ケロブウ王国

ボディビル、ハード・ロック・バンド(ギター)、映画、読書感想文、カブトムシの飼育など趣味に関することを気ままに綴ります。

バンドのこと

2010年12月31日 | ハードロック・バンド
今年は9月頃から、久しくご無沙汰していたエレキ・ギターの練習を再開するとともにバンド活動を始めました。
とは言え、メンバーはまだ固まっておらず、メンバーを固めることが目下最大の目標です。

バンド・メンバー募集サイトにメンバー募集を載せて連絡を待っているのですが、色々な人から連絡がありますねぇ。
でもこれは要するにバンドの”出会い系サイト”なので、わけのわからない人も結構います。

最初に連絡があったベーシストは練習およびその後の喫茶店では何も言わずにおとなしかったくせに、帰ったあとであれやこれやと批判を始めたので辞めてもらいました。

最近も「ベースをやりたい!」という人から連絡があり、「●●という曲をやりたいのですが、いい曲なのにCDは安く売っていますから(買ってください)」と言うので、「いちいち買うわけにはいかないのでファイルにして送ってください」と言ってファイル化の方法を教えてあげたら送ってきたのですが、そのままドロン。。。(この曲の宣伝をしたかっただけ?)

あと「初心者ですけどいいですか?」というベーシストから連絡があったので「初心者でも大丈夫ですよ!」と返信したらそのまま音信不通とか。。。何だったのでしょう?

ネットには色んな人が住んでいますね。。。
でもだいたいメールの文章を読んだらまともな人かどうかがわかるようになってきました。
だから最近は文章で判断してダメそうだったら無視しています(笑)。

どのみちバンドのメンバーとは音楽だけではなく人としての絆も築いていきたいと思っていますので、たとえ楽器がうまくても人間性に問題がある人とはバンドはやりたくないと思っています。

来年早々にメンバーが決まるといいのですが。。。

トレーニング納め

2010年12月30日 | トレーニング
今日は2010年のトレーニング納めを行いました(仕事納めも)。

さて毎年のトレーニング回数の推移は以下の通りです。

2005年 216回
2006年 189回
2007年 238回
2008年 249回
2009年 230回
2010年 194回

これだけ見ると今年はサボったように見えます。
今年はこれまでの週5回を週4回に減らす一方、1回のトレーニングでの負荷を増やしました。
重量を増やしそれをストリクトなフォームで扱うとともに、トレーニング時間も多少長めにしました。
トレーニングの回数だけやみくもに行っても成果が出ないことに気がついたからです。

今日も他のトレーニーから「だいぶ体が変わりましたね」と言われたように、自分でも体の変化を実感しています。
具体的には
*僧帽筋の隆起
*三角筋の張り出し
*大円筋の発達による逆三角形の上体の形成
*大腿四頭筋の発達
があげられます。
もちろんこれらは過去の自分との比較であり、ボディビルのコンテストで他の選手と比較したらどうなのかはわかりません。
しかし来年のコンテストへの復帰を前に、自分では順調にバルク・アップできていると確信しています。

今年も怪我がなくトレーニングできましたが、最近右手首の付け根にガングリオンができました。
3年ぶりの再発です。
トレーニングに支障はないのですが、写真のように手首を内側に曲げると多少痛いので、コンテストの時にダブル・バイセップスのポーズを行った際には困ります。
放っておくと自然と治るので、コンテスト・シーズンまでには引っ込んでほしいです。


トイレット部長

2010年12月28日 | 映画
国鉄の営繕課長の笠島(池部良)の仕事は駅のトイレの維持・改善で、国鉄に入社以来15年間一貫してその業務を担当しています。
妻(淡路恵子)は息子が物心つくまでには夫の担当が変わることを願っていますが(既に息子のお友達に夫は”駅便課長”と揶揄されています)、夫は自分の仕事に誇りを持って取り組んでいます。
笠島の部下で新卒で国鉄に入社してきた三上(久保明)は”トイレ担当”という自分の配属に不満で、笠島の家にそのことを告げに行きます。
しかしその際、笠島の姪で静岡から上京してきて居候している純子(浜美恵)に恋してしまいます。。。

高度経済成長時代(昭和36年)の豊かになり始めた日本の家庭を描いたサラリーマン喜劇です。
二枚目俳優の池部良が「トイレ」というテーマで喜劇を演じているという意外感が笑わせてくれます。

国鉄社宅である笠島家の中が当時の日本の典型的なサラリーマン家庭を表しているのでしょう。
部屋割りや家具が昭和の香りいっぱいです(当たり前ですけど)。
昔懐かしい電気炊飯器が映っていたりします。

当時のサラリーマンの習慣ですね、部下を自宅に呼んでちゃぶ台を囲んでビールを酌み交わすというのは。
たいていのサラリーマン映画で見られるシーンですが、今では上司がどこに住んでいるのかもわからない時代になりました。

