「勇樹様、袁紹様は何と?」
「要約すると、『おーーーほっほ! 悪逆の董卓を倒して、都と陛下を取り戻しますわよ』という感じだな」
「それは、解り易いですな」
「勇樹は、どうするのですか?」
「他の諸侯がどう動くかにもよるよな。参加者が、私と袁紹だけだったとかだと笑えないし」
「それは、気拙いですね」
「希葉、言葉は正しく使うべきです。気拙いのではなくて、二人でなどいたら無駄に疲れるだけなのでは?」
「遙さんも、なかなかに毒舌だ」
山陽郡の統治がようやく軌道に乗った頃、突然袁紹から奇妙な手紙が届いていました。
執務室で、遙や希葉や他の家臣達と共にその手紙を読むのですが、何でも董卓の悪政で陛下や洛陽の人々が苦しんでいるので、それを救うために反董卓連合軍を発足させると書いてあったのです。
「ところで、洛陽ってそんなに大変な事になっているのか?」
「いえ、そんな噂は全く」
何進将軍と宦官との間に漁夫の利を得る形で乱入して都の実権を握った董卓将軍は、その後多くの名士階級の人間や何進将軍の下にいた我々を地方に長官として派遣して、大きな権力を握りました。
華琳などはその手法に敗北感を覚えていたようですが、結果的に見ると優秀な長官が治めた土地はある程度統治が安定して来ましたし、洛陽からも特に正史の董卓に見るような酷い噂も聞こえて来ません。
山陽郡が力を入れている、青芋繊維の商品を洛陽に売りに行っている商人が言っているのですから事実なのでしょう。
彼らは、別に何の害も受けていないのですから。
「では、どうして?」
「袁紹様としては、自分が董卓の地位に座って権勢を得たいのでしょうな」
「そんな理由で死ぬ兵士達が哀れだな」
「勇樹様、とは言え……」
ここで変に一人だけ断れば、下手をすれば自分も袁紹の討伐対象になってしまう可能性があります。
戦えば善戦は出来るのでしょうが、そのために故郷である山陽郡を袁紹軍によって蹂躙されるわけにもいきません。
「兵士は、一万人も出せば十分かね?」
「曹操様、鮑信様、張バク様と歩調を合わせた方が宜しいかと」
「そうだな。彼らに文は出すさ」
その後、やはり華琳達から連合軍に参加をするという返事が届き、私は自分を大将に、軍師希葉、副将遙、他カク紹、楽進、郭淮などの将を引き連れて、集合先である酸棗へと進軍するのでした。
「おーーーほっほ! 田舎太守の勇樹さんにしては、兵を集めていらしたのですね」
「(いい加減、腹が立ちますね)」
「(彼女の凄い所は、あれで自分が人をバカにしている事に気が付いていない点だな。私は、もはや彼女の言動を楽しむ域に入っている)」
酸棗に到着した私達は、すぐにこの連合軍の発起人である袁紹に挨拶に行くのですが、久しぶりに会った彼女は相変わらずのようでした。
バカ笑いをしながら私を田舎者扱いし、多分労いの言葉をかけてきたのです。
私は山陽郡の守備も考えて半分以上の兵士を残して来たので、その軍は僅か一万人。
とはいえ、これは別に少ない数でもありません。
華琳は二万人ほどを用意したようですが、張バクも鮑信も一万人、汝南の一族の援助を受けた袁遺でも二万人で、王匡・孔チュウ・劉岱・孔融も同数ほど。
後は、袁術が三万人に、その下に一万人ほどの兵を率いる孫策がいるようです。
確か正史では、この頃はまだ孫堅が生きていたはずなのですが、この世界では既に黄祖によって殺されていたようでした。
最後に袁紹が最大の戦力である六万人を率いていて、他にもなぜか孫堅を戦死させた劉表も、別方面から牽制程度に軍を出していました。
この辺は、複雑怪奇な政治の世界なのかもしれません。
孫策としては、色々と複雑な心境なのでしょうが。
「最後に、公孫サンと平原の相に任命された劉備で合計二万人ですか。合計すると、軽く二十万人を超えますね」
「勝てるでしょうか?」
「厳しいかもな」
左右にいる遙や希葉と話をしながら、最初の諸将による会合が行われる帷幕までの道を歩いていましたが、この連合軍は勝っても負けても茨の道が待っています。
負ける可能性としては、董卓軍は将兵の質も数も決して少なくないどころか優秀ですし、洛陽までには水関と虎牢関を抜かなければなりません。
ここを抜いても、その後の董卓軍が無抵抗という事もあり得ないでしょう。
それに、勝てても今度は手に入れた洛陽と陛下の身柄を巡って諸将達の間で新たな争いが始まる可能性も高く、この出兵が骨折りになる可能性がありました。
「目端の利く奴は、なるべく損害を抑えて董卓を討ったという名声の方を得ようとするだろうな」
「最初から気が滅入る話ですね」
話をしている内に袁紹達の待つ帷幕へと到着しますが、そこには既に大半の諸侯が席に座っていました。
「遅いですわよ。勇樹さん」
「すまない、物資の確認に時間を食っていた」
「そんなお仕事、家臣の方にお任せなさいな」
「心配性なのでね」
袁紹の非難を軽くかわしながら、私達は末席に座ります。
出自や官位の格から考えても、私が座るのは末席くらいがお似合いだったからです。
「あーーー、満寵さんだ。お久しぶりです」
「劉備殿もお変わりなく」
いえ、正確に言うとブービーでしょうか?
