ダブル介護の憂鬱

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どうする?

2024-05-20 19:25:01 | 日記
「もうここには住めないわね。」
最近、母が言い出した台詞、何度も何度も繰り返してる台詞。

「ここ」とは自宅のこと。
それまでは、「ここが私の家です。どこにも行きません。施設には、行きません。」と断言していたのですが。
転機となったのは、先日の父との面会でしょう。左半身麻痺の父の姿を見て、父が自宅に帰るのは困難だと悟ったようです。
母にとって家で過ごすということは、父と家で過ごすこと。それも、たぶん父に身の回りの細々とした世話をしてもらいながら過ごすこと。一人で自宅で、介護サービスを受けながら暮らすという考えは皆無らしい。なるほど、そうだったのか。
今日も、明日病院に行くために一時帰宅をしているのですが、「お母さん、お薬飲んでね」と言えば、「面倒だわね。施設にいれば、すっと(薬が)出てくるのに。」と。私も声掛けしてるけどね。すっとは出してないか、、、
「お母さん、この家で、介護の人に手伝ってもらいながら一人で暮らすのはどうなの?」と聞いたら、
「他人が家に入ってくるのは気を使うわ。きれいにしなきゃならないでしょ。」
介護サービスを受けるのにきれいにしてスタンバイするって、変だよ?
「いっそ自分が向こうに行って、丸投げの方がいいわ。」
えっ、丸投げ? それはまた、極端ですね。
「ところで明日は、どこへ行くの?」
「S病院。お母さんの手術を担当する先生との面談よ。だから今日帰ってきたんじゃないの。」(こういう言い方、まずいんだっけ?)
「こういうのがわからなくなるから、施設に行っちゃおうと思うの。あっち行ったりこっち行ったり、わからなくなっちゃうから。」
父が老老介護をしている時、疲労が溜まった父の休憩のためにショートサービスを提案しても、「泣いて暮らしている」「嫌なことばっかり」と言っていた母。ここにきて訪れた気持ちの変化に、少々驚いています。
「あなたその方が安心でしょう?」
「ええ、それはもちろん」
キッパリ答えてしまった私です。ごめん。私は、お薬をすっと出せないし、それに母に食事を作るのも苦痛。これ、かなりきてます。
母は食が極端に細いだけでなく、食べ残しを隠します。「お腹一杯です。美味しゅうございました」って。それは嘘!
隠されるといい気持ちは全然しないし、食べないのはもっと心配だし。
介護のプロにお任せして楽になりたい。安心したい。

「もっと生きたいなんて、欲張りかしらね?」
これも、最近、何度も何度も言っている台詞。
「生きることに欲を出すのは当然でしょ。」
「欲張って、あなたたちに断りもせずに手術を受けたいなんて言ってしまってごめんなさいね」
「いや、お母さんの人生なのだから、お母さんが決めていいのよ。」むしろ、私は決められない。
だけど、この間まで、あんなに手術を怖がっていたのに、本当にいいのかな?
私は、ちょっと心配だったりする。
「お母さん、気が変わったら、引き返してもいいのよ。」
「やると決めたから。」
なぜか決意は固い。なぜかしら? 
まあ、確かに、いつ破裂するかわからなくて、破裂したらたぶん助からないという瘤を抱えて生きているのは、たとえ10年無事に生きていてとしても、落ち着かない日々だよね。
そのことを口にすると「そうよ」

明日は担当の先生からどのような話があるのでしょうか。
ベストが難しいならベターで。
ごちゃごちゃ堂々巡りのようで、実は母の希望はシンプルだということに最近気がつきました。それは「長生きしたい」ということ。母は、もう少し生きて孫の成長を見たいと言っています。孫の成長は一例であって、シンプルに、生きていたいんじゃないかな。
長生きするにはどうすればいいのか、先生の見立てを聞きたいと思います。


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