ダブル介護の憂鬱

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やってみないとわからないことがある

2024-07-08 22:09:58 | 日記
夕刻、父より電話。
開口一番
「ここには絶望しかない」
は??

曰く
主な理由は二つ。

一つ目は
「ここには、人生の終末期の人ばかり」
え、それはちょっと極端じゃあないですか?
「職員の話を聞けず勝手に立ち歩く人、寝たきりの人、ぼけている人が多い。まともに話ができる人がいない。」

二つ目は
「H(母の名前)が、僕に干渉してくる。非常に意地悪だ!」
あー、そう来たか・・・
なんだかんだ言って、夫婦一緒がいいのだろうということで母と同じ老健にしたのだが。
やっぱりこう来たか。想定内ではあるが、ちょっと早くないか?

これが主な理由なのだが、そのほかに
「ここは、職員の対応がつっけんどん」「扱われ方(身体介助)が雑」
介護現場は、忙しいし人手も足りないしなあ・・・
あとで、街のクリニックに努める次女が言ったことには、「病院の方がホスピタリティがあるんじゃない?」

「H病院(この間まで入院していた病院)に戻りたい。」
「うーん・・・お父さん、それは無理なんだよ。病気でないと病院には入れないし、お父さん病気じゃないから。」
「他の所に移りたい・・・」
「うーん、おとうさん、それもできないのよ。この間のもう一つの候補の老健Bも、今は空いてないの。」
「食事はおいしいし、おやつが出るのは楽しみだ。」
ああ、それはよかった!
ひとつくらい、いいことないと。

取り敢えず、リハビリを頑張ったらどうだろう? と伝えました。
リハビリをして、できることが増えれば、今後の生活の仕方の選択肢も増えるから、と。

例えば、
ある程度のことができるようになって退所して
月の半分くらいは自宅で過ごし、あとの半分はショートステイを利用するとか。
自宅で過ごす間は、私が泊まりこむことになるのだろうか。
親孝行と思って頑張れるか?
日中は一緒にはいられない。
とすると、日中ヘルパーさんはじめ、様々な介護サービスの人に来てもらうとして、父はそれを快く受け入れるか?
また、私が身の回りのことを手伝うとして、父は満足できるか?
私は、介護職の人よりよっぽど雑だと思う。ツッケンドンどころではすまないかも。心も、そう広くない。
父の心もたぶんあんまり広くない・・・
そう思うと、この案は、あんまりよくないかもなあとも思う。
でもまあ、選択肢の一つとして、あってもいい。

「お父さん、☆☆(今いる老健の名前)にも、H病院の相談員のTさんみたいに、お父さんの話をじっくり聞いてくれる人、必ずいるから。いろいろな人にお話してみて。私も☆☆の相談員のOさんに、お父さんの気持ち、伝えておくから。」
と言うと
「そうだな。」と。
「いろいろ手配してもらったのに、悪かったな。」とも。

父は、一つ目の病院の時も、次のリハビリ病院の時も、始めのうちはなじめなくて訴えてくる。
でも、人懐っこいところもあって、時間をかけてスタッフさんたちといい関係を築いて、「ありがとうありがとう」「お元気でね」と握手や笑顔をかわして次のところに移ってきた。
だから、今回もそうなるといいなと思うのだけれど。

母と同じ老健☆☆ではなく、病院併設の老健Bにしておいた方がよかったかなあ。
老健Bなら母とのストレスはなかったし
なじみの病院の併設だから、連携もあってスムーズだったかも。
直感でしかないのだが、老健Bの方が、☆☆よりなんとなく温かみがある気がした。
相談員の方も、話しやすい人だった・・・

でも
老健Bに行っていたら、それはそれで
母と同じところにしなくてよかったのか?と、思い続けていただろうなあ。
父も、H(母の名前)に会いたい・・・と思い続けていただろうし。
こうしてみないとわからないこともある。(「Hと一緒では疲れる!」ということが。)
だから、これでよかったんじゃないの?
と、これも次女の感想。
だよね。私も同感。

