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丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§9

2011年04月14日 | 詩・小説
   §9

 俺は毎日がバラ色そのものだった。
 日曜日、俺は2時間も前に約束の場所についてずっと待っていた。愛するとは耐えることなのだ。でも時間は意外と早く経ち、2時きっかりにあの人が現れた。感激の一瞬である。俺はすぐに持ってきた特性のサングラスを掛けた。まず俺の評定を悟られないようにしないと。しかし表情を分からなくするために、やたら濃いサングラスにしたために、かけた本人でさえまるでよく見えないという代物だった。まあこれならぼうっとして何も言えなくなることもないだろうが。けれどもそれでもなお結構あがっていたような気もする。

「マリ子、あなたの秘書みたいな事やってるんでしょ」
 開口一番あの人が言った。
「えっ、ああ……」
 いきなり何を言い出すのか、びっくりしたが、よく考えれば俺と京子さんとの共通接点と言えばマリ子になるわけなんだが。当たり前のことではあったが意外な事でお互い話がしやすい状況を作ることができた。そんなわけで、いきおいマリ子の事を中心に思ったより気軽に話をすることができた。
「あの子、昔から世話焼きな所があるのよ。とにかく一生懸命尽くすというか」
「でも、けっこう物好きなところもあるんじゃないのかな。俺みたいなのの秘書を自分からかってでるんだから」
「そこが彼女の良い所なのよ」
「でも、こんなことやってて、勉強やってる暇なんてあるのかな」
「やっぱり気になる?」
「そりゃ、十分感謝してるんだから」
 なんとなくぶらぶらしながら、顔だけは見ないで歩き回りながら言った。
「けっっこうきちんとやってるわよ。それに忙しければ忙しいほど身が入るんだって。わりと貧乏性のところがあってね、じっとしていられない質なのよね。だから料理なんかも得意で、おいしい料理見つけるとすぐに自分で同じ物作ろうとするの」
「へえ-、あいつがね」
「わりといけるのよ。よく食べに来てって誘われるんだけど」
「ふーーん」
 何かマリ子という同じ名前の、俺の知らない人の話を聞いているみたいだった。
「でもね、彼女のお家、薬局やってるの。そこでちょくちょく胃薬が減っているっていう噂が出てたりして」
 俺は思わず笑い転げてしまった。もう京子さんとはすっかり打ち解けたような気分だった。

 そんなうちに笑顔で別れて、生徒手帳を返すのをすっかり忘れていたのに気づいたのは、家に戻った後だった。何となく返すのが惜しいような気もしたり。

 その日からもう見る物聞く物、すべてバラ色の毎日だった。俺の話を聞いて浩二は、奴に似合わない深刻な表情を見せた。特にあの人が教室に生徒手帳を取りに現れた時には、浩二の奴、ハムレットさながらの顔つきだった。さてはあ奴、京子さんに気があるんじゃなかろうか。いや、さすがにそれはちょっとないだろう。だいたい浩二と京子さんではまったく釣り合わないし、二人並んでいるイメージがまったく思い浮かばなかった。
 さて一方マリ子と言えば、こいつもまた朝から気むずかしい表情をしていた。誰も寄せ付けないという雰囲気で、俺が話しかけることさえはばかられるほどだった。あまりの様子に、クラスのみんなも先生でさえ声を掛けづらそうだった。あいつにしてはちょっと珍しい事だった。もっとも翌日になると、前日は何だったのかと思わせるほど当たり前のマリ子に戻ってはいたが。

小説「二枚目」§8

2011年04月12日 | 詩・小説
   §8

 でもよく考えてみれば、マリ子も浩二も俺に協力するとかなんとか言いながら、やることと言えば、俺に恥を掻かせることばかりじゃないか。あいつら、よってたかって俺の邪魔ばかりする気なんじゃないだろうか。とにかく頭に来ることばかりではないか。
 でも、元はと言えば俺の気の弱いことから来るのが原因であって、表面だけ見ればあいつらはけっこう俺の手助けをしてくれているみたいではある。しかし俺の性格をよく知っている者のやるような事じゃないだろう。何か企んでいるに違いない。そうでなければ俺の邪魔をする理由がない。ひょっとしてあの二人、ぐるになっているんだろうか。