さすがに今の劉備よりは上だったので、席は自然と彼女と隣同士になっていました。
久しぶりに会った彼女も相変わらずで、ニコニコと笑いながら挨拶をして来ます。
関羽、張飛の武の双璧と、諸葛亮、ホウ統の智の双璧も、あの学生服姿の北郷一刀も、以前と変わらない様子でこちらに挨拶をして来ます。
「満寵さんは、治めている山陽郡が物凄く豊かだって噂になっていますよ」
「そのせいで、妙な連中の侵入に悩まされているけど」
「大変ですね」
「ただの流民なら土地を与えれば良いんだが、賊は厄介だな。何回討ち払ったのか記憶できないほどさ」
「でも、それだけ山陽郡が豊かだって証拠ですよね。私も開墾とかは積極的に進めているんですけど、なかなか上手くいかなくて」
「開いたばかり土地は痩せているからな」
初めて会った時は『何だ? この天然娘は?』と感じていた劉備でしたが、こうやって二人で話して見ると意外とちゃんと物事を考えている事に気が付きます。
「痩せた土地でも作れる作物から始めて、徐々に地力を付けるしかないね」
「そうですよね。それでも、ご主人様の助言で肥料とかは他よりは良いはずなんですけど」
学生服姿の北郷君ですが、農業学校の生徒には見えないものの、現代知識を利用して、他所よりは良い結果を生み出しているというところでしょうか?
実は、私もそうなのですが。
「今回の連合軍に参加する時にも、食料で悩んだんです」
「それは、どこも多かれ少なかれだな。まあ、麗羽は全然気にしていないだろうけど……」
「あはは……」
私が思うに、三国志とはより多くの民や兵士達を食わせる事が出来た者が勝てた歴史物語だと思うのです。
過去の中国における全ての天下争奪戦がそうなのですが、いや世界中の歴史から見てもそうでしょう。
国が乱れ、食えない者が増えて混乱と分裂が起こり、最後により多くの者達を食わせる事が出来た者が勝つ。
正史における曹操は、屯田を積極的に活用して食料を生産し、多くの兵士を養う事によって勝ちました。
一時的に兵士ばかり増やしても、食わせなければ逃亡・離散してしまい、意味が全くなかったからです。
「連合軍は大軍だが、兵站の方は大丈夫なんだろうな」
悪逆の董卓を討つ途中で、食料が無くなったのでその辺から徴発という名の略奪でもしてしまったら。
それは逆に、自分達の評判を落としてしまう結果にもなってしまうのですから。
「うちは、三か月分ほどをようやく」
「普通はそんな物だよな。だからこそ、こんな無用な会合なんて早く終えて進軍すれば良いのに」
私や劉備がいる末席とは違って、上席にいる袁紹はやけに勿体ぶって今回自分が反董卓連合軍を立ち上げた理由を語っていました。
言葉にやけに『華麗』が混じるので、華琳などは顔をピクピクとさせていて、それを鮑信と張バクが苦笑しながら見ていましたが。
要するに、この一日でも時間が惜しい時に袁紹は何をしたいのかと言うと、つまりは自分が今回の連合軍の盟主になりたいのでしょう。
勝手になれば良いと、私は思うのですが。
「あっ、そうだ。忘れてた」
「何を?」
「満寵さんに、白蓮ちゃんを紹介するね」
劉備は、私達の反対側の隣の席に座る公孫サンを紹介してくれたのですが、今の今まで近くにいる自分の友人を忘れるのもどうかと思うのです。
実は、私も全く気が付いていませんでしたが。
「満寵、伯寧です。白馬長史の噂はかねがね」
「公孫サン、伯珪だ。噂には聞いているよ。うちは北方で食料は常に不足気味だから羨ましいよ」
「そこのお三方、私のお話を聞いていますの?」
とっとと盟主の決定をすれば良いのに、まだ無駄な話を続けている袁紹を放置して三人で話をしていると、それが気に障ったのか?
