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やぶ泌尿器科のあたふた診療録

田舎の泌尿器科医、悪戦苦闘の診療記録

脳の不思議

2005-09-14 | 泌尿器科
 以前公開された最初のマトリックスで、登場人物の間で次のような会話があったように記憶している(一言一句、正確ではありません、あしからず)。

 「これは現実なのか?」
 「現実?現実とは何だ?すべては脳が見せるイメージにすぎない」

 なかなか奥深い言葉である。脳は絶えず外界から五感を通じて入ってくる情報を分析加工し、自分をそして世界を形作っているのである。そんな馬鹿なと思われるかも知れないが、外界からの刺激を一切遮断した環境におかれると、人間は自分と自分以外の境界を正確に認識する事ができなくなり、意識と身体がずれるという感じや、自分と世界が一体となったなどという不思議な感覚さえも体感できる。宗教のはじまりは、このような体験が関係している事も多いのである。
 
 人間の脳より遙かに計算能力が高いスーパーコンピュータであろうとも、たとえばある人物の怒った顔、笑った顔、あるいは泣いた顔などを見せて、これらはその時々に応じて見られる同一人物の異なった一面に過ぎないのだ等と判断させることは至難の業なのである。私達の頭の中に収まっている脳は、そんな驚異的な作業をいとも容易くやってしまうのである。

 学生時代、大学のすぐ近くに小さなコーヒーショップがあった。10人ぐらいしか入ることができない小さなコーヒーショップはいつも学生達で賑わっていた。みんなのお目当ては、カウンターの中にいるちょっと年上のお姉さん。決してとびきりの美人という訳ではなかったが、その人の笑顔や雰囲気は学生達の心を強く惹きつけた。かく言う私もその中の一人だったのである。

 気の小さい私は、たとえ偶然その店で彼女と二人きりになるという幸運に恵まれた時でさえ、堂々と彼女に話しかけることなど出来ず、カウンターに置かれたサイフォン越しに彼女の姿を見ては、ただため息をつくばかりという情けない奴であった。サイフォンの向こうに見える彼女の姿はぐにゃりと曲がっていたにもかかわらず、私の脳はちゃんとそれをあこがれの人であると的確に判断していた訳である。

 それだけのすごい能力を持った脳のあちこちを必死で探し回れば、あるいはどこか隅っこにちっぽけな「勇気」が隠れているのを見つけられたのかもしれないなどと、今になって懐かしく思い出すのである。

 サイフォンの 向こうで歪んだ 君も好き 

 ああ、僕って詩人。

緊急手術

2005-09-13 | 泌尿器科
 大学病院で当直をしている時、1階の救急外来から病棟に呼び出しの電話が鳴った。

 「ウロの先生(泌尿器科の医者のことです)、どなたでも結構です。すぐに救急外来まで来て下さい!」

切羽詰まった電話の様子から、救急ではとんでもないことが起こっていそうな予感がする。どなたでも結構ですと言われても、残念ながら夜には当直の医者、すなわち私しかいないのである。

 走って救急外来まで行くと、看護師さんが「そこです!」と指を指す。その指は血に染まって真っ赤である。救急室に入るとベッドはおろか、その周囲の床まで真っ赤。なんなのだ、これは?

 ベッドには40歳前後の男性、ベッドの周りには外科のドクターと麻酔科のドクター。
 「どうしたの?」と聞くと「包丁で背中を刺されてる。これから開けるので、先生も一緒に入って欲しい。場合によったら腎臓がザックリとやられてるかもしれない」

 開けるもなにも、患者さん(この場合は被害者って言うのか?)の顔面は蒼白。脈も微弱である。果たして手術場まで運べるのか?

 どんどんと輸血をしながら、そして周囲に血をまき散らしながら手術場まで搬送した。輸血を中断すると、みるみる血圧が下がる。体内では相当大きな動脈が損傷されているのであろう。

 「家族に連絡は取ったか!?」「血液センターは!」「ICUの手配!」飛び交う怒号の中、患者さんはともすれば失いそうになる意識を必死で保ちながら、「先生、大丈夫ですか」と私に問いかける。
 「大丈夫、絶対助けるから」と言う私の後で外科のドクターが、
 「おい、○○(外科のもう一人のドクターの名前)!、家族には危ないと伝えたか!」
「はい、オペ中に死ぬかもしれないと言っときました!」
 こらこら、まだ麻酔はかかってないぞ。