初めての介護。
常に手さぐり。



ちょっと気になった面会

2024-07-05 22:13:51 | 日記
今日は仕事帰りに、両親の入所している老健へ面会。
次女と現地で待ち合わせ。

面会はフロアの小部屋で。
あれ?と思ったのは
父が、最初、次女を認識しなかったことである。
話の途中から、次女Kのことを長女Yの名前で呼ぶので
「Kだよ」と教えると
しばし???な顔。
「YではなくてKだよ」ともう一度。
「ああ、Kちゃんか。」つながった。
「そうか、Kちゃんか。ボケたな。」
次女は「しばらく会ってなかったもんねー」としきりにフォローしてくれました。
確かに、1月の入院当初以来ではある。
「お父さんは、だめね」みたいな反応をする母を見て
「だが、H(母の名前)は、今日、面会があることを全く覚えていなかったんだ。」
「お父さんは?」
「ぼくは、わかっていた。」
そうなんだ・・・ それはよかった。

父の記憶力や認知能力は大丈夫だと思っていたけれど、もしかしたら、やや低下してるのかな。
退院直前に、相談員のTさんも心配していたっけな。
入院したり施設に入所したりすると、ストレスが多いし、その割に単調だし、無理もないか。
残念だけれども、脳梗塞を再発せず、母と幸せに一緒にいるのならば、まあ良しと考えるかな。
歯切れの悪い文章になってしまったけれど、そんなふうに思ってる。

「お父さん、ここでの生活はどう?」と尋ねたら
ご飯は、病院よりも格段に美味しい。
お風呂は病院と変わらず。
着替えなどの介助は、病院よりも乱暴。(病院のスタッフさんは、相当気を使ってくれていたからなあ。父の「痛い」という訴えに親身に耳を傾け、とても丁寧に対応してくれていたっけ。あらためて感謝)
排せつの方は、相変わらず思うようにいかない。
と答えてくれました。

「ここは、ぼんやりしている人、ボケているひとが多い。食事の前とか、座っていてと言われているのに、立ち歩く人も多い。病院よりも、物事がわかっていない人が多い。」
そうなのか。まあ、ここは病院ではないからなあ。でもって、家で過ごすことが難しい人たちだから。

「それで・・・」
と次の話が出てくるかという時に
ピピピピピ!
タイマーが鳴りました。きっちり15分で終了です。
「また来るね」と後にしました。

今日は、父の認知機能の低下?がちょっと気になった面会でした。
しばらく顔を見ないと、顔を認識できないみたい。(次女の存在は承知しているのだけれど、顔を見てKとわからなかったみたいね。)
忘れられないように、こまめに通おうかな。
家に帰ってきて夫にそう言ったら
「俺はせっせと週に1回は通っていたのに、母ちゃん、俺のこと忘れてしまったぞ。」
そうか、通っても、忘れる時は忘れちゃうのが認知症なんだな。

母の方は、父というお世話する相手が戻って来て、以前の「いつも通り」に少し戻ったかも。
母一人でいる時は、実家にいても、若干いじけモード、斜めな感じでしたから。

次女も同じようなことを感じていたようです。
「おじいちゃん、最初に、この人だれ?って顔してたよ。初めて会う人を見るような。でも気にしてないから!
ほら、私たちだって、顔は知っているけど、誰だっけ?みたいなときあるじゃない?」
うーん、ちょっと違うと思うけど。優しいお言葉、ありがとう。
そして
「15分って、あっという間すぎない? 何とかならないのかな?」
ならないんだよね、これが。

もう少し、面会が緩和され、外出も出来るようになったら
ボケないで済む人も増えるんじゃないだろうか?
もう少し、ハッピーになれるんじゃないだろうか?