 そんなある日の土曜日、学校帰りの校門の所で俺は思いも掛けない落とし物を拾うこととなった。それはあの人、京子さんの生徒手帳だった。とりあえず俺はそれを家に持ち帰って考えることにした。どのようにしてこれをあの人に返せばいいんだろうか。一番簡単な方法はマリ子に預けることだったが、あいつのことだから、あんたが自分で渡せば、と言うかも知れないし、俺のメンツもあって、あいつに頼み事など、もうやりたくはなかった。それに、滅多にないチャンスを最大限利用するという浩二の言葉を思い出してもいた。
 こうなればもう恥は掻き捨てである。あれだけ恥を掻けば慣れても来る。その意味ではマリ子と浩二に感謝をしても良いだろう。
 でもどうしよう。郵送するのはそれで終わりだし、手紙を添えたりしたら、あんなこと書くのではなかったと、後で思いっきり後悔するに決まっている。愛とは決して後悔しないこと。だから後で後悔するようなことだけはしたくはなかった。

 手帳には住所は書かれていたが電話番号は書かれていなかった。それで、なんとなく電話帳を繰ってみた。相沢という名前は数多くあるが、手帳に書かれた住所に適応するのはどういうわけか1軒だけであった。俺は見るとはなしにその電話番号に見入っていた。俺の頭にその番号がちらついていた。覚えるとはなしに覚え込んでいた。もうこうなれば取るべき道はただ一つである。
 しかし電話を掛けて彼女が出たりしたら、たぶん俺は何も言えなくなってしまうのだろう。そんなことを思っていたら、素晴らしいアイデアを思いついた。

 まずカセットテープレコーダーを用意し、まず言うべき事柄を録音した。直接言えないことでもテレコにならはっきり言えた。その上で電話を掛けた。呼び出し音が鳴っている。俺の胸も高鳴っている。受話器が上げられたようで呼び出し音が止まった。同時に俺の胸の高鳴りも緊張感一杯で一瞬止まった。
「はい、相沢ですが」
 その声の様子で、たぶんあの人のお母さんのようだった。俺は少しだけ安心した。
「京子さん、おられますか?」
 どうにかそれだけは言えた。
「はい京子はうちにおりますが、どちら様でしょうか?」
「春日台高校の寺西五郎という者です」
「寺西さんですね。ちょっとお待ち下さい」
 もう後に引くことはできない。あの人を呼ぶ声の後に、階段を降りる音がする。いよいよである。足音が受話器に近づき、電話口で声がした
「はい、電話かわりました。京子ですが」
 あの、夢にまで見た(?)澄み切った声が受話器越しに聞こえてきた。俺は心を落ち着かせてテレコのスイッチを入れた。
 テレコから声が流れてきた。
『こんにちは。あなたの生徒手帳を校門前で拾いました。渡したいと思いますから、明日の2時に大崎公園に来て頂けないでしょうか』
 俺はテレコのスイッチを切ると、その仕掛けがわかったのか、受話器の向こうからクスッと笑う声が聞こえた。そしてそのすぐ後、彼女の了解の返事を得ることができた。
 とうとうやったのだ。とうとうマリ子や浩二の力など借りずに自分の力だけでやり遂げたのだ。俺は全身一杯喜びで満ち足りていた。

小説「二枚目」§7

2011年04月08日 | 詩・小説
   §7

「だまって帰ったりして悪かった。俺はちょっと青木君は苦手なんだ。悪く思うなよ」
 何にも言わないうちに先にこう言われたらこちらは黙るより他に仕方がなかった。
 マリ子も浩二も、こういうところはうまいんだから。これだからこの二人は、二人ともけっこうみんなに親しまれているのだろう。
 だいたい、俺と付き合う奴はみんな俺の影響を受けて真面目になるんだから。もっとも浩二の奴は「親しまれてる」と言うよりかは、からかわれていると言った方が良いかも知れない。とにかくモテるというイメージからはほど遠いのである。そして奴を一番よくからかっているのがマリ子でもある。二人が話をしていて奴がいつもやられっぱなしになっているのをよく見かける。奴がマリ子を苦手とするのももっともである。いや、マリ子だけじゃなく、全女性を苦手としていると言った方が正確な表現かも知れない。しかし、苦手と公言している割にはマリ子とよく話をしている場面を見かけるのはどういうことなんだろうか。

