母が乳がんになりまして・・・。

40歳アラフォーのシングル女です。母が乳がんであることがわかり、これからは乳がんと向き合う日々。

手術当日です(1)

2011-06-16 20:05:59 | 手術当日
今日は手術。
いよいよです。今日を境にまた新しい日がみえてきます。

8時にご家族のかた来てください、なのですが、当日電車が遅延して、
8時20分に到着。でも、まだ着替えもせず、ベットで待機中でした・・
朝9時過ぎに病棟をもう一人手術受ける方とそのご家族といっしょに看護師さんに
連れられて、手術室へ送り、手術家族控え室で終わるまで待機。
12時前後です、と先生に聞いていたので、そのつもりでその他の家族さんと
いっしょに待ってました。が、なんと、1番に放送がかかり、呼ばれました!
それもまだ10:50
「なんでなんで早すぎるんちがうの~」と、
ドキドキする胸をおさえつけて
手術室の前へ・・・・・・
先生が、取ったもの全部と標本にしたものを持ってこられ、
「リンパ節2カ所検査しましたが、転移がなかったのでリンパ節は取ってません」
「ご希望とおり、全摘だけしました。見ますか?」と。
あ~終わったんだ~
早かったんだ~と、ホッとしつつ、
「それは見ません・・・」って言いました。
(ていうか、透明のパックだから見えてるし・・・)

先生は、「そうですね~、結構グロテスクなんで見ない方がいいかもです」と。

9:30ごろに麻酔が開始され、手術終了が10:30ごろ。
なんとも1時間ほどの手術でした。

11時前に母が先生と看護師さんといっしょに出てこられました。

母は、点滴で痛み止めも入れてもらっていて、
「終わった~。ありがとう」と。

本当にほっとしましたよ
手術へ行くときも病棟で同室の患者さんたちに見送ってもらっているときも
「娘さんのほうが手術受けるみたいよ。大丈夫?」と心配される始末・・・
(ん~情けない)

あまりにも私が心配になって、3階の手術室の家族控え室まで来てくれた
みたいなんだけど、調度、入れ違いで私の方が上にあがって、病棟のロビーで
待ってたところ、母といっしょにもどってきてくれました。

同室者のみなさんには、
母もとても励まされ、感謝しています。
みなさんが、手術を受ける人へ、次々にいろんなことを教えてくれて
引き継いでおられる伝統のような感じだそうです。

そんなあったかいフレンドリーな患者さんや
いっつもやさしく親切に看護してくれる看護師さん、そして先生。
そんな病院でよかった~と、母と話ししていました。

手術から戻ると、
乳がんの患者さんで昨日手術した、という方が、
「大丈夫~。がんばったね~」ってお見舞いに来てくれたり・・と
本当にアットホームです。
そんな雰囲気をつくってくれる看護師さんや先生の雰囲気なんだろうな~って
思いました。

乳がん医療は最先端、それだけでなく、癌治療の最先端の病院で、看護師さんや
先生の対応等々もとてもよかったです。


昨日は、私が緊張して・・・
下痢でした。。。

今日入院しました

2011-06-13 16:34:42 | 入院~手術
今日の11時、入院しました。
母は、いつもと変わらない感じでしたが・・・・
病棟へ上がると、そわそわ・・・

12時前には、主治医の先生から手術に関する説明を受けました。
「しつこいようなんですが・・・温存もできますが、よろしいですか?」と。
母は、
「全部取ってください!」と、きっぱり。
先生は、「わかりました」と。

リンパ郭清は、術中に検査して転移がなければリンパ温存するとのことです。
ま~大丈夫でしょうと。
なので、よほどたくさん浸潤していなければ、放射線療法など、術後の治療は
なく、手術して一旦終了~
となる予定です。
術後にドレーンが入り、ドレーンは3~7日間くらいで抜ける予定で、
ドレーンが抜けて2~3日で退院とのこと。
なので、入院~退院まで、おおよそ2週間。6月末には家だね