彼女は声を荒げ、一番の標的を私に定めて声をかけてきます。
「麗羽、この会合は、連合軍結成の経緯の確認が重要課題なのか? 違うだろう。皆、兵も金も食料も時間も有限なのだ。早く盟主と作戦方針を決めて進軍しようではないか」
「そんな事は当然ですわ。ですが、何事も盟主がいなければ物事は進まない物」
「では、麗羽がやれば良い。率いている兵力も最大で、君の実家は代々高官を輩出している名門だ。それが一番理に叶っている」
私は早く作戦を開始しようと、一旦は袁紹を挑発するような発言をしましたが、すぐに今度は彼女を連合軍の盟主に推薦して自分の目的を果たします。
とにかく何でも良いから、早く始めてしまったのです。
いきなり私に盟主に推薦された袁紹は、私への怒りなど忘れて有頂天になってしまいます。
自分が盟主になりたかったものの自分で言い出すわけにもいかず、他の人からの推薦を待っていたのですから。
「そうね、勇樹の言う通りね。私も、麗羽が良いと思うわ」
「私達もそれで良い」
華琳や孫策からも賛成の声が挙がり、盟主は簡単に袁紹に決まります。
私は彼女と仲が悪い袁術の反対でもあるのかと身構えていたのですが、その客将である孫策が袁紹を推していたので、その心配は杞憂だったようです。
側近である張勲が何も言わないのは気になりますが、ここで無駄に揉める不利益を考えるくらいの分別はあったらしく、彼女も賛成の意見をすぐに述べていました。
「では、盟主となった私から作戦を発表いたしますわ。華麗に前進して、華麗に董卓を討つのです」
ですが、その後に袁紹が自分の作戦を提示した時、私はかなり彼女を盟主に推した事を後悔し始めるのでした。
「いやはや、いつもの事とはいえ……」
「麗羽がああなのは、いつもの事よ」
「むしろ、昔よりも磨きがかかっているね」
「史薫も相変わらず毒舌だねぇ」
「禮賛ほどではありませんよ」
あれから連合軍は進軍を開始してそれから数日後の夜、最初の難関である水関の目と鼻の先までの場所に到着していました。
連携もクソもない連合軍なので、同士討ちの危険を考えて夜襲などは当然行わず、明日の朝から堂々と華麗に総攻撃を行うとの袁紹からの話で、その攻撃に参加するように言われた私達は、簡単な打ち合わせを兼ねて簡単な宴会を行っていたのです。
「他の主だった所は、孔融と公孫サンと劉備か。見事に小勢ばかりで、連携も難しそうだな」
普通こういう場合には特別に攻撃指揮官などを任命するのですが、あまり突出した存在がいないのと、諸侯は一応全員が対等な立場という理由から、それは行えずにいました。
袁紹の指導力不足という理由も、かなり大きかったのですが。
「我々四人で連携して動けば、それで五万の大軍になるわ。他は諦めましょう」
「一応、公孫サンと劉備にも声をかけておくよ」
「勇樹は、随分と熱心に話し合っていたものね」
「別に他意は無いぞ。麗羽の下らない話を聞くくらいなら、他の諸侯と繋ぎでも付けておいた方が得だと思ったからで……」
「ふーーーん、そういう事にしておいてあげる」
というか私は、なぜ華琳に、そんな他の女性と話をしている所を彼女に見付かった男のような言い訳をしなければいけないのでしょうか?
