午後は平安神宮へ
今日は神苑が無料開放でした。
泰平閣
夜は岡崎神宮道仁王門通りで行われた桂米二さんの落語会へ
「第24回 神宮道上がる下がる寄席」
(神宮道仁王門通り東入ル)
平成24年9月19日(水)洛東教会2階 開演7時 終演9時 木戸銭前売り。予約2000円 当日2300円
「動物園」桂二葉 「子ほめ」桂米二 「代脈」桂佐ん吉
「菊枝仏壇」桂米二
■せがれ、これッ●へッ■どぉして、こなたはお花を見舞いに行てやらんのじゃ、なんでいっぺんぐらい見舞いに行ってやらんのじゃ?●「なんで?」
ちゅわれても、わたいだいたい、病人の見舞いてな嫌いでんねん■「嫌い」よぉそんなことが言えるなぁ……。あのお花といぅ女は、あらおまはんのな
んじゃ? 現在連れ添う女房やないかい、偕老同穴(かいろぉどぉけつ)の契りを結んだ嫁じゃろ。いっぺんも見舞いに行てやらんといぅよぉな、薄情な
ことがあるもんかいな。
■だいたいおまはんはなぁ、移り気すぎるといぅのか飽き性じゃ。小(ち)さい時分に母親に死なれた不憫な子ぉじゃと思うさかい、ついつい甘やかして
しもた。わしも商売の忙しぃ最中やったさかい、目が行き届かなんだこともあるが、甘やかして育てたもんやさかい我が侭になりくさって、物心つくか
つかんかから我が侭の言ぃ放題。ちょっと色気がついてきたら、年端もいかんのに茶屋酒の味覚えくさって入り浸りじゃ。
■夜泊まり日泊まりしくさる、これではろくな人間になろまいと思ぉて何ぼ意見しても馬の耳に風じゃ、お前だけわ。まぁまぁ気に入った嫁でももろて、
身ぃ固めたら変わるかも知れん思て、それが親の欲目じゃ「嫁をもらう気はないか」と言ぅたらお前が「実は嫁にもろぉて欲しぃ女がある」と言ぅたの
があのお花じゃ。
■「あの女を嫁にもろぉてくれたら、もぉ遊びにも出歩きません。家業にも精ぇを出す」と、あの時立派なことぬかしたなぁ……。そんなこともあろぉ
かと思ぉて調べてもろたら、まぁ本人はもとよりご両親から、お人柄といぃ商売仲間の評判といぃ、産毛で突いたほどの申し分もないわ。あぁ結構なご
縁じゃと思ぉて、さっそく人頼んで掛け合ぉてもろたら、先さんはお目が高いなぁ。
■「承りますれば、お宅の若旦さんはえろぉお遊びなされた粋(すい)なお方やそぉでございます。酸いも甘いも噛み分けたよぉな、そんなお方にうちら
の娘がもぉお側に置いていただけよぉはずはございません。世間知らずと言ぃたいが、まだ子どもでございます。これから仕込まんならんこともあるし、
もぉ少々手塩にかけましてご猶予をいただいたら、また先になってご縁がございましたら何分よろしゅ~……」といぅ、まぁ態(てぇ)のえぇお断りじゃ。
■縁のないもんならしゃ~ないわい、世間にはえぇ娘さんもぎょ~さん居てはんねんやしと思て、お前に言ぅたら、あの時何じゃお前「お花が嫁にもら
えんねんやったら、わしゃもぉ誰とも所帯持つよぉな気はない。一生嫁はもらわん」死ぬの生きるのと駄々け散らして、果てはワァワァワァワァ泣きく
さる。
■こんなやつ、と思たがまぁそこが親ばかじゃい。ヒョッとおかしな気でも出しよらへんかと思て、恥を忍んでもぉいっぺんお願いに上がったら「それ
ほどまでに言ぅていただきますのを、これ以上強情張ってお断り申したら、女冥利が尽きまする。行儀作法はもとより、ものの言ぃ方も分からん女でご
ざいますので、実の娘じゃと思ぉて、どぉぞお仕込みの程を願います」
■行き届いたご挨拶で嫁に迎えたんじゃ……。なんの行儀作法知らんどころか、言葉の端々にまで行き届いた、あんな利発な嫁女はまぁないわい。縫い
針から走り元の仕事から、華、茶、琴三味線に至るまで、女一通りの道でけんものはないわ。読み書き算盤かて男以上じゃ。まぁ、何といぅえぇ嫁さん
をもろたんじゃろと思て、あの時はわしゃ嬉しかったぞ。
■連れ合いを早よぉに亡くした親じゃと思ぉて、何をするにも「お父っつぁん、お父っつぁん」ちゅうて立ててくれる嬉しさ。あの当座な、わしゃお仏
壇(ぶったん)の前で毎日、死んだ女房に言ぅてたわい「お前は早よ死んで可哀相な、わしゃ長生きをしたお陰でこんな孝行な嫁をもらうことがでけまし
た。今日はあんなこと言ぅてくれた、こんなことしてくれた」ちゅうて嫁のノロケを言ぅてたんじゃ。
■お前もあの時は夜が明けたらお花、日が暮れたらお花、お花、お花……、ちゅうてたが、ふた月と持たなんだなぁ……、ひと月ちょっと経つ時分に、
またぞろちょいちょいと家を空けだした。茶屋通いが始まった。夜泊まり日泊まり、飽き性と言ぅたんが無理かい? 移り気すぎると言ぅたんが間違ごぉ
てるか?
