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第2回高松国際ピアノコンクールを定点観測している。

一般人による、一般人のための国際ピアノコンクール入門、を目指します。

看板

2010-03-06 21:05:10 | 日記
3月に入ってから、琴電瓦町駅の改札口近くに大きな看板が出ていました。
さすがに目立つためか、常に何人かが看板の前に立ち、出演者の顔を眺めています。女子高生の集団では「わあ、この人かっこいい!」とか言って盛り上がったりしておりました。

出演者は日本を中心にアメリカ、ロシア、韓国、中国が目立ちます。西洋音楽のコンテストだというのに、ヨーロッパからはほとんど出演していません。世界的な潮流なのでしょうか。
意外なところではウクライナから数人出てきています。実はどこら辺の国かよく知らないので後で調べてみます。
また、チリからの出演者が1名いますが、本国ではとても大変なことになっていますけど、無事に来日できるのでしょうか?こんなところが、なんか国際大会っぽいなあと思いました。

国会議員、玉木雄一郎さんの国政報告会に行ってきました。

2010-02-28 10:41:17 | 日記
 親の地盤を受け継ぎ20年以上議員をつとめていたくせに国会ではなんの頭角も現せず自民党の駒の一つに過ぎなかった木村義男さんを去年の選挙で叩き出して下さった方で、このことがきっかけで私は地元出身の政治家に興味を持てるようになりました。

 玉木さんの国政報告会は半分以上を質疑応答に当てられており、件の木村さんの半分以上を町長だの町議会議員だのの来賓の挨拶に当てていたのとは大きく違っていたのが素晴らしい。民主党万歳と言うつもりはありませんが、このことだけでも木村さんには二度と返り咲いて欲しくないと思います。


で、その質疑応答で大変印象的だったことが2点。

 一つは玉木さんの「公共事業による景気の刺激に限界があるのは分かっているが、それに変わる一手を考えあぐねている」といった趣旨の発言。
 今までの自民党様がやってこられた道路だ、空港だ、建物だとハコモノを作るために税金を使うのはたやすいことだったのでしょうね。土建屋は集票マシーンになってくれるし、割を食う地元住民の反対意見は「保障」とか何とか言って適当に金をつかませて処理しておけば問題解決です。はたから見るとあまりにお粗末なやり方であったとしても、それがすべて税金でまかなわれているのだとしても、直接関係のない人は誰も必死に反対しませんからね。
 そんな打ち出の小槌のような方法も、ここに来て限界が見えてきた。そこで遅まきながら民主党が政権をとり、さあこれからだ!、だけど残念ながら民主党からさえも次の一手が見出せない。
 で、玉木さんは「これから伸びる新しい分野を探すこと」や「福祉を充実」させることで打開できないかと考えておられるようですが、これって、結局自民党政権が長年やってきた「ハコモノを作ること」と「適当に金をばら撒いて黙らせること」と根っこが同じなのですよね。働けるものには仕事を、働けないものには金を。その配分をいじくることで何とかしたいと考えている間は、きっと大したこともできないのだろうなあと思いました。
 私の考えでは、ここに「働けるものには時間のゆとり」「働けないものにもボランティア」という方向性が必要なのではないかなあと思うのですが、機会があれば文章でまとめてみるつもりです。


 もう一つは、玉木さんではなく質問者の方で、他力本願な人が多いのだなあと言うこと。
 私も詳しくは分からないのですが、地元では下水道処理施設か何かで大変もめていて、町長や町議会議員では誰も話を聞いてくれないから、玉木さんから話をしてくれだの、いっそ民主党から町長選を戦える人材を出してくれだのおっしゃっている人がいたのですが、私は思わず「だったらあなたたちの中から候補者出せば?」と言ってしまいましたよ。無視されましたけど。
今まで色々な人見てきましたけど、「自分の思い通りに支配してもらうこと」を望む人って圧倒的に多いんですよね。で、自分の思い通りでなければ文句は言うくせに「じゃあ、私がやってやる!」と言える人はほとんどいないと。
 玉木さん自身もこの問題に関しては、「自分たちの地元のことは自分たちで決めてくれ。」といったことをまろやかに伝えられていましたが、まさしくその通りだと思いました。


 それにしても、今回の国政報告会の若い人の何と少ないことか。20代なんて私だけかもしれません。そういうところは高松国際ピアノコンクールと同じ問題を抱えてしまっているようです。直感的に分かりにくく、すぐに楽しめない(結果が出ない)ことに時間をかける人間なんて、今の日本社会では生きられないように出来ているのですから。

フィギュアスケート女子、終了

2010-02-26 23:00:00 | 日記
 ネット上では、「金、銀の結果自体に異議は無いが、あの点差はおかしい」という意見が多く見受けられましたが、私はそれほどおかしいとは思いませんでした。浅田真央選手に贔屓目を持たず、最終組の一つ前あたりから通して見れば、あのような結果も納得できるのではないでしょうか。

 演技の順番はほぼ点数の低い順に行われているためもあり、会場のエネルギーはどんどん蓄積され、それをキム・ヨナ選手が大爆発させた。「選ばれし者」とはまさしくこういう人のことをいうのだなあと感じるほどの、その場だけでなく大会が始まってからの時間も空間も全て掌握してしまったかのような凄まじい雰囲気があり、残念ながら浅田選手はその流れをさらに乗り越えることができないということはジャンプをミスする前から分かっていました。終わってみれば、全てはキム・ヨナ選手のためにあったかのような大会だったような気がするほどです。それがあの圧倒的な点差となっただけの話なのでしょう。
 演技の順番がランダムだったらあるいは違った結果になったかもしれませんが、この手の芸術系の大会は、そういう実力以外の要素も含めての点数になるのは当然のことですし、それは全ての選手に言えることであり、全ての選手は実力に加えそれさえも味方に付けるべく選曲だの衣装だの振り付けだのを考えているのですから、「キム選手はカナダに拠点を置いてるから贔屓されたんだ」等、言いがかりにもほどがあると思います。