 中間試験をばっちりと決めて終えたある日、俺は浩二と二人で遊びに出かけた。奴の希望で喜劇を見に行くことにする。俺のイメージには合わないと難色を示したのだが、奴のたっての希望で従うことにした。
 渋々出かけたのにも関わらず、その喜劇の面白いこと。俺は恥も外聞もかなぐり捨てて、腹を抱えて笑い続けていた。とにかく何もかも忘れてくったくなく楽しんでいた。何も知らずに……。
 ふと俺は誰かの視線を感じて笑うのを辞めてあたりを見回してみた。そして確かに俺を見つめる目を発見した。と同時に俺はびっくりしてしまった。そこにいたのは誰あろう、忘れようとしても忘れられないあの人ではないだろうか。次の瞬間、俺は体中が恥ずかしさで一杯になってしまった。体中の血液が一気に体内を駆けめぐったように真っ赤になってしまった。
 俺の二枚目のイメージが崩れてしまうような姿を、よりによってあの人に見られてしまっていたのだった。どうしてこんな場所に?そんなことを考える余裕などまったくなかった。
 俺はもうじっとしておられず、浩二に黙って飛び出してしまっていた。奴は俺がいなくなってしまったことにまるで気がつかずにまだ見続けていた。
 とにかくこれでもうあの人の顔をまともには見れない。恥ずかしくて仕方がなかった。

 翌日、俺は真っ先に浩二に謝った。
「昨日は勝手に帰ったりしてすまなかった。ちょっとどうしても帰らないと行けない用事を思い出したので」
「まあいいよ。でも駄目な奴だな、お前は」
 何を言われても俺は謝るしかなかった。
「せっかく彼女がやってくるという情報を得たから、お前に会わせてやろうと思って連れて行ってやったのに」
「えっ、何だって!?」
 俺はただただびっくりしてしまった。
「チャンスなんて言うのは、滅多にやってこないんだから。最大限利用しないと駄目なんだから」
 俺はようやく事情を飲み込めた。

小説「二枚目」§6

2011年04月06日 | 詩・小説
   §6

 中間テストも間近だから俺は勉強に専念することにした。
 あれ以来京子さんに顔を合わせるのが恥ずかしくて、気を紛らわせようとしたこともあるが。
 あの日の翌朝、俺がマリ子に文句を言ってやろうとしたら、あいつの方が先にこう切り出した。
「昨日失敗したそうね。ごめんね、まさか気づかれてるとは思わなかったわ。ちょっとあたしと顔を合わした時にどうやら何かあるって感づかれたみたい。ほんとにごめん。みんなあたしが悪いんだわ」
 先にそんな風に言われたら、こちらの言うことがなくなってしまった。それでマリ子のことは許してやることにしたが、とにかくどうしようもなく、当分は勉強に打ち込むことにした次第だった。

 日曜日、浩二を家に呼んで一緒に勉強をすることにした。奴の分からないところはずばり重要なところで、それを教えることでこちらも覚えられるという一石二鳥の効果があった。無駄な話もするけれど、結構勉強もはかどる物である。
 4時頃気分転換に散歩に出かけようと奴が言い出したので、それもそうだな、と二人してちょっと出かけることにした。