 いつにも増して、血しぶきが飛び交う手術になったが、幸いにも腎臓に損傷はなく、損傷されていた動脈も止血できた。腎臓が無傷とわかった時点で泌尿器科はお役ご免である。一足先に手術から解放され、ほっとして手術場を後にした。

 (ひとまず今日の所はなんとかなりそうだけど、後は術後の合併症が問題になりそうだなあ・・)

 そんなことを思いながら手術場の外に出た瞬間、目が点になって表情が固まった。

 手術場の出口にずらりと並んだいかつい男達。色とりどりのシャツ、サングラス、独特のヘアスタイル・・どうみても普通の方々ではない。しかも全員が殺気立っている。

 今まで命を助けることに必死で、どうすれば背中に包丁なんぞが刺さる羽目になるのか、その事については何も考えてはいなかったのである。つまりは、今、手術を行った方は、背中に包丁が刺さるようなお仕事をしている御方だったのである。

 無言でその検問?を突破する勇気など到底持ち合わせてはいないので、「あ、今、となりで手術してた外科の方かな?もうすぐ終わると思いますよ。多分、大丈夫じゃないかな・・」って、お前もその手術に一枚咬んでただろうが!

 この後に何があろうとも、今の私はただの通りすがりの医者なのである。外科のドクターなら頑張ってなんとかするだろう・・多分。

 大変申し訳ないが・・健闘を祈る!

上の医者

2005-09-12 | 泌尿器科
私の診療所から車で5分の距離にある公立病院に泌尿器科が開設されたのは今から5年あまり前のこと。それまでこの地区の泌尿器科医といえば私一人しかいなかったので、溺れる者は藁をもつかむ状態の患者さんがやむなく私の診療所を受診していたのであるが、近くの大病院に泌尿器科が出来てからというもの、みんな私の診療所を素通りして公立病院に行ってしまうようになった。

 ところが、公立病院に赴任してきたドクターというのは全員が私の後輩達なのであり、私が大学勤務中に直接指導にあたったドクターもいたのである。公立病院での勤務が終わってから私の診療所に立ち寄っていろいろと話をして帰るドクターもいた。公立病院ができてからというもの、患者数の減少には歯止めがかからず、遊びに立ち寄る医者の数だけは右肩上がり・・何なのだ、この診療所は。遊びに来たドクターが「先生の診療所、暇ですね」・・って、元はと言えば君達が原因だろうが!

 「いい加減にしないと、病院の前に落とし穴を掘るぞ」とか「看護師さんを人質にとってそっちの病院に立てこもるぞ」等という執拗な脅しが功を奏したのか、最近になって、公立病院に殺到する患者さんをこちらに回してくれるようになった。ふっふっふ、ようやくわかったか。それでいいのだよ。

 ところが昨今の患者さんの大病院志向は半端ではなく、いくらドクターの勧めでも、ちょっとやそっとでは町の診療所なんかにはお見えにならないのである。いろいろと理由をつけて、結局は公立病院に戻っていく方も少なくない。少々困った公立病院のドクターは私の診療所を紹介するにあたり、確実に私の診療所を受診するように「あの先生は、私の先輩だから」とか「大学で自分が指導して貰った先生だから」などと、私を精一杯持ち上げて紹介するようになったのである。

 以後、公立病院から紹介状持参で私の診療所に来られる患者さんは、必ずといっていいほど「先生は、公立病院の○○先生の上だったんだってねえ」と言うようになったのである。ふふふ、我が町の皆様、少しは私のこと、見直しましたか?

 先日、お見えになったおばあさんは、元々私の診療所に通っていた方で、しばらく姿が見えないと思っていたら、案の定、公立病院の方に受診先を変えていたようである。それを知るに至った公立病院のドクターが再度こちらに紹介してきたという訳である。正直なところ、わざわざ公立病院に行かなければならないほどの重病でもない(私の診療所に是非とも通わなければいけないという理由もないのだが・・)。

 「しばらく、○○病院に行ってたんやけど、やっぱりこっちに来ることになったわ」
 こんな時は、決して相手を非難するような目で見てはならないのである。にこにこしながら話を聞いていると、
 「ここは、待たなくていいからいいねえ」 余計なお世話だよ。

 「ところで、先生は○○先生の上だったんだってねえ」
 来た来た・・と思いながらも、さして偉ぶる訳でもなく、嬉しがるでもなく、「まあね」と聞き流していると、

 「上と言っても、歳が上ってことだけやろうけどなあ・・」

  あんたが言うな!