それから、マスク、暑かった。
いつまで、マスクして面会するんだろうか?
マスクしていても、老健ではコロナ流行るのに。

なぜ、介護現場は、コロナ前に戻れないのか?

話が逸れたし、とりとめがなくなってきたから、ここでやめておきますね。


え、家に帰るですと?

2024-07-02 15:15:41 | 日記
今日は老健の相談員さんが、実家訪問のため、午後から休暇を取って立ち合い。
先日入所した父の「帰る家」を調査。
老健は、次への中間施設だから。
リハビリを経て、次の場へ移るための施設。
家に帰る前提。
でも、あくまで前提で
母の場合、家に帰れるとは思われていない。

母と同じ老健に入ることでの母の父への過干渉を心配していたが、それは今のところ大丈夫そう。
父は、リハビリに大変前向きに取り組んでおり、家に帰るという選択肢もなくはない、、、とのこと。
「え、そうなんですか?」
「車椅子使用なら、なんとかなるかもしれないです。」

玄関までのアプローチや家の中を車椅子で移動するとしたらどうなるか、重点的に調査していた。

家に帰られることについて、ご家族はどう思われるか?
と聞かれました。

24時間ついていることは無理。
父が不安ならば、無理をさせたくない。
逆に父がそれを望むならば、私も考える。

と答えました。

これでいいのか?
父の気持ちが一番だろう
そう思って返事をしたのだけど、相談員さんを見送った後
今、実家の近くのとある場所で
アイスコーヒーを飲みながら考えていると
それ、私にできるのか?
と。やや不安。

仕事は辞めない。
生活の場は自宅。
実家に住むことはしない。
これ、私の中の大前提。

頭を冷やして考えること、大事だね。
クールダウンのコーヒータイム。

家に帰るのか
帰らないのか
帰るとしたら
私、対応できるのか?

それはまだ誰にもわからない。
これからの様子で、決まっていくのだろうなあ。
父も、母も、老健に入所できたので
しばし、自分と自分の家族のために、日々生活しようと思う。

父が間もなく米寿を迎えるので
以前の勤務先から、花のアレンジメントを贈りたいと連絡が来た。
自宅にいないのならば、施設でもと。
相談員さんに確認したら
生花はNGなのだそう。
残念。
贈り物の一つでも届いたら、父も元気になるだろうに。

次女の彼氏さんが、母にとクッキーの贈り物をお土産に持ってきてくれた。
もちろん、お菓子も施設ではNG。
ごめんね彼氏さん。せっかくの気持ちなのに。

施設は、NGばかりだね。
そう思うと、自宅というのは、確かに、いいよねー。



いつかの日 思うことは?

2024-06-30 22:13:26 | 日記
今日は、次女の彼氏さんが晩ごはんに来ました。
まもなく二人で暮らし始めるので、挨拶に来てくれたんです。
気さくで良い人だった。1年前にも来てくれているけどね。お久しぶり。

もしこのまま、二人暮らしが続いて
人生のパートナーになるならば
いつか
高齢者になった私たち夫婦が
「いつもありがとね」とお世話になったりする日がくるのかしら?
今日のことを思い出して、あんな日もあったっけと思いながら。
あの頃は、若かったよねとしみじみ思いながら。
いや、もしかしたら、思い出せないかもしれないけど。
忘れちゃっているかな?

「いつもありかとうね」と言えるようでいたいな。
「いつもごめんなさい」ではなく。

なんでこんなふうに、考えちゃうのかなあ、、、

親の入所から程なくして
彼氏さん来たる。

物事が動くときは
あっちもこっちも。

褒めて褒められ

2024-06-29 22:09:30 | 日記
老健に父を送り、手続きを済ませて実家に寄って一休みしていると、介護の方から電話がありました。
曰く
ズボンはジャージーにしてほしい。
ポロシャツや丸首肌着シャツなど
かぶりものだと、着換えができないので
前開きにしてほしい。