 なんとなくブラブラしていると、偶然マリ子に出会った。
「勉強やってるのかって思ってたら、こんなところぶらついてるの?」
 憎たらしげにあいつが言った。
「今、休憩中なんだ。青木君も来ない?」
「おい、よせよ。休みの日までこいつにそばにいられると、息が詰まりそうになるじゃないか。そのための休日なんだから」
「あらっ?じゃあ、もうあんたの秘書辞めようかな」
 あいつはいつもそう言っては俺の困る顔を見たがってやがるんだ。正直マリ子に手を引かれたらこの先俺が困ってしまうことになるのがはっきり見えていた。
「わかったよ、今の言葉はなかったことにしてくれ」
「毎度どうも」
 とにかくこればっかりはしょうがない。なまじ俺が二枚目だったため、まさかこんな形で強請られる羽目になろうとは思いもしなかった。
「ところで、最近どうしたの?」
「……?……」
 俺は一瞬、何のことかわからなかった。
「京子のこと。もうあきらめたの?」
「ああ、そのことか」
 確かに最近はなるべく忘れるようにしていることは事実である。あの思い出しても恥ずかしくなる出来事を少しでも早く脳裏から消し去りたかった。
「あのさ、俺のこと何か言ってなかった?こっそり後からつけまわすストーカーの嫌らしい痴漢野郎だなんて思われるんじゃないだろうな」
 ちょっと気になって尋ねてはみた。
「そうね、まったく何も言ってないけど」
 随分そっけなく言いやがったもんだ。
「『まったく』……か?」
「ええ、『まったく』よ」
 俺はがっかりした。痴漢やストーカーはともかくとして、ちょっとぐらいは気に掛けてはほしかった。だのにまったく気にもかけていないとは。ああ、この世は真っ暗闇だ。

 とか何とかしゃべっていて、ふと気がついたことには、いつの間にか浩二がいなくなっていた。
 何て野郎だ。マリ子と別れて急いで家に帰ってみると、もうとっくに帰ったとのこと。どういうことだ。あの野郎、俺に何にも言わずに勝手に帰りやがって。あいつの家にどなりこんでやろうか。本気でそんなことを思ったのだが、よくよく考えてみると、実は俺はまだあいつの家に一度も行ったことがなかったのだ。どういうわけか、一緒に勉強会をしようという時にはいつも奴が俺の家に来るのだった。さらにまずいことに、奴の住所さえ知らなかった。正月前に年賀状を出そうと思った時、そういうのって面倒だし無意味だからやだ、って言われて電話で話をしたんだった。そうそう、電話番号は知ってるんだから、まあ別に騒ぐほどのことでもなかった。そんなわけで、このことも忘れてしまった。

小説「二枚目」§5

2011年04月04日 | 詩・小説
   §5

 とは言っても京子さんに直接あたるわけにはいかない。それができるくらいなら苦労はしない。
 そこでまず、情報を集めることにした。デートの相手毎にさりげなく聞いてみることにした。しばらくして得られた結果を考えてみて気がついたことは、まったく何の情報も得られなかったと言うことだった。
 どういうわけか、みんな何も話そうとはしなかった。まるで誰かに口止めでもされているかのように。その話になると誰もがうまく話をぼやきあしていまうのだった。
 マリ子の奴が手を回して口止めでもしているのだろうか。こんなに大勢の女子達の口をふさぐことのできるのはあいつしかいない。そう考えてはみたけれど、よく考えればマリ子にそうまでする理由は何も思いつかなかった。俺に協力こそすれ、俺の邪魔をする必要がない。そんな無駄なことをすることに何の意味もなく、頭の切れるあいつのすることでもなかった。確かにあいつはみんなに信頼されていて、俺自身も信頼を置いているんだが。

 そういうことで、結局俺が京子さんのことで知っているのは、クラスと名前と、それから……えーーと、それから後は性別だけか。考えれば何も知らないんだな。我ながらあきれてしまう。本当に何も知らないんだ。住所は言うまでもなく、身長とかも。おまけにまともに顔を見られないとくるんだから。
 でも度胸を決めないと。当たって砕けろ!……でも、砕けてどうする?

 そんな時、どういう風の吹き回しか、マリ子が良い情報とアイデアを与えてくれた。その日あの人が幼児で学校から帰るのが遅くなるので、それまで誰にも見つからないようにしていれば、彼女の後を尾行して家を見つけようということだった。それくらいの度胸ならさすがの俺にもある。そういうわけで、ただちに実行することにした。

 一番の問題は、その時間まで俺の姿を誰にも見られないようにすることだった。なにぶん誰かに見つかれば、すぐに取り巻きが集まってくるという状態なんだから。ということで、俺が隠れていることに気がつかれればこの作戦は大失敗である。それでとりあえずトイレに潜むことにした。もしトイレに入ってくる奴がいたらびっくりするだろうな。トイレの臭いが俺の周囲から漂っていたりすれば尾行していても気づかれるかもしれないので、トイレ一面香水を振りまいておいたのだから。
 待ってる間、少々退屈だったから詰め将棋の本を読んで待っていたのだが、どういうわけか隅で詰まされる、いわゆる「雪隠詰め」の手ばかりで、自分が詰まされているような気分になって読む気がしなくなってしまった。しかたがないから何も考えずに、ぼうーっとしていたのだが、こんな姿、女子達に見られたら思いっきり失望されるだろうな。ああ、二枚目はつらい!

