建築家のヤカン

個人的覚え書き。UPは順不同!(汗)(ワタシは建築家でないです。。。)

『噛む女』~♪今日で全てが

2011-01-17 | cinema japanese あ・か
終わるさ

♪今日で全てが変る、
 今日で全てが報われる、
 今日で全てが始まるさ

ここまで特集見てきた中で、映画中聞かれる歌の数が『濡れた唇』が歌ふたつで一番少ないと思っていた。ら、もっと少ない映画があった。『噛む女』はそれより少なかった。
神代さん映画にしては例外的に、「歌」はひとつしか出てこない。それが上記の歌。
映画中、異なる声によって3度ほど繰り返される。キャラの声で&本来の歌い手の声(車中カーステレオ?)で。
登場する曲数だけでなくて、映画通して「歌」が3度ほどしか聞かれない、というのも、神代さん映画中では例外的に「歌」の歌われる回数の少ない映画ということになるだろうと。
そのなかでも印象深いのは、どなるようにして歌われるそれだろうと。親子連れで訪れた家具屋で一家の一人娘サヤカちゃんが、ベッドの下の収納箱に身体ごとすっぽり収まり、その引き出しをお父さんに開け閉めされながら、大きな声を出して、叫ぶように歌う。

チラシ解説によると「にっかつロマンポルノがシネ・ロッポニカと路線変更した第一弾」という。
ということは、『噛む女』は「ロマンポルノ」路線の延長線上にある映画なのだろうか?
映画を見る限り、「ポルノ映画」色はすっかり無くなっているように見える。これは充分「一般映画」に分類される映画だろう。
そして「一般映画」で、神代さん映画はここまで面白いのだ。目が覚めるように面白い映画だった。「ポルノ映画」の世界だけに神代さん映画を限るのは非常にモッタイナイ。こうまで面白い「非ポルノ映画」が見られるのだから。

「ポルノ映画」は主キャラの1人、一家の父親氏の職業として、この映画に現れる。正しくは映画ではなくて、ヴィデオ。
TV番組撮影での旧友との再会シーンなどで、父親氏の若き日のことが語られる。現在は俳優である旧友と共に「映画青年」だったという父親氏。旧友と共に、かつて製作した「映画」が、番組で紹介される。
見て、微笑ましさに笑える(”顔にペンキ塗って顔の周りに爆弾を巻いて....”)。余りにストレートに、憧れのようなものが現れていて。
自宅の壁には「シナリオコンクール受賞」の小さな額なども見えている。
その彼は、成人映画のヒット作で名を上げたのだという。そして今はアダルトヴィデオ製作会社の社長という位置にある。
かつては何らかの「志」を持っていた人。そう考えてよいのだろう。
そして今は。
この「今」と「かつて」との「距離」に、この映画のキーのひとつがあるのは、確かだろう。
それは「学園闘争」の光景(onTV画面)としても、この映画に現れている(「かぶりつきで見ていた」という『遠い明日』のことを連想する)。

「映画」への言及は、『噛む女』には少なくない。
映画始まってまもなくの、「映画館内」で見られているのは『恋人たちは濡れた』の終り近くの光景。
父親氏が夜中の自室TVで見ているモノクロ映画。
ひとつはすぐわかった『晩春』。
もうひとつの、雪の中に番傘が舞う光景の映画は、何の映画なのだろう?「時代劇」のようにも思えるが?

引越し光景から、映画は始まる。
一家が新たな「家」に移って来て、物語が始まる。
「家」という存在そのものに、強い磁力のようなものがある。
家内のあちこちに見える、様々な絵の額。
夜中に妻さんが庭に植えるサクラの苗木の光景。
「家」という場所に、何かただならぬ禍々しさが渦巻いている。

終り近くに、妻さんと友人氏との間で交わされる会話。
「あの人の会社の名前、何か意味あるの?」
『ギャンブラー』という映画の登場人物の名前なのだと、友人氏は言う。その映画の物語を、友人氏はこう説明する。
「静かな破滅...あいつ、それに憧れていたんだよ」。

『噛む女』で父親氏をこの世から消したのは、ふたりの『噛む女』の行為だということに、形の上では一応はなっている。
が、彼がこの映画から消えて行ったのは、彼が自ら選んだ「静かな破滅」だったのではないか?
「お父さんいないね。お父さんとお母さんとサヤカと3人だったのに、お父さんいないね」。
切り分けられた誕生日ケーキを前に、「家」のダイニングで妻さんにサヤカちゃんが言う。食卓脇のTV画面には、遊園地の木馬に乗った妻さん&サヤカちゃんの姿。
「お父さん」の姿はそこにはない。
なぜならその時、「カメラを持っていたのは」お父さんであったから。
「お父さんのいない」その光景の中に、姿の無い人の声だけが響く「あなた、また監督やったら?」「もうアダルトはやらないよ」。
「妻と子」がそこにいるためには、初めから姿を消していなければいけない人の、自主的な退場。
『噛む女』の父親氏の辿った物語は、そういうものであるように思える。


 (88/神代辰巳/にっかつ)
『噛む女』 ◎原作:結城昌治 ◎脚本:荒井晴彦 ◎撮影:篠田昇 ◎出演:桃井かおり・永島敏行・平田満・余貴美子・戸川純