●いや、ごもっともでおます。なるほど、おっしゃる通り、わたしゃもぉ移り気で飽き性。えぇ、それに違いおまへんやろなぁ。まぁ、カエルの子ぉは
カエルと言ぃまっさかいなぁ■何じゃい? その「カエルの子ぉはカエル」ちゅうのわ? わしゃなぁ、仲間内のお付き合いのほか、御茶屋の梯子段上
がったこともない。お前らの極道と……
●いぃえ、極道が似てると言ぅてんのやおまへんねん。極道どころか、あんさんはまぁ信心家すぎますわいな。信心は結構なこってございますけど、も
のには程っちゅうもんがおまっしゃろ。今日はどこそこの何かがあるたら、ご座が勤まるたら、報恩講じゃとか、御開山(ごかいっさん)の、ご聖人の何
年忌じゃ、年会じゃ、あんなことばっかり言ぅて、もぉ一日おきぐらいに外へ出歩きなはるがな。
●子どもとしたらあんた、あないして外へばっかり出て、ひょっと怪我でもしはらへんやろか。なんかこぉ騒ぎにでも巻き込まれたりしたらかなんなぁ
と、お顔見るまでやっぱり気が休まりまへん「家に居ったかて信心はでけまっしゃろ、朝晩のお勤め以外にかて、あんさん信心しょ~と思たら立派なお仏
間がございまっしゃないか」ちゅうたら「いやいや、うちの小さいお仏壇より、やっぱり立派なお寺さんやら、お飾りの見事なお堂へ行て信心する方が
ありがたさが違う」と、こない言ぃなはった。
●「ほんなやったら、うちにも立派なお仏壇こしらえたらどぉでんねん?」ちゅうたら「実は立花通りのお仏壇屋に、気に入ったお仏壇があんねやけど
なぁ」とおっしゃる「それやったら買ぉてきはったら」ちゅうて、さっそく人をもってだっせ、向こ行たところが、仏壇屋も目が高いなぁ……
●「承りますれば、お宅の親旦さんは方々の結構なところへぎょ~さんお参りしてはります。とてもうちのお仏壇なんかお目だるぅて、お側に置いても
らえまへんやろ」と、こない言ぃはる「いや、そこを」っちゅうたら「それに、もぉ少々手入れしたいところもございまっさかい、ちょっとご猶予を」
とまぁ、態のえぇお断りでござましたわいな。
●ほたら、あの時あんさんどんなもんだした「あぁ、あのお仏壇にご縁がなかったか」ゲソォ~ッとこぉなってポロポロポロポロ涙ばっかしこぼしてな
はる。ひょっと体に障って病気でも出たらいかんと思うさかい、恥を忍んでだっせ、もぉいっぺん仏壇屋へ頼みに行たところが「それほどまでに言ぅて
いただくのなら、買ぉていただきまひょ。ろくに艶拭きもでけてまへんけど」ちゅうので買ぉてきましたがな。
●今までのよぉなあの仏壇入れでは足らんさかい、大工やら左官(しゃかん)やら、経師(きょ~じ)屋まで呼んで、あそこつぶしてだっせ、造作し直して
大ぉ~きな仏壇入れをこしらえましたがな。あの大きなお仏壇ごそっと納めて、まだ人間が一人や二人入れるよぉな仏壇入れ作ってそこへ納めた。
●さぁ、納めてみるっちゅうと立派……。艶拭きができてないどころか木口(きぐち)といぃ、飾りといぃ、金具一つとっても「いや、日本にこんなお仏
壇もぉひとつと無いやろなぁ」あの当座、あんさん夜が明けたらチャ~ンなんまいだ、日が暮れたらチャ~ンなんまいだ。ありがたい、ありがたいちゅ
うて一日で仏間に居てる時間が一番長いといぅぐらいだしたが、ひと月と持ちまへなんだなぁ。
●ひと月ちょっと少し過ぎた時分にな、もぁあんた「今日は何なにさんの、日は何たら講じゃ、御開山の何とかじゃ」言ぅて出歩きなはる……。飽き
性と言ぅたんが間違ごぉてますか?
■じゃかましぃわい! お前の極道とわしの信心とが一つになるかい……。わしはなぁ、お前が三日帰って来(こ)よまいが、五日居続けしょ~が、そん
なもの何とも「またあのガキ……」と思てるが、来立ての花嫁の気持ちになってみぃな「若旦さん今日もまたお帰りやございません。わたしが至らぬゆえ
にでございます」と、わしの前で申し訳なさそぉな顔をするやないか。
■「何を言ぅのやお花、わしが手ぇついて謝らんならん。あんな極道といぅものがあるもんか」と言ぅと「いえ、わたしが気が利かんせいでございまっ
しゃろ。鈍に生まれたこの身が恨めしゅ~ございます」と、お前を恨まんと自分の身を責めるやないかい。あんな仏さんみたいな女ごが、またとひとり
あるか……
■あぁ、こない気ぃばっかり遣こてて、身体に障らにゃえぇがなぁと思てたら、だんだん顔色が悪なって痩せてくるやないかいな「こりゃいかん、ただ
事っちゃない、とにかく横になっとぉくれ。いっぺんお医者はんに見てもらわないかん」と言ぅと「いえいえ、ご飯もおいしゅございますし、夜もよぉ
寝られます」と言ぅ「年寄り助けると思て、いっぺん休んどぉくれ」ちゅうて横にしたら……、頭が上がらんやないかいな。
■わしが見舞いに部屋へ入って行くと、布団の上へ起き直ってちゃんと座って「もぉ二、三日したら、床離れができると思います。あの~、勝手ばっか
りさしてもろて済んまへん」と気ぃ遣う。これでは養生にならん。遠いところでもないさかい、わしゃ先方のご両親に会ぉて、実家の方が体が休まるじゃ
ろぉと里へ帰ってもろた……
■どんなことがあっても、わしゃ日にいっぺんは見舞いに行きますが、お前はちょっとも行ってやらん。向こぉにしてみたら、わしが十(とぉ)来るより、
お前がいっぺん顔見せる方がどれぐらい嬉しぃか……、何でお前は……
●そらまぁ、行かないきまへんねんけどな……。だいたい病間っちゅうのんはな、襖開けただけでプ~ンと煎じ薬の臭いがしまっしゃろ、あれがわてか
なんのだ。何となしに陰気でなぁ……。で、向こぉもお化粧せぇへんさかい白粉(おしろい)気もないし、顔もやつれてますし、風呂へ入らへんさかい垢
じみてまんがな、そんな顔、まぁこっちに見せんのも嫌やろと思うしな……。まぁなんですわ、そぉ急に死ぬてなこともないやろさかい、まぁそのうちに
折を見て……
■「そのうちに……」人事みたいに言ぅてる、お前のよぉなやつは……●それよりお父っつぁん、あんさん毎日お花んところへ見舞いに行くのがお楽し
みなよぉなご様子で。まぁまぁ、お慰みがてらにせぇぜぇ行ったっとくなはれ■「お慰みがてら……」お前のよぉな人(ひとでなし)、こんなやつを
世の中へ出したと思たら、わしゃ世間様へ申し訳が立たんわい。勘当じゃい!出て行きさらせッ!