 意外と早くマリ子の合図があった。
 そこで俺はトイレを出ると、ちょうどあの人は帰るところだった。マリ子はあの人と一緒ではなかった。一緒だとどうしても俺の尾行が気になって気づかれてしまう可能性があるだろうから、ということで前もって話をしている。
 さあ、がんばろう。俺の胸は緊張でいっぱいだった。ゆっくりゆっくり、十分間隔を開けて。良い調子だぞ、今のところ気づかれている様子はない。しばらくそのままついて行った。しかし、何となく雰囲気が変だ。京子さんの家は俺にはまったく知らない場所のはずなのに、どことなくあたりの風景に見覚えがあるような気がする。まあ長い人生、知らないうちにいろいろな場所に出歩いているから、見覚えがあるような場所に来ても別に不思議なことでもないだろうが、それでも何となく気にはなってくる。

 かなり歩いてきた時、突然あの人は振り向きもせず、小走りで走り出した!そして角を曲がって姿が見えなくなった。俺はびっくりしてあわてて走っていったら、なんと、あの人は角を曲がったところの一軒の家の前に立っていた!そしてどういうわけか、追いついた俺の方を向いて、ニコッと笑ってこんなことを言い出した。
「お帰りはこちら。じゃあ、さよなら」
 ぽかんとしている俺を尻目に、あの人はさっさと今来た道を戻り始めた。すれ違った後も俺は呆然と突っ立つしかなかった。
 その時初めて気がついた。この家は俺の家じゃないか。つまり、自分の家に案内されていたのだった。なぜか知らないがあの人は俺の家を知っていたんだ。そのこと自体は嬉しいことではあるんだが、それ以上に俺の愚かな計画が最初からばれていたという恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを押さえられなかった。
 ちくしょう!マリ子の奴め!はかられたか。そうでもなければあの人に気づかれるはずがないんだ。

小説「二枚目」§4

2011年03月30日 | 詩・小説
   §4

「そりゃ俺が橋渡ししてやっても良いけどな。ちょっと自信はないぞ」
「やってくれるのか?」
 俺は喜んだものだ。
「でもな、ミイラ取りがミイラになってもしらないぞ」
「どういうことだ?」
「つまりな、もし俺が彼女を気に入っちゃって、お前のことなんか忘れてしまうかも知れないって事。それでもいいんだったら……」
 俺は考え込まざるを得なかった。その可能性は十分考えられたからだ。
「さあ、どうする」
「どうするって言ったって……」
 俺はことこういうことになると、いたって気弱になるのだった。
「やっぱり辞めとくか?」
 奴は笑って言ったのものである。
 そんなわけで俺はこの線をあきらめた。でもよく考えると、うまく奴に断られた気がしてならなかった。なんだかんだ言ってもマリ子も浩二も俺には非協力的なんだ。口ぶりでは協力を惜しまないみたいなことを言うけれども、実際には何の手助けもしてはくれない。その気配さえない。畜生め!いいさいいさ。自分の力だけでなんとかやってみせるから。今に見ておれ!

 だいたいの話、京子さんの存在を知ったのはマリ子を通じてなんだ。友だちの友だちは友だちではない、というのが悲しいところだが。マリ子って奴は、俺に京子さんという存在を教えておいて、それ以上は紹介しないし、俺のことを彼女には言いもしない、と無責任にもほどがある。
 いろいろ俺にも都合があって、あの人の顔を見たのは数えるほどしかないのだが。でも俺にはピンと来るのだ。あの人しかいないってことが。それは絶対的なものなんだ。でもあの人はそんな俺のことなどまったく気づいてさえいない。それに具合の悪いことに、俺がもてすぎて、あの人には悪い印象を与えているんじゃないのかと思ってしまう。そればかり気になるのではあるが、俺の性格として、まとわりつく女子たちをうっちゃっておくことなどできないのだ。だからデート中はなるべくあの人のことは忘れて、楽しむことにしているんだが。みんなにばれるとまずいことになるし、それに相手にも悪いし、すごく気を遣うんだ。もてるってつらいものだ。

