鏡の中の顔はいつしかくすんでいて
笑うとシワがよるほど柔らかくもなった
俺は自分の中の時間がいつか止まっているようで
誰に会っても何処に行っても感じるはあの頃の刹那
あの日天才と呼ばれた若き貴公子アスリートは
いつしかその道のレジェンドと呼ばれるまでになったのに
なのに俺は・・・
俺はまだあの頃のまま
時間は流れると今感じているよ
流れに乗っていなければ
ずっと取り残されるままなんだね
それでも良いと割り切れるほど
少しずつ終着の場所が見えてくる歳になったけれど
鏡の中の腹はいつしか突き出ていて
揺れるほど見たくもない醜さを晒す
俺は自分の中の成長を自ら拒んでいるようで
何を聞いても何をしていても楽な方ばかり選ぶ
あの日水着で微笑んでいたベビーフェイスのアイドルは
もはや天に召されてこの世にはいないのに
なのに俺は・・・
俺はまだ生きている
時間は過ぎ去ると今分かってきたよ
過ぎたら二度と取り戻せない
ようやく最近自分を見送れた気がしてる
それが正しいかはわからない
もしかしたら明日終わるかも知れない日々を感じて
若い頃は永遠に続くと思っていた時間
何かを為さなくてはならないと思っていた頃
希望も苦痛もそこにはあって
毎日をやり過ごすだけで過ぎ去っていった時間
ふと鏡の中の自分が俺を見つめる
レジェンドは本当に何かを為せたのか
ふと腹の出た自分を目の前の現実に置く
アイドルは永遠の若さを手に入れたのか
それが真理か否か他の誰かにわかる術もない
もし今わかることがあるならば
いまそこに紛れもなく自分自身がいて
そしていつしか自分がそこから居なくなるということだ
希望も恐怖もそこにはあって
それでも確実にまだ未来からやってくる時間がある
政治も思想も宗教も
経済も社会も境遇も
感情ひとつで見え方が変わる
ふと鏡の中の自分が俺を見つめる
ふと腹の出た自分を目の前の現実に置く
想像してみる
笑ってみる
やってみる
生きたいと願う
皆、それだけのことかも知れないと思う
聖徳太子も、ナポレオンも
徳川家康も、湯川秀樹も
いかりや長介も、トウカイテイオーも
もう、この世にはいない
生きていた
生きていたのにもういない
俺はまだ生きている
錦織圭と生きている
ローリーマキロイと生きている
清原和博と生きている
舛添要一と生きている
大島優子や習近平とも生きている
世界と同じ時間を生きている
いくら顔にシワがあろうとも
いくら腹が突き出ていようとも
意味があろうとなかろうと
何を為そうと冒そうと
時間はある
そういうことだ。