暴言の嵐

2005-09-10 | 泌尿器科
 月に一度、診療所に来られる馴染みの患者さんが、受診の予定ではない時に診察に見えられた。いつもとは違って少々落ち込んだ雰囲気を漂わせている。

 「先生、性病にかかってないか調べてほしいんだけど・・」
 やれやれ、そう言うことか。いつもとは違うイベントがあった訳だね。

本来なら性感染症が疑われる方には、そこに至った経緯をある程度聞かせて頂く必要があるのだが、正直なところ、言いたくないこともあろうし、また、本当のことを言うとも限らず、私はあまり厳しくは追及しない。

 「一体、どうしちゃったの?」
 別に問いただすような口調ではなく、何気なくお聞きしたつもりだったのであるが、その方の口からは、意外なストーリーが語られる事になった。

 「実は、この間、同窓会があって、そこで○年ぶりに昔、好きだった彼女に会ってさ」
 「え?」

 思ってもみかなった展開に、カルテを書く手が止まってしまった。

 「そこで、いい雰囲気になった訳。で、ついつい最後まで・・」 
 「ふんふん」 

 もう医者が治療のための情報収集をしているのではなく、単なる野次馬根性丸出しの聞き手に成り下がっている。

 「ところがその後で、ちょっと調子が悪くなって・・」
 「そりゃ、困ったこっちゃな」
 「で、その彼女に・・」
 「は?」
 「お前の病気が移ったって言ってしまった」
 「ば・・馬鹿か、お前は!! それで彼女は何て言ったんだ?」
 「むちゃくちゃ怒ってたなあ・・」
 「当たり前だ!この・・馬鹿!!」

 世にはびこる医者の横暴を暴き、患者さんの権利を守ろうとする方々が耳にしたら、直ちにレッドカードものの暴言の連続である。患者さんを「お前」呼ばわり「馬鹿」呼ばわりなのであるから。
 
 「それで彼女とはどうなったんだ?」
 「もう、終わりです。別れました」
 「あなた、彼女がずっと好きだったんでしょう?もし本当に病気が移ってたとしても、好きな人の病気なら貰ってあげるくらいの男気をみせないとダメだよ。それをちょっと調子が悪くなったからといって、彼女のせいにするなんて最低だ」
 
 すこし気の弱いところがあるこの人は、きっと随分悩んだのであろう。とうとう自分の胸の内にとどめておけなくなり、ついつい昔の彼女に当たってしまった訳である。その結果が当然のことながら最悪の結末を招き、打ちひしがれて受診した診療所で医者に馬鹿、最低呼ばわり。死人にむち打つとはまさにこの事である。

 「今からでも土下座して謝って来たら?」という私の言葉にその方は「もう・・いいんです」と肩を落として診療所を後にしたのである。 

 しばらくして冷静さを取り戻した私。

 「あれ?あの人、確か結婚してなかったっけ・・?」

 今から追いかけて行って、一発頭を殴ってやろうかとも思ったが、すでに後の祭り。ようし、今度来た時にこってりと油を絞ってやるとしよう。

以下同文

2005-09-07 | 泌尿器科
 男性の生殖器に関する診療を担当する科の宿命といえばそれまでなのかもしれないが、私の診療所には時々変な電話が入る。内容は詳しくは書かないが、若い女性の事務員相手にセクハラに近い内容だってある。何の気なしに男性である私が受話器をとるなり、何も言わずにガチャリと切れてしまうことだって少なくない。いったい何を考えてるのだ、君たちは。

 突然、電話が入った。「おたくでは、淋病などの性病の検査はできるのか?」
 できるものなにも、それが仕事である(全部じゃないよ)。
 事務員が「できます」と答えると、「じゃ、10人ほどで行く」と言って切れてしまった。

 けげんそうな顔をした事務員が私にその事を伝えに来た。はてさて、これは一体どういうことなのであろう。一人で受診するのが嫌だから、仲間や付き添いを連れてくるのか。あるいは、風俗関係のお仕事でもしている支配人が従業員の女性を伴って来るのか。しかし、それなら婦人科の担当であろう。
 あるいはまさかまさか、受診する全員が、お互いに性的関係があるとか・・うえーっ、ホモセクシャルを差別する気はないけど、ちょっとばかり気持ちが悪いのである。