▲ま、まぁまぁまぁまぁ……■番頭どん、止めんといとぉくれ。こんな人みたいなやつを、わしゃお天道さまに申し訳がないさかい、お前ら家に置
いとくわけにはいかん▲ま、まぁまぁ……、親旦さん、お腹立ちはごもっともでございますが、そこが親子の間柄やさかい若旦さんも心にないこと言ぅ
て逆らいなさんので。いずれ後ほどわたくしが篤(とく)とご意見を申し上げますで、今日のところはひとつわたくしに免じまして、どぉぞまぁご了見な
さっとくれやす。
▲いやそれよりなぁ、御寮人(ごりょん)さんのお里から、最前お使いがみえましてな■何ぞ言ぅて来ましたか?▲え~「すぐにお越しをいただきたい」
と……■何か、急に変が来たと?▲いや、そのよぉなこともないとは存じますがなぁ……、ちょっとお悪いんやないかと思います■じ、直に行く、これ
からすぐに行く。ちょっと羽織を出しとぉくれ。番頭どん、この男、このせがれ、今日はどんなことがあっても家(うち)から外へ出してもらわんよぉに
な。もしも、ちゅうことがあるでな。
▲あの、定吉をお連れくださいまして。定ッ、お履きもん揃えよ、お杖もこれに揃えて出しとくよぉにな★へぇ~い、ちゃんともぉ揃とります。お杖も
これにございます■おぉ、よぉ気が利ぃた。商人(あきんど)といぅものはな、気を走らすといぅのが大事じゃで。わしが出て行きそぉじゃなと思たら、サッと履きもんを揃えて杖を横に置く、その息を忘れまいぞな。番頭どんを見習ぉて立派な商人になりますのじゃ。
★へぇ~い■必ずともに、うちの極道を見習うでないぞ★親旦さんも、若旦さん極道で心配なこってんなぁ■何を言ぃくさる、子どもだてらに……。で
わ番頭どん、かたがた今日はどんなことがあってもせがれを外へ出していただいては困ります。もしものことがあったとき家には居らん、行く先が知れ
んてなことがあったら、わしゃ先方さんの親御に腹でも切らな申し訳が立たんことになりますでな。
▲心得ておりますので、お気を付けられまして、どぉぞお早よお帰りやす。
* * * * *
●親っさん行てまいよったなぁ▲若旦那、あんた何ちゅうことおっしゃんねん。あんなこと言ぅたら、そら親旦さん怒らはんのん当り前でっせ●ついな、
こっちも大人気ないとは思たけど、あんなこと言ぅさかいつい逆ろぉたろと思て▲逆ろぉたらいきまへんがな。もぉカッカカッカ来てなはんのにホンマ
に、よぉあんなこと言ぃなはったなぁ。けどまたあんさんも、何で御寮人さんとこにちょっとお見舞いに行かはらしまへんねや?
●えぇ?▲お見舞いに行きはったらよろしぃねや●行けるか行けんか考えてみお前。病の元はこれ(小指)やで、わしやがな。行たら向こぉの両親に会わ
んならん、どない言ぅて挨拶すんねやいな、かなんがなもぉそんなん。まぁまだはじめにでも行っときゃまた行けるちゅなもんやけど、行きにくいもん
やさかいな、そのうちにそのうちに思てるうちに、段々だんだん敷居が高こなってしもたがな。いまさら行って、どんな挨拶すんねん。
▲なぁ、はじめのあいだにちょっと行っときはったらよろしおましたのに、ほんまにあんさんはもぉ……●ところでな、あない言ぅて行きよったやろ、
今日はな夜通し看病することになるやろ、帰って来ぇへん思うね。ちょっと頼むわ▲何でおます?●二時間▲えッ?●二時間だけ▲「二時間」何でおま
んねん?▲二時間だけ、ちょっと出して▲あ、あきまへん、あきまへん。なんちゅうことおっしゃる。
●じきに帰って来る、ホンマ二時間だけでシュッと帰って来る▲いや、なりまへん。今日はあきまへん●ほな、一時間▲あきまへん●ちょっと▲なりま、
へんッ!
