goo blog サービス終了のお知らせ 

クズカゴ

アニメや漫画をレビューしてるブログ。
コメント、TB歓迎。リンクフリーです。

デスノート 第五話 「駆引」

2006-11-03 04:45:07 | デスノート レビュー



次回Lの顔見せですが、警察の中にキラがいたらどうしようとか、Lは考えなかったんでしょうか?

私だったら「キラは警察の情報を手に入れることが出来る」という情報を得たら、普通『キラは警察関係者』じゃなくて『キラは警察の中にいる』って思うんですが・・・。

まあ、Lは『キラ=学生』だという前提で捜査してるんで、警察を疑っていなかった、とも考えられますが、もしも夜神総一郎がキラだったら、次週辺りでLはかなり危うい立場になってるんじゃあ・・・。

まだ、『警察の中にキラはいない』って確定していないのに自分の正体を総一郎たちに明かしちゃうのは性急すぎる気がします('A`) 。

まあ、総一郎が捜査メンバーの一員にならないと父子対決が見れなくなるんで、話的にはこの方が面白いんですけどね。


さて、今回はとうとう地獄の蓋が動き出した、運命の第5話です。

この話で月はとうとう一線を越えてしまった(犯罪者ではない全くの善人を殺してしまった)訳ですが、これで月は前回の「キラは警察の情報を自由に入手できる」という情報に加えて、「キラはFBIに尾行されていた人間の可能性が高い」という新たな情報を与えてしまいました。

前から思っていたんですが、月は動きすぎですね。

「警察の情報を自由に入手することができる」という情報を明かさなかったらFBI捜査官に尾行されることもなかったし、善人を殺すこともなかったのに・・・。

そもそもLを殺そうとしなかったら月が関東圏の人間ってこともバレなかったよなー。

キラ=神に逆らう人間は殺そうと考えてしまった月は、Lが言うように幼稚な部分があるんでしょうね。

でも、あの程度の幼稚さは月くらいの歳の子なら大抵持っていると思うし、そういうところを見るとつくづく月って普通の子だよなー、と思います。

普通の子がデスノートを持ってしまって、しかも頭が良いので「自分は警察に対抗できる」と思ってしまったばかりに、結局自分の首を絞める行動をしてしまう、このあたりは見てて本当にもどかしいような気分になります。

それにしても、最初は犯罪者を殺して「僕に勝手に人をさばく権利があるのか」とか言ってた月が、デスノートを手に入れてあまりたたないうちにレイ・ペンバーを殺しても平然としていられるまでに変貌してしまったのは恐ろしいですね。

残酷さで知られるナチス幹部が実は平凡な小役人でしかなかったように、平凡な人間もあまりにも人を殺し続けると精神的にどこかおかしくなってしまうんじゃないでしょうか




短期間のうちに月は精神的にかなり変容してしまったのですが、やはり家族はそれには気付きません。

月は家族には優等生な自分しか見せていなくて、家族もそれを不審と思わない。

このあたりのすれ違いっぷりは今週も変わらず。

でも、月の「父さんにもしものことがあったら、必ず僕がキラを死刑台に送る」って言葉は半分本気なんじゃないかと思います。



月は多分本気で父親のことを尊敬しているし、もしかしたら家族の中で月が一番好感を抱いているのがこの父親なんじゃないかとさえ思うのですが、この親子はあまりコミュニケーションを取らない

この辺りの微妙な親子関係も、父親と敵対関係になろうとも月が我を曲げない一因なのかもしれません。


デスノート 第四話 「追跡」

2006-10-27 22:07:26 | デスノート レビュー



「前向きじゃなきゃ、デスノートを使って自ら世界を良くしようなんて思わないよ」

「お前って本当は物凄くプラス思考な人間なのかもしれないな」とリュークに言われたときの月の返答です。

怖いのは、月が心の底から自分のその言葉を信じていること

そして、本当に月が前向きな人間なのかと考えると、どうしてもその反対の結論しか得られなこと。

そもそも「デスノートで悪人を殺し続ければ善人しかいない良い世界になる」という発想自体が奇妙。

どんな人間にも善の部分と悪の部分がある訳で、例え目に見える犯罪がなくなったとしても、それで悪がなくなるのか、人々が幸せになれるのか、と考えると、答えは否とし言えません。