 で、結局落ち着いたのが、いたずら電話だろうという結論。こんな電話をかけてきて何が面白いのであろう。

 ところが夜間診療もほぼ終わりに近づいた午後6時半、一瞬、どこかの組の殴り込みかと思えるような若い血気盛んな男性達が、ぞろぞろと診療所に入ってきた。

「さっき、予約したものだけど・・」

 一人目の方に詳しくお話をお伺いすると、なんでも、同じ会社に勤める仲間達が酔った勢いで一緒に悪い遊びをしたのであるが、そのうちのひとりが病気になったことが判明したらしい。それ慌てふためいた遊び仲間達全員が会社に内緒で検査を受けに来たという訳である。やれやれ。

「次の方どうぞ」

 看護婦に促されて診療室に入って来るなり「以下、同文です」って、あのなあ・・。

 しかし全員が陰性ならいいものの、たとえばこのメンバーのうち一人だけが陽性だったらどうするのだ?

 どこかロシアンルーレットのような妙な緊張感が漂う診療所の待合いなのであった。

そりゃ、そうだけど・・

2005-09-05 | 泌尿器科
 ある休日に町の老人会から講演を頼まれた。

 医師会の理事のドクターから、「こんな話があるのです。休日のところ申し訳ないとは思いますが、引き受けては頂けないでしょうか」と言う丁重なお電話が入り、謹んでお引き受けさせて頂いた・・のが、1ヶ月以上も前の話。とこらがそれから待てど暮らせど講演の正式な招請状や依頼状が届く気配がない。確認しようにも、私が直接主催者の老人会から講演依頼を受けた訳ではないので、講師が正式に私に決定したのかどうかもわからない。そんな時にわざわざこちらから連絡を入れて「今度の講演の件ですけど」などと尋ねるのはどうも案配が悪いのである。
 「え?何の話ですかあ?今年の講師は○○先生なんですけど」などと別のドクターの名前を言われたりしたら、小心者の私にとっては顔から火が出るほど恥ずかしいことなのである。

 そのうち講演予定日がどんどんと近づいてきた。いくらなんでもこの時期までに正式な依頼がないというのは、私は今回の講師の選に漏れたと考えるのが妥当であろう・・などと思っていたところ、私の診療所にお見えになった患者さんが、
 「先生、今度の老人会で講演をやってくれるんだってね~」・・って、何だよ、それ?
 聞けば、もう1ヶ月以上も前から老人会にはその旨を記載したチラシが配布されているとの事。当の私は、何時に何処に行けばいいのかさえも知らないのに・・である。

 「おいおい、聞いてないよ」とは言ったものの、最近、いろいろな講演や研究会の連絡事項が乱れ飛んでいたので、あるいはそのなかに紛れ込んでしまったのかもしれないなどと思い直し、「ひょっとしたら、聞いてたのに忘れてしまったのかもしれないなあ」と言ったところ、その患者さん、
 
 「先生、それは違うと思うなあ。そんな事を忘れてしまうほど、先生の診療所は忙しくないやろ」 

 普通、面と向かってそんな事を言うか?
 みんな言いたい放題の診療所なのである。

新たなる伝説

2005-09-03 | 泌尿器科
 私は時々、講演や講義を依頼される。8月にも介護保険のケアマネージャーさん達を対象に研修を依頼された。

 折しもその日の夕方には演奏会を控え(実は、クラシックギターを少々やっております)、リコーダーの方々との合同練習も予定されていた。移動の時間も考えると一度自宅までギターを取りに戻ってくる余裕はない。ということで、やむなくギターも一緒に往診車に積み込んで講義に出かけたのである。

 会場に到着したのが2時前。夏真っ直中に比べれば日差しは幾分やさしくはなっているが、それでも閉め切った車内に楽器を残して行く勇気はない。しかたなく背中にギターを背負っての会場入りとなったのである。

 講演会場にギターを持ち込むなどという行動には慣れていないので恥ずかしいことこのうえない。建物の中に入ってからは、講義には関係のない一般市民のようなふりで何人かをやり過ごした。講演会場がある2階の方からはかなりの人数の声がもれ聞こえてくる。数人とすれ違っただけでも恥ずかしいのに、さらにこのかっこうのままで会場まで出向き、大勢の人の好奇の視線にさらされるのは耐えられそうもない。どこかに預かってくれる所はないものかと探すのであるが、ホテルとは違って研修会場にクロークなどは見あたらないのである。
 
