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Innovation To Survive

東京大空襲の命日に、ウクライナの人々を思For struggling Ukurainian People, what now we can do.

2022-03-11 22:38:59 | 払暁半刻
以下は、昨日3月10日東京大空襲の77年目を期して、私の友人にあてたメールです。

「 今日は、東京大空襲の犠牲者の77回目の命日です。
また、ロシアがウクライナに軍事攻撃を開始して2週間が過ぎました。これまでの経緯を新聞報道などで見聞きしていると、いくつかはっきりしてきた点があるようです。
1. 今回の軍事侵攻はロシア国民を情報統制に置いたままで行われている、ロシア(という国)による戦争というよりも、「プーチンの戦争」であること。この点は、同じ情報統制が効いていた戦前の日本やドイツ第三帝国の国民感情とはいささか異なるように思います。開戦の正否は別として、当時の日本やドイツの国民には戦争致し方なし、あるいは開戦を歓迎するムードが(少なくとも開戦から1年以上の期間)ありましたが、今回の侵攻でロシア国民はプーチン統制下のニュースを一方的に与えられているだけです。

2. プーチンはウクライナへのの要求を、戦況が長引くにつれ、軍事攻撃の開始当初よりもむしろ、より妥協困難なものにしています。自らハードルを上げているといっていいでしょう。
 当初予想していた制空権奪取ができればウクライナは”降参”するだろうという予想に反して、戦況が、ウクライナ国民が頑強な抵抗を維持して、国民全体が不屈の意思を示しているほど善戦している状況になるにつれて、プーチンの要求はより高くしてきています。この点は、注目するべき点です。私は、これはプーチンのコアな支持者(旧KGBを中心としたプーチン政権を取り巻く利益共同体の支持者を納得、結束させるためのものだと見ています。
 また、このため、プーチンは軍事行動を自ら終結させることが益々困難になっています。

3.対する西ヨーロッパ諸国、米国とNATO(以下「西側」)ですが、西側は明らかに、この戦争をロシア対NATO(米国込み)の戦争にしたくないという意思のようです。これには二つくらい理由がありそうです。(1)一つは、戦域をウクライナとその東側に限定し、現NATO諸国の国内にまで拡大させたくないという(おそらく潜在的なヨーロッパ諸国民の願い)もの。(2)二つ目は、ロシア対NATOの戦いになった場合、核兵器使用のリスクが大幅に高まること。(すでにプーチンは核兵器使用の準備を整えるようロシア軍に指示しています。) たとえ最初に核兵器使用をしたのがNATOではなくロシアであったとしても、ロシアに核兵器を使用させた直接の要因がNATOの判断と行動にあったという非難を受けたくないこと。

4.今回、プーチンは大国の禁じ手である「核の脅し」を見せつけているのは明らかです。例えば、ウクライナの原発周辺への攻撃は、例え核兵器を使わなくても原発を爆破すれば核兵器の代わりになるのだぞという暗黙の脅しではないかと私は見ています。つまり、プーチンは核攻撃(の相互抑止力n論理を逆手にとって、これを人質として、米国やNATOの軍事介入の楯にしています。これは、明らかに核保有国の「道義的責任」の放棄、禁じ手です。これに対して米国もNATOも有効な軍事的な解決策を持っていません。同時に、プーチンの軍事行動が何らかの形で収束を見た後でも、プーチンがその政権に留まる限り、ロシアはまともな(信用できる)貿易相手国、国際政治のパートナーとは見做されないでしょう。

 以上のような結果、例え今後ウクライナ(の一部かもしれない)がロシアの要求どおりその属国になるか併合されるかしてロシアの軍事的・政治的なテリトリーになったとしても、ウクライナとその周辺地域はかなりの長期にわたって政治的にも軍事的にもかなり不安定な状態(準内戦状態)にとどまる可能性があると思われます。
 全世界の国々に対して実際に核攻撃の脅しをかけた権力者が、「さあこれからは平和の時代です、なかよく貿易を致しましょう。LNGはお望みの量供給しますよ。」とニコニコしても、さて、誰がその笑顔を本物の友好の証と信用するでしょうか。
 プーチンの頭の中は分かりませんが、ロシアの安全保障について西側の保証を「軍事的に」勝ち取ろうとする、あるいはロシア単独で自分が安全保障だと思う状況を作り出そうとして発動した今回のウクライナ侵攻は、その根本のところで自己矛盾をきたしていたように思います。核攻撃の脅しをかけ、大国であれば余計に順守に厳格であるべき国際法を破り、ウクライナ国民を締め上げ、ロシアのエネルギー供給に依存していた西側ヨーロッパをその意の沿わせようとしたプーチンは、その根本のところで、道(安全保障の戦略)を誤っていたとしか思えません。
 