少し焦りながら華琳に説明をしている横では、史薫と禮賛がニヤニヤと笑っていました。
「あの劉備という方は、可憐な女性でしたね」
「ああ。それに、あの側近の関羽もそうだが、こうボインボインと」
「っ!」
余計な事を言ったのは史薫と禮賛なのに、華琳から強烈なビンタを喰らったのはなぜか私であり、後でその事を遙に話したら『当然です』と言われて余計に理不尽さを感じてしまうのでした。
「要約すると、『おーーーほっほ! 悪逆の董卓を倒して、都と陛下を取り戻しますわよ』という感じだな」
「それは、解り易いですな」
「勇樹は、どうするのですか?」
「他の諸侯がどう動くかにもよるよな。参加者が、私と袁紹だけだったとかだと笑えないし」
「それは、気拙いですね」
「希葉、言葉は正しく使うべきです。気拙いのではなくて、二人でなどいたら無駄に疲れるだけなのでは?」
「遙さんも、なかなかに毒舌だ」
山陽郡の統治がようやく軌道に乗った頃、突然袁紹から奇妙な手紙が届いていました。
執務室で、遙や希葉や他の家臣達と共にその手紙を読むのですが、何でも董卓の悪政で陛下や洛陽の人々が苦しんでいるので、それを救うために反董卓連合軍を発足させると書いてあったのです。
「ところで、洛陽ってそんなに大変な事になっているのか?」
「いえ、そんな噂は全く」
何進将軍と宦官との間に漁夫の利を得る形で乱入して都の実権を握った董卓将軍は、その後多くの名士階級の人間や何進将軍の下にいた我々を地方に長官として派遣して、大きな権力を握りました。
華琳などはその手法に敗北感を覚えていたようですが、結果的に見ると優秀な長官が治めた土地はある程度統治が安定して来ましたし、洛陽からも特に正史の董卓に見るような酷い噂も聞こえて来ません。
山陽郡が力を入れている、青芋繊維の商品を洛陽に売りに行っている商人が言っているのですから事実なのでしょう。
彼らは、別に何の害も受けていないのですから。
「では、どうして?」
「袁紹様としては、自分が董卓の地位に座って権勢を得たいのでしょうな」
「そんな理由で死ぬ兵士達が哀れだな」
「勇樹様、とは言え……」
ここで変に一人だけ断れば、下手をすれば自分も袁紹の討伐対象になってしまう可能性があります。
戦えば善戦は出来るのでしょうが、そのために故郷である山陽郡を袁紹軍によって蹂躙されるわけにもいきません。
「兵士は、一万人も出せば十分かね?」
「曹操様、鮑信様、張バク様と歩調を合わせた方が宜しいかと」
「そうだな。彼らに文は出すさ」
その後、やはり華琳達から連合軍に参加をするという返事が届き、私は自分を大将に、軍師希葉、副将遙、他カク紹、楽進、郭淮などの将を引き連れて、集合先である酸棗へと進軍するのでした。
「おーーーほっほ! 田舎太守の勇樹さんにしては、兵を集めていらしたのですね」
「(いい加減、腹が立ちますね)」
「(彼女の凄い所は、あれで自分が人をバカにしている事に気が付いていない点だな。私は、もはや彼女の言動を楽しむ域に入っている)」
酸棗に到着した私達は、すぐにこの連合軍の発起人である袁紹に挨拶に行くのですが、久しぶりに会った彼女は相変わらずのようでした。
バカ笑いをしながら私を田舎者扱いし、多分労いの言葉をかけてきたのです。
私は山陽郡の守備も考えて半分以上の兵士を残して来たので、その軍は僅か一万人。
とはいえ、これは別に少ない数でもありません。
華琳は二万人ほどを用意したようですが、張バクも鮑信も一万人、汝南の一族の援助を受けた袁遺でも二万人で、王匡・孔チュウ・劉岱・孔融も同数ほど。
後は、袁術が三万人に、その下に一万人ほどの兵を率いる孫策がいるようです。
確か正史では、この頃はまだ孫堅が生きていたはずなのですが、この世界では既に黄祖によって殺されていたようでした。
最後に袁紹が最大の戦力である六万人を率いていて、他にもなぜか孫堅を戦死させた劉表も、別方面から牽制程度に軍を出していました。
この辺は、複雑怪奇な政治の世界なのかもしれません。
孫策としては、色々と複雑な心境なのでしょうが。
「最後に、公孫サンと平原の相に任命された劉備で合計二万人ですか。合計すると、軽く二十万人を超えますね」
「勝てるでしょうか?」
「厳しいかもな」
左右にいる遙や希葉と話をしながら、最初の諸将による会合が行われる帷幕までの道を歩いていましたが、この連合軍は勝っても負けても茨の道が待っています。
負ける可能性としては、董卓軍は将兵の質も数も決して少なくないどころか優秀ですし、洛陽までには水関と虎牢関を抜かなければなりません。
ここを抜いても、その後の董卓軍が無抵抗という事もあり得ないでしょう。
それに、勝てても今度は手に入れた洛陽と陛下の身柄を巡って諸将達の間で新たな争いが始まる可能性も高く、この出兵が骨折りになる可能性がありました。
「目端の利く奴は、なるべく損害を抑えて董卓を討ったという名声の方を得ようとするだろうな」
「最初から気が滅入る話ですね」
話をしている内に袁紹達の待つ帷幕へと到着しますが、そこには既に大半の諸侯が席に座っていました。
「遅いですわよ。勇樹さん」
「すまない、物資の確認に時間を食っていた」
「そんなお仕事、家臣の方にお任せなさいな」
「心配性なのでね」
袁紹の非難を軽くかわしながら、私達は末席に座ります。
出自や官位の格から考えても、私が座るのは末席くらいがお似合いだったからです。
「あーーー、満寵さんだ。お久しぶりです」
「劉備殿もお変わりなく」
いえ、正確に言うとブービーでしょうか?