今日から術前までの3日間、ヒマなので、母はイヤそ~にしてましたが。
本読んだり・・患者さんとお話したり・・でしょう。
さっき、早速、WANを入院のために人にあずけている、っていう
患者さんとお話したよ、ってメールがきてました。

外科病棟の看護師さん、みんな若くってやさし~んです
先生も外来のとき同様にやさし~し。。。

本当にみなさんに感謝です



そして、最後に、家族に報告

2011-06-11 18:27:56 | 術前
本当は、明日、そう、入院前日に母が、私以外の家族、
「父」別居中・「次女」発達障害系の2人に入院します、ということを。
本当に最後に入院のことを伝える人間が、
残念な父、残念な妹なのです。

言わないほうがいいのでは・・・と何度も母に言ったのですが、
言わずに入院したほうが、「父」がうるさい、というのと、ちょうど
6月26日に父方の姉妹のだんな(といってもじじ~です)の
三周忌に出ろ、といってたのを断らないといけないこともあって。

2人とも、電話で言いました。
父に関しては、途中で、私がかわって。

「父」には、ぜ~ったいに病院に来てほしくなかったし、家にも戻ってほしく
なかったので、それはそれは「な~んともない手術だから」と心配させない
ように気を配って話ししました。
予想はしていたけど、普通、入院費用などのこと心配するはず。全く、
費用についてふれず。
(今現在、一銭も家計にお金は入れていない父です)
20年も前から
「離婚してほしい」と私は母に懇願していたのです。
母も今年で70才。古い昔の考えの母なので、それはできないと。

私の妹。完全なる「発達障害系」
もちろん、自分では気が付いてなく。
この妹夫婦の喧嘩の電話が原因で、1日早めに話することになったのです。
1年半くらい前から、知り合いのカウンセラーさんにカウンセラー紹介していた
だいたのですが、最近2ヶ月くらい行ってなく、本当にひどくなってきました。
(切れやすい父に性格は似ているのです)

妹は、夫の妹のことで「きちがい」と言ってしまった。
人として最低のことを言っている、なのに、私が悪くないと。
かなりの勢いで暴言を吐き、きれてしまう、本当に発達障害です。
(それ以外でもい~っぱいエピソードはあります)
義弟が私の母に「家を出たい」と電話してきました。もちろん初めて。
ずっと我慢してきたのでしょう。
義弟は仕事のこと、自分自身の親や妹(精神病で入退院繰り返している)のこと、
といろいろと抱えているけど、妹にも気を使ってくれて、自分自身で抱え込んで
しまうタイプ。そんな義弟が電話してくるなんてよっぽどのことです。
母も私も義弟に申し訳なく、何かあったらいつでも電話してきてと言いました。
先に義弟に母から乳がんで月曜から入院することを話し、その後、私から付け加えて
話しました。

その後、母に妹が義弟から内容聞いて電話をかけてきたのですが。
これから入院する母に、
「長生きできる」
などと、空気のよめない声かけ・・・・・
余計に不安になるわ。
こういうところも義弟の母への声かけとは全く違い・・・
自分のことしか考えられない、気の毒な妹です。
そのとき、私がかなり怒っていることを妹は気にしており、母からも
「どんなきっかけであれ、我慢できなかったとはいえ、決して言ってはいけない
ことを言った」ということを妹に叱ったのです。
悪いことをしたんだ、って思ったようですが、
「なぜ悪いことなのか」というところは、悲しいかなわかっていません。
でも、これがきっかけで、とりあえずは妹夫婦の喧嘩がおさまるでしょう。

幸いにして、この問題の2人(父、妹)は、
入院しても病院にはきません。
来ないでと言ったのもあるけど、来れません。
他府県で、あの2人が都会の真ん中にくるなんて、到底無理だから。


そういう煩わしさもあって、わざわざ遠くの病院に行く、という母の希望が
あったのも今の病院に決めた理由の1つでもあります。
もちろん、それだけではなく、1番は、信用できる医療機関だからです。