さて、とはいえ、今後西側はどのような対抗手段、方策があるでしょうか。特効薬は全て第三次世界大戦というリスクがあり過ぎて選択できそうにありません。ウクライナを今後長期にわたって支援すること、またそのために、西側は西側だけで自己完結的に経済活動ができる「自立経済」を目指すしかなさそうに思えます。
 特に「エネルギー供給の自立」を確保することは重要です。エネルギーの面で自立して初めて、今回の軍事行動が終結した後も長く続くであろう、ロシアの”脅威”と”要求”を抑止あるいはコントロールできると思います。それは単にロシアの主要な外貨獲得源を無に帰すだけではありません。また、軍備はその観点から言えば、どちらかと言えば、兵器の高度化よりは、より戦闘能力が長期にわたって持続可能となるように、備蓄とロジスティックスの確立に重きを置く軍備の充実に力点を置くべきだと思います。華々しく最新兵器を装備しても、その数と供給力が見劣りするようでは、床の間のお飾りとなってしまいますし、相手方により軍拡の動機を与えてしまいます。(戦前の日本を教訓にするべきです。超大型戦艦はかっこよかったけれど、肝心の燃料が無くてはどうしようもない。結局無謀な賭けに出ざるを得ませんでした。)
 20年くらい前の話でかなり前の話で恐縮ですが、自衛隊の燃料備蓄は1週間程度、と聞きました。1週間軍事行動するとパタリと行き足が止まってしまう、というのです。
 今回のプーチンに対して日本が自分で出来る喫緊の対策は残念ながらほとんどありませんが、上記のような長期的不安定さに対処するために、今後日本はエネルギー供給の自立に向けて地道な努力をしてゆくべきです。幸い、日本海があって地理的には明確な〝境界”があり、民族的にも明確な違いがありますので、ロシアとの人的、地理的境界は明確です。その利点を最大限生かすためにも、ゆめゆめ、エネルギー面で脅しをかけられるべきではありません。国立公園内の地熱開発を解禁する、日本近海に埋蔵される豊富なメタンハイドレイトの実用化を推進する、海岸線にそった風力発電開発を推進する、各家庭でも可能な風力・太陽光発電を普及させる等々、効率と価格を多少犠牲にすることは覚悟して、国内産エネルギーの開発・増加に努力するべきです。(その点、原発は電力会社の怠慢で、その安全性確保が未だ完全ではなく、稼働基数がほんのわずかというのは情けない限りです。)(ちなみに、国内産エネルギー開発のための技術投資や設備投資は経済活動の活性化に直結していますし、国内産エネルギーを開発・利用促進してその分石油などの輸入エネルギーへの依存を減らすことは国際収支の面からも効果絶大です。炭素排出量も抑制することになります。) 日本は数十年前には石炭から石油へ大胆なエネルギー転換を実行できたのですから、今こそ海外産エネルギーから国内産エネルギー重視、増加に大いに舵を切るべきです。

 プーチンは、この20年、暗殺や逮捕拘禁などのかなり強引・暴力的な手を使って国内財閥のトップを旧KGB人脈に入れ替え、批判的なジャーナリストもパージし、政権基盤を固めた上で、憲法改正を行ってきました。いま思えば「皇帝」になるための布石を着々と打ってきたわけです。さらにその体制の本質的な行動原理は日本の組織暴力団と大差のない「脅しと独善」の体質」であることが今回はっきりしました。彼や旧KGBの”エリート”がいくら偉大なロシア帝国も復活を夢見ても、また、仮に今後「強い」ロシアが実現できたにしても、それは、ピョートル大帝が思い描いた「偉大なロシア」とは似ても似つかない国です。第一、プーチン一党は他のどこの国からも信用されない状況を自ら作りだしてしまいました。経済的にも人々の交流の面からも国際的な相互依存が進展してきた21世紀に、唯我独尊で大嘘を平気で公言する”強大な”国と仲良く付き合いたいと希望する者が大勢現れるでしょうか。

 中国は、ひょっとすると今回のロシア・ウクライナ紛争をのプーチンを観察していて、今後よりスマートに立ち回るようになるかもしれない。あるいはここ10年取ってきた戦狼外交は「正しい」方法であったと再認識しより強力にこれを推し進めるかもしれない。

 日本の外交も軍事的努力も、今後全く新しいフェーズに突入するように思います。それは単なる従来型の軍事力強化ではない「軍事力強化」、もっといえば、外交とか軍事とかの境目なしにより巨視的、長期的に我々日本人の安全保障観を総合的に進化させるものでなくてはならない。金ばっかり喰って、結局米国などの高価な兵器を輸入して装備予算の多くを外国に吸収されてしまったり、出来あがった兵器体系が日本の安全保障の実情に合わない張り子の虎であったりすることがあってはなりません。そのためには、領土を守ることに固執するあまり外交が縛られてします安全保障から、日本人と日本文化、日本的なるものの安全と持続を日本の実情に合った形で保障する安全保障への進化も必要であると思います。
 ウクライナの人々の”平和”の真の回復には、ひょっとすると今後10年、20年かかるかもしれない。それでも、天は自ら助けるものを助ける、という格言にそって、例え限られたことであっても自分でできることを少しでも手助けしてあげる、そんな日本であってほしいと思っています。政治的にも開かれた自由な体制を強固に作り上げること、さらにエネルギー自立を基礎に、国際関係を重視した公正な貿易と行動で世界各国からリスペクトされること、これらが全てロシアのようなならず者国家に対して効果的な言動をすることができる基礎です。そして、ウクライナの人々のためにもロシアにモノ申せる、というものです。

(こうして書いて来て、これらは、なんといまの無力感の裏返しであろうかとも思います。しかし、第三次世界大戦を見ないための子や孫のための長く地道な努力の始まりにしなくてはいけません。)