AISとしてのボヤキ( ̄ェ ̄;)

別に不妊を除けば何の不便もなくフツーにムダに元気に生きてるんですが、やっぱボヤく場所も欲しいということで・・・。

徒然 ・ 「私が悪いんじゃない」

2011-11-11 12:49:57 | Weblog
この前病院に行ったら、先生の横で助手してる看護師さんが、職場で見かける人やった。
一瞬、職場変わろうかと思った。なんも悪いことしてないのに。

喋られたら喋られた時やん。
普段でも、人のアラや違い探すの必死やねんから。みんな。大して変わらへん。
店長代わって自分の立場弱なったりしたら、途端に擦り寄ってくるくせに。


「私が悪いんじゃない」
最近、事あるごとに自分に囁いてる。
私のせいでオカンを不幸にした
私のせいで人を不安がらせた
私のせいで人に迷惑をかけた
私がいるばっかりに・・・・
そんな自分を責める言葉ばっかりが耳元で聞こえる。
何度、その言葉に立ち向かおうとしても押しつぶされる。
でも、歳くって図太なったか、周りのネガティブな対応に燃料もらったか、
この頃、ちょっと居直れるように、なったかな・・・。
「私が悪いんじゃない」
「私のせいじゃない」

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2011-11-11 12:04:26 | 記事とかからのコピペ
毎日新聞 2011年10月16日
性分化疾患:性別確定「生後1カ月まで」 学会が手引 出生届け出後も可能
 外性器などが未発達で男女の区別が難しい性分化疾患の新生児について、日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は性別を確定する目標時期を「生後1カ月まで」とする医療者向けの手引を初めてまとめた。戸籍法は出生届の期限を14日以内と定めているが、十分に精査されずに性別判定されるケースがあるため。学会は法務当局の判断を仰いだうえで、期限の延長が可能としている。

 性分化疾患は2000人に1人の発生頻度との調査があり、90年代に解明が進んだが今も十分な知識を持たない医師が多い。子宮も卵巣もある女児が外性器で男と判断され、男性ホルモンを投与されるなど、最低限の検査なしでずさんに性別判定されるケースが後を絶たない。

 手引は染色体やホルモン、遺伝子など必要な検査や、内科と外科それぞれの治療内容を示した。性別確定まで1カ月としたのは、検査結果が出そろうのに14日以上かかる場合があるほか、経験豊富な医師の意見を仰ぐことを求めたためだ。

 戸籍法には出生届の遅延に対する罰則規定がある。同学会は、手引作成時に東京法務局に問い合わせ、医師の証明があれば性別や名前を空欄で出せることを確認。後に必要事項を埋める「追完」という方法で、14日を過ぎた届け出ができるとしている。ただ周知されておらず、医師も親も「14日以内」にとらわれているのが実態だ。

 厚労省研究班のメンバーで手引作成の中心になった堀川玲子・国立成育医療研究センター内分泌代謝科医長は「医学的には男女どちらとも言えない性があるが、『中間の性』という通念はまだない。性の変更を社会が受容する環境も整っていない以上、性別の判定は慎重を期すしかない」と話す。【丹野恒一】(17日朝刊からくらしナビ面で「境界を生きる~性分化疾患・決断のとき」を連載)

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 ■ことば

 ◇性分化疾患
 通常は男女どちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる病気の総称。70種類以上ある。「半陰陽」「両性具有」などとも呼ばれてきた。

毎日新聞 2011年10月16日 東京朝刊



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毎日新聞 2011年10月17日
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 「男子と女子、どっちがいい?」

迷った末、わが子を男の子として育てていく気持ちを固めた主婦=東海地方で、五味撮影 ◇思春期に男性化する疾患の長女、小4で告知受け混乱
 染色体やホルモンの異常により男性か女性かの区別がはっきりしない「性分化疾患」。医学的には未解明な部分が残り、男性と女性の枠組みしかない社会で生きる難しさも伴う。性の選択を迫られた時、治療方針を決める時--。当事者と家族、医療者のそれぞれの決断の場面を追った。

