愛犬愛紗♪

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第六話

2015-03-08 17:42:55 | 日記
「はっ!」

「やばっ!(うーーーん、やはり普通の剣では……)」

 官学に入学してから三ヶ月、私は有意義な学生生活を過ごしていました。

 三国志時代の学生生活は、私が考えているよりも現在のそれに似ているのかもしれませんが、この世界は色々と正史とは違う要素が大きく、それにここが後漢の首都である洛陽であったからかもしれません。

 洛陽はこの時代における東洋一の大都市であったので、故郷の山陽郡昌邑県とは比べ物にならないほど発展していたからです。

 そんな私の普段の生活ですが、朝日が昇ると同時に起きて絶影の世話を行い、そのまま馬術の訓練を兼ねて周辺を走りに出かけます。
 これは、普段は厩の中にいる絶影のストレス発散も兼ねていて、この時とばかりに物凄いスピードで走るのです。

 入学後すぐに職人に蹄鉄の注文を出し、それを履いた絶影は蹄の状態をあまり気にしなくて良くなり、嬉しそうに走り続けます。
 
 蹄鉄は、農業大学時代に馬の世話を経験していたので何度も自分で打ち付けた経験がありました。
 専用器具が無かったので、大き目の刃物で蹄を削って形を整え、神経に触れないように蹄鉄を釘で打ち込んでいく。
 蹄鉄自体はなるべく詳細な設計図を書いて、近隣の職人に注文を出して作って貰いました。

 自分で作れるはずはありませんし、さすがに腕の良い職人は私の注文に忠実に答えてくれました。
 代金は、曹家に居候中は生活費はかかりませんし、両親からの餞別や、故郷で訓練代わりに狩などをして得た肉や毛皮を市場に卸して得ていたり、猪や兎の皮は大した金額にはなりませんでしたが、熊や虎は良い金になりました。
 他にも、熊は肝が薬として重宝されますし、手は高級食材ですし、虎も高価な部分が多いので、それなりの額を溜め込む事が出来ていたのです。

 あとは、洛陽までの旅路で匪賊退治で得た鹵獲物の分け前でしょうか。
 
 おかげで、あまり贅沢をしなければ余裕で卒業までは保つはずでした。

 それと鐙ですが、今は使わない事にします。
 偉大な発明ではあるのですが、コロンブスの卵的な物で簡単に真似されてしまうので、出し所を間違えないようにしたかったからです。
 
 鐙無しで馬を乗りこなし、騎射が上達できれば後で有利と考えたという理由もありますが。

 絶影で屋敷から少し離れた空き地へと向かい、そこで遙と待ち合わせて早朝の武術訓練を一緒に行います。
 何進将軍が作らせた軍人養成用の私塾に通う彼女は、自分の自主訓練も兼ねて私に付き合ってくれているのです。

 その空き地で、例の大剣や矛を振り回して筋力を維持・増強し、その二つは普段は持ち歩けないので替わりに腰に差している剣での訓練も行う。
 基本的な剣術は父から習っていたので、その復習を兼ねてのものです。

 あとは、匪賊から手に入れた合成弓による訓練です。
 普通に地面の上から的に向かって放ち、次は絶影に乗っての騎射と過程を進めます。
 合成弓は普通の人間には引く事すら困難なのですが、幸いして私はバカ力を持っていたので後は精度の問題だけとなっていました。

 とはいえ、朝の時間で全ては無理なので、これは官学の講義が終わった夕方にも行います。

 最後に、遙とたまに行う勝負で自分の技量の進歩具合を確認するくらいでしょうか。

 私は武官ではないので、あの遙相手に健闘は出来ているのですが、やはり今日も負けて額の前に大斧の先端が突きつけられます。

「遙は強いなぁ」

「その大剣と矛が使えないので仕方がありません」

 これを使うと、訓練でも相手の武器が壊れてしまうので、私は勝負の際には普通の剣しか使っていませんでした。
 普通の剣は軽いので手数は増えるのですが、そのくらいの利点では既に父徐伯さんを超えている遙には勝てなかったのです。

