昨日、同業の先輩が脳梗塞で倒れたことを知りました。一命は取り留めたものの、右半身麻痺で話もできないそうです。エリートで、素晴らしい人徳者でした。再起の見込みはないそうです。
結構あるんですよね、同業者が倒れる話。「恐いな」と思う反面、「その方が楽かも」という気持ちが幽かに疼きます。
最近、仕事と付き合いの忙しさで、疲れ気味です。「楽になる」というより、「私が、仕事ができることが当たり前」と思って、目の前にいる私の一面だけを見て押し付けたり要求したり期待したり・・・そういう連中に一泡ふかせたい。私がいないと困ることがあるということに気づかせたい。そんな甘美な禁断の誘惑に駆られます。
自殺に走る子ども達も、そんな心理状態なのかもしれません。
「恨み」ではなく「存在のアピール」なのではないでしょうか?
そう考えると、簡単に止められるものではないのかもしれません。
(この記事を読んで「自殺が楽」なんて思い込まないでください。私はあくまでも「過労」の話をしているので)
こんな事を書くこと自体、やっぱり疲れ気味なのかもしれません。
結構あるんですよね、同業者が倒れる話。「恐いな」と思う反面、「その方が楽かも」という気持ちが幽かに疼きます。
最近、仕事と付き合いの忙しさで、疲れ気味です。「楽になる」というより、「私が、仕事ができることが当たり前」と思って、目の前にいる私の一面だけを見て押し付けたり要求したり期待したり・・・そういう連中に一泡ふかせたい。私がいないと困ることがあるということに気づかせたい。そんな甘美な禁断の誘惑に駆られます。
自殺に走る子ども達も、そんな心理状態なのかもしれません。
「恨み」ではなく「存在のアピール」なのではないでしょうか?
そう考えると、簡単に止められるものではないのかもしれません。
(この記事を読んで「自殺が楽」なんて思い込まないでください。私はあくまでも「過労」の話をしているので)
こんな事を書くこと自体、やっぱり疲れ気味なのかもしれません。