そこに行くまでの経路が気にいらなかったみたいです。それで東部伊勢崎線の終着駅「赤城」から歩き始めます。この駅はむかし「新大間々駅」です。もとは上毛電鉄の始発駅でした。赤城山周辺をぐるりと走って前橋駅までの路線。ここに東部鉄道が太田駅から桐生駅を経て、鉄路をつなぎました。「赤城駅」には「おおまま」と併記されています。
で、ここから歩きます。「わたらせ渓谷鉄道」の「大間々駅」までは15分ほどです。
大間々町は足尾銅山の銅を運ぶ「あかがね」街道の宿場町として栄えました。上州三大祇園祭りに数えられる山車と神輿の「おぎょん」と呼ばれる祭りは江戸、寛永年間に始まり、今も続いています。その様子はおしまいにお見せするマンホールの意匠にもなりました。
最初に渡良瀬川沿いのながめ公園に向かいます。第55回関東菊花大会が開催されています。
ながめ余興場は昭和12年に建てられた木造2階建てで、廻り舞台や2階席もあり、玄関は歌舞伎座を模したそうです。
菊祭りが素敵でした。菊人形は久しく見ていません。金太郎や赤穂浪士討ち入りなど、どこか懐かしく見入ってしまいます。
そういえば、菊やさつきを趣味にする人も、そんな庭を見ることも少なくなりましたね。遊び心もいっぱいの菊大会を堪能しました。
少し甘く酸んだ菊特有の香りに酔った心地です。渡良瀬川が晴れて美しく見渡せました。
金賞や銀賞をとった立派な大玉の菊も素晴らしかったですが、盆栽の雑木つくり風に仕立てたものがあたし好みかしら。
菊に圧倒されて園を出ました。渡良瀬川を越えます。
橋を渡って渡良瀬川に降りて行きます。「関東の耶馬溪」とも呼ばれる高津戸峡です。
激しい流れ。「ゴリラ岩」、「ポットホール」など見られる500mの遊歩道が整備されています。
この日、木枯らし1号が吹きました。はねたき橋の手前でおむすび2つの昼食。風がゴォー!と鳴って、紅葉がすさまじい速さで飛び散って行きます。
全長120mの歩行者専用の「はねたき橋」は水が飛散するさまが滝のように見えることに由来しているとのことです。上流には高津戸ダムがありました。
橋の途中で高津戸峡谷を眺めます。強風でマップがリュックのポケットから飛ばされてしまいました。
橋を渡って渡良瀬川 を引き返すように川沿いを行くと神命宮です。
伊勢神宮の形式です。 お宮参りの家族も来られていました。1町18ヶ村の総鎮守の格式を守っています。
渡良瀬渓谷鉄道の線路を渡って「銅山(あかがね)街道」を歩きます。
200年前に常夜灯が各町にあったことからも栄えた宿場町であったことが分かります。
大正、昭和の面影を残すまち並みといいますが、さびれてしまった昔の街道です。造り酒屋が2軒、しょうゆ屋が一軒。
「日本一しょうゆ」の名前にひかれて?思わずおみやげに購入しました。大間々町博物館は大正10年に建築された大間々銀行の本館と土蔵をそのまま活用しています。
ハナミズキの実が美しい通りを歩いて大間々駅に戻りました。昔の駅名表示板が駅舎の前にありました。
帰りは「赤城」駅から特急「りょうもう」です。いっぱいの菊の花と香りと、高津戸峡谷の眺望を満喫した一日でした。
おしまいにマンホール。 毎年8/1~3の大間々祇園祭りには一度でかけてみたいと思います。各町に山車蔵もあったしね。