日本語教師ブラジル奮闘記

ブラジル生活裏話

ブラジルでポルトガル語を学べるおすすめの語学学校

2009年11月24日 04時53分06秒 | ポルトガル語
 ブラジルにJICAで来た時、サンパウロ内陸部の田舎町に派遣されたために、地元でポルトガル語の先生を探すことができなかった。だから、長期の夏休みにどこかの語学学校に通って、ポルトガル語の能力を一気に高めようと意気込んでいた。

 しかし、僕がブラジルに来た11年半前はまだインターネットがあまり普及していなかったので、何か情報を得ようとすると、どうしても人づての情報であった。そこで先輩ボランティアから仕入れた情報が、サルバドールにポルトガル語の語学学校があるという情報であった。

 僕はその情報を頼りに、ブラジル滞在9ヶ月目のブラジル最初の夏にサルバドールに行くことにした。クリスマス前であったために、チエテのバスターミナルは芋の子を洗うような数の人でごった返していた。バスは出発の予定時間から6時間ほど遅れて出発した。

 11年半前はまだ飛行機の値段が高かったために、バスを選んだわけだが、サンパウロからサルバドールまで32時間。きつかったー。車内は冷房がガンガンに効いていたが、運転手に何か言うのも気が引けて、2時間毎にバスが休憩で止まるたびに、外に出て体を温めた。真夏なのになんで寒さに辛抱しなくちゃいけないのか分からなかった。

 ともかく、僕はサルバドールに着いて、この語学学校で入学手続きをした。この学校はホームステイ先も斡旋してくれる。僕はやはりブラジルを知るにはホームステイは大事だと思っていたから、当然のようにホームステイを選んだ。

 その学校のサイトアドレスはこちら。

 http://www.portugueseinbrazil.com/index.php

 先生はバイーア連邦大学の文学部の学生であった。僕のクラス担任は2人で、1人は男性であったが、その身振りや話し方から、見るからにゲイである感じだった。でも、別に人としてはいい人だったし、教え方も悪くなかったと思う。

 クラスには日本の商社から派遣された語学研修生の日本人男性が1人、それに、ドイツ人の若い女性1人、スイス人の中年女性が1人いた。僕が行った時は、たまたま日本人がいたが、この学校には基本的にはヨーロッパから来る学生が多いようだ。午前中は毎日クラスに出席し、午後に時々特別課外活動ということで、ちょっとした遠足みたいのがあった。

 僕が泊まったホームステイの家庭は、50代の奥さんとその娘さんの二人家族。もう外国人留学生には慣れている感じで、特に何のトラブルもなく、快適なホームステイライフを楽しんだと記憶している。まあ、基本的には、留学生自身が大人の行動を取れば、あまり問題はないと思う。ただ、夜遊びに出かけたり、自由気ままな生活をしたい人はホテルに泊まったほうが、帰宅時間なども気にせずに、トラブルもなく過ごせるかと思う。

 僕がこの語学学校に行ったのは10年も前の話しで、現在はどうなっているのかは知らないが、サイトを探したら見つかった。ポルトガル語での説明がなく、英語やスペイン語など完全に外国人を学生の対象としている印象だが、授業料も含めて必要不可欠な情報が記載されており、好感が持てる。

 日本でポルトガル語を勉強していて1週間から2ヶ月くらいの短期間、ブラジルでポルトガル語を勉強したい方には、是非ともお勧めできる学校ではないかと思う。また、ブラジル在住の日本人の方でも、まだ滞在期間が短く、ポルトガル語に自信が持てない方にも是非1度行かれることをお勧めする。

 この学校のいい所はサルバドールにあるというところ。サルバドールはブラジルの昔の首都で、日本人がイメージするブラジルに近い。アフリカ系の割合が非常に高い。気候は1年中暑い。食べ物も辛いものが多い。バイアーノ(バイーア州出身の人)はとても陽気で、バスの中でも太鼓を叩きながら歌ってしまうほどだ。

 サルバドールはブラジルの中でもかなり習慣・風習の点で異なっている。と言うか、ブラジルは大国であり、ひとくちにブラジルといっても色々なブラジルがあるのである。ブラジルを知るという意味では是非訪れるべき土地である。

 僕もそれから半年後にもう1度サルバドールを訪れており、合計で2ヵ月半ほど滞在したわけだが、最後に行ったのが10年も前である。あの時はやはりポルトガル語の能力も低く、訛りや方言を感じるまでではなかった。でも、初心に戻って、彼の地を訪れ、ポルトガル語を改めて勉強するのもいいかもしれない。今年は無理だが、2、3年以内にまた行ってみたいなあと思う。

 因みに、1日4コマのグループ授業で4週間、ホームステイしたとすると約14万円かかる。
 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