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支流からの眺め

武漢ウイルス後の世界(2) 国内の政治・経済のありかた

 武漢ウイルス感染症(WARS)は、先行するBlogで述べたように、いずれ日常化する。しかし、その世界に慣れる前に、営業自粛という急ブレーキで生じた経済的な打撃が社会を襲う。多くの業界で減益、倒産、失業が生じることは確かである。これには、政府の対策に期待する向きもあろう。その内容は、アベノミクスの3本の矢に準じ、金融政策(低金利融資)、財政政策(公共事業)、成長戦略(政策誘導)などになる。しかし、矢の効果はなかったではないか。

 それどころか、各種の規制緩和(エネルギー・農業・医療分野の外資への開放、外国人労働者の雇用促進、観光ビザ緩和、人材派遣の緩和など)は、中長期的な国内産業の振興という意味では逆効果であった。確かに、これらの施策で短期的には増益につながったかもしれない。しかし、政府の助成金ならまだしも、外国人や外国資本に依存する体質になると、今回のWARS流行で分かるように、他国の都合で振り回される。つまり、いつの間にか主導権を取られてしまうことになる。その上、これらの政策と併せて消費増税で消費を抑制し、増税分を法人税減税に回すなど、国民をいじめる税制を導入してきた。政策が国益に反する方向になっていた。

 今回のWARS流行に対する政府の対応も、かなり評判が悪い。そもそも議会の行う政策判断は、国民第一になりにくい。立法に係る議員は、権力の維持(次期選挙での当選と派閥の勢力拡大)が最大の関心事である。そのために、支援団体・業界の利益を優先する。だから、現金ではなく和牛肉引換券を配る、マスクや給付金事業で特定業者に儲けさせるという発想が生まれる。行政機関は執行の正確さに忠誠を誓う余り、制度が複雑怪奇になることは気に留めない。施策を実行する担当者は、管理し指導することに自らの意義を見出す。要するに、今回のような想定外の危機に対しては、政府は迅速・的確に対応できない。期待すること自体が無理なのである。

 ところが、わが国においては、WARS感染による健康被害が奇跡的に小さかった。これには、日本人の生物学的な特異性(自然免疫、BCG接種、衛生習慣、発声手法、食生活など)や地域によるウイルスの病原性の差が関与したのかもしれない。しかし、国民が規律正しく行動したことは、成功要因のひとつであろう。多くの国民は行政が呼び掛けた感染防護策の意味を理解し、従順に協力した。自粛の要請にも経済的な打撃を忍んで従った。騒乱や暴動は起きなかった。たとえ感染制御との関係は乏しいとしても、日本人の規律正しさは証明された(3.11の時もそうであった)。日本列島に住み続けてきた人間同士の家族的な信頼、これこそが日本社会の底力である。

 国民が信頼を尊ぶ資質を有するなら、政策も国民の資質を信じ、余り管理・監督しないようにしてはどうか。政治が関与するから、予算の取り合いで揉めて、制度の複雑化を招く。まずは国民になるべく多くのお金を分配するようにし、国民が必要と思うものに消費してもらえばよい。そうすれば、必要な業界は活発となるし、お金が回らない業界は創意工夫を行う。自然に社会は活発になる。今回の経済的衝撃も、国があまり手を入れなくても、産業構造や雇用形態の変化で対応が進むだろう。この現場任せの方法は国民の資質が悪いと成り立たない。タダ金で賭博に溺れる輩も出るかもしれない。それは(検事長の賭け麻雀と同じく)訓告や忠告で対応すればよい。政治家の利権が細くなるのは間接経費の節減であり、国民全体の幸福には益する。

 では、政府の仕事は何か。公共事業の運営と、自由競争の中で起こる歪なお金の分布を税制で調整することである(国際関係は次のBlog)。公共事業というと、土建屋と政治家の談合の温床という印象がある。しかし、方法の稚拙さ故に事業の重要性を見失ってはならない。道路関係だけでも、狭隘道路の拡張、高速道路の補修、通学路の歩道整備、自転車用道路の設置、自動運転に備えたインフラ整備、電柱の地下埋設など、公益となる事業はいくらでもある。防災、治安、医療・介護などもそうである。税制では、消費税の見直しが必要である。消費税は社会福祉のためというのは、大嘘である。増税分は財務省(権益の増大)と財界(法人税の減税)で山分けされている。従順をいいことに信頼すべき国民を騙している。

 日本人には強い管理は不要で、むしろ有害である。真面目さ故に完璧に細部まで管理に従おうとして、せっかくの知恵を働かせる機会を失ってしまう。管理の方向を間違うと、全体が失敗してしまう。WARSの流行でも、首長が考えた奇抜な企て(全国学校閉鎖やマスク配布など)は成功したとは言い難い。庶民を信頼した施策(要請や給付金など)を打って、後は個人や相互監視がきく規模の集団の規律に任せればよい。同じく教育も考え直すべきだろう。日本にだけある文部科学省は、無償教育や補助金で懐柔しつつ末端まで管理・監督し、子供の個性を押し潰している。流行に際して明らかとなった国民の信頼性、これを生かすことが政府の果たすべき課題である。

 わが国が誇る天皇制は、天皇が権力の座にあって政を行うより、民への思いを語るに留めることで維持されてきた。今回の流行は、下々の優れた資質を改めて実証した。これを機に、行政府は民を信じ、民にお金の使い途を任せ、民の幸福にこそ腐心すべきである。

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