 そう言えば昨日、今日の読売新聞のスポーツ欄では、荒川さんが「キム選手には大きな重圧がかかっているが、その点浅田選手はオリンピックを楽しんでいるからプレッシャーは無いだろう。」という趣旨のコメントを載せていましたが、結果論ではなく、よくもそんな大嘘を言えたものだと思います。浅田選手自身、金メダルにこだわっていたことも知っているはずなのに、プレッシャーがかかっていないわけがないじゃないですか。

荒川さんに限らず、ほとんど全ての報道が、浅田選手が有利だと無理やり言い張ろうとしていましたが、あれは何なんですかね?冷静に「浅田選手は不利だ。」と言わないのは、日本人の特性ですかね?この手の大会は大体が前評判どおりの結果になるのだから、そのまんま事実を伝えればよいと思うのですが。私が今までフィギュアスケートを見なかったのは、そういった報道の仕方が癇に障るというか、不愉快だったのも一つの原因でした。

結局マスコミに頼っていては、本当のところなど分かるはずもありませんね。出来るだけ自分の目で確かめなければ。

フィギュアスケート女子を見て

2010-02-24 22:25:43 | 日記
 私は天邪鬼なところがあり、ブームや流行ものはわざと視界に入れないよう遠ざける癖がありまして、女子フィギュアはもちろん浅田真央選手、キム・ヨナ選手にも(名前は知っているが)全く興味が無かったのですが、たまたま昼食時につけたテレビで、両選手の演技が始まるところだったので、せっかくだからと見ることに。

 結論から言うと、今まで見てこなかったことを後悔するくらい面白く、また色々考えさせられました。

 まず、完全な素人の私が見ても浅田選手、金選手の演技は他の人たちとは次元が違い、そして残念ながら金選手が一枚上手であったことも含めて、審査結果は妥当に思えたこと。
 ああいう芸術に点数つけることって結構胡散臭いんじゃないか、少なくとも素人目には理解できないところで点数がつくんじゃないか、と漠然と考えていたのですが、そうではなかったのですね。両選手があれだけメジャーなのも、マスゴミの陰謀なんかではなく理に適っていたのだなあと。本番後のニュースだけ見たのでは、演技全体を通して報道することはまれだし他の選手との比較もできないので、どう凄いか分からなかったのですが、ああこういう風に凄かったんですね。これからは時間があればちゃんと見ようと思います。

 もう一つは、並べられ、比較されることの非情さ。
 こういった大会って、残酷なくらい上位の演技しか心に残らないのですね。大勢の人が長い年月と多大な労力で必死に頑張って練習して工夫して、どんな選手にも一人一人熱い思いがあるはずなのに、数分の一の演技しか記憶に残っていないのですから。
前評判が覆されることも無いようですね。この大会って、ほぼそれまでの実績の低い順に始められているみたいですが、上位になるのは当然のごとく後半に集中していましたから。

 ピアノコンクールの一次審査のチケット買ってしまったのを、ちょっと後悔しました。一次から心に残るような演奏をするのであれば上の大会に進んで当然でしょうから、わざわざ聞きにいかなくても良いのかもしれませんね。まあそれをあえて聴きにいくのがミソなわけですが。


 あともう一つは、大会の場に組み込まれることによって始めて見えてくる性質があるということ。
 多分、上位大会で入賞できなかった人たちだって、その人だけの演技の発表会があれば「凄い!」と思うはずなのです。
香川県みたいなど田舎にさえ、高校生以下で週に5日も練習をするフィギュアスケーターの卵が10人以上いるらしいのですから、オリンピックに出られる確率ってめちゃくちゃ低いのでしょう。各国とも東大に受かるより難しい難関を潜り抜けてきているわけですから、「なんかパッとしないなあ」と感じた20位くらいの選手だって十分上手いのです。にも関わらず、そういった天才たちを集めて順番に演技をするだけで、その中の優劣が素人でも判別できてしまう…
どうしても上位に入賞できない人たちも苦しいでしょうね。「こんなに頑張っているのに、これ以上一体どうすればいいの?」と。
で、その結果、選曲、服装、何から何まで上位演技者のそれを徹底的に研究することになると。
…このネタは、私にとって他人事ではない問題なのでまだまだ語りたいのですが、収拾がつかなくなりそうなのでまた後日に。

準備完了

2010-02-23 22:46:37 | 日記
残りの日程分のチケットを購入

一次審査学生券3日分1500円
二次審査学生券2日分1000円

合計8日で6000円。

出演者がプロと呼べるレベルなのかどうかは分かりませんが、時間あたりの費用はとてつもなく安いと思います。他のコンクールの相場を調べてないので断定はできませんが、なんとかして大勢の人に聞きに来て貰う事を意図している価格だと感じます。

ただ、実際問題このコンクールを聴きに来られる人って、老人か失業者かニートくらいなもんですよ。社会人も学生さんも平日には来られないでしょうし。

有給休暇が取りやすくなるとか、勤務時間を柔軟に変化できるとか、サービス残業撲滅とか、ワークシェアリングとかそういう職場が増えたり、自営業者が増えるような社会にならない限り肝心な消費者を掘り起こせないでしょうに、そんな気配は一切なし。そりゃクラシックは衰退するわけですよ。

香川のような地方でこれだけの演奏会をする心意気は買いますが、目につくところだけ立派で土台が貧弱ではむなしさ、滑稽さの方が先立つというものです。後援の香川県様、高松市様はいか様に考えられているのでしょうねえ。