今日の午前中~昼くらいまでは、
こんなことで、家では、ざわついていました。
母は、少し落ち着かない感じです。
差し迫ってきてるので、当然そうでしょう。
私の役目は、母、そして残念な父と妹に心配や不安を大きくさせないこと。
そう思って、
「なんともないよ」「大丈夫」と平然として母にも対応。

6月末には、家にもどってきているよ、お母さん。

術前診断 グレードⅠ

2011-06-09 21:40:34 | 術前
今日は、今回手術治療を受ける病院を紹介してもらった産業医に会いました。

産業医の第一声、
「おかあちゃん、グレードⅠやって~。初期でよかったな~」
とのこと。

グレードまでは聞いていなかったので、
どうなんかな~って思っていたところでした。


グレードⅠなので、
今回の病院での実績は、
全摘、温存、ともに5年、10年生存率が100%

循環器内科の先生の診察を受けたこと。
(安静時心電図で『心筋梗塞の疑い』とでたこと)
すべて、連携されており、
もう、何にも心配いらんで~。
こんな段階で専門医が診ても「う~ん」ていうくらいの乳がん、よっぽど
日頃の行いがいいんやでぇ~と。

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偶然、17歳と若い頃にかかった肺浸潤の痕で、胸部レントゲン疑わしき画像も
元々の肺浸潤の痕でしょう~、と
最初に受診したかかりつけの医師から「問題ない」とスルーしたが、結果が市の健診に
送られ、市の医師から胸部レントゲン精密検査
「必要ないけど、一応、念のために胸部CT受けとくか」と。
○○赤十字病院の呼吸器内科医師も
「これは、フィルムの関係で、問題ないけど・・・一応、受けときます?」
で、胸部CT受け、
呼吸器内科部長より、
「肺は全く問題ない、けど、なんか、うつってるな」と
呼吸器内科部長先生が、乳腺の触診してくれたけど、「わからんな~」
一応、乳腺外科に診てもらっとく?
とのことで、
乳腺外科で、マンモグラフィー、乳腺エコーで、
「ほぼ、まちがいなく乳がんです。一応確定診断のため生検しましょう」
で、その後、乳がん確定
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すべてが、運が良かったというか、奇跡に近いというか。
帰宅して、
母へ産業医のお話を報告し、更に、母は安心し、手術受ける意欲満々


現在の病院も本当なら1~3ヶ月待ちなんだけど
産業医の紹介してもらったのが5月27日で、
初診5月31日
そして、
入院6月13日
手術6月16日

と、驚異的な早さ・・・

すべてに
感謝、感謝です。

あとは、手術を待つばかりです。。。。。

さあ、来週です!

2011-06-08 20:42:00 | 術前
昨日は、主治医の先生に
14日に入院
17日に手術
と、聞いて帰宅。

母も循環器内科の先生に
乳がん以外はお墨付きの太鼓判押してもらって、その上、
思った以上に早く手術できることになり、
気持ちも晴れやかに帰宅。

・・・・そして、昼前のこと。
私の携帯がなりました。もちろん、会社で仕事してました。

病院からの電話で、
更に1日手術日程が繰り上がります、との連絡。
なので、
13日に入院
16日に手術

母へ連絡すると、早いほうが良いと。

今日は、母は仕事に行きました。昨日も午前中行ってたそうです。
気分転換にもなるし、と。

今日は仕事のあと、更に、美容室に。

着々と準備はすすみます。。。

我が家のWAN5月下旬の告知されたころより、
家の雰囲気が違うこと、気づいています・・・・

そして、来週から、母がいないと不安で仕方ない、我が家の忠犬ハチ公
私との2人きりの生活です。
WANにとっても大試練

私も着実に体重が減ってます。
ていうか、食欲も落ちたし、その上、毎日、軟便~下痢
もともと、便秘の私なので、最初は喜んでいたんだけど。

早く、無事に手術が終わらないかな・・・