2007年3月2日 午前10時10分、少し遅れてフィンエアー77便は関西国際空港に到着した。してしまった。
ベルリンを発つ時は語学学校の友達が手伝いに来てくれて、重い荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
この10ヶ月に貯まった思い出の品は、30Kgまで許されたスーツケースに収まりきらず、別途10Kg郵送してある。船便のため、いつ私の手に戻ってくるかは見当がつかないけれど・・・。
その重いスーツケースを4階の部屋から、階段で下までおろすのは一苦労だ。手伝ってくれた2人には本当に感謝してる。ありがとう。
そして、この扉を出るのも最後なのだと思いながら、外へ通じる扉をくぐった。
外は雨のパラつくベルリンらしいどんよりとした天気。私の気持ちにも良く似ている。
いつものケバプ屋で、いつものおじちゃんが店番をしていて目が合った。
「今日、私日本に帰るんだ。」
「また、戻ってくるのかい?」
「分からないよ・・・。」
「そうか・・・。じゃあ、これ持って行きなさい。」
そう言って、おじちゃんは店で売ってたパン2つとコカコーラ1本を袋に入れて渡してくれた。
「ありがとう!ありがとう!じゃあね、またいつか。」
優しいおじちゃんに別れを告げて、空港に向った。
空港へ向う電車の中で、仕事に向う友人と別れた。彼女は、これから私の変わりにあの部屋でヴァニーナと暮すのだ。彼女の性格なら、きっとヴァニーナと問題なく過ごせるだろう。ヴァニーナの事、頼んだよ♪
そして、とうとうテーゲル空港に到着した。ベルリン発ヘルシンキ行きの飛行機は遅れているらしい。おかげで、見送りに来ていた友達と、ケバプ屋のおじさんに貰ったパンを食べながら、ゆっくり話す時間ができた。彼女とは、バーゼルとザルツブルグを共に旅をした。サッカー好きの同士。二人で旅をすると、何故かいろいろドタバタ劇に見舞われたけれど、本当に楽しかった。出会えて良かった。
チェックインカウンターで受け取った航空券にはKANSAIの文字。あぁ、本当に帰るんだ。ビザはまだ後2ヶ月弱残っているから、留まることも出来るけど、帰るんだ・・・。寂しいな・・・。航空券、破ってしまおうか・・・。そんな事まで考えてしまった。そんなことする勇気も無いくせに。
セキュリティーゲートの前まで、見送ってくれる彼女。お互いの眼には涙が溜まっているけれど、流すまいと、明るい話題でマタアオウ。ゴールデンウィーク、彼女も日本にいるはずだから、九段下で会おうね。そして、私はセキュリティーゲートをくぐろうとした。
係員のおばさんに、私は「リキッド用のポリ袋ください」と、お願いした。
おばさんは、「新聞売っている所で買ってきて」
私「・・・・。」
セキュリティーゲート前には長蛇の列。仕方なく、見送りに着てくれた彼女に頼んで買ってきてもらった・・・。最後まで締まらない私達。最後まで、ドタバタ劇の私達。私達らしくて良いじゃないか。
そして、ゲートをくぐって、ヘルシンキ行きの飛行機の搭乗を待った。
ヘルシンキへの飛行機は、更に遅れて、日本への乗り継ぎが心配になったが、40分遅れですんだため、なんとか大丈夫そうだ。
ヘルシンキまでは約2時間、時差もあるので、ヘルシンキ時間PM3:30に到着した。
ヘルシンキでの乗り継ぎは、約2時間。雪が降りしきるヘルシンキ。白い雪に覆われた大地と、空一面の雲の境目が見当たらない。去年の4月末にここに来た時は、もう雪も解けて春の青空が広がっていたのに・・・。
空港の免税店で、私は残ったユーロで最後の買い物をした。日本で待っていてくれる人へのお土産と、自分へのお土産。4月に初めてココに来た時は、節約していて買えなかった物。アアルトデザインのフィンランディアトレー。買って帰る事が出来て良かった。
出国チェックを受けて、私はとうとう日本への飛行機に乗り込んだ。
ヘルシンキからの飛行機は、日本へ帰る団体旅行の日本人ばかり。日本に到着する前から、日本にいる気分にさせてもらった。ベルリンの事を思い出すと切なくなるばかりなので、日本で待っている家族や友人達を思い浮かべて、眠った。
そして、とうとう2007年3月2日 午前10時10分、少し遅れてフィンエアー77便は関西国際空港に到着した。