    *

 昨年7月、大阪市の大阪警察病院。夏休みに入った小学4年の長女(当時9歳)に付き添い、関西地方の夫婦が小児科を受診した。「そろそろ私から本人に説明しましょうか」と切り出した望月貴博医師に、夫婦は顔を見合わせ黙ってうなずいた。病気のこと、受けることになるかもしれない性器の手術のことを話した後、医師は長女に尋ねた。

 「男の子にもなれるし、今のまま女の子を選ぶこともできる。どっちがいい?」。しばし流れる沈黙。父は「男と言ってくれ」と祈ったが、長女は消え入るような声で「女の子がいい」と答え、しくしく泣いた。

 父が「男」を願ったのには理由がある。

 夫婦には2人の子がいる。いずれも女の子と思っていたが5年前、陰核(クリトリス)の肥大などをきっかけに性分化疾患の一つ「5α還元酵素欠損症」とそろって診断された。性染色体はXYの男性型だが、ホルモンの異常が原因で男性器が発達せず生まれ、大半が出生時に女性と判定される。しかし2次性徴期になると、程度の差はあれ確実に男性化する特徴がある。

 日本では下腹部に隠れている精巣を摘出して女性ホルモン剤を服用する治療が行われてきたが、欧米では女性として育った人の多くが性別の違和感に悩み、約6割が男性に性別変更したとのデータもある。

 長女が思春期を迎えた時、声も体形も男性化し、小さめの陰茎(ペニス)ほどに陰核が育っていったら……。本人の驚きと戸惑いを想像すると胸が痛んだ。

 病気がわかったとき、望月医師から「将来、妊娠はできない。男性としてなら子を作れる可能性はある」と言われた。小学校入学が目前に迫り、ピカピカの赤いランドセルも準備していた。夫婦は入学を心待ちする長女を男の子に変える気持ちにはなれなかった。

 翌年、今度は次女の幼稚園入園が迫った。望月医師は「性別を変えるなら、新しい社会に入り人間関係も変わる今のタイミングがいい」と促した。1年前から悩み抜いてきた夫婦は、長女の時とは逆の決断をした。「出生時の性別判定は間違い」との診断書を家庭裁判所に提出し、入園直前に次女の戸籍は「長男」となり、名前も変わった。

 男の子になった弟はとても陰茎が小さく、立ち小便ができないため個室トイレしか使えない不便はあるが、学校生活を楽しんでいる。夫婦の心配は長女だ。制服以外はスカートをはかず、野球やサッカーが大好きで、遊び相手も男の子だ。

 父は「男性化が進んでも女の子でいたいというなら、人格を無視してまで性別を変えることなどできない。男の子を望むなら、誰も何も知らない町に転居して、再スタートする覚悟はできている」と唇をかむ。

    *

 主治医の望月医師にとっても、治療方針の決定は容易ではない。

 次女の入園が迫った時、性別をどうすべきかを症例の豊富な医師たちに尋ねたが、男の子に変えるのは反対だというメールが次々返ってきた。「ちんちんがあまりに小さく、将来コンプレックスになる」という率直な意見もあった。診断にかかわった藤田敬之助・大阪市立総合医療センター元副院長も「思春期にどれだけ男性化するかは個人差がある。本人に性別を選ばせたいので、留保してはどうかと伝えた」と振り返る。

 望月医師は「絶対的な答えがあるわけではないが、私はより新しい国際的な知見を重視した。時代は変わってきているのです」と胸を張る。長女については、男性的な2次性徴が始まったら薬でいったん止め、本人に考える猶予を与える治療法を検討している。