「私の大斧なら大丈夫ですよ」

「でも、万が一にも壊れてしまったら申し訳ない」

 武器は、特に遙が使っているような特注品は非常に値が張ります。
 いくら親戚の家に居候をしているとはいえ、私よりも経済基盤が貧弱な遙の大斧を壊して負担をかけたくなかったのです。
 
 遙は知識しか教えてくれない私が通っている官学とは別に、私塾で教わっている軍学の内容なども教えてくれる大切な友人なのですから。
 
「勇樹は、自分が思っているほど弱くないですよ。あの私塾で勇樹よりも腕が立つ人などまず存在しません」

「それって、色々と拙いんじゃない?」

 文官志望の私よりも弱い武官志望者というのは、色々と拙いような気がしてきます。

「個人の武が最初から優れている人は、自分で地方の太守などに売り込んでいますからね。あと、個人の武と軍隊を指揮する手腕は別で、あの私塾は主に後者のためにあるのです」

 つまり、あの私塾は簡易版の士官学校のような物で、優秀な卒業生を何進将軍が自分の駒とするために存在しているそうです。
 元々警備兵以外に碌な軍事力を持っていない中央の朝廷は、最近匪賊が増えたせいで、ようやく軍事力の増強を図り始めたばかり。
 しかも、今までそれを軽視して来たツケは、使える経験者を、今危機がそこにある地方の役人達に取られてしまうという結果で払わされていました。

 なので、何進将軍は私費から多額のコストをかけて経験者候補を教育する必要があったのです。
 大半が素人で、むしろ遙などは期待の金の卵なのかもしれません。

「さてと、そろそろ屋敷に戻るか」

「私も、私塾に行く準備をしないと」

「じゃあ、夕方に」

「夕方ですね」

 遙と別れた私は屋敷に戻ってから絶影に餌や水をあげ、朝食を取ります。

「おはよう、華琳」

「おはよう、勇樹。毎日の鍛錬ご苦労様ね」

 朝食の準備がされている部屋では、既に曹操が席に着いて待っていました。
 最初は屋敷の使用人達と食事を取っていた私だったのですが、すぐに彼女の指名で一緒に食事を取る事になっていたのです。
 実は、この曹騰様の二番目のお屋敷には、曹家の人間は彼女しか住んでおらず、たまに曹騰様も食事を取っていかれるのですが、基本的に彼女は今までは一人で食事を取っていました。

 ちなみに、真名の交換は官学に入学後一週間くらいにしています。
 同時期に、華琳に対抗意識を燃やす袁紹とも交換していましたが、まあ彼女はアレですからね。

「騎射は、上手になったのかしら?」

「普通だと思う。さすがに、西涼や五胡の連中には勝てないさ」

「中途半端な話ね」

「私は、天才ではないからな」

 自分でも良くわかっていました。
 確かに色々と覚えの早い私でしたが、いくら努力しても一流が限界で、超一流の連中には負けてしまう。

 前世で見た、ゲームにおける満寵の能力値は、完全なバランス型。
 実際に今の私も、ぶっちぎりな天才である華琳は別として、統率でも武力でも知力でも政治力でも魅力でも。
 後に出てくる有名な連中には勝てないはずでした。

 唯一の救いは、正史の満寵よりもバカ力に頼った武力があるという事でしょうか?
 あくまでも、自分の身を守る事が前提程度の物でしたが。

「でも、あの弓を引けるのは凄いわよ」

「そうかな?」

 合成弓はその威力が絶大な代償として、並の力では引けないという欠点を有していました。
 たまに洛陽でも見かける西涼出身の兵士などを見ると、人によっては明らかに左右の筋肉の付き方が違うのです。
 つまり、それほどの力を必要とする武器だったのです。

 そういえば、正史の曹操は馬に乗って左右どちらの腕でも弓を引ける董卓を羨んでいたという記述もあるので、一応はそれが出来る私を褒めてくれているようです。

「それに、あまり左右の体型に差が無いわね」

 昔から自然と怪力を有していた私は、それでも体を鍛えていましたが、特に特別な事をしないでも合成弓を引けました。
 背は高いものの標準体型の私なので、他人からは怪力には見られないのですが、多分これは母譲りで気を自然と扱えるからなのでしょう。