早速家探し。前あきのコットンシャツを掘り出しました。
これでなんとかなるかしら?
買えば高いからね😭

前あき肌着とジャージーは、持っていないのでアマゾンでポチッ。
昨日、アマゾンが到着したので、せっせとお名前付けをして、
やっと今日、届けに行きました。

父、早速着用したのですが
前あきのコットンシャツは布地が固くて、着替えを痛がるそう。
少しのことでも、痛いんですって。
伸びる素材にしてほしいと言われました。
前が全開きのポロシャツとか。
そんなの、あるんか?
あるんだなー、これが。

家に帰って、アマゾンで探してポチッ。
先日ポチッたジャージー7本、前あき肌着7枚、
そして今日の分、前あき長袖スリーシーズンポロシャツ4枚(取りあえずお試しで4枚)
全部で5万円ほど。ガーン😨
まあ、仕方ないけどね。

やれやれ。
一仕事終えた気分で
アイスティー(アップルフレーバー)を飲んでいたら、父から電話。

「やあやあ。今日は、リハビリで褒められたよ。嬉しいねえ。
ぼくはね、目標を決めたよ。
リハビリを頑張る。
具体的には
自分で歩けるようになる。一人でトイレに行けるようになる。頑張るよ
お父さん、その調子(^^♪
生徒たちを褒めていた元高校教師の父は、今は、褒められて喜んでいる。
人は、いくつになっても褒められたいよね。

父の父、つまり私の祖父が、ガンを患い末期で入院していたとき
来る看護師看護師さんそれぞれに
「あんたは点滴が上手いねえ」と言っていたそうな。褒め上手と評判だったらしい。
もうそろそろという頃に私が会いに行くと
「〇〇ちゃん、あんたは美人だねえ。ほっぺたにチュってしたいくらいだねえ」(私、その時はまだ20代でしたから、、、)
「お父さんたら、何言ってるの」と
祖母が呆れていたっけ。
今でも、褒められて嬉しかった思いが、ポッと私の心の中に灯ってる。
ポッと明かりを灯して、逝った祖父。

もう一つ、思い出した。
義母のこと。
怖い人でした。キツイ人でした。
「お宅とはもう付き合いません」と宣言され
訪ねて行ってもドアを開けてもらえず
道で会っても(近くに住んでいました)脇道に入られ、、、
なぜ、そこまで嫌われているのか、よくわからないだけに余計辛かった。
その義母が、様々おぼつかなくなって施設に入ったと連絡がありました。
その頃は、夫も義母と連絡を取っていなかったのですが、さすがに駆けつけました。
私は会うのが怖かったので、行かなかったのだけど、職場の友人の
「是非行って」という言葉に押され、勇気を振り絞って訪ねました。
顔を合わせると、義母は満面の笑みで
「あらぁ、、、よく来たねー」

拍子抜けしました。
義母は、かなり認知症が進んでいました。
そうでなければ、やっぱり私は
息子を取ったにっくき嫁 だったはず。

その後、行くたびに
「あなたが来ると、嬉しい。あなたは私の気持ちをわかってくれるから」と言われ
夫が一人で行ったときには
「今日は、あのかわいい女の人は一緒ではないの?」
とがっかりしたそうです。ありがとうございます。
お付き合いの最後の時期に褒めていただけて、よかった、、、
ちなみに義母もまた施設で
「アタシ、褒められたから!」
と自慢してました。
何がって、歯です。
「虫歯ないし、ぜーんぶアタシの歯だよ」
って言いながら、イーってやって見せてくれました。
これはすごいことですよ、お義母さん!
歯は、ガタガタの人の方が多いから。
イーって口を開けてニンマリしてた義母の顔が忘れられません。
褒めて褒められてまた褒めて。
人は褒められると人を褒める。
褒めて褒められて、みんなハッピー(^o^)

今日は、義母の誕生日です。
お仏壇に、ありがとうと言いましたm(__)m