
皆さんは何のために働いているのでしょうか?
お金、地位、自己実現、家族のため?
僕が今回出張で訪ねたフロリアーノポリス市の非政府組織(NGO)の会長さんには敬服した。
彼の本業は福音派の神父さんである。しかし、彼は神父であるだけでなく、フロリアノポリス市内の6つのNGO団体の代表でもある。
ブラジルでは学校は午前か午後しかない。つまり、午前学校に行く子供は午後は暇になり、午後学校に行く子供は午前が暇である。
残念ながら、人間というのは暇だとろくな事をしない。
富裕層の子供はお金があるので、その空いた時間をスポーツクラブで過ごしたり、楽器を習ったり、語学を習ったりして過ごす。しかし、貧困層の子供はお金がないから、何も習えないし、周囲にいる子供は皆悪い遊び仲間であるため、麻薬や犯罪の道に走ってしまうことが多い。
そこでブラジルにおいて登場してくるのがNGOである。ブラジルではNGO団体は、市役所や一般企業から支援を受けたりして、NGO職員が無料で貧困層の子供にクラブ活動、補習授業、食事などを提供している。彼らにレクリエーション活動を提供し、充実した時間を日中に過ごさせることにより、麻薬や犯罪の道に行くのを阻止するという戦略である。
神父さんは自らがスラム街のど真ん中に住み、貧民階級の中に溶け込んで質素な生活を送っている。そして、彼は様々なNGO団体を創立し、前述のような社会事業を通じて、地域の治安の改善・教育の向上に取り組んでいるのだ。
僕の座右の書「ユダヤ人の大富豪」では、真のお金持ちというのは自分を必要以上に飾らず、慈善事業などをボランティアでやっているそうだ。つまり、金銭的に余裕があり、志が高い人は、自らの利益だけのために生きるのでなく、自分の才能を通じて社会が良くなるよう貢献すると言う訳だ。
世界一の大富豪のビル・ゲイツは社長の地位を自ら退き、社会事業の分野で活動し始めた。それはつまり、金銭的な成功が必ずしもその人の幸せや人生における成功を意味するものではないことを示している。
ただ、時々NGO団体の代表で、私は「ボランティアで慈善活動をしている」ことを強調しつつ、すごく高そうな衣装を着ている人がいる。こういう人にとっては慈善事業はお金持ちの暇つぶしであり、偽善者に見えて仕方がない。
慈善事業をやるのであれば、心のこもった活動をすべきで、上から目線での活動は人から歓迎されることはないだろう。
神父さんは僕を大学受験のための予備校の授業開始のオープニングセレモニーに連れて行ってくれた。これもNGO団体のプロジェクトの一部で、恐らくどこかの企業の協賛の下に、生徒は無料で予備校の授業が受けられる。
彼は学生たちの前で、若者は理想を持ち、その実現に向けて努力すること、自分が学んで得た技術・能力を社会に還元すること、大量消費主義に翻弄されないことなどを説いた。僕自身彼の考え方に大いに賛成するし、本当に感銘を受けた。
僕たち一人一人の人間の力は小さい。でも、誰かが本気になって、世の中を改善しようと頑張り、それに賛同する人が集まっていけば、大きな事を成し遂げられるのである。
一流会社に就職し、いい給料をもらい、いい生活をするというのも1つの生き方だ。その会社が提供しているサービスや商品を通じて、社会に貢献していることは間違いないわけだから、そこに勤める社員も社会に役立っている。だから、そういう生き方が悪いわけではない。
でも、本当に自分がこの世に生きているという実感を味わいたければ、神父さんのように自分をどん底に追い込み、社会の底辺から大衆の視点で変えていく必要がある。そして、それはやはり口先だけではなく、行動を通じて伝えていくべきものだと思う。
理想を目指すその熱意と行動力。それこそが人をつき動かす。
僕も何かの理想に燃えて生きられればと思う。

お金、地位、自己実現、家族のため?
僕が今回出張で訪ねたフロリアーノポリス市の非政府組織(NGO)の会長さんには敬服した。
彼の本業は福音派の神父さんである。しかし、彼は神父であるだけでなく、フロリアノポリス市内の6つのNGO団体の代表でもある。
ブラジルでは学校は午前か午後しかない。つまり、午前学校に行く子供は午後は暇になり、午後学校に行く子供は午前が暇である。
残念ながら、人間というのは暇だとろくな事をしない。
富裕層の子供はお金があるので、その空いた時間をスポーツクラブで過ごしたり、楽器を習ったり、語学を習ったりして過ごす。しかし、貧困層の子供はお金がないから、何も習えないし、周囲にいる子供は皆悪い遊び仲間であるため、麻薬や犯罪の道に走ってしまうことが多い。
そこでブラジルにおいて登場してくるのがNGOである。ブラジルではNGO団体は、市役所や一般企業から支援を受けたりして、NGO職員が無料で貧困層の子供にクラブ活動、補習授業、食事などを提供している。彼らにレクリエーション活動を提供し、充実した時間を日中に過ごさせることにより、麻薬や犯罪の道に行くのを阻止するという戦略である。
神父さんは自らがスラム街のど真ん中に住み、貧民階級の中に溶け込んで質素な生活を送っている。そして、彼は様々なNGO団体を創立し、前述のような社会事業を通じて、地域の治安の改善・教育の向上に取り組んでいるのだ。
僕の座右の書「ユダヤ人の大富豪」では、真のお金持ちというのは自分を必要以上に飾らず、慈善事業などをボランティアでやっているそうだ。つまり、金銭的に余裕があり、志が高い人は、自らの利益だけのために生きるのでなく、自分の才能を通じて社会が良くなるよう貢献すると言う訳だ。
世界一の大富豪のビル・ゲイツは社長の地位を自ら退き、社会事業の分野で活動し始めた。それはつまり、金銭的な成功が必ずしもその人の幸せや人生における成功を意味するものではないことを示している。
ただ、時々NGO団体の代表で、私は「ボランティアで慈善活動をしている」ことを強調しつつ、すごく高そうな衣装を着ている人がいる。こういう人にとっては慈善事業はお金持ちの暇つぶしであり、偽善者に見えて仕方がない。
慈善事業をやるのであれば、心のこもった活動をすべきで、上から目線での活動は人から歓迎されることはないだろう。
神父さんは僕を大学受験のための予備校の授業開始のオープニングセレモニーに連れて行ってくれた。これもNGO団体のプロジェクトの一部で、恐らくどこかの企業の協賛の下に、生徒は無料で予備校の授業が受けられる。
彼は学生たちの前で、若者は理想を持ち、その実現に向けて努力すること、自分が学んで得た技術・能力を社会に還元すること、大量消費主義に翻弄されないことなどを説いた。僕自身彼の考え方に大いに賛成するし、本当に感銘を受けた。
僕たち一人一人の人間の力は小さい。でも、誰かが本気になって、世の中を改善しようと頑張り、それに賛同する人が集まっていけば、大きな事を成し遂げられるのである。
一流会社に就職し、いい給料をもらい、いい生活をするというのも1つの生き方だ。その会社が提供しているサービスや商品を通じて、社会に貢献していることは間違いないわけだから、そこに勤める社員も社会に役立っている。だから、そういう生き方が悪いわけではない。
でも、本当に自分がこの世に生きているという実感を味わいたければ、神父さんのように自分をどん底に追い込み、社会の底辺から大衆の視点で変えていく必要がある。そして、それはやはり口先だけではなく、行動を通じて伝えていくべきものだと思う。
理想を目指すその熱意と行動力。それこそが人をつき動かす。
僕も何かの理想に燃えて生きられればと思う。

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