●あそぉか……、ほなしゃ~ない。もぉ出て行くのん諦めるわ。ん~ん、出て行かれへんとなると退屈ななぁ。なぁ、番頭どん、この店で座ってたら邪
魔んなるかえ?▲何をおっしゃいますやら、若旦那がお店に座ってござると、ご近所から見ていただいても体裁がよろしゅ~ございます。どぉぞ、どぉぞ。へッ、わたしもまたお話し相手にならしてもらいますで。
●あ、そらあかん、あんたの仕事の邪魔したらいかんがな、仕事はやってて。わしゃまぁここへ座って勝手なこと言ぅてるよってな、まぁ気が向いたら返
事したらえぇし、忙しかったら放っといてもぉたら、わしゃ勝手にしゃべってるさかい▲あぁ、さいでございますか、そんならまぁ、帳合いをしながら
お話を承らしていただきます。
●あぁ、もぉ気楽にやってて、もぉしたいよぉにやっててもろたらえぇさかい、こっちは勝手にしゃべってる▲ほな、ちょっとご免をこぉむりましてな、
帳合いを……
●しかし何やなぁ、おまはん毎日ご苦労はんや。あんたがそぉやって一生懸命やっててくれてるお陰で、まぁわしが酒呑んでやな、極道してられるてな
もんや、あんたのお陰やで▲何をおっしゃいますやら、そんなことはございませんがな●得意先も、場所によってはうちの親父より、おまはんの方が信
用があるそぉやないかいな?
▲そんなことはございませんがなぁ、十四の歳からご奉公さしていただきましてな、何ちゅうてもどちらさんのお得意さんもみな古馴染み、昔馴染みで
ございますよってなぁ●さぁ、さぁさぁ「のぉてはならん白鼠」ちゅうやっちゃなぁ。せやけどなぁ、番頭さんと言ぅても、世間には色々あるで……、
なかにはなぁ、忠実そぉに見せかけて、陰で何してるや分からん「油断のならんドブ鼠」っちゅなやつも居るねや。
▲そらまぁ、なかにはそぉいぅお方が居てはるかも分かりまへんなぁ●居とぉんねや。わしもそんなん一人だけ知ってんねやけどな、そぉいぅやつに限っ
て要領がえぇといぅのかなぁ、なかなかシッポは掴まれん、うまいことやってる。まぁ、向こぉは抜け目のないよぉにしてるだけに、そばで見ててもム
カムカしてくるなぁ▲さいでおますかなぁ……
●得意先回りするよぉな顔してな、新町や堀江に昼遊び、ケチな遊びでまぁチョコチョコと行っとぉったうちに、気に入った妓(こ)ができてやで、それ
を囲こぉとんねん。引かして淀屋小路(しょ~じ)あたりに家一軒借りて、そこへ囲ぉとぉねん。でまぁ、ちょいちょい仕事に暇でそこへ行ては楽しんで
るてなもんやなぁ。
▲はぁはぁ、なるほどなぁ、へぇへぇ……●と、やっぱり、奉公人としては分(ぶん)に過ぎたこっちゃさかい、どぉしてもこれが続かんよぉになる。と
自然、まぁ帳面にも無理が出て来るわなぁ……▲はぁはぁ、そらまぁ、順序として、そぉいぅことにもなりまっしゃろなぁ。
●そこの親父は信用しきってるさかい、当分ばれる心配はないわなぁ▲へぇへぇ……●ところが、その家にえらい極道な息子が一人居とんねや▲……
●帳面付けしててや▲へぇへぇ……●こいつはおのれが極道するだけに、蛇の道はヘビっちゅうやっちゃ、この番頭のやってることがちゃ~んと筋が読
めたぁんねや。
▲へぇ……●帳面付けしててや……。まぁ、この息子にしてもやで、いずれ自分の財産になる金を、ちょいちょい・ちょいちょい削られてんねやさかい、
まぁ面白いことはないわなぁ▲へぇ……●けど、何にも言わんと知らぁ~ん顔してるといぅのは、やっぱり自分にも弱みがある、融通きかしてもらわん
なん時もある、無理聞ぃてもらわんならん時もあるさかい、知らぁ~ん顔しとんねやなぁ。
▲へぇ……●これ、誰やと思う?▲どなただっしゃろなぁ?●この町内の人や▲へぇ……●商売は糸の問屋や▲同業でおますなぁ……●番頭……▲へぇ
●これ、お前と違うか?▲さぁ~……●こらッ! 馬鹿にすなッ!▲大きな声、大きな声を……●人が何にも分からんと思てるのんか? お前のやって
ること、筋道全部読めたぁる▲ま、まッ、まぁ……●お前のこれの家言ぅたろかッ! 女の名前言ぅたろかッ!
▲も、も~ッ、あんさんには頭上がり……、もぉ謝ります、この通り、謝ります、この通りこのとおり……●おいッ! あんまり人馬鹿にしたらあかん
ぞホンマに。これからわしの言ぅことに逆らわんな?▲もぉ、あんさんのおっしゃることに、な~んにも逆らえしまへん●何でも聞くな?▲言ぅこと承り
ますでございます●二時間▲いや、そ、それはあきまへん。
▲今日だけはもぉ、あんさんも事情よぉご存知やおまへんかいな、今日だけは……、ほなまぁまぁまぁ、なるよぉな話にしてもらいまひょか●何じゃ、
そのなるよぉな話ちゅうのわ?▲あのなぁ、どちらのお方や? キタ? 北の新地……、そぉだんなぁ、キタとこことは近いよぉなけども、さぁといぅ
時にはちょっと遠いさかいねぇ……。どぉだっしゃろ、こっちお呼びしたら?