 とにかく、そんなわけでマリ子も浩二もあてにはならなくなり、結局は俺一人でやらなければならなくなってしまった。もっとも、ふだんと同じように行動はした上でのことなのだが。けれど、思いこんだら命がけ。がんばらなくっちゃ。

小説「二枚目」§3

2011年03月29日 | 詩・小説
  §3

 でも、あいつばかりが相談相手ではなかった。
 今まで女子のことばかり語ってきたが、俺にも男の親友が一人いた。何というか、とにかく俺とぴったり合う感じの奴で、名前を大川浩二という。俺と同じクラスで、一言で言えばこいつは三枚目と言って良い。なにしろやることなすこと変わっているというか、突飛なことをいつもしでかす奴だった。もし俺がそばについてやらなかったら、一体あいつはどうなっていたのかわからない。
 そんな奴なのに、どういうわけか俺とウマがあって離れられない、ということで俺といつも一緒にいるために、ますます俺と比較してあいつの三枚目ぶりが目立ってくる。奴とすれば俺の側にいればむしろ損なはずなのに、それでも俺と離れようともしない。まあ何て言うか俺と息が合うことだけは確かなんだが。

 しかし奴の三枚目ぶりにはほとほと世話が焼ける。
 この前も二人で遊びに行ったのだが、奴が最新流行のファッションとか言って、派手な服を着てきたのはいいのだが、実は裏返しに着ていたことに最後まで気がつかなかった。何度か注意をしようかとも思ったのだが、わざとなのかどうかわからずに声を掛けられなかった俺も悪いのだが、周囲の人があきれるような目つきで振り返るたびに、俺の砲が恥ずかしくなってしまった。

 忘れもしないできごとがある。それは俺たちが2年に進級して間もないことだった。ある時、街に出かけた時に奴がよりによって俺にこんな事を言った。
「俺だってガール・ハントの一つや二つは軽いものさ。まあ見とけよ」
 そう言うなり、奴は通り過ぎていく女生徒らしき女子の後をついていってこう言った。
「お嬢さん、ちょっと振り返ってください」
 それはもうキザっぽく言った物だっ。振り返った女子のキョトンとした顔。それにも関わらず奴は続けて言った。もちろんさらにキザっぽく。
「ああ、あなたが人違いだなんて思いたくないな」
 奴の計画として完璧だったのだろう。すごく自信ありげではあった。だがそのとたん、彼女はプッと吹き出してしまったのだ。そしてすぐにバッグの中から鏡を取りだして、やおら奴に向けたのだった。鏡と相談してからにしてくれということなんだろう。しゃれたことをするじゃないか。お主できるな。女にしておくには勿体ないほどのセンスの良さ。でもその時の奴のしおれた顔は、今思い出しても愉快である。
 そしてその翌日。学校で二人歩いていると、いきなり後ろで女性の声がした。
「もしもし、そこをゆくお方。ちょっと振り返ってくださいませぬか」
 そこで何気なく二人振り返ってみると、奴の目の前に突き出された鏡。ギャッと言って奴は走り出した。見ると確かに昨日の女性。しかも着ている制服はまぎれもなく俺たちと同じ学校の制服。俺としたことがうかつだった。
 でも俺の知らない女生徒だったのは無理もなかった。彼女こそ俺を無視していた青木マリ子その人であり、そんな縁もあって今はあいつが俺の秘書をするようになったのだ。浩二の奴はそれ以来マリ子が苦手である。

 そんな奴だけど、根はすごく真面目な奴なんだ。もっとも本人にしてみればやってるころすべて真面目にやっているつもりなんだろう。そんなわけで奴に相談すれば何か良い方法を教えてくれるかも知れない。あんな奴でも、決めるところはきちんと決める奴だから。
 今までだって相談すればいつも鋭いところを指摘してくれていたものだった。だから今度もと考えた俺が少し甘かったのだろうか。

