「産み落としたもの」 りょく作
構成:B
文体:A
オリジナリティ:C
総合:B
構成について…過去の回想と現在を上手く組み合わせるなど工夫が見られる
文体について…現代的であり洗練された文体であると感じる
オリジナリティについて…この種の入れ替えはミステリーでは嫌というほど見ている。要はどのように表現するかである。本作での名前との組み合わせもそう新しいとは思えないが、まとめ方としては非常に綺麗ではある。また謎のほうも読者が自分の力で解けるように提示されている。そこに好感が持てる。
総合について…個人的には本作のミステリ部分については非常に早い段階で解を得ることができた。それはテーマを先に知っていたからかもしれない。叙述トリックの書かれ方として本作は非常に優秀な部類に入ると思われる。長編で読むなら少し辛いかもしれないが、短編では非常に洗練されたものとなっている。
惜しむらくは謎の開示と後半の飛び具合でそれは作者自身も感じているようだ。ただ、短編小説であるが故に最後の話の飛び具合がよいオチとなっているという効果はある。これはこれでありだ。突っ込みどころとしては「八年間パパは何をしてたんだ」というところだろうか。八年間も治らなかったのに突然治る所に不自然さを感じなくもない。ただ、パパが毎日病院に通い、毎日同じような話をし続け、本当のことを言い続けており、その集積の結果がその日突然気が付いたと解釈すれば不自然ではないかもしれない。自分の文章と比べてみても一つ一つの言葉に工夫が見られるところは見習いたい。
作者はよいテーマとプロットを得ることができたならば、新人賞をとれるぐらいの作品を書けるものと思われる。A評価には届かないが、短編小説として巧さがありB評価をつけさせて貰うことにした。
「音」 シャオリン作
構成:C
文体:C
オリジナリティ:C
総合:C
構成について:全ての語尾を音でまとめ、始まりから終わりまでを表現しているがいささか単調に映らなくもない。どこかで転調する部分が欲しい。
文体について:詩作における文体をその比喩体系ととらえて評価してみる。ただ比喩があまり使用されていないので使われている言語の体系を評価するしかない。使われている言語体系は生活に密着したもの、「車」「花火」といったような一種の若者文化の匂いのするものなどに分けられると思う。あと細かいが第二章段で「お茶」「食器」などが出てくるのに第三章段で割れるのが「グラス」というのは統一感がないのではないかと思ったりもする。グラスも食器ではあるのだが…。第一、第二で幸せの象徴とされていたものが第三章段で壊れるという構想と思われる。作者自身もわかっているし、意識して書いたようだが「淡々と描写し続ける」というのは読み手にとって快楽要素が少なくなるのは当たり前のことであると思う。ただ、リズムはいい。ヒップホップに乗せて歌うにはよいかもしれない。
オリジナリティについて:テーマ自身に斬新さはない。恋愛は太古から繰り返し使われて来て、なおかつ現代においても求められているテーマである。調理の仕方でどのようにも化ける。本作は音を通して間接的に表現されているので真に迫った恋愛の様子を見ることはできない。恋愛の例えば「家族愛的側面」を捉えるのであれば、それに応じた言葉をもう少し足したい。文末を全て「音」でまとめようとした工夫は評価したい。
総合について:普段から詩を鑑賞しないものにとって詩を評価することは難しいことであるが、義務教育で習う詩、J-POPの歌詞などを思い浮かべながら評価をしてみた。詩を見るにおいて色々な評価基準があると思う。まず「リズム」というものについて考えてみた。この作品は全ての文末を「音」にすることによってある種のリズム感が生まれている。しかし、それだけでいいのか? 楽曲の一曲におけるAメロ、Bメロが延々と流れている感覚でサビの部分がやってこない。まぁ、これは詩をJ-POPと比するからいけないのかもしれないが。この作品の新しい詩の感覚は既存の体系の元にあるわたしのような強大な批判者を生み出す。しかし、新体系に挑もうという人間にはそれは避けて通れぬ道であるのでわたしの意見も参考にしてみて欲しい。次に「比喩」である。詩の醍醐味は世界を新たなる感覚で捉え直そうという比喩の試みであると考えている。例えその詩が短くとも、例えその詩のリズムが悪かろうとも一発強烈な比喩が入ると高評価をせざるを得ないという気持ちにさせられる。本作には見るべき比喩はあまり見られなかった。
私の評価は小説に対し、詩作へのほうが厳しくなっている。それは小説のほうはよく読むし、自分も書くので最低限のレベルがわかるからだ。詩作にはどうしても最高のものを求めてしまう傾向があるようだ。
「深海」 シャオリン作
構成:C
文体:B
オリジナリティ:C
総合:C
構成について:構成について語れる長さではないであろう。構造としては一重構造である。
文体について:比喩体系に共感を覚える部分がある。
オリジナリティについて:堕落の詩は恋愛の詩と比べれば数も少ないであろう。しかし、ありきたりの言葉の域を出ない感はある。詩は短いだけにパンチを効かせて欲しい。
総合について:堕落したことがある人間が見れば共感を覚えることができる詩であると思う。その点で個人的に「音」よりは高評価を出している。 J-POPのサビによくあるキャッチーな言葉も出始めており作者自身の現在進行形での成長を感じさせてくれる。ただキャッチーなだけでは駄目で、作者独自の語法の創出をしていかねばならないだろう。その上でキャッチーであるというのは矛盾めいた命題であるように思えるが、そこを越えると超一流の作詞家ができあがるのである。
B評価をつけることはできないが、ある壁を突き抜けると一気にA評価まで行ってしまうのが詩だと思っている。
「コンピュータシティの殺人」 カオス作
構成:C
文体:C
オリジナリティ:C
総合:C
構成について:このような物語の展開は嫌いではない。しかし、欠落と省略が多すぎる気がする。何もかもが突然だ。
文体について:比喩・会話文・平文の全てが低レベルであるように感じる。キャラクターに対する描写が甘い。言うなればキャラが立っていない。
オリジナリティについて:トリック部分は勿論前例があるに違いないと思っている。物理系の一般書を読んだ記憶から出てきたのだが誰でも思いつく部類のアイデアであろう。
構想と狙い:「臨死体験」というものが裏メインテーマである。最初に書こうとした「神様の百貨店」を合わせて見ていただければわかると思うが、「闇」や「暗いトンネル」を抜け出て突然光が現れるという描写によって臨死体験であるということを暗に示したかった。
構想としては臨死体験の中で少女と出会い仲良くなるが臨死体験の終了により別れざるを得なくなってしまう。そして現実世界に戻り、喪失感を得る。しかし、現実の世界で再び違う形で少女と再会する。…というもの。「神様の百貨店」ではカミちゃんが幼くなりすぎてしまった。「コンピュータシティの殺人」ではミステリ要素を加えることで物語に厚みと面白さを付け足そうとした。
失敗点:キャラクターが立っていないように感じる。描写が少ないのと欠落が主因だろう。ぼくとカミちゃんが恋愛感情に似た不思議な感情を持つ理由が全く描写されていない。カミちゃんをぼくの現実の誰かに置く(例えば、死んだ妹、恋人など)ことで関係性を説明することはできたであろうし、考えはした。しかし矛盾点が出そうなのでやめておいた。臨死体験が現実の戯画であるという構図を避け、独立した体験であるという世界観を崩したくなかったからというのもある。しかし、書かれ方があまりにも稚拙である。
総合について:例えばこれが中学生が書いたものだとすれば「なかなか面白いものを書くな」という評価もあるかもしれないが、残念ながら作者はもういい歳をしている。非常に残念な評価にならざるを得ない。鍛錬が必要である。