    *

 「どちらの性別で育てますか?」

 東海地方の主婦(28)は2年前に長男を出産してから医師に「選択」を迫られ続けてきた。性器の発達が不十分だった。産院を退院してすぐ、大学病院にかかりさまざまな検査を受けた。「断定はできないが、染色体は男性型だから男で大丈夫では」。あいまいな言葉でも医師を信じるしかなく、2週間の期限ぎりぎりに長男として役所に届けた。性別を保留できることは当時は知らなかった。

 その後、別の医師からは「精巣がなく、子宮がある可能性がある。女の子として生きる方がいいのでは」と言われた。迷い続けてたどり着いた小児専門病院でも、男性の外性器の形成手術が難しいことを理由に、女の子を勧められた。「心も女の子になるんですか」と尋ねても明確な答えはなかった。

 この春、詳しい検査で子宮や卵巣のないことが分かり、男の子として育てていく気持ちがやっと固まった。まずは陰茎を大きくする。将来子どもを持つのは難しいが、声も体も大人の男性になれるよう、定期的に男性ホルモンを注射していく。

 「来年はスカートかも」。少し前は子ども服を買うのもためらったが、いま、性別そのものへの迷いは晴れた。【丹野恒一、五味香織】

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 ◆関西地方の夫婦が次女の性別選択で考慮した点(望月医師の説明による)

 ◇女性の場合
子宮と卵巣はなく膣(ちつ)も不完全

外陰部や膣の形成は男児にする場合より容易

妊娠できない

精巣を放置すれば思春期に男性化する可能性

乳房の発達などのため女性ホルモンの内服が生涯必要

 ◇男性の場合
精巣はある

外陰部の形成は女児にする場合より難しい

子どもが作れる可能性

思春期に自然に男性化する可能性

陰茎が小さいままの可能性

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 ◇「境界を生きる」とは
 連載「境界を生きる」は09年9月にスタート。近年まで医療界でさえタブー視されてきた性分化疾患や、心と体の性別が一致しない性同一性障害の子どもたちの苦悩を追い、社会の無理解などを問いかけてきた。

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 ■ご意見お寄せください

 ご意見や感想、体験を募集します。郵便は〒100-8051(住所不要)毎日新聞生活報道部あて、ファクスは03・3212・5177へ。メールは表題を「境界を生きる」とし、kurashi@mainichi.co.jpへ。

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毎日新聞 2011年10月17日 東京朝刊



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毎日新聞 2011年10月18日
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/中 「自分でなくなる」投薬中止
 ◇「普通の男性」望んだが 成人後始める治療、継続困難
 大学1年の冬、サークルの合宿で仲間と風呂に入るのが急に恥ずかしくなった。21歳になっていたが、陰毛はなく、声も小学生のままだった。新潟大歯学部5年の大田篤さん(24)は人目をはばかり民間病院を受診したが、結局自ら通う大学に紹介され、2年の夏に性分化疾患の一つ「低ゴナドトロピン性性腺機能低下症」と診断された。ホルモンの異常で2次性徴が起きない疾患だった。

 「原因があったんだ。治療すれば治るんだ」。ショックはなく、むしろ肯定的に受け止めた。

 週1回、腹部に自己注射するホルモン治療を始めると、数カ月で変化が表れた。声が低くなり、ひげや陰毛が生え、初めて射精した。「なよなよした体」は筋肉質に変わり、鏡を見るのが楽しくなった。初めて経験する性欲には戸惑った。「無意識のうちに視線が女性の胸元に行くなんて、思ってもみなかった」

 しかしある時、ふと疑問がわいた。「これは望んでいたことか」。治療は「普通の男性」になるためだったのに、まるで飢えた獣にでもなってしまった感覚だった。大田さんは「それこそが思春期なのかもしれないが、僕の場合は薬で人工的に変化したので、何かが違うと感じた」。