小説「二枚目」§2

2011年03月21日 | 詩・小説
 §2

 何て言えばいいだろう。とにかくすばらしくすてきなんだ。
 あの瞳に見つめられると、もうまっったく参ってしまうんだ。その日は一日中幸せな気分で埋まってしまうんだ。
 それなのに、彼女には俺の魅力がまるで伝わらないばかりか、俺の気持ちはまったく通じないようである。俺は毛神を呪いたいほどである。どうしてよりによって、あの人だけ振り向かせてくれないのだろうか。他の奴はどうでもかまわないのに。でも、それだけ俺が純情で、また誰に対しても優しいと言うことなのだ。
 ああ、彼女さえ得ることができればもう他のこと、みんな無くなってしまっても良い。そんなことさえ思う毎日である。でも、彼女に近づくことさえできないのだ。

 そこで俺は秘書のマリ子に相談を掛けてみた。あいつにだからこそできる相談でもあった。それに、聞くところによると、マリ子と京子さんは無二の親友だというではないか。それであいつに俺の心を打ち明けてみた。するとあいつは目を丸くして俺の顔を見て、そしてプッと吹き出したんだ。俺の真剣な気持ちも知らないで。
「何も笑うことないじゃないか。人が真剣に相談しているのに」
「ごめんごめん。でも贅沢な悩みね」
「言われなくってもわかってるさ。でも俺は本気なんだぜ」
「もてる者にはそれなりの悩みがあるってことね」
 半分あいつは笑ってる風だった。ちくしょう、このヤロー、と心の中で言った。口に出したら厄介なことになるのはわかっていたから。
「でもさ、あなた男でしょ。違うの?」
「冗談言うなよ」
「男なら頑張りなさいよ、男らしくさ」
「そんなことはわかってるさ。でもどうすりゃいいんだよ」
「普段偉そうなことを言う割に駄目なのね、あんたって」
 それを言われると一言もなかった。
「あたしに間に入ってもらおう、なんてののは考えてないわよね。それじゃあ男のメンツが立たないしね」
 俺の一番頼みたかったことが、いとも簡単に崩されてしまった。
「そりゃ、あたしを使ったら早いわよね、親友だから。でも、それじゃああまりにも情けないわよね。もちろんそんなことは考えてもないとは思うけどさ」
「えっ?あぁ……うん」
 そう言わざるを得なくなってしまった。
「まあ頑張りなさいよ。それ以外のことだったら何でも協力するからさ」
 それ以外のことはいいんだけど。とは言えなかった。俺は仕方なくこの線はあきらめることにした。がっくりした俺にあいつは追い打ちを掛けるように言った。
「でも、あたしの勘じゃ、あんたの想いは実らないかもね」
 何とでも言いやがれ、このヤロー。でもその後で忠告だけはしてくれた。
「あんまり大っぴらにしない方がいいわよ。ヤケになったらやりそうだから言うんだけど。もしそんなことしたら、この学校で大暴動が起きるかも。それで大怪我するのはあんただからね」
 俺が最後の手段にと残しておいた手まで先回りしてけなされてしまった。でもあいつの言うとおり、もし俺があの人のことが一番好きだと全女生徒が知ったなら、どんな大騒ぎが起きるのかわからなかった。よく止めてくれたものだとホッとするのだった。

 とうとうあいつは具体的なことは何も教えてはくれなかった。それはあいつの女としてのメンツから来る物だったのだろうか。

小説「二枚目」§1

2011年03月18日 | 詩・小説
 §1
 
 俺の名前は寺西五郎。春日台高校2年4組。一言で俺のことを言えば、二枚目である。
 顔、スタイルについてはまったく文句の付けようがない。おまけに成績優秀。知性・教養は言うに及ばず。絵画をこなし、音楽と成るとあらゆる楽器を弾きこなし、クラシックから童謡・演歌まで幅広い趣味を持つ。さらに加えて運動神経も抜群。すべてのクラブから勧誘を受けたが、一つのクラブに絞りきれないという理由から、どのクラブにも属していない。もっとも、試合の前には助っ人として駆り出されることもしばしば。そのたびに黄色い声援の渦の中心となるは必定。これでもてないはずがない。というより、この学校の女子ほとんど全員が俺のファンである。いや、ファンというよりか親衛隊と言った方が早いかもしれない。
 とにかく、俺とデートをしたがる女子が多いけれど、俺としてはデートの相手を決めるのに困ってしまう。しかし上手い具合に、俺の秘書を買って出てくれている奴がいる。そいつのおかげで俺の多忙なスケジュールが組み立てられ、俺の心配事が減ってすごく気が楽である。