●何やて?▲来てもろたら?●おい、何を言ぅねやいなお前。船場の堅気の商家へやで、昼日中から芸者が呼べるかいな▲さぁさぁ、駕籠に乗せまして
裏の木戸からその駕籠なりで奥庭へ入ってもらいましたら、ご近所の目には触れしまへんがな。
▲で、奥の離れ、今日はお照らしが雲ってますし風がおますよってしのぎ易いと、ちょっとあそこ障子も閉めてもらいましてな、店のもんあっちへは滅
多に行けしまへん。ちょっと小料理屋から何か取り寄せてだんな、まぁそこでゆっくりと呑みながらお話してもろたら。わたしもまた合間見て、お相伴
に預からしてもらいにまいりまっしゃないかいな。
●えぇ? あの部屋を締め切るのか、このくそ暑いのに? 話聞ぃただけで汗が出て来るやないかい……。ん~ん、しかし、うちぃ呼ぶちゅうんはオモ
ロイなぁ。よしッ! ほんならなぁ、今日は早じまいしょ~▲何を?●店早じまいしてな、店のもんみんなにごっつぉしたるわ▲そんな……●親父は帰っ
て来ぇへん、親父は今日は帰って来ぇへん、だいぶん容態が重いらしぃ、今
夜は夜通し看病ちゅうことになるさかい大丈夫や。
●何も夜通し騒ぐねやあらへんがな。みんな好きなものをこぉ言わしてな、でそれで、店のもん一緒にワ~ッと騒ごか▲そんな無茶なことしてもろたら
困ります●大丈夫や、わしに任しわしに任し……。
* * * * *
●おい、ちょっと皆、ちょっと聞ぃてくれ。あの、今日は早じまいっちゅうことなったんや。いやいや、番頭の言ぅことよりわたしの言ぅことを聞きな
はれ、今日は早じまい。で、銘々好きなものを取り寄して、ここで一杯呑んでワ~ッと騒ごちゅうことになったんやさかいな、早いこと店片付けてしま
え。
何や分からんけどね、悪い話やおまへんさかいなぁ、バタバタバタバタバタ……
★若旦那が「店片付け」て、どぉいぅことになりまんねや?●さぁさぁ、お膳を出しお膳を、ズ~ッと並べんねで。それからな、徳利やとか盃やとか、
ぎょ~さん出して来い、ぎょ~さん出して来い。で、燗してドンドン、酒も段取りあんじょ~やっときや。それから今から好きなもん言ぅねん、みんな
銘々好きなもん。わしゃ控えていくよってな「みんなこれで食べぇ、これで呑めぇ」や、そんなんちゃうで。番頭、お前から言ぃ。
▲わたしゃ、もぉ何でも結構で●おまはんが言わなんだら、誰も言われへんやないかいな。言ぃいな、好きなもんあるんねやろ?▲さいでやすか……、
ほな厚かましやすけど、夏場のこってございますよって、何かこぉ洗いか水貝てなもん●贅沢なもん知ってんねやないか。ほな、何か白身の魚の洗いと、
水貝。結構やけっこぉや。
●源助、おまはん何?★わたい、ほんだら蓮根の天ぷらお願いいたしますわ●蓮根の天ぷら? ケッタイなもんが好きやなぁ、エビの天ぷら嫌いかえ?
★エビはあんた、口の中がクシャクシャしまっしゃろがな●安もんしか食わへんさかいやお前、車エビ食べてみ、うまいでおい。車エビと蓮根の天ぷら
か、なるほどな。
●おい徳造、お前は?★鯛の塩焼きをお願いいたします●本膳やなぁおい、鯛の塩焼き? モッチャリしたもん言ぃよるなぁ。まぁまぁ見た目は立派で
えぇけどなぁ。ほな次は? おまはんは?★餡巻きをお願いいたします●餡巻き? あぁ、お前甘党やったなぁおい。せやけどお前、お膳の上へ餡巻き
乗せて座ってられへんでこんなもん。ちぃ~と、せや、栗のキントンにしとき、食べたことないかい栗のキントン? うまいで。ほなこれ、五人前ぐら
い取ったるさかいな、こんだけあったらえぇやろ。栗のキントンと……
●おまはんは?★ほなわたしは、鰻の蒲焼きでも●夏場、結構けっこぉ、鰻の蒲焼か、なるほどなぁ。鰻の蒲焼きと……。芳造、お前は?★鮪(まぐろ)
の付け焼きをな●えげつないもん食ぅんやなぁ、ハツの付け焼き? 脂でアブラで、そんなもん食われへんで……
●お清、お前は?■ほな、鱧(はも)の落としでも●おぉ、女ごが一番洒落たこと言ぅやないか、こらオモロイなぁ。一番粋(すい)なこと言ぃよったなぁ、
お清が鱧の落とし、梅肉かい? ほぉほぉワサビ醤油で? なかなか大したもんやなぁお前。
●おもと、お前も遠慮せんでえぇ、遠慮せんでもえぇんや女ごしやかて言ぅたらえぇんや、欲しぃもん何でも言ぃなはれ★ほんなら、あのぉ~、箪笥と
鏡台と針刺し●嫁入りするねやないねやでおい、箪笥や鏡台ちゅうやつがあるかい、違うがなちょっとした食べるもんで、好きなもんを言ぃちゅうてん
ねや★ほな、コンニャクのおでん●いっぺんに下落しよったなぁ……
●次は何や次は? ナマブシの炒り付け、それからトビウオの塩焼き、あんまりえぇもん食わんなぁみんな。お前は?★海布(めぇ)と油揚げ(あぶらげ)
を●葬礼(そぉれん)やがな、メェとアブラゲてなもんが出て来やがったなぁ。
●あのな、まだ何人か抜けてるし、丁稚連中まだや、済まんけどおまはんな、ズ~ッと聞ぃて銘々書いて、注文に行く先が一軒やないで、いろいろやさか