 治療を始めて1年9カ月後の昨冬、すっぱりと治療をやめた。ホルモンが足りず不健康になるだろうし、子どもを作ることもできなくなるが、それでもよかった。主治医に告げると「最近、中性がはやってるからね」と笑い、反対もしなかった。「自分は男」という認識が揺らいだことは一度もない。医師の言葉にカチンときたが「そうじゃない。自分が自分でなくなるのが嫌なんだ」という心の叫びはぐっとのみ込んだ。

 こうした疾患を診ることが多い池田クリニック(熊本県合志市)の池田稔院長は、治療が持続するかどうかは開始した年齢と深く関係すると感じている。不妊をきっかけに結婚後に治療を始めた患者は、男性ホルモンの重要性を理解はしても、妻が妊娠するとほとんど来なくなる。一方、10代で始めた患者は今も全員が治療を継続しているという。

 池田院長は「思春期に男性ホルモンが低い状態で自己を確立した人は、成人後に治療でホルモンを平常値にしても、自分でないような感覚になるのではないか」との仮説を立てる。

 ホルモン治療をした大田さんは、後悔の念にさいなまれている。「注射を打つたび男らしくなっていくのが、あれほどうれしかったのに」。太くなった声や筋肉質の体は元に戻らない。ひげや体毛にも嫌悪感がある。一度は劣等感から解放してくれた治療が今は恨めしい。下宿の隅に積んでいた未使用のアンプルは、捨てた。

    *

 「娘の人生を私が決めてしまった」「いいえ、選んだのは私」。神奈川県在住の佐藤真紀さん(45)と長女(24)には互いを思いやるやさしさがあふれている。

 89年正月、帰省先の福島県で長女は脱腸を起こし、緊急手術を受けた。手術中に廊下に出てきた医師の言葉に佐藤さんは耳を疑った。「睾丸(こうがん)が見つかりました。腸と絡み合っているので切り取ります。おなかを開いたままなので時間がありません。いいですね」。長女は出生時に膣口(ちつこう)が開いていなかったが、染色体をはじめ10日ほどかけてじっくり調べ、女性で間違いないと診断されていた。

 東京にいる夫とは連絡がつかない。「娘は男だったんだ。でも、私の一存で男として生きる可能性を断ち切ることになる」。そんな思いが頭を駆け巡ったが、医師は「お母さん、どうしますか」と迫ってくる。「じゃあ、切ってください」と言うしかなかった。手術室のドアがしまると、義母の前で号泣した。すべてが終わった後、ようやくつながった電話で夫は「そばにいてあげられなくてごめん。一人で大変な決断をさせてしまったね」と謝った。

 東京の大学病院で再検査を受けると、女性としての発達が不十分になる「ターナー症候群」だが、性染色体に男性化とかかわりが深いY染色体のかけらがある特殊な例だと分かった。

 佐藤さんには他に3人の子がいる。「弟や妹と比べると違いがよく分かる。男女どっちでもないというか、どっちでもあるというか……」という。

 小学4年のとき、学校での性教育が近いと知り、佐藤さんは長女に初めて詳しい話をした。「おなかの中にあるはずの赤ちゃんの部屋がないかもしれないんだ」

 長女は答えた。「他の子と違うみたいだと、何となく思っていた。赤ちゃんを産むのは怖いからいいよ」。しかし「本当はショックだった」と今、打ち明ける。

 中学生になると、骨粗しょう症の防止などでホルモン治療が必要になった。幼少時の手術の決断を十字架のように背負っている佐藤さんは「男女どっちを選んでもいいんだよ」と言ったが、長女は女性ホルモンを選んだ。「あまり女性的にはなりたくない」と生理が来ない程度の量にした。17歳のときには「簡単な手術で膣口も作れる」と医師から勧められたが、断った。

 「本人の意思を尊重しているが、決まった道を行くのと違い自己責任がある。可哀そうな面がある」。佐藤さんはいう。

 長女はいま税理士事務所で働く。一人でも生きていけるようにと、税理士を目指している。「両親はずっと『どんな道を選んでも、あなたが好きなことに変わりはない。味方だからね』と言い続けてくれた。それが私を支えている」。長女は穏やかな表情でふり返る。

