私は第1波の頃から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者さんを受け入れている病院に勤務する呼吸器内科医です。第4波で「大阪が医療崩壊だ」と報道されていても、読者の多くはCOVID-19を受け入れている病院で働いてるわけではありませんから、医療が逼迫しているという実感はそこまでわかないと思います。
第4波がなぜここまで大阪の医療を逼迫させたのか、また医療現場はいったいどうなっているのか、説明させていただきたいと思います。
軽症中等症病床のスタッフが危機を察知
2021年4月に入ってから、コロナ病棟に肺が真っ白になった患者さんが次々と運び込まれてきました。対応した医療従事者の多くが「これまでより重症が多いな・・・」と感じていました。さほど基礎疾患がない患者さんでも広範囲の肺炎を起こしていることが多く、第3波以前には経験したことのない現象でした。報道されている通り、変異株(特にN501Y変異)が悪さをしているのだと直感しました。
初動で危機感を察知できたのは、当院が軽症中等症の患者さんをたくさん受け入れている病院だからです。パンデミック初期からCOVID-19を診ていない病院は、そこまで危機感を感じなかったと思います。また、重症のみを診ている施設は常に100%近い稼働を求められていますので、稼働病床が第4波で増えたとはいえ、適用する治療や医療資源の配分は、第3波とそこまで大きな乖離はないと思います。
そのため、今回の医療逼迫の矢面に立つことになったのは、広く軽症中等症を受け入れている国公立の病院や、急性期診療を広く行っている市中病院でした。当院は前者でした。
たとえば、軽症中等症のコロナ病床を5床だけ持っている小規模の病院であれば、万が一1人が重症化しても、そこに院内の医療資源を集中させればしのげます。しかし、国公立の病院は50床、60床、多いところでは90床がコロナ病床になっていますから、その中でたとえば10%が重症化すれば、人工呼吸器を装着せざるを得ない患者さんが院内にたくさん発生します。
軽症中等症病床では、この「院内で複数の人工呼吸器装着患者さんを診る」というのが少し難しいのです。なぜでしょうか。
軽症中等症病床で人工呼吸器を診ることの難しさ
人工呼吸器を装着した患者さんを管理するためには、集中治療レベルの人的資源が必要になります。人工呼吸器を上手に同期させるため鎮静薬を持続点滴し、太い血管の点滴ルートや膀胱・胃のカテーテルを管理し、こまめに体位変換し、清拭や排泄のケアもおこない・・・、数えればキリがないほど看護に手間がかかります。
集中治療室(ICU)では、こうした重症患者さんに人的資源を集中させることができますが、一般病床で人工呼吸器を装着した人と廊下を出歩く認知症高齢者をわずかな人員で同時に看護すると、医療過誤が起こりかねません。叫んでいるおじいちゃんの対応をしている最中に、別の患者さんの人工呼吸器のアラームに対応できなかったら、大変なことになるかもしれません。
大阪府には、もともと集中治療が可能な病床が630床あまり確保されています。ここでいう集中治療というのは、人工呼吸器を装着した患者さんを診る想定です。患者さん2人に対して、看護師1人という配置基準が通常です。患者さん4人に対して看護師1人という高度治療室(HCU)という急性期病床もあるのですが、ここでは原則COVID-19の重症者を受け入れていません。人工呼吸器を装着した患者さんが4人並んでいて、それを1人で看護するのは現実的ではありません。
患者さんが軽症中等症病床で重症化したとき、主に2つの選択肢があります。そのまま通常の酸素療法だけで頑張ってもらうか、人工呼吸器を装着するかです。マスクで酸素を投与しても、体の中の酸素が足りなくなってしまうと、まるでプールで溺れているような息苦しさを強いられることもあります。かなり高齢の場合、人工呼吸器を装着しても救命できる確率が低くなるかもしれませんが、若ければ人工呼吸器の装着に踏み切ることが多いです。
重症病床がパンク
第4波の変異株の威力はなかなかすさまじく、あっという間に重症病床が埋まってしまいました。私の記憶が正しければ、4月7日時点で「重症病床はもう"待ち"が発生していて、転院できません」と言われました。グラフ(図)をみても、第4波では重症病床使用率の立ち上がりが第2波・3波より急峻なのが分かります。
かくして、多くのCOVID-19を引き受けてきた軽症中等症病床では、いつ重症化するか分からない大量の患者さんを抱えた戦いが始まりました。4月に入って3週間、その間50人以上の患者さんが当院に入院したのですが、その6割以上が酸素が足りない状態(呼吸不全)に陥っており、第3波より酸素療法が必要だった割合がかなり高い状況です。
人工呼吸器を装着しても転院できないケースが大阪府内で多発し、一時、約70人の重症者が軽症中等症病床で管理されているという状況に陥りました。
重症病床に大量の"待ち"が発生していたため、重症予備軍を多数かかえることに現場の不安と負担が常に大きい状態でした。ここで人工呼吸器を装着せざるを得ない患者さんが病棟で3人、4人と発生すれば、ケアする看護師の心は折れてしまうかもしれないと感じました。
すみやかな病床確保が必要
それでも、誰かが診ないと、患者さんは自宅やホテルで病状が悪化してしまうかもしれません。実際、COVID-19と診断された人の症状が悪化して救急要請をしたものの、搬送までにかなりの時間を要した事例が報道されています。これは、軽症中等症病床に入院している患者さんの重症度が底上げされていて、人的資源が枯渇していたからです。
大阪府は改正感染症法に基づき170以上の病院に病床確保を要請しました。これにより、軽症中等症病床を追加で約1100床確保することを目指しています。ゴールデンウィークがおそらく大阪府第4波のピークになるため、新規に確保したうちの約200床は稼働させるよう依頼しています。また、待機手術もできるだけ遅らせて、使えるベッドをできるだけCOVID-19に回すよう要請しています。
ありがたいことに、府内の多数の病院が協力し、当初220床あまりだった重症の確保病床が一気に100床以上増えました(図の矢印)。
もちろん、病床は原泉のように湧いて出てきたわけではなく、カンフル的な捻出だとは思います。ここから先は、病床をさらに増やす以外に第4波を乗り切る方法はなさそうです。しかし、それ以外の救急医療、外科手術など集中治療も守らなければいけません。やみくもにコロナ病床を増やして、それ以外の医療がおそろかになってしまえば、通常の重症医療を医事することができなくなります。
現在、大阪府の医療従事者が一丸となってコロナに立ち向かっています。今後到来しうる第5波以降の医療逼迫を最小限にするためにも、ワクチン施策がすみやかにすすむことが重要です。
これまでの傾向から、次の波は7~9月と予想されます。できるだけ山を低くするためにも、外出を控え、マスクを装着し、密を避けるという地道な予防策を続けていく必要があります。