今朝はヘーゼルナッツマキアート。
まとめてどっさり買い込んだので放り出すわけにもいかない。
この三日間「九尾狐伝」を見ている。
シーズン2は日本軍占領下の韓国が舞台裏なので心が痛む。
日本対韓国ではあるしそこは現実に起こったことだ。
言い訳はできない。
ただ人間は弱い者をことさらに虐げて己をより強くみせようとする何かを持ち合わせてるような気がしてならない。
苛めはその小さな単位。
キュリー夫人の偉人伝を半世紀以上前に読んだ。
偉大な業績よりも印象に残っているのはキュリー夫人が小学生だった頃のドイツの軍人による授業の視察風景だった。
ポーランドの言葉は使えず授業はドイツ語のみで進めるよう厳命が下されている。
子どもたちはまだそれほどドイツ語がうまくない。
クラスでドイツ語がもっとも上手かったのはキュリー夫人であった。
教師と生徒の質疑応答は続き授業はドイツ軍人たちを満足させて終わる。
だが、キュリー夫人はなぜ?どうして私たちの国の言葉をつかったらいけないの?と泣き出す。
幼い私には理解ができなかった。
なぜ使ったらいけないのか?
支配されるのは辛い。
祖国愛だと気がつくのがまことに遅かった。
知らなすぎたのだ。
キュリー夫人の偉大な発見も素晴らしいが幼い子どもの身で怯えながらもドイツ語で授業の受け答えをした芯のあるキュリー夫人を一番褒め称えたいとおもう。
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