 仕方なく覚悟を決めてギターを背負ったままの会場入りを決心したのであるが、その前にトイレに入り、用を済ませて、ついいつもの感覚で振り返った時、背中のギターをちょっとした勢いで壁にぶつけてしまった。慌ててギターを確認しようとケースのチャックを開いたが、冷静になってみるとここはトイレなのである。いつ誰が入って来るとも限らない。しかもトイレの外には人の声が。外に出て他人の視線の中でこれ見よがしにギターを出すこともしたくない。

 私は咄嗟に個室の方に入り、その狭い空間でギターを取りだして調べてみた。ギターについた小さな傷。がっくりとして外に出ようとしたところ、落ち込んだ私に追い打ちをかけるかのような事態が勃発するのである。

 突然、トイレのドアが開いて人がどかどかと入ってくる気配が、しかも複数の賑やかな女性の声が・・。

 先ほど私が用をたしたのであるから、間違いなく男性も入ってよいトイレであったはずである。しばらく個室の中で息を凝らしていたが、その女性達は一向にあきらめて外に出て行く気配がない。そうこうするうちにいよいよ講義開始の時間となってしまったのである。

 追いつめられた私は一大決心をして個室のドアを開けて出ることにした。外には予想に違わず明らかに本日の講義を聴きに来たと思われる数人の女性達。賑やかだったトイレの空間は一瞬のうちに静まりかえったのである。

 個室トイレから、突然ギターを背負ったおじさんが出て来のである。しかもそのおじさんはほどなく教壇に立つのである。彼女たちは私のことを一体何だと思ったのであろう。

 こうして私は、また新たなる伝説をひとつ作ってしまったのである。

似てるんです

2005-09-02 | 泌尿器科
 以前、前立腺癌のため、寝たきり状態で退院してきた方のお宅に往診に伺った時の話である。

 なんでもその方は随分と以前から排尿の間隔が短いとか、残った感じがするとかの症状があったようであるが、歳のせいと放置していたようである。ある時、腰のあたりに痛みが現れ、なかなか治らないので整形外科を受診したところ、結局、前立腺癌の転移との診断がつき、泌尿器科の方に回って来られたようである。調べてみると転移は痛みの原因となっている腰骨だけに留まらず、頭蓋骨、肋骨、骨盤等々、全身のあらゆる骨に進行し、治療で痛みはかなり改善してきたものの、次第に寝たきりとなってしまったとこのとである。

 私はその段階で治療のバトンを受け取ったのであるが、診ると決して軽症とは言えないものの、今しばらくは落ち着いた状態が続くであろうと予想し、奥さんにもそのように説明させて頂いたのである。珍しくその予想は的中し、検査や治療のために少々低下していた食欲も改善し、素人目にも安定した状態となったのであるが、どうも奥さんの様子が気になるのである。
 連れ合いが転移を有する癌と言われ、ルンルン気分になるなんてのは普通の夫婦関係ではない。本人でなくても落ち込んで当たり前なのである。しかしながら、ご主人の今の状態は決して今日明日というような危篤状態ではなく、場合によっては年単位で安定した状態が続くこともありそうな気配を見せているにしては、奥さんの表情がどんどん暗くなるような気がするのである。

 ある日、暗い顔をした奥さんから言葉をかけられた。
 「先生、聞いて頂きたいことがあるのですが」

 なんか、嫌な雰囲気だなあとは思ったが、「あなたは私の患者ではありませんから知りません」などと言う訳にもいかない。医者は患者さん本人だけを診ていればいいというものではないのである。

 「実は・・似てるんです」
 「は? 何がですか?」
 「主人と似てるんです」 
 「え? ご主人と何が似てるんです?」
 「主人の症状と私の症状が似てるのです」
 「と言うと・・?」
 「おしっこの回数が増えてきましたし、最近腰も痛くなって来ました」
 「そうですか。腰痛の方はともかくも、一度、尿の検査でもしてみますか?」 
 
 思い詰めたような奥さんは、「こいつ、わからん奴だな」というような表情を見せながら、
 「私も・・前立腺癌じゃないんでしょうか!?」

 ええと、それは違うと思いますけど。多分・・違うんじゃないかなあ。

尿検査は困る

2005-09-01 | 泌尿器科
 こんな仕事をしていると、一風変わった人にお会いしたり、突然変な電話がかかってきたりする事も稀ではない。幸いにもひどい嫌がらせなどは受けた事がないのであるが、事務員などに不愉快な電話がかかってきたりした時などには、かけてきた相手の電話番号がわかるサービスや、非通知の電話は受けつけないようなサービスに加入しようかと思った事もある。しかしながら善良な?患者さんが泌尿器科に電話する時には、あるいは秘密にしておきたい事もあるだろうかと考えて、目下のところは相手が名乗らない限り、誰が電話してきたかを知るすべはないのである。