いな。料理屋、仕出屋行かなんのんと、それから煮売屋の方がえぇのんとそれぞれあるさかい、てんで手分けして。
●それから藤七っとん、ちょっと……★へッ●こら、おまはんやないとあかん……、あのな、北の新地の、曽根崎の真ん中へんに「大滝(だいたき)」っ
ちゅう御茶屋があるねん、聞きゃじき分かる。そこでな、この手紙……、これを渡して、菊江っちゅう女ごや「化粧も、衣装も、髪も、なんにも要らん、
そのままでえぇさかいちょっとでも早よ来てくれ」っちゅうて、えぇか。
●ほで、駕籠で裏から回って、で、裏の木戸から駕籠のまま庭入れるねんで、えぇな。これ、駕籠屋にやる祝儀や、半分やって半分おまはんの懐入れとき
★へっ、さいでやすか、ほなちょっと……、心得とります。
ちょっと気の利いたやつに走らせます。
●さぁ、みなドンドン酒運び、酒。おぉ、済まんなぁ、そんなとこへ座ったんが因果やと諦めてな、お清とおもととお滝も燗番手伝(てっと)ぉて、いず
れまた丁稚連中に代わらすよってにな。さぁさぁ、とりあえず漬けもんでもザクザクッと切ってもっといで、当座のアテや。さぁいこ、さぁさぁ、さぁいこ。
▲若旦さん、あんさんから●まぁまぁまぁ……▲さいでやすか、でわ、頂戴をいたしますが、わたしこんなお店で昼の日なかからお酒をいただくやなん
て、お正月以外にこんなことあれしまへん、頂戴をいたしますです……。昼酒といぅのはよぉ回るちゅうこと聞ぃとりますねん●まぁまぁまぁ▲そない
いただいたら、わたしポ~ッとじきに顔へ出ます。
●出たらえぇねやないかいな、さぁみんなもぉ、勝手に盃選んでドンドンや
りや。
* * * * *
えらいことになりましたが……。キタの菊江さん、若旦那からの手紙やっちゅうんで広げて見ますといぅと、見覚えのある筆跡やさかい疑いはいたし
ませんが「衣装も要らん、化粧も要らん、髪もそのままでえぇ、ちょっとでも早よぉ来て欲しぃ」と書いてある。
「何事か知らん?」と思いながら、まぁ常着でございますが、白の帷子(かたびら)麻ですなぁ、それに草色の薄い一重帯を締めまして、スカ~ッとし
た格好ですが、もちろんお座敷着ではございません。駕籠に乗ります……。
明治になりましても、この色街だけは駕籠があったんでございますなぁ。だいぶ長いことあったそぉでございまして、東京も今でもあるんですかなぁ、
花柳界に人力車が走っとりましてね、学生アルバイトなんかが走ってます。あれはその、島田の大きな髪を結いますといぅと、タクシー、車では上へつ
かえますので、人力車の方が具合がえぇっちゅうてな、何台か走っとぉりま
したが。
まぁ、駕籠が明治時代でも色街だけはあったんでございます。それに乗りまして蜆(しじみ)橋を渡ります。大江橋、淀屋橋、橋を三つ渡る。浮世小路
(うきよしょ~じ)を東へ曲がると、そこで提灯の火を消しまして……
★駕籠屋はん、その木戸やその木戸や。いや、止めんねやない、駕籠のままズッと入ってズッと。庭石気ぃ付けとくなはれや……▼へッ、このへんでよ
ろしますか?★そのへんでえぇ▼おい相棒、じっくり下ろせよ。へい、どぉぞお出ましを……
◆ここは? あの、どちらはんだんのん?★若旦那のおうちでございますねん◆若旦那のおうち! かめしまへん?★かめしまへん大丈夫、ご心配要り
まへん。どぉぞ、どぉぞお通りを……
奥庭から中庭、仏間、中の間と通りまして、広いところへ出てまいりますと、煌々と明かりがついて燭台が並んどります。左右にお膳をずら~っと並
べて、その上に皆けったいな色んなもん乗せましてな、一同が並んでます。
◆まぁ、こんなところへ、大勢さん居はります……●おぉ菊江、待ってたんや。こっちおいで、こっちおいで◆「そのままで来てくれ」言われたんで、
このまま来ましたけど、こんな晴れがましぃところへ。ちょっとお化粧と髪の毛だけ……●何を言ぅてんねん、気ぃ遣うやつ一人も居れへん、皆うちの
店のもんばっかり、これ皆うちの店のもんや。
◆まぁ、お店のお方でございますかいな、ご挨拶もせんと勝手なおしゃべりをいたしまして申し訳ございません。わたくし北の……●挨拶なんかせぇで
もえぇ、こっちおいでっ。これが番頭や、この番頭のお陰で、粋な番頭の計らいで家でお前と会えることができたんや◆まぁまぁ、ご番頭さんでござい
ますかいな、いっつもご迷惑ばっかりお掛けいたしとぉります。わたくし、北の新地の菊江と申します。
▲いえ、お名前は伺ごぉとります。キタの菊江はんといぅたら立派な芸妓はんやちゅうことは、わたしゃ聞ぃとります。なるほどなぁ、やっぱりキタの
お方はどことなし粋なところがございますなぁ。わたしら、キタなんか柄に合やいたしまへんけれどもな、また若旦那のお供でいっぺん寄せていただき
たいと。あぁ、さいでございますか、こら恐れ入ります。へぇへぇ……
▲まぁ~お酌の仕手で味がこないに違うもんでございますかいな。ありがとさんで、こっちからも、まぁまぁ……、おっと、こら気ぃ付きませぇで。わ