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 「男性ならこう生きるべきだ」「女性ならこんな治療を受けるべきだ」。性分化疾患の当事者たちは、男女に二分された社会でプレッシャーを受けながら、自分らしい生き方を模索している。【丹野恒一】

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 ◇低ゴナドトロピン性性腺機能低下症
 精巣の働きに深く関係する脳の視床下部や下垂体からのホルモン分泌が悪いために2次性徴や精子形成ができなくなる疾患。陰茎の発達も悪く、陰毛や脇毛が生えない、においを感じにくい、といった症状が出ることもある。若年では見過ごされることも多く、不妊をきっかけに見つかるケースが少なくない。

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毎日新聞 2011年10月18日 東京朝刊

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毎日新聞 2011年10月19日
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/下 「判断妥当か」医師に重圧

恩師から有阪教授が受け継いだ海外の論文には、赤いペンの書き込みが残る=栃木県の独協医大で ◇年月経て、疑問持つ患者も 未解明な「脳の性分化」
 「カルテを開示してほしい」。3年前、診察室で向き合った20代の患者に言われた時、独協医大の有阪治教授は「その時が来たか」と覚悟を決めた。患者は男性として育ってきたが、性染色体は女性型のXXだった。カルテには書かれていたが、患者自身は知らないはずだった。

 患者は極端に大きな陰核の外見から、男児と判定されて育てられた。体の発達に違和感を覚えた両親が3歳の時、東京都内の大学病院を受診させ、性分化疾患の一つ「先天性副腎過形成」と診断された。子宮や卵巣はあるが、男性ホルモンが過剰に分泌され外性器などが男性化することのある疾患だ。

 このまま男児として生きた方がいいのか。染色体や内性器に合わせ女児に変えるべきか。当時20代の駆け出しの研修医だった有阪医師は、師事していた主治医の教授が治療方針に悩み、海外の文献をひもといて似た症例を必死に探す姿を見ていた。「夜も眠れない」と漏らすのを聞いたこともある。

 最後は両親の意向を尊重し、引き続き男児として育てる方針が決まった。その後、子宮は摘出した。教授は「将来、この子が自分の体に疑問を持って訪ねてきた時、自分はもうこの世にいないはずだ。誰が答えてくれるのだろう」と懸念を口にしていた。

 年月がたち、予想は的中した。

 この患者を引き継ぎ主治医となっていた有阪医師は、「事実関係をきちんと説明しよう」と連絡を待った。開示されたカルテを見て、電話をかけてきた患者は「俺を実験材料にしたんだろう」と怒りをあらわにした。「包丁で切り刻んでやる」とメールで脅されたこともあった。「詳しい理由は分からないが、やはり生き苦しさがあったのかもしれない」。やがて攻撃的な言動は収まったが、有阪医師には苦い思いが残った。

 昨春、一人の新生児が性分化疾患と診断され、独協医大に転院してきた。有阪医師は主治医として初めて中心的に性別判定にかかわった。1カ月にわたりさまざまな検査を行い、結果が出る度にどんな治療をすべきか迷った。「同じ立場になってみて、あの時の教授の重圧が分かった」。両親の希望で、新生児は染色体の型を重視して男性として育てる方針が決まり、形成手術も行った。判断は妥当だったのか、年月がたたないと答えは出ない。

   *

 「性別の確定は戸籍法の期限である14日にとらわれず、生後1カ月までに」。日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は、性分化疾患の新生児を診る医師に慎重な対応を求める手引をまとめた。だが実は、1年かけたとしても真に適切な性別判定はできない。未解明の「脳の性分化」という課題があるからだ。