 気は、誰もが持っている生体エネルギーの一種と考えても良い物ですが、それを使える者はとてつもないパワーを有するようになります。
 どう見ても華奢な母や、他の筋肉達磨でもない女性軍人や武将が怪力なのも、それは気を自然に扱う能力を持っているからです。

 彼女の血を引く私も、運良く気を扱う能力を持っていました。
 運が良いという理由は、気を扱える人は圧倒的に女性の方が多く、だからこそこの世の豪傑は女性が多いのでしょう。

「頑張って、秋蘭くらいになってくれれば幸いね」

「無茶を言うなよ……」

 秋蘭とは、華琳の従妹で弓の名手でもある夏侯淵の事で、まだ顔を合わせた事はありませんでしたが、私如きが彼女に弓の腕前で勝てる道理もありませんでした。

「話が過ぎたようだな。早く行かないと」

「そうね」

 私は先の朝食を食べ終わると、急ぎ官学への道を歩き始めます。
 いつもの彼女は、背の小ささで私に追い付けないと周囲から言われるのが嫌ですぐに隣を歩き始めるのですが、今日はなぜか暫く私の後方を歩き続けるのでした。





「(本当に、覇気が無いのよね……)」

 私は、この自分の屋敷に居候をしている男の背中を見つめながら考え事をする。
 お爺様から、『面白い男を、お前と同じ官学に通わすために二の屋敷に住ませる』と聞かれて興味があったのだが、実際に会ってみると最初は拍子抜けしてしまった。

 背は八尺(190cm)ほどあって大きかったし、その体はかなり鍛えられているようで、髪は黒髪で顔は少し女顔ではあったが良い部類に入り、洛陽にいる甘い物とお洒落が好きな女達からは支持を得そうな男には見えた。

 ところが最初に見たこの男は、麗羽にまるで奴隷のように付き従っていた。
 彼女の実家の力を考えて、ヘコヘコしていたのだ。

 事情は理解できるし、最低限それを理解できる頭は持っているようだが、お爺様は何が良くてこんな男を援助しているのであろうか?
 
 そんな事を考えながら社交辞令で敬語や敬称を止めるように言ったのだが、意外にもこの男はすぐにそれを受け入れていた。
 本当に臆病で保身に汲々としている男なら、理由を付けてそのままのはずなのに。

『ねえ、あなたには誇りがないのかしら? 麗羽にあんなにヘコヘコとして』

 初日の試験の帰りに聞いてみたのだが、彼はこう答えていた。

『韓信が股を潜ったのに比べれば、大した事は無い』

『伯寧、あなた……』

『袁紹はバカです。バカは常人の予想を超える事をするからバカなのです。だから、天才と紙一重とも言います。私は、彼女が斜め下の行動に出て無用な損害を被るのが嫌なのです。来るべき将来のために』

 勇樹のその言葉に、私は衝撃を受けていた。
 彼が、将来に何をしたいのかはわからない。
 だが、それを果たすために今は研鑽を重ね、今は理不尽な事にも我慢をする。
 
 私は次第に、この男に興味が沸いてきたのだ。

 お爺様から私のご学友候補と聞かされていたのだが、最初はそういうのは何となく嫌だったので距離を置いていた。
 だが、観察すればするほど彼は奇妙というか、己の道を自由に突き進んでいるような気がするのだ。

『庭に畑を作りたい?』

『ああ、駄目かな?』

『別に、空いている土地なら構わないけど……』

 勇樹は、空いている時間に庭の空いている場所を恐ろしい速度で耕して畑にしていた。
 そしてそこに、様々な種類の野菜を植えていたのだ。
 
『ねえ、それは何なのかしら?』

『甘藷と呼ばれる作物だな。痩せた土地でも作れるのさ』

 何でもこの甘藷という野菜は、交易によって外国から輸入されて市場に並んでいた物だそうだ。
 確か作物ではあるものの栽培方法は不明で、しかも外国産なので非常に高価で数も少なく、洛陽でも一部の大金持ちしか購入できない食材であったはずだ。
 勿論、中には栽培に成功して金を稼ごうと考える輩も多かったのだが、種がどこにあるのか不明で、そのまま畑に埋めても芽が出ずに無駄にしてしまう者が大半で、遂には諦められてしまったらしい。