静岡から出てきたばかりの純子を三上が都内観光と称して案内(というかデート)するのは、隅田川の水上バスです。
清澄橋など今でも健在な橋が映っていますが、こうした場所が映画の舞台になるのも昭和30年代の映画の特徴ですね。
もっとも、東京スカイツリーの建設で、50年の時を経て再びこういうデートがイケているようになるのかもしれません。

それにしてもかつてはすごく汚くて臭かった国鉄・JRのトイレも今ではかなりきれいになりましたね。
でも小便をこぼす人、大便を便器のヘリにくっつける人など、使い手のマナーが悪いのは相変わらずです。。。


高校時代に買ったV字型ギター

2010年12月27日 | ハードロック・バンド
今日は年末休みで会社を休んで家の掃除をしていました。
5時半頃急にスタジオでギターの練習がしたくなり、近所のスタジオの空き状況を確認したところ、ちょうど1時間だけ1部屋空いていました。

今日はいつも使っているストラト型のギターに加え(写真右)、高校時代に買ったV字型のギター(写真中央)も持って行きました。
スタジオまで徒歩2分ですから、2台ギターを持って行くのは何でもありません。

さてこのV字型のギター(フライングV)は私の高校時代の憧れのギタリスト、マイケル・シェンカーがV字型のギターを使っていたことに影響されて買ったものです。
もっともマイケル・シェンカーはギブソンのフライングVですが、お金のない高校生にそんな高価なギターが買えるわけがありません。
そこでトーカイ製のフライングVを買ったのです。
当時日本の他のメーカーもフライングVを出していましたが、Vの形が鋭角的だったりしてどうも好きになれませんでした。
ギブソンのフライングVのように角が丸みを帯びたV字型のギターが欲しかったのです。
そんな折、トーカイから発表されたのが私が買ったモデルです。

しかもギブソンのフライングVと異なり、アームも付いているではありませんか!
ちょうどエディー・バン・ヘイレンが脚光を浴びていた頃で、アームも欲しかったのです。
ただし純正のアーム・ユニットは弾く時に手首を邪魔するような形状だったため弾きにくく、後に今ついているアーム・ユニット(いわゆるフロイド・ローズ(のコピー))と交換しました。

もう一つこのギターの特徴は、ネックのスケールがフェンダーと同様のレギュラー・スケールでギブソンのよりも長い上に、ネックが太く、しかもフィンガー・ボードがフラットではないので、ものすごく弾きにくいのです。。。

今日2本のギターを弾き比べてみて改めてよくわかりました。
このフライングVを弾いた後でいつものギターを弾くと、ものすごく弾きやすく感じます。

ちなみにこのフライングVはボディの厚さが45mmとかなり厚く、その分かなり重厚な音が出て、ハード・ロック/ヘビー・メタルにはもってこいです。

高校時代を思い出しながら大音量で弾きまくりました!



雪国

2010年12月27日 | 映画
1ヵ月振りに観た映画は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まる川端康成原作の雪国でした。
同地(新潟県湯沢?)を訪れた日本画家島村(池部良)と芸者駒子(岸恵子)の愛憎物語を、文芸作品の映画化で定評がある豊田四郎監督で映画化したものです。

正直言って小説「雪国」は読んだことがありませんでした。
もちろん小説の名は学校で聞いたことがありましたが、男と女の愛憎劇で、とても学校教材にはならない内容ですね(笑)。

昭和32年の作品なので当然白黒で、雪深い新潟の山村が暗く寒くまるで水墨画のように描かれています。
私はスキーで湯沢には何度も行ったことがありますが、今の湯沢とは全然違いますね。

池部良は先々月に他界しましたが、岸恵子は健在ですね。
フランス人映画監督と結婚し(この映画の当時既に結婚。後に離婚)、”おフランス”の香りを漂わせるマダムになりましたが、この映画ではエキセントリックな芸者を演じています。
なんど「イヤっ!」という色っぽいセリフを言ったことか!
後の岸恵子からは想像もできません。

ところで彼女の顔(私が知っている岸恵子の顔とはちょっと違いますね)が何度も淡路恵子に見えてしまうのですが。。。
日本髪のかつらをかぶると似ているような気がします。

病に伏した養母の息子(駒子の許嫁でもあります)の治療費を稼ぐために駒子は芸者になったのですが、その許嫁の妹の葉子を八千草薫が演じています。
八千草薫は私が物心ついた頃にはホーム・ドラマでいいお母さん役を演じていましたが、この頃はまだ若いです。
もっともこちらの方は、私が知っている八千草薫をそのまま若くした感じです。

古い映画の上に舞台が山村なので、今の日本からは想像のできない日本の原風景が見られます。