私のいとこの金井秀一さんの告別式が、6月21日に長野市の安楽院で行われました。享年77歳でした。秀一さんは、信越放送の元アナウンサー部長でしたが、退職後も「しなのカルチャープロジェクト」を立ち上げて、美しい日本語の普及に尽くしていました。昨年の暮れまで、講座もいくつか担当していました。やさしい語り口でほのぼのとしていて、秀一さんと話をすると、どんな方でも心が癒されてくることで、人気があったようです。
秀一さんは、声も顔もいいし、優しい性格と、博識と、機転が利くことで、アナウンサーが天職のような人でした。秀一さんを有名にした「金さんの懐かしのメロディー」と言う番組があります。ディスクジョッキーのような番組ですが、お酒を飲みながら、視聴者と電話でのトーク番組を進めると言うものですが、一番の長寿番組でした。その番組は、番組名こそ変わりましたが、今でも続いています。
お酒はそれほど強いとは思えませんが、お酒をこよなく愛していたようです。告別式の司会をしていたやはりSBCの元アナウンサーの小山菜穂子さんも金井さんからお酒を取ったら何も残らないほどですと言っていましたが、感極まって泣きながらの司会となってしまいました。プロの司会者が泣いてしまうとは、プロではないのではないかとも思いましたが、やはり彼女も司会者以前に人間でした。何も残らないどころか、皆さんの心の中にしっかりと生きているのではないでしょうか。
大きな星を失われたご家族の方、特に奥様は落胆されていらっしゃると思いますが、少しでも早く立ち直ることをお祈りいたします。
秀一さんは、声も顔もいいし、優しい性格と、博識と、機転が利くことで、アナウンサーが天職のような人でした。秀一さんを有名にした「金さんの懐かしのメロディー」と言う番組があります。ディスクジョッキーのような番組ですが、お酒を飲みながら、視聴者と電話でのトーク番組を進めると言うものですが、一番の長寿番組でした。その番組は、番組名こそ変わりましたが、今でも続いています。
お酒はそれほど強いとは思えませんが、お酒をこよなく愛していたようです。告別式の司会をしていたやはりSBCの元アナウンサーの小山菜穂子さんも金井さんからお酒を取ったら何も残らないほどですと言っていましたが、感極まって泣きながらの司会となってしまいました。プロの司会者が泣いてしまうとは、プロではないのではないかとも思いましたが、やはり彼女も司会者以前に人間でした。何も残らないどころか、皆さんの心の中にしっかりと生きているのではないでしょうか。
大きな星を失われたご家族の方、特に奥様は落胆されていらっしゃると思いますが、少しでも早く立ち直ることをお祈りいたします。