 さきほど、『ほとんど全員』という言い方をしたのだが、それには少々訳がある。なんと、たった2名だけ俺に対して何とも思わないという奇妙な奴がいる。


 一人は、同じクラスで青木マリ子という。さきほど述べた俺の秘書役を買ってくれている奴である。なぜ俺の秘書役をやっているのかというと、あいつの弁によれば、このまま放置しておくと学校の風紀が乱れまくるらしい。そんな理由で俺の秘書役を買って出たと言うことらしい。
 秘書と言うからには俺と一番近い場所に位置しているのだが、これが不思議なことに、他の女子みんなに信頼されていて、俺と一緒にいる機会が自然、他の者より多いにも関わらず、誰もヤキモチをやこうとはしないばかりか、あいつの言うことならみんな黙って聞いているようだ。
 俺としては、誰に対しても平等でいたいから、そういう存在は有難く、都合の良いところではある。

 しかしよくよく考えてみれば、俺より信頼されていて、それでいて俺になびきもせずに無視しているようなあいつが少々癪に障るような気になることもある。
 もっとも、あいつがいなかったら、押し寄せる女性陣の波を裁ききれずに溺れまくってしまうだろうことを思うと、むしろ有難いことだと感謝するようにはつとめてはいるのであるが。

 どういうわけか、あいつは秘書としては抜群の才能を持っている。なにしろ、あれだけの女性陣をうまく平等に振り分けて、しかも俺自身の時間も十分に確保するのだから。それも時間の割り振りも、一日として同じものはなく、俺の性格に合わせ、たとえばデートの時間なども、退屈させず、心残りもないように細やかに計画されてある。毎日そういうことをやっているのに、それでいて自分の成績もぴたっと決めているのだからたいした才能の持ち主と言える。ただただ感心するばかりである。

 もちろんあいつと事務的な話ばかりをしているわけではない。雑談もいろいろするけれど、俺に負けぬ博学で、俺としては気のおけない、心置きなく友だちとして付き合っているのではある。とはいえ、それは決して恋愛感情に移ることのない、純粋な友だちの感情から一歩も踏み出そうとはしない。俺としても他の女性達とはまったく違った感情でいられた。
 このことにこだわるにはちょっとわけがあった。
 実は俺にはひそかに思いを寄せる相手がいたのである。なんでもできる俺なのだが、こればかりはどうしようもない、一方的な片思いをしている。偉そうに見せかけてはいるが、実は本当の俺はきわめて純情で、本気で好きになってしまうと、もうそれだけで何もできなくなってしまい、彼女を前にすると一言も話ができなくなってしまうのだった。
 彼女の名前は相沢京子。2年1組の女子である。さきほど述べた、俺になびかない例外的な奴のもう一人である。


小説「二枚目」前書き

2011年03月16日 | 詩・小説
小説「二枚目」
 前書き

 普通は主人公はごく普通の人間なのだが、今回は明朗小説と言うことで、あえて二枚目と称する人間にした。思っているのは自分だけなのかも知れないが。
 ちなみに、この小説の続編的に「三枚目」という題名のユーモア小説も書き、こちらは正反対のキャラクターにしたのだが、こちらが日の目をみることがあるのかどうか、現段階では不明。
 この小説の主人公は、非の打ち所がない二名目タイプでモテモテなのだが、そこには彼なりの悩みもあった。そして二枚目であるが為のおかしな話になってしまうのだが。
 だからこの小説はユーモア小説なのかもしれない。でも主人公にとっては真剣そのものなのだが、だからこそユーモアになってしまう。悲しきユーモアである。
 それゆえ、狂言回しに親友として三枚目キャラを加える。書き始め段階ではどれだけ出番があるのかは不明だが。

  春に夏を想い
    夏に冬を想う

  秋に春を想い
    冬に春を想う

  想われる春は明るく笑い

  忘れられる秋は
    淋しく木の葉を散らす

   昭和47年8月29日 記す