その朝、2004年12月26日のニューヨーク市街が白銀の雪に覆われて目を覚ます頃、クィーンズ区ロング・アイランド・シティーにあるアパートの一室で、若い男性の変死体が発見された。第一報を受けたのは前夜、当直にあたっていたNY市警初の邦人刑事ケンゴ。捜査1課では『仕置きのケンさん』との異名を持つ、失敗ばかりで上司からいつもお仕置き”されている新人である。
「世間はパーティーしとるっちゅうのに、俺だけ仕事かいな!」
担当警部補に早朝恐縮ながら報告を入れ(・・・業務なのに怒鳴られる。なんでやねん!)現場へ向かう。マンハッタンから川ひとつ隔てたクィーンズ地区。グランド・セントラル駅から地下鉄にしてわずか一駅の現場には、パトランプを瞬いた数台の警察車両と検証班が既に到着していた。窓からは、対岸に見える国連ビルを中心とした摩天楼と、そこから吐き出されるスチームの煙が朝の光に乱反射して眩しい。
「あ、どもども。捜査1課のケンゴです。で、ガイシャは?」
関西出身者のクセなのか、それが寒さから来るのかは判らない。ケンゴは「手もみ」しながら検証班の一人に尋ねる。勿論、無意識である。
「被害者の名前はジーハー。運転免許証とパスポートから28歳の日本人男性であることが判明。ルームメイトの証言によると、前夜はイースト・ヴィレッジにある大衆居酒屋「ケンカ」で忘年会を行っていたらしい。薬物反応ナシ。だが、大量のアルコールと微量の鎮痛剤が体内から検出された。これは致死量ではなく、ガイシャが前夜から風邪をこじらせていた為だと思われる。死因は、頚動脈圧迫による扼殺死。遺体は既に臨床の方へ回されました。」
念の為、狭い部屋内を見渡すとリビングに一組の掛け布団が置かれているのが目についた。他には荒された形跡はおろか、加害者を匂わせる様なモノは一つもない。隣の部屋ではルームメイト2人への事情聴取が行われている様だった。と突然、手前の白人男性が大声をあげた。
「ワタシ、ナニモシラナイ・・・イチモンナシ!」
「彼は?」
「被害者のルームメイト、アル山本です。」
「・・・イチモンナシ!!」
殺害現場となった被害者の寝室を抜け、隣のリビングへと向かう。大声をあげ続けている男性は小刻みに震えていた。もう一人の(日本人?)ドレッドの男性はだいぶ冷静な様だった。顔見知りの刑事がコチラを向き、やれやれ”といったジェスチャーをしている。ケンゴは近づいた。
「捜査1課のケンゴです。日本の方ですか?」
「・・・ワタシ、イチモンナシ!!」
「アル、大丈夫だって!日本人の刑事さん・・・?うわぁ、安心しました。僕コータローです。家賃2ヶ月分滞納してますが、一応この家の主です。」
コータローと名乗る男性は、自分を鹿児島県出身といった。どうりでホリが深い訳だ。それから、長すぎるドレッドからは鼻をつく異様な匂いがした。彼によると、被害者であるジーハーは2年前にこの家に転がり込み(失恋が原因だったらしい。)所属するバンドの練習場がすぐ裏手にあった事、家賃の安さを理由に居座り続け、その後は仕事にもバンドにも熱心に打ち込む様になったそうだ。そして、ガイシャに友人知人は殆ど居なかった。
「で、最近ジーハーさんに変わった事は?」
「そうですねぇ・・・。ここ2、3日連続で、明け方に女性が出入りしていましたね。別に何するでもなく、午後になるまで寝てたみたいですけど。」
「女性・・・?知り合いですか?」
「いや、僕も顔を見た訳じゃありませんし・・・ここにいるアルもしょっちゅう女性を連込んでいますから。アルの場合は、女性が来たらうるさくて部屋に居れなくなりますけど・・・ハハハ、判りますよね?刑事さん。」
ここで、被害者が最後の時間を共に過ごしたと思われる女性の存在が明らかになった。おかしいのは、このコータローという男性も、プルプル震えているアルという男性も、女性が来訪したのに気付きながら争った様な物音を一つも聞いてない事である。それにしてもこのコータローという男・・・。同居人が隣室で殺されたというのに、平静を保ち続けている。ニヘラニヘラしている立ち振る舞いといい、どうも臭うな・・・クサイ。が、ケンゴは顔色一つ変えず、質問を続けた。
「他には?」
「そうですね・・・。あ!ジーハーさんの飼っている猫のテンが、今朝から見当たりませんねぇ。普段は外にも出ない子なのに、ヘンですよね?」
未だ先の見えない事件の進展に、ケンゴは足りない頭を懸命に働かせる。正体不明の女性・・・行方のわからない猫・・・・・・変・・・・・・果たして、この事件に隠された「点と辺」はどこで繋がるのであろうか?とにかく、先送りにしていた朝ごはんを食べる事にした。(第2話に続く。)