 昨年12月に大阪府立大が開いたシンポジウム。性分化疾患の研究で世界的に知られるハワイ大医学部のミルトン・ダイアモンド教授が変わった言い回しで訴えた。「性別を決定するのは、両足の間にあるものではなく、耳と耳の間にあるものです」。大切なのは、性器の状態ではなく、自分自身を男だと思うのか女だと思うのか、つまり心(脳)の性だ、という意味だった。

 70種以上ある性分化疾患の中には、性別判定の難しさから、育てられた性と心の性が食い違いやすいものがある。例えば男性器が未発達で女性と判定されがちな「5α還元酵素欠損症」。女性として育てられても心では男性だと自覚する確率が59%という海外のデータがある。男性として育てた場合は0%だ。疾患ごとにこうした傾向がつかめれば、出生時に性別を判定する重要なポイントになりうる。

 厚労省研究班は全国の小児内分泌医と小児泌尿器科医に昨年初めて実施した実態調査を基に、数種類の疾患にしぼり追跡調査した。8月に出そろったデータを分析している山梨大名誉教授の大山建司医師によると、最も患者が多い性分化疾患の一つ「21水酸化酵素欠損症」の場合、約150症例のうち子どもの性同一性障害(心と体の性の不一致)の診断基準に当てはまる患者が3~4%いた。大山医師は「児童精神科医の協力も得ながら、データを詳しく読み解きたい」と話す。

   *

 92年に複数の診療科の医師とケースワーカーなどで性別判定委員会を作るなど先進的な取り組みをしてきた大阪府立母子保健総合医療センター。一昨年から本格的に、看護師が親子それぞれと面談する「看護支援」を始めた。

 親は子どもが性分化疾患だと知った段階からショックや自責の念を持つことがある。40組以上の親子と面談してきた石見(いわみ)和世看護師は、「親の愛情が形成されるのを手助けしていくことが、子どもの成長のために何より重要」と話す。

 面談では、学校生活での心配、結婚や出産はできるか、子どもに病気をどう説明するか、さまざまな質問が出る。じっくり話し合い、時間を共有するなかで、多くの親が涙を流し、病気に立ち向かう決断をしていく姿を目にしてきた。「この病気について心を開いて話せる場所なんて、今までどこにもなかった」。その言葉に、石見看護師は、患者家族の孤独と強さを思うばかりだ。

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 性分化疾患はかつて医療界でもタブー視されていたが、患者の立場に沿った対応も進み始めている。日本小児内分泌学会の堀川玲子・性分化委員長はいう。

 「性分化疾患に『正しい答え』はなく、第三者が当事者の決断を批判することはできない。普通と違う人をどれだけ受け入れられるか、社会の成熟度が問われている」【丹野恒一、五味香織】

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 ◇脳の性分化
 心(脳)が自覚する性のこと。人はどんな仕組みで自分の性を認識するのか、決定的な研究はまだない。容姿や言動が男性的なことと、心が自覚する性が一致するとも限らない。人の性別は染色体や性腺、性器の性などで総合的に決められるが、本人の「生きやすさ」のためには最終的に「脳の性」まで解明されることが必要だ。

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毎日新聞 2011年10月19日 東京朝刊



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毎日新聞 2011年10月23日
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/番外編 「IS」 ドラマに反響続く
 ◇理解への期待、新たな偏見への不安 BSジャパンで再放送中
 染色体やホルモンの異常が原因で男女をはっきりと区別しにくい「性分化疾患」をテーマにしたドラマが今夏、初めて放送された。「当事者の現状を伝えたい」と、デリケートなテーマに挑んだスタッフらの奮闘が伝わり、番組ホームページの掲示板には今も共感や続編制作を求める書き込みが続いている。【丹野恒一】

 テレビ東京系で7月から9月まで放送された「IS(アイエス)~男でも女でもない性~」。原作は漫画雑誌「Kiss」(講談社)に連載された同タイトル作。「IS」は性分化疾患を指すことのある「インターセックス」を略した造語だ。