たいらの酌より若旦那の酌で、要らん手ぇ出しまして済まんこって。今日も若旦那に一番痛いとこをキュッと押さえられたもんでやっさかい、もぉコト~
ンと極楽往生安楽国サッパリわや。へっ、へっ、へっ、へっ……
番頭、太鼓持ちになっとります。
●おいおい、皆こっちばっかり見て、盃の手ぇが止まってしもたら何にもならへんやないか、ドンドン呑みぃな、ドンドン呑みぃな……。おい佐助、やっ
てるか佐助★佐助、いただいております●あぁ、いただいてるか。いや結構けっこぉ、今日は過ごしや、過ごしたらえぇねん★いただいとぉります、佐
助……。若旦那、せやけどあんた偉い。若いけど、偉いなぁ……、若いもんこないして集めて、ごっつぉ並べて酒呑まそやなんて、立派なもんじゃわい。
★に、人間何だっせ、か、か、堅いばっかりではあかん、うん。やっぱり、使うときゃ使わなあかんねん。極道する時はう~んと極道して、その代わり
いざといぅ時には、また、極道せなあかんねん……。若旦那、わしら何だっせ。佐助、ご当家へ初めて寄してもぉた時は、あんさんまだ四つでやしたで。
溝またげてションベンしてなはったんや。
★あんさん悪さな子ぉやったで。言ぅことなんかなかなか聞きなはらん。ムカムカしてきてな、蔵の横手へ連れて行て、拳骨でボ~ンとやったら「うぇ~
ん」いぅて泣きゃがった……●おい、そんなことしたんかお前? 何をすんねん★む、む、昔のこったす、昔のこってんがな(クゥ、クゥ、クゥ……)
藤七っとん、ちょっと注いでくれ! かめへん、ちょっと注げ! お前の酒やないねやないかい、遠慮せんとグッと注げっちゅうねん。
★若旦那、わたいなぁ、初めてご当家へ寄してもぉた時、あんさんまだ四つでやした。溝またげてションベンして……●あぁ、分った、分った★な、何が「分かった、分かった」や? どぉ分かったちゅうねん、何が分かった?
●悪い酒やなぁ★どないやっちゅうねんッ▲佐助どん……★心配要るかい、何やねん。怒ったはらへんわい。怒ったって何やねん、蔵の横手へ連れてっ
てボ~ン「うぇ~ん」いぅて泣きよんねん、何が恐いねんこんなもん(クゥ、クゥ、クゥ……)
★なぁ、若旦那。わたい、初めてご当家寄してもぉた時は、あんさん四つでやしたで。溝またげてションベン……、なぁなぁ、もし、これッ……▲うる
さいなぁ★「うるさい」? うるそぉて悪かったなぁおい、どぉうるさいねや? おい、うるさけりゃ……、何やねん、放っとけっちゅうねん、若旦那
怒ったはらへん、怒ったはらへん。何をいぅても古い奉公人やちゅうて笑ろて聞ぃてくれたはるやないかい。
★若旦那、堪忍しとぉくなはれや。佐助、喜んでまんねん、悲しぃて泣いてんねんやおまへん、嬉しぃて泣いてま。古い奉公人やと思やこそ、あんたホ
ンマ……、おい注げ! 注がんかい、注げっちゅうたら注ぎさらさんのかッ!ハッハッハッ、ビックリして徳利持って逃げて行てまいよった。ハハハハッ、こっち注げ注げ、注げて……、いてもたろかッ、ホンマにもぉ。何かしてケツカル、おのれの酒みたいな顔しやがって、ウワッ!
★若旦那、皆逃げて行てしまいよった、ハハハハッ……。若旦那、佐助喜んどります、喜んどりま。あんたなぁ、わて初めてご当家寄してもろた時、あ
んさんまだ四つでやした。溝またげてションベンしてな、蔵の横手へ連れ行ってボ~ン「うぇ~ん」いぅて……、それが色気付きやがってお前、女ご傍へ
置いてイチャイチャ、イチャイチャさらして、えぇかげんにせぇっちゅうねんッ! ハハハハッ……、おかしぃもんやなぁ、ハハハハッ……佐助、喜ん
でまんねん、堪忍しとくなはれや……
★寝てしまいやがった……。悪い酒やなぁ、一人で三人上戸みなやってまいよった。みんなこいつにクダ巻かれて酔いが覚めたやろ、皆景気よぉやれ景
気よぉやれ、ドンドン呑め。菊江、お前もちょっと呑んだらどやねん◆若旦さん、あんさんこそちょっとお呑みやしたら●わしゃ、もぉ呑んでるがな。
◆いぃえぇ、ちょっとも呑んだはらしまへん。そら、呑まれしまへんわなぁ。大事の大事の奥さんが……、御寮人さん患ろぉたはるそぉやおまへんかいな
●そんなもんお前、御寮人さんてなこと言わんといてくれ。わしゃ何とも思てへんねやさかい、見舞いにでもいっぺんも行ってへんねやがな◆嘘つきな
はれ、心配でかなわんなら、心配でかなわんと正直に言ぃはったらよろしぃの。顔に「心配や」て書いておまっしゃないか●何をすんねや……
●おいおいおい、皆こっちジ~ッと見て何をすんねやいな、こいつとちょっと話があるんやさかいな。そっちいっぺん踊るなり……、あッそや、いっぺ
んこいつら踊らしたろワ~ッと。三味線持って来い三味線。かまへんかまへん、弾ぃたってくれ。それからな、太鼓の代わりや、丼鉢でも皿でも何でも
チャンチキ、ワ~ッと陽気にいこ。調子合ぉたか、合ぉたらひとつ、弾ぃた弾ぃた……♪
●さぁ、ほんだらわしもひとつ呑むよってな、注いでくれ。おい、こん中で唄うやつ、踊るやつ、ひとつドンドン派手にやりや、派手にやりやッ▲ほん