 そんな外国からの未知の野菜を素人が栽培できるのか疑問を感じてしまうのだが、それは杞憂であったようだ。

 彼はその恐ろしい怪力で広大な面積を畑にしてしまい、そこに様々な作物を植え、畑からは青々とした立派な芽や葉が茂り始める。

 例の甘藷も、空いている時間に手暇かけて芽を出す事に成功していた。
 買って来た甘藷を半刻弱ほどお湯に付け、あとは筵などで作った室に置いて発芽させ、その後は暖かさを保った場所で一ヶ月半ほど育てる。

 最後に、今まで誰も芽すら出せなかった甘藷から出て来た二十本ほどの蔓を準備していた畑に埋めていた。

『うん、上手くいったな』

 上手く行ったどころではない。
 今まで誰も成し得なかった事なのに、彼は特に誇る事もなく毎日空いている時間に農作業に精を出していたのだ。

『畝を作り、肥料を土に混ぜ込んで、水も定期的に。多過ぎず、少な過ぎず』

 他にも多過ぎる株の間引きや、栄養を無駄に取られないための葉の剪定など。
 勇樹は子供の頃から農作業を手伝っていたとあって、そこいらの農学者など歯牙にもかけない知識と経験を持っていた。

『臭いわね……』

『人肥は良い肥料だからな。発酵させないと駄目なんだけど』

 ただ、庭の端で馬糞とし尿を発酵させるのには辟易していたが。
 それでも、洛陽の一般庶民が住む地域に比べれば大した臭いでもなかったし、実際にその肥料で作物の生育状態は良いようであった。
 
 他にも、庭で刈った草木や屋敷から出たゴミを使っても肥料を作っているようだ。

 そして更に驚く事があった。
 屋敷の使用人達が、特に命令されるでもなく自主的に農作業を手伝っていたのだ。

『伯寧、指示板通りで良いのか?』

『はい、トマトは定期的に余分な芽を摘まないと駄目なんですよ』

『このカブ、本当に半分摘んで間引くのかい?』

『ええ、あまり株数を残すと栄養を取り合って生育が悪くなりますから。抜いた芽は炒め物にしたり、料理の彩りに使えますから』

『じゃあ、貰っていくわね』

 使用人達の中でも、下の連中は農民の家の出の者達が多い。
 勇樹は忙しい時には、彼らに農作業の手伝いをお願いするようになっていた。
 彼は、作物の種類ごとに杭と紐を張って区切りを行い、作物名が書かれた木製の看板を立てる。
 更には、裏庭の入り口近くの目立つ場所に掲示板を設置し、もし時間が空いていたらやって欲しい作業などを、その注意点と合わせて書いていたのだ。

『小松菜がもうそろそろ収穫できますね。葉物は、生育が早くて良いですね』

『しかし、伯寧は上手に育てるよな』

『経験者ですから。小松菜は時期をずらして種を撒いていますから、暫く楽しめますよ』

『でも、私達で食べてしまって良いのかい?』

『野菜は、収穫してすぐに食べないと。特に葉物は余計にです。みんな、手伝ってくれたじゃないですか』

 彼は空いている時間に、使用人達と楽しそうに農作業や、育ちの早い作物などの収穫を行っていた。
 しかも彼は、料理などにも詳しいらしい。
 屋敷の料理人ですら知らないような調理法を、彼らに惜しげもなく教えるのだ。

『秋になったら、甘藷が収穫できますよ』

『へえ、そりゃあ楽しみだ』
 
『これも、調理法が多伎に渡りますからね』

 いつも、『私は友達いないですから』が口癖の癖に、すぐに屋敷の使用人達と仲良くなってしまうし、覇気は無い癖に色々と多才な変な奴。

 これが、私の屋敷に居候している満寵、伯寧、真名は勇樹という男であった。

 この男が、将来私が進める予定の覇業にどう関わって来るかは不明であったが、我が陣営にこんな男が一人くらいいても良いのかもしれないと感じてしまうのだ。

 例え、こいつが男であってもだ。