なのに、月ほどの知性を持った人間が、その事実に気づかず(あるいは意識的に目をそむけ)、ひたすら「犯罪者」を殺し続けていところが何とも不気味です。

それに、月はよく「世界を変える」「世界を良くする」という内容のことを口走るのですが、月が実際にやってるのは犯罪者を殺し続けるだけで、世の中を良くするために制度を変えようとか何かを作り出そうとかそういうプラスのベクトルには全く働きかけていないという点も興味深いんです。

「世の中を良くする」というポジティブな目標を掲げているくせに、やっていることはかなりネガティブなのが月という人間の面白みだと思います。

てか、月って割と考えていることは普通の人と比べても飛びぬけて変わったところってないですよね。

そこに生まれ持った高い知能デスノートの使用という特殊要因が加わって、月と言う人間の人生だとか考え方だとかそういう部分におこった化学変化こそ月の悲劇性だと思うんで、この辺りに興味をもてるかどうかで第二部の面白さは俄然違うのでえはないでしょうか。

(って、このアニメが二部までやるの前提で話してるけど、途中で終わっちゃったらどうしよう・・・)

なんか、月への考察だけの字ばっかりのレビューになってしまって、すいません。

今回のストーリーは月の頭脳戦が中心なので、あまり言及することなかったんですが、ちょっとだけ。

レイ・ペンパーの「とりあえず今日一日の行動を見て終わりだ」という言葉にすごい宿命的なものを感じました

もしあと一日早くレイが月の監視をやめていたら、月の運命もレイの運命も全く違うものになっていたんでしょうね。



なまじ月が頭が良いばかりに地獄の蓋が開いてしまう来週が楽しみでもあり、怖くもあります。


デスノート 第3話 「取引」

2006-10-19 04:51:21 | デスノート レビュー



前回、前々回のデスノートでは、月が何を考えているのかよく分からなくて悶々としていたのですが、第三話は初めて月に感情移入できて、面白い回でした。

三話冒頭からしばらくは警察である月父の職場風景が映っていて、月が登場するのは本編が始まって4、5分たってからです。

妹に勉強を教えていたが、父が帰ってきたのを知り玄関まで出迎える月。



この後の家族の食卓風景が個人的にかなり良かった(゜∀゜)!

本当なら一家団欒の時間のはずなのにバックに流れるのは、全く温かみのない不安を掻き立てるような音楽

いきなり、リュークのガラス玉のような目がアップになって、そのすぐ後にリュークを背景にして食事をする家族の食卓が表れます。



聞こえるのは、カチャカチャと箸を動かす音だけで、家族に笑顔はありません

平凡なのにどこか冷たい食卓風景に、リュークの異様な姿がどこかマッチしていて怖いです。

そんな中、不意に月父が「月・・・勉強の方はどうだ?」と訪ねます。

このとき月父は笑顔を浮かべることはなく、全くの無表情です。

それに答えるときの月の顔↓↓



「まぁまぁだよ」と言いながら、美味しくもなさそうにご飯を口に運ぶ月。

何で、この子こんなつまらなそうな顔してご飯食べてるの?

ちょっと、泣きそうになりました。

「自慢の兄です、ハイ」と言う妹だけは無邪気で本当に楽しそうなんだけど、その後の・・・



「自慢の息子です、ハイ」の母の顔が怖い(((( ;゚Д゚))))

何、この貼りついたような笑顔。

何か、心の底から笑ってるような顔に思えないんですけど!