だらな、久し振りでわてがちょっとここで踊らしてもらいまっさかいな●やったらえぇ、やったらえぇがな。さぁ、さぁさぁ……♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
■定、遅れんよぉに付いといでや。南無阿弥陀仏、なむあみだぶ……、あぁ長生きするとこんな悲しぃことにも遭わないかん。なぁ定、泣きの涙のこっ
ちにひきかえ、どっかおめでたいことでもあるとみえて、陽気に散財してなはるうちもあるがな……★親旦さん、あらうちでっせ。
■何じゃと?★うちや■何でうちがお前、あんな……、ホンに、こらうっちゃないかい! 何をさらすやら、また……。これこれ、ちょっと開けとぉくれ
(ドンドン)これ、開けとぉくれ、開けんかこれ(ドンドン、ドンドン)
★あ、コリャコリャコリャコリャ……。あ、よいと、よいとよいと……
■これ(ドンドン)開けとぉくれ(ドンドン)これ番頭! 佐助、太七、藤七、これッ藤助、開けろ(ドンドン、ドンドン)★ちょっと待った、ちょっ
と待った、おかしぃ具合やおかしぃ具合やで……、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、親旦さん帰って来はりました。
●お、親父が帰って来た? そらえらいこっちゃ。どぉ、どぉしょ~……?誰や、こないぎょ~さん燭台出したん?★あんたが「出せ」て言ぃなはった
んやおませんかいな●お前にやる、食てしまえ★そんなもんが食べられますかいな、背中へ燭台突っ込んだらいかん、体がシャッチョコばってもて……
●この鍋もこっちへ……、もぉ鯛の塩焼きやみな、どっかへなおして……、菊江や、菊江や◆若旦那、わたし、どないしたらよろしまんの?●せやせや、
奥へおいで奥へ。あのな、うちの仏間、お仏壇入れ、あそこんとこ大きぃ、ここへ入っとき。じきに出したるさかいな、もの言ぅたらあかんで、ちょっ
と待っててや……
●さぁ、表開け★誰が開けまんねん?●お前が開けんかいな★悪い役やなぁホンマ……、へぇ、開けますあけます。お帰りやす……
★お、お帰りやす。おかえり、やす。お、か、え、り、やす~ウイッ■派手な出迎えよぉじゃなぁまた……、え? 何じゃお前、背中から突き出てんの
ん★燭台でお辞儀がでけしまへんねん、背中へ入ってまっさかい燭台■お前の股ぐらから、鍋が顔出してるやないか★痔ぃが悪いんでな、温めてまんね
ん■何を言ぃくさる。おもと、お前の懐から鯛が顔出してるぞ★まぁ、この子は、ネンネンヨォ……
■何を言ぃくさる。番頭どんはどこに居てます? 番頭わ▲こ、ここに、控え居りまするッ■さてさて、頼みがいのあるお方じゃなぁ▲こ、堪(こた)え
まっせ~ッ■何を言ぅ、堪えぇでかい。せがれは?●お父っつぁん、バァ~■「お父っつぁん、バァ~」やないで……、とぉとぉこなたはお花を見舞い
に行てやらなんだな……
■わしが入って行くと、うつろな目ぇで顔あげて、お前の姿探してる。わし一人じゃと分かったら「若旦那、今日もお越しやございまへんか。よくよく、
嫌われたもんだすなぁ」と、たったいっぺん恨みがましぃこと言ぃよったで。
■「いやいや、今日はどんなことがあっても、わしも連れて来ると言ぅて、本人も来る気ぃになってたんじゃが、極道の罰(ばち)が当たったかして、朝
からえらい熱でな。体に震えがきて、どぉしても来ることがでけんことになったんじゃ」と言ぅたら「さいでございますか、心付かんこってございました。どぉぞお父っつぁん、若旦那によろしゅ~」と、わしの手を握りに来たと思たらな、顔の相がす~っと崩れた「これ、お花……」
■見たら、この世のものやなかったがな……、南無阿弥陀仏、南無……。これからじきにわしゃとって返す。お前も頭から水でも浴びて、酔い覚まして
じきに失せくされッ! あんな女じゃ、極楽往生は間違いないがなぁ、うちには親鸞さんのありがたいお姿がある。あれをいただかしてやらんならん、
ちょっと……●お、お父っつぁん、どこへ?
■お仏壇の引き出しに入れたぁる●いや、あ、あかん■「あかん」て何があかん?●あのお姿はそんなとこ入ってぇしまへんで■あそこへわしが入れと
いた●いえ、場所が変わってます、場所が変わってます■「場所が変わってる?」どこへ入れた?●あの、あの、箱、箱へ入れた■何の箱?●いえその、
箱、下駄箱■下駄箱入れるやつがあるかいな、何をすんのじゃい……
仏間へ行く。お仏壇をギィ~ッ、と開けますといぅと、中に白い帷子の菊江がこぉ立ってる。
■うわぁ~ッ、迷ぉて出たか……。お花、無理もない、無理もない。あぁ、その気持ちはよぉ分かるが、堪忍してやっとぉくれ。せがれはわしが命に代
えてでも、まともな人間にしてみせるで、どぉ~ぞ迷わず成仏しとぉくれ。な、な、迷わず、どぉ~ぞ消えてくだされ……
【さげ】
◆はい、わたしも消えとぉございます。
三味線:はやしや美紀
落語会チケット(お楽しみ抽選会付)