 性分化疾患がありながらも明るい家庭で育った春(福田沙紀さん)は、進学した高校で、どこか陰のある美和子(剛力彩芽さん)と出会う。彼女もまた別の性分化疾患で、差別を恐れる母親から内向きの愛を注がれたために……。

 「普通って何なんだろうと考えさせられた」「毎回、娘と正座して見た」「ありのままの自分を隠さない大切さを知った」。視聴者の反応はどれも真剣だった。

 テレビ東京の中川順平プロデューサーは「性分化疾患をしっかりとらえるのは難しく、霧の中を手探りするようだった。しかし、偏見にとらわれない感想が若者からも多く寄せられ、挑戦したかいがあった」と話す。

 主人公と同じく高校生活を送る性分化疾患の当事者らは、理解の広がりへの期待と新たな偏見が生まれはしないかという複雑な気持ちで放送を見守ったようだ。

 卵巣も精巣もある東日本の高校2年の女子生徒(16)は、ドラマが始まってから、付き合いのない同級生から突然声をかけられ、戸惑ったという。「ドラマと同じ病気なの?」とストレートに尋ねられたこともある。

 「病気を知ってもらえるのはいいけれど、中途半端な知識だけが広まるのも不安」と感じた。性的少数者との付き合い方を書いた実用本を用意し、渡すことにした。約10人に読んでもらい、「大変なんだね。頑張って」と励まされたこともあるという。



 「IS」は10月からBSジャパンで金曜午後11時から放送中。

毎日新聞 2011年10月23日 東京朝刊



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毎日新聞 2011年11月3日
境界を生きる:性分化疾患・決断のとき ~当事者、読者の声~ 男、女である前に人間
 ◇理解得て結婚、自由に生きる 告白「死ぬまでしない」
 染色体やホルモンの異常が原因で男女の区別が難しい病を取り上げた連載「境界を生きる~性分化疾患・決断のとき」(10月17~19日)に多くの反響をいただきました。当事者の立場から寄せられた体験や、読者の声を紹介します。【丹野恒一】

 「性分化疾患は簡単に割り切れるものではないが、男や女である前に人間なのだという命の原点を見つめ直すことが大切ではないか」。神奈川県藤沢市の尼僧、高井叡空(えくう)さん(72)は、連載にこんな感想を持ったという。

 生まれつき膣(ちつ)がなかった高井さん。「女性としての性発達に何らかの問題があったのは確か。性分化疾患という言葉は最近になって知ったが、そういったものの一つだと思って生きてきた」

 人生の転機は高校を卒業した直後に訪れた。縁談が持ち上がり、すぐにまとまりかけたが、体のことが問題になった。生理はなく、性交渉もできない。子どもも産めないだろうと思われたからだ。

 「半世紀以上も前の時代だから、拒絶されて当然だったはず。でも、相手はご家族を含めて『それでもいい』と言ってくれた」。両親の「せめて形だけでも整えて」という勧めで、結婚前に手術を受けて膣を作ることになった。近くでは病院が見つからず、大阪の大学病院に3カ月、入院した。「診察の時はいつも研修医たちが取り囲み、物珍しげにのぞき込んできた」という。

 退院して半年後、20歳の秋に無事結婚した。しかし、形成した膣が小さくなっていかないよう、プラスチックの棒を常に挿入しておかねばならなかった。入れておくだけでも恥ずかしかったが、装着していた7年間で、人前で抜け落ちてしまったことが3度もあった。「そのたびパニックになった」。つらい思い出がよみがえり、高井さんの目から涙が流れた。

 子どものいない結婚生活。高井さんは自由に生きた。アングラ劇団員、現代芸術家、レストランの経営にも挑戦した。そして50歳のとき、比叡山に登り、修行中の僧と出会ったのがきっかけで尼僧になった。「空庵(くうあん)」と名付けた自宅は寺の体裁をとらず、ヨガの会を開いたり、若者が集まって性のことから社会問題まで語り合う場になっている。