「あの~、尿道から膿が出るんだけど、薬はもらえるのか?」
 突然失礼な人だなあとは思いながらも、「尿を検査して、必要なら薬は出しますよ」と応えると、「それはこまる」との事。
「どうして? 尿の検査は痛くないし、子供だって簡単に出来る検査ですが」

 まあ、尿道からどくどくと膿が出てれば、大抵は淋病なのであえて尿検査をしなくても治療は可能なのだが、診察した時に膿が確認できなければ、ほんとうに尿道炎かどうか、最低でも調べておく必要がある。不必要な薬を出して、副作用でも出た日にはたまらない。しかしこの方は、こちらの説明に聞く耳を持たず「尿の検査は困る」を繰り返すのである。

 長々と訳のわからない電話につき合うのも飽きてきたので「何が困るのか、はっきりと言ってごらんよ」と言うと、「尿の検査をして警察に通報されると困るから」・・おい、お前の尿には何が出てるんだ!

「たとえばチャカ(参考までに、拳銃のことです)で撃たれた傷を見たら、先生は警察に通報するか?」
「当たり前や(興奮してだんだん関西弁になって来ている)、そんな傷を内緒で処置したのがわかったら、こっちが逮捕されるわ」
「ほらな、だから尿検査は嫌なんだ」
      
 はいはい、もう好きにして下さい。尿道炎よりもそっちのほうが百倍心配だとは思うけど。もっとも私の診療所で尿検査をして、あわてて警察に通報するようなものを発見することはできませんけどね。

ブルータス、お前もか・・

2005-08-31 | 泌尿器科
 実は私はテレビに出演したことがある。それもローカルな番組ではなく、ゴールデンタイムに放送されるドラマにである。
 病院のシーンが必要なこういったドラマでは、診察室や病室などの小さな場面はセットで作れても、病院の建物自体や外来の風景などといったカットは、実際の医療機関にお願いして撮影せざるを得なくなる。ストーリーの詳細は忘れてしまったが、主人公の女優さんがわが病院の泌尿器科を訪れて説明を受けるといったシーンだったように記憶している。そこで、泌尿器科で一番カメラ写りがいいと自他共に認める私が説明をする医師役に抜擢されたという訳である・・な訳ないだろ。

 真相は、カメラが泌尿器科外来の全景をぐるりと写した時、毎日の診察当番医を張り出したボードが映り、そこに私の名札があったというだけの事なのである。

 撮影は外来が終わった午後に行われたのであるが、外来を終えて医局で休んでいると秘書の子が「先生、○○(女優さんの名前)が来てます」と興奮気味に教えてくれた。田舎者ゆえ、テレビで観たことのある女優さんを実際にこの目で見られる機会など皆無に近く、思わずその子の後について走っていきそうになったが、休憩中とはいえ仮にも勤務時間内である。まだ泌尿器科の外来近くに残っている患者さんの目もあろうし、入院患者さんも来るかも知れない。そこにいる時間がたとえ数分だとしても、「あの医者、仕事中にサボって女優を見に来てた」などと言われるのは本意ではない。そんなことが教授の耳に入りでもしたら・・考えるだでも恐ろしいことなのである。そういったけじめには非常に厳しい方なのである。

 そんな訳で、時々漏れ聞こえてくる撮影の様子が気になりながらも平静を装っていたのであるが、その時、当の泌尿器科外来から呼び出しがあったのである。撮影とはいっても、外来全てを使用している訳ではない。若い医者から午後の検査で用いる器械の確認に来て欲しいとの要請であった。

 「すみませ~ん」と人だかりをかき分けて外来に近づいたもののすぐには外来の中には入らず、立ち止まって撮影の様子を拝見させて頂くことにした。私の場合、撮影を見るためにここに来たのではなく、あくまでも外来に行く途中の通りがかりなのである。もし厳格な教授の耳に入っても、一応の申し開きも立つというものである。

 おそるおそる女優さんを眺めていた私の視線の先に、向こう側の人だかりの一番前で嬉しそうな顔をしながら撮影現場を見物している教授の姿があった。