さすがに今の劉備よりは上だったので、席は自然と彼女と隣同士になっていました。
久しぶりに会った彼女も相変わらずで、ニコニコと笑いながら挨拶をして来ます。
関羽、張飛の武の双璧と、諸葛亮、ホウ統の智の双璧も、あの学生服姿の北郷一刀も、以前と変わらない様子でこちらに挨拶をして来ます。
「満寵さんは、治めている山陽郡が物凄く豊かだって噂になっていますよ」
「そのせいで、妙な連中の侵入に悩まされているけど」
「大変ですね」
「ただの流民なら土地を与えれば良いんだが、賊は厄介だな。何回討ち払ったのか記憶できないほどさ」
「でも、それだけ山陽郡が豊かだって証拠ですよね。私も開墾とかは積極的に進めているんですけど、なかなか上手くいかなくて」
「開いたばかり土地は痩せているからな」
初めて会った時は『何だ? この天然娘は?』と感じていた劉備でしたが、こうやって二人で話して見ると意外とちゃんと物事を考えている事に気が付きます。
「痩せた土地でも作れる作物から始めて、徐々に地力を付けるしかないね」
「そうですよね。それでも、ご主人様の助言で肥料とかは他よりは良いはずなんですけど」
学生服姿の北郷君ですが、農業学校の生徒には見えないものの、現代知識を利用して、他所よりは良い結果を生み出しているというところでしょうか?
実は、私もそうなのですが。
「今回の連合軍に参加する時にも、食料で悩んだんです」
「それは、どこも多かれ少なかれだな。まあ、麗羽は全然気にしていないだろうけど……」
「あはは……」
私が思うに、三国志とはより多くの民や兵士達を食わせる事が出来た者が勝てた歴史物語だと思うのです。
過去の中国における全ての天下争奪戦がそうなのですが、いや世界中の歴史から見てもそうでしょう。
国が乱れ、食えない者が増えて混乱と分裂が起こり、最後により多くの者達を食わせる事が出来た者が勝つ。
正史における曹操は、屯田を積極的に活用して食料を生産し、多くの兵士を養う事によって勝ちました。
一時的に兵士ばかり増やしても、食わせなければ逃亡・離散してしまい、意味が全くなかったからです。
「連合軍は大軍だが、兵站の方は大丈夫なんだろうな」
悪逆の董卓を討つ途中で、食料が無くなったのでその辺から徴発という名の略奪でもしてしまったら。
それは逆に、自分達の評判を落としてしまう結果にもなってしまうのですから。
「うちは、三か月分ほどをようやく」
「普通はそんな物だよな。だからこそ、こんな無用な会合なんて早く終えて進軍すれば良いのに」
私や劉備がいる末席とは違って、上席にいる袁紹はやけに勿体ぶって今回自分が反董卓連合軍を立ち上げた理由を語っていました。
言葉にやけに『華麗』が混じるので、華琳などは顔をピクピクとさせていて、それを鮑信と張バクが苦笑しながら見ていましたが。
要するに、この一日でも時間が惜しい時に袁紹は何をしたいのかと言うと、つまりは自分が今回の連合軍の盟主になりたいのでしょう。
勝手になれば良いと、私は思うのですが。
「あっ、そうだ。忘れてた」
「何を?」
「満寵さんに、白蓮ちゃんを紹介するね」
劉備は、私達の反対側の隣の席に座る公孫サンを紹介してくれたのですが、今の今まで近くにいる自分の友人を忘れるのもどうかと思うのです。
実は、私も全く気が付いていませんでしたが。
「満寵、伯寧です。白馬長史の噂はかねがね」
「公孫サン、伯珪だ。噂には聞いているよ。うちは北方で食料は常に不足気味だから羨ましいよ」
「そこのお三方、私のお話を聞いていますの?」
とっとと盟主の決定をすれば良いのに、まだ無駄な話を続けている袁紹を放置して三人で話をしていると、それが気に障ったのか?