これで、私の長いようで短い10ヶ月の旅は終ったのだ。
ただいま日本・・・。
ベルリンを発つ時は語学学校の友達が手伝いに来てくれて、重い荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
この10ヶ月に貯まった思い出の品は、30Kgまで許されたスーツケースに収まりきらず、別途10Kg郵送してある。船便のため、いつ私の手に戻ってくるかは見当がつかないけれど・・・。
その重いスーツケースを4階の部屋から、階段で下までおろすのは一苦労だ。手伝ってくれた2人には本当に感謝してる。ありがとう。
そして、この扉を出るのも最後なのだと思いながら、外へ通じる扉をくぐった。
外は雨のパラつくベルリンらしいどんよりとした天気。私の気持ちにも良く似ている。
いつものケバプ屋で、いつものおじちゃんが店番をしていて目が合った。
「今日、私日本に帰るんだ。」
「また、戻ってくるのかい?」
「分からないよ・・・。」
「そうか・・・。じゃあ、これ持って行きなさい。」
そう言って、おじちゃんは店で売ってたパン2つとコカコーラ1本を袋に入れて渡してくれた。
「ありがとう!ありがとう!じゃあね、またいつか。」
優しいおじちゃんに別れを告げて、空港に向った。
空港へ向う電車の中で、仕事に向う友人と別れた。彼女は、これから私の変わりにあの部屋でヴァニーナと暮すのだ。彼女の性格なら、きっとヴァニーナと問題なく過ごせるだろう。ヴァニーナの事、頼んだよ♪
そして、とうとうテーゲル空港に到着した。ベルリン発ヘルシンキ行きの飛行機は遅れているらしい。おかげで、見送りに来ていた友達と、ケバプ屋のおじさんに貰ったパンを食べながら、ゆっくり話す時間ができた。彼女とは、バーゼルとザルツブルグを共に旅をした。サッカー好きの同士。二人で旅をすると、何故かいろいろドタバタ劇に見舞われたけれど、本当に楽しかった。出会えて良かった。
チェックインカウンターで受け取った航空券にはKANSAIの文字。あぁ、本当に帰るんだ。ビザはまだ後2ヶ月弱残っているから、留まることも出来るけど、帰るんだ・・・。寂しいな・・・。航空券、破ってしまおうか・・・。そんな事まで考えてしまった。そんなことする勇気も無いくせに。
セキュリティーゲートの前まで、見送ってくれる彼女。お互いの眼には涙が溜まっているけれど、流すまいと、明るい話題でマタアオウ。ゴールデンウィーク、彼女も日本にいるはずだから、九段下で会おうね。そして、私はセキュリティーゲートをくぐろうとした。
係員のおばさんに、私は「リキッド用のポリ袋ください」と、お願いした。
おばさんは、「新聞売っている所で買ってきて」
私「・・・・。」
セキュリティーゲート前には長蛇の列。仕方なく、見送りに着てくれた彼女に頼んで買ってきてもらった・・・。最後まで締まらない私達。最後まで、ドタバタ劇の私達。私達らしくて良いじゃないか。
そして、ゲートをくぐって、ヘルシンキ行きの飛行機の搭乗を待った。
ヘルシンキへの飛行機は、更に遅れて、日本への乗り継ぎが心配になったが、40分遅れですんだため、なんとか大丈夫そうだ。
ヘルシンキまでは約2時間、時差もあるので、ヘルシンキ時間PM3:30に到着した。
ヘルシンキでの乗り継ぎは、約2時間。雪が降りしきるヘルシンキ。白い雪に覆われた大地と、空一面の雲の境目が見当たらない。去年の4月末にここに来た時は、もう雪も解けて春の青空が広がっていたのに・・・。
空港の免税店で、私は残ったユーロで最後の買い物をした。日本で待っていてくれる人へのお土産と、自分へのお土産。4月に初めてココに来た時は、節約していて買えなかった物。アアルトデザインのフィンランディアトレー。買って帰る事が出来て良かった。
出国チェックを受けて、私はとうとう日本への飛行機に乗り込んだ。
ヘルシンキからの飛行機は、日本へ帰る団体旅行の日本人ばかり。日本に到着する前から、日本にいる気分にさせてもらった。ベルリンの事を思い出すと切なくなるばかりなので、日本で待っている家族や友人達を思い浮かべて、眠った。
そして、とうとう2007年3月2日 午前10時10分、少し遅れてフィンエアー77便は関西国際空港に到着した。
これで、私の長いようで短い10ヶ月の旅は終ったのだ。
ただいま日本・・・。