 3年前に夫に先立たれた。ふと思い立ち、かつて造膣手術を受けた大学病院にカルテが残っていないか問い合わせた。医師にも親にも詳しい説明を受けた記憶がなかったからだ。カルテは既に廃棄され、自分がどんな体で生まれ、何という病気と診断され、どんな手術を受けたのか、分からないままになった。

 高井さんは尼僧になった時、献体登録をした。「私自身は知ることができないが、これからも生まれてくる性分化疾患の子どもたちが生きやすくなるよう、この体を医学の発展に生かしてほしい」と柔和な表情でほほえんだ。

   *

 2年前の連載時にも感想を書いてくれた匿名の女性(62)からは、7枚の便箋につづった手紙が届いた。結婚から約3年後、30歳を過ぎたころに下腹部に精巣が見つかり、性染色体も男性型であることが判明したという。

 子宮と卵巣がないことは19歳の時に知り、自殺まで考えたが、ショックはそれ以上だった。思わず医師に「(男性としてならば)子どもを作る能力があるのか」と尋ねた。もし「ある」というなら、夫とは離婚して男性として生きようと思った。しかし、返ってきた答えは「能力はない」だった。

 いったん自分の中に男性的な部分を見つけてしまうと、特に30代、40代は折り合いをつけて生きることに苦しんだ。築き上げた生活を壊さないよう、「夫には死ぬまで絶対に告白しない」と決めている。

 遺伝がかかわっているためか、親族の中に似た症状の女性が複数いる。周囲から差別的な扱いを受けていると聞いたこともあるが、タブーになっていて互いに触れることはない。

 女性は「私と同じ性分化疾患の若い人に言いたいこと」として「もし人生のパートナーを求めて生きようとするなら、生まれ育った場所ではなく、東京のような、いざとなればよそに移れるところがいい。病気のことを告白する場合は、人の心の痛みが分かる人かどうかしっかり見極めてほしい」と率直にアドバイスする。

   *

 人々の意識や社会の在り方に対する疑問や、今後目指すべき方向についての意見も寄せられた。

 静岡市駿河区の派遣社員、大原三琴さん(40)は「人間は男と女にデジタル的に分けられるものではない。極めてアナログ的で幅のあるものだということが連載を通してはっきりした。自然界を見れば、それは珍しいことではなく、人間の認識の仕方に問題があったということだろう」と考える。

 千葉県市川市の会社員、島昌代さん(49)は「誰の迷惑になるわけでもなく、本人に痛みさえない場合、それを『疾患』と定義することには疑問がある。肉体にメスを入れたり、ホルモン治療を受けたり、なぜそこまで無理をして男と女というたった二つのカテゴリーに人間を押し込まねばならないのか。性分化“疾患”をありのままに受け入れることができない、懐の狭い社会の方にこそ問題がある」と訴えた。

 また、薬害肝炎や薬害エイズの被害者支援をしている東京都足立区の江川守利さん(57)は「効率化を求める現代においては、画一化された社会のレールからはみ出す者はみんなマイノリティーとなる。そんな社会の在り方そのものが新たな差別や偏見を生み出し、マイノリティーを生きにくくしている。まずは存在を知り、理解を分かち合うことから始めたい」と提言した。

 一方、京都府の無職の女性(47)は精神科を受診している立場から「男っぽい性格の女性もいれば、女っぽい性格の男性もいる。私の中にも男性的な部分があることに気付くことがある。周囲との関係に強い違和感があるのは、私もある意味で境界を生きているからかもしれない」としたうえで「デリケートな内容にもかかわらず、取材に答えた当事者や関係者、医療者に敬意を払いたい」とのメールを寄せた。

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毎日新聞 2011年11月3日 東京朝刊