彼女は声を荒げ、一番の標的を私に定めて声をかけてきます。
「麗羽、この会合は、連合軍結成の経緯の確認が重要課題なのか? 違うだろう。皆、兵も金も食料も時間も有限なのだ。早く盟主と作戦方針を決めて進軍しようではないか」
「そんな事は当然ですわ。ですが、何事も盟主がいなければ物事は進まない物」
「では、麗羽がやれば良い。率いている兵力も最大で、君の実家は代々高官を輩出している名門だ。それが一番理に叶っている」
私は早く作戦を開始しようと、一旦は袁紹を挑発するような発言をしましたが、すぐに今度は彼女を連合軍の盟主に推薦して自分の目的を果たします。
とにかく何でも良いから、早く始めてしまったのです。
いきなり私に盟主に推薦された袁紹は、私への怒りなど忘れて有頂天になってしまいます。
自分が盟主になりたかったものの自分で言い出すわけにもいかず、他の人からの推薦を待っていたのですから。
「そうね、勇樹の言う通りね。私も、麗羽が良いと思うわ」
「私達もそれで良い」
華琳や孫策からも賛成の声が挙がり、盟主は簡単に袁紹に決まります。
私は彼女と仲が悪い袁術の反対でもあるのかと身構えていたのですが、その客将である孫策が袁紹を推していたので、その心配は杞憂だったようです。
側近である張勲が何も言わないのは気になりますが、ここで無駄に揉める不利益を考えるくらいの分別はあったらしく、彼女も賛成の意見をすぐに述べていました。
「では、盟主となった私から作戦を発表いたしますわ。華麗に前進して、華麗に董卓を討つのです」
ですが、その後に袁紹が自分の作戦を提示した時、私はかなり彼女を盟主に推した事を後悔し始めるのでした。
「いやはや、いつもの事とはいえ……」
「麗羽がああなのは、いつもの事よ」
「むしろ、昔よりも磨きがかかっているね」
「史薫も相変わらず毒舌だねぇ」
「禮賛ほどではありませんよ」
あれから連合軍は進軍を開始してそれから数日後の夜、最初の難関である水関の目と鼻の先までの場所に到着していました。
連携もクソもない連合軍なので、同士討ちの危険を考えて夜襲などは当然行わず、明日の朝から堂々と華麗に総攻撃を行うとの袁紹からの話で、その攻撃に参加するように言われた私達は、簡単な打ち合わせを兼ねて簡単な宴会を行っていたのです。
「他の主だった所は、孔融と公孫サンと劉備か。見事に小勢ばかりで、連携も難しそうだな」
普通こういう場合には特別に攻撃指揮官などを任命するのですが、あまり突出した存在がいないのと、諸侯は一応全員が対等な立場という理由から、それは行えずにいました。
袁紹の指導力不足という理由も、かなり大きかったのですが。
「我々四人で連携して動けば、それで五万の大軍になるわ。他は諦めましょう」
「一応、公孫サンと劉備にも声をかけておくよ」
「勇樹は、随分と熱心に話し合っていたものね」
「別に他意は無いぞ。麗羽の下らない話を聞くくらいなら、他の諸侯と繋ぎでも付けておいた方が得だと思ったからで……」
「ふーーーん、そういう事にしておいてあげる」
というか私は、なぜ華琳に、そんな他の女性と話をしている所を彼女に見付かった男のような言い訳をしなければいけないのでしょうか?
少し焦りながら華琳に説明をしている横では、史薫と禮賛がニヤニヤと笑っていました。
「あの劉備という方は、可憐な女性でしたね」
「ああ。それに、あの側近の関羽もそうだが、こうボインボインと」
「っ!」
余計な事を言ったのは史薫と禮賛なのに、華琳から強烈なビンタを喰らったのはなぜか私であり、後でその事を遙に話したら『当然です』と言われて余計に理不尽さを感じてしまうのでした。