食事の後は家族と過ごそうとせず、部屋に引きこもる月。

月は父のパソコンに進入して捜査状況を把握しようとしています。

このときの月の眼もまた、とても父を謀っている息子のものとは思えないほど冷たい。



月と家族の関係は一見すると良好ですが、実は根深い溝があるのではないでしょうか。

家族は優等生である月に満足して本当の月を見ようとしないし、月は家族の期待する優等生の枠にはまって、それ以外の自分を見せようとしない。

ここら辺の描写を意識的にやってるなら、すごく上手いと思いました。


さらに、今回は月の日常生活も少しだけ追うことができますが、ここもかなり印象的でした。



体育の時間、サッカーをする月の表情は楽しそうだし爽やかですが、これは当然月の素の表情ではありません。



昼休み、周りが楽しそうに食事する中、月は一人。

つまらなそうな表情ですが、これがこのアニメの中の月の標準的な表情です

特に親しい友人も持たず、思ったより寂しい私生活を送っている月。
(月くらい器用なら、昼休みにお昼を一緒に食べる友人くらい、気心が知れるかどうかは別にしても、作っとくような気がするんですが、そこはおいておくことにしましょう)

上のことを念頭にいれて1~3話の月の特徴をあげてみると、大きく分けて二つの特徴が浮かび上がります。

ひとつは、家族との間に溝があり、他人とも表面的には上手くやっているが、あまり深く関わらない」ということ。

もうひとつは、いつもつまらなそう。あまり夢や希望を持っていない」こと。

これだけを見ると、月が割とどこにでもいる現代っ子って感じですね。

天才肌で常人とは明らかに一線を画していた原作の月とは違って、こちらの月の方が感情移入しやすいし、最終話に意味をもたせたいなら、明らかにこちらの月の方がいいでしょう。

これを意図して第一話~第三話の月のキャラ作りをしたなら、スタッフは神。

このアニメは化けるかもしれません(゜∀゜)。

原作の爽快感とかスピード感が落ちて陰気度増だけどね。

とにかく、これからも注目していきた作品だと思いました。



・・・ところで、一話、二話であった英文和訳シーンが今回はありませんでしたね。

毎週あると思ったのに、残念。


デスノート 第二話

2006-10-14 23:35:44 | デスノート レビュー

「ついに夢を現実のものとした彼は、その夢の完全なる成就とそれによる喜びに浸っている」

第二話の始めに、で英語教師に指示されてされて月が読み上げた和訳文です。

二話での月は、デスノートを手に入れた喜びに、正に上の和訳文の状態。

ちなみに、第一話では月は「神の教えに従うべし。さすれば、海の恵みは豊かになり、嵐はやってこないだろう」と和訳していましたが、神』嵐』デスノートによる犯罪者の粛清に置き換えれば、こちらもちょうど第一話の内容にあてはまります。

前回、今回と、本編の内容にリンクしている英文の和訳シーンですが、これは来週以降も続くのでしょうか。

デスノートは基本的に原作に忠実なのですが、こんな風にオリジナル要素を少しいれてくれると原作読んでても楽しめて良いです。



今回は「デスノートに触れた人間は死神が見えるようになる」という、今後の物語の展開に強く絡んでくる設定が明らかになります。

その事実を知った月は、ノートの隠し場所を確保するため細工をする訳ですが、私は本誌を読んでいた当時、このエピソードでデスノートにハマりました。

月がただの成績がいいだけの少年ではなくて、本当の意味で頭がキレて行動力も持ち合わせている、そんな設定にかなり燃え(not萌え)を感じたのです。

なのに、アニメの月からは当時のあの燃えが感じられない。

何ていうか、アニメの月が信念とか思想も持っているように感じられなのが原因みたいです。

原作の月は、色んなことを自分なりに考えていて、芯の通った「自分」を持っているようなイメージがありました。

対するアニメの月は、教養だの知性などで外面は整っているけど、中身は空っぽなイメージ。

デスノートに関わっているとき以外は本気で退屈そうだし、何だか瞳から感情が読み取れないんですよね。



上のカットは、酷すぎるにしても、基本的に瞳から力が感じられない。

唯一ギラギラしてたのがLに「お前は悪だ」と指摘されたときってのは、ちょっとしょっぱすぎませんか(´Д`)

