イトコの娘御からクリスマスプレゼントにぬいぐるみをもらった。
え〜 ぬいぐるみなんかホコリたまるし、お清めコースまっしぐらやん。
とりあえずベッドの横に置いて一緒に寝た。
抱っこしたらふわふわのさらさら、脚の開き具合が胴体をすっぽり包んでくれる。
ホコリの立ちにくそうな抜け毛の無い生地でやんふうの大きな誤解やった。
癒される〜
そして子供の頃いつも一緒にいたぴーちゃんのこと思い出した。
やんふうが3歳の時病気で死にかけた。もう死ぬと言われたがこうして生きている。
あの時死んでもう少しまともな家に生まれ変わりたかった。と何度思ったことか。
文字の読み書きできない両親はちゃんとお葬式出せたか?
写真が一枚もないのに遺影はどうするんだろかと考えると
死ななくてよかったのだろう。
この数年前、少し年上のイトコが3歳の小さな命を閉じた。
物心ついて自分より年上なのに自分より小さな女の子のお仏壇の遺影を見ては、
不思議に思い、時には死ねたことを羨ましく思ったこともあった。
幼心に叔母だけが他のお母さんと同じでない、乗り越えられない壁や溝があるのを感じてた。
そして母の悲しみを見て育ったその兄たちもイトコ同士で壁があった。
お母ちゃんは死んだ子のことしか考えてない。とよく言ってた。
まあ、やんふうの両親も知能が??と貧しすぎる暮らし、でそれはそれで憐れみを持たれていたのは感じてたけどね。
話を戻して、
死にかけの時、叔母たちが人形を買ってくれた。もしこのまま死んだら一緒に棺桶に入るようにと。(ビンボーすぎて家にお人形がなかったらしい)
お腹を押さえるとぴーぴー鳴ったのでぴーちゃんと名づけた。
記憶の始まりではもう音が鳴らなっくなっていたけど。
顔と小さな手と赤い靴が樹脂で作られあとは頭から足首まではパンヤ(綿)を詰められ赤ちゃん程の大きさがあった。
ぴーちゃんが命を救ってくれたんだよ、あなたは体が弱いんだよ、とずっと言われ続け大きくなった。ああ、そうなんだ。
気づけばぴーちゃんだけが友達で、疲れやすく歩くのも走るのも遅い、要するにトロイ子、いじめられっ子になっていた。
小学校の時きょうだいはいるのかと聞かれ、お姉ちゃんと妹と言ったら、
横からやんふうの家族構成知っている子に、
妹はいないやろ、
ぴーちゃんがいる、
それ、誰よ?
お人形、
お人形は妹と違うよ、
あの時の驚きと言ったら!
えっ! 違うの? ぴーちゃんにやんふうの魂が入ってるっておばあちゃん言ってたよ!
一緒に暮らしてお話しして一緒に泣いてくれる子が妹という存在ではなかった!
もうこの頃から単純バカだったわ。
月日は流れ努力と運でビンボーと虚弱体質(思い込みさせられてた)から脱出し
ぴーちゃんから自立した。
借地を出ないといけなくなり思い出のぼろ家と一緒にお別れした。
もう30歳を超えていた。