でも、アニメ月の方が、原作第二部の月との繋がりは自然なんですよね・・・。

私はデスノートという作品漫画について誤解していたために、月に対しても間違った解釈をしているのかもしれません。

私はデスノート連載当時は、デスノートを「デスノートを手に入れたがために悪に位置づけられてしまった主人公が、高い知能を駆使して、彼を追い詰めようとする人間と壮絶な戦いを繰り広げるサスペンス作品」だと解釈していて、だからこそ第二話のストーリー展開から魅力を感じられなかったのですが、デスノートという漫画が伝えようとしたメッセージが最終話のあれだとしたら、月という人間に対する解釈もかなり違ったものになるわけで。

なんだか月がどんな人間なのか分からなくなってきました。

これからアニメを見ながら考えていこうと思います。


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


デスノート 第一話 「新生」

2006-10-06 23:15:55 | デスノート レビュー

 

昨日のヤマトナデシコ七変化に続き、今日はデスノートのレビューをしようと思います。

デスノートは連載が終わってる作品なので、構成がしっかりしたものに仕上がりそうで楽しみです。

 

オープニングから、クオリティ高かったですね。

でも、曲が何となくイメージに合わない。

最初は、ビジュアル系だから?と思ったんですが違いました。

歌詞のせいです。

「♪いつか ボクが見せてあ げるぅ~ 二人輝く~ 世界ぃ~を~

って、絶対、月じゃねぇwww

 

ミサもOPではヒロイン扱いですが、これから月に弄のかと思うと不憫でなりません。

少年誌でここまで報われないヒロインも珍しいのではないでしょうか

逃げて、ミサミサ・・・。

 

本編は、全編を通して作画が本当に綺麗だったのが印象的でした。

とは言っても、私はヤマトナデシコを見たときも「作画が綺麗」って言っちゃったんで、かなり信憑性がないんですが、私の中ではヤマトナデシコとデスノートでは綺麗の質が違って、

ヤマトナデシコ→全体的に荒いけど、目とか唇の艶とかに力が入っていて、登場人物は綺麗。→登場人物の要所要所の作画は綺麗。

デスノート→荒いところは全くなし。細部に至るまで美しい本当の意味での「作画が綺麗」。 

って、分類なんですが、有りでしょうか(^_^A

 


あと、月が思ったより大人っぽくて、ちょっと以外でした。


私の中では、デスノートを拾う前の月は天真爛漫で、さしたる努力をしていないのにても自分が人より秀でていること、自分に匹敵する存在が周囲に対して何となく虚無感を感じて退屈していた、というイメージがあったのですが、アニメではちょっと違う。

何と言うか、周りをもっと冷めた目で周りの人間を観察しているイメージ。



序盤の月は本当に世界をよくしようとして無邪気にデスノートに犯罪者の名前を書き続けていたイメージがあったのですが、アニメ版月からは「虫ケラは排除してしまえ」って感じでデスノートに犯罪者の名前を書いているような印象を受けて、違った意味で怖かったです


それで、終盤の、月がノートに名前を書き続ける場面は、怖い、というか気持ち悪い感じでした。


荘厳な音楽を背景に、月が腕を一振りするたびに犯罪者が死んでゆく描写は神を諮詢しているんですが、「神」としての自分に浸っている月に、どうしても新興宗教の教祖的な胡散臭さを感じずにはいられません。


デスノート最終巻のあの終わり方を考えると、やっぱりそういう方向性でこのアニメは進んでいくのでしょうか?


このアニメはその点にも注目して見ていきたいです。