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袴腰岳

2012-10-31 | 近隣里山登山

袴腰岳は、函館市と旧南茅部町の境に位置し、函館市の最高峰でもある。 昔から利用されていた登山道は廃道の状態であったが、一時復活したものの再びブッシュで覆われはじめたところ、,04年に再々度整備された。

隣の横津岳は航空レーダー基地に伴う舗装道路の完成とともに登山の対象とならなくなっていたが、両山を結ぶ縦走路が近年復活し利用者が増えている。 袴腰岳へは二つのコースがあり、新中野ダムコースと横津岳コースがある。今回は横津岳コースを行った。   

 その昔約50年ほど前この地に山小屋があったのを覚えている方はどのくらい居られるだろうか。その山小屋はどの位置にあったのか、今になっては皆目見当も付かないが、一晩泊った記憶があるのだ。          

残念ながら横津岳袴腰岳の写真が出てこない。一眼のRAWで撮った為とおもわれる。現像して仕上げたら追加で載せたい。従って今回は写真無しとする。 ごめんね・・・・・

 ,11-10-09  AM10:00 横津岳スキー場の上に駐車場があった。 道中、紅葉の木々を期待したが外れた。 車を降り登山名簿を出して車止めのゲートを抜け出発である。  道はアスファルトで舗装された車道であったが、程なく高度を上げた辺りから紅葉が観られ、下ってきた登山者に聞くと紅葉はこの場所のみとのことである。 

 かなりの時間シャッターを切っていたので、先を急ぐこととする。 紅葉の場所を過ぎると正面に横津の観測所が見えてくるが、程なく途中に右へ曲がる袴腰岳への入口があった。 縦走登山の始まりである。 強い北風がやけに冷たく下界との違いを感じさせる。アンテナ施設から台地状の尾根を、心地よく刈り分けられた笹の刈り分け道を緩く下っていくと、最初の湿原となり、そこを半周して緩い起状を超えて降りきると笹原の中のオアシスに出る。 この時期は、もう過ぎ去った後だったがガンコウランやツルコケモモ・ミツバオウレン等が見られるそうだ。  湿原から緩い登りとなり烏帽子岳の分岐に出るが、烏帽子岳は台地状の一部(1078m)であって地形図には無いらしく山ではないのか。

烏帽子岳の急な斜面を降りきったコルは、ダケカンバの林となりはじめての木陰を見る。  コルは袴腰岳の急斜面高度差100m余りを登り切り、頂稜の奥にある頂上に着く。 

 袴腰岳(1108m)眺めは東西南北を見渡せる絶景であり、函館市街の函館山がひと際目立って見え、三森山や恵山振り返れば駒ヶ岳や横津岳が一望でき、登山の醍醐味を大いに感じ取れるところであった。  頂上で思わぬ出来事がありビックリする。  カメラのシャッターを切りまくっていたら、真黒な生き物がいきなり近づいてきたから、大慌てである。  熊かと、よく見たらなんと、小型の犬だった。 しっぽを振って喜んでいる。 程なく飼い主である登山者が上がってきた。  ホッと胸をなで下ろす一瞬であった。  彼はまだ30代ぐらいで里山の経歴を積んでいるようであり、次回は大千軒に行くとの事であった。 犬は熊避けで今回たまたま連れてきたとのこと、人懐こいかわいい犬だった。     自分の後ろに人がいると思うとなぜか安心できるからこれ不思議である。  それだけ体力が減少している証拠であろう。

黒犬を残し、来た道を引き返すが帰り道は早く、寄り道する余裕も出て、横津岳での遭難碑を見ることにする。 この場所で遭難したことを思うと、心切なくなった。  生きていれば風来人と同じぐらいのはずである。 12月の猛吹雪で遭難しらしいがこの方も多分あの山小屋に泊ったに違いない。50年前の自分と重なって見えた。

遠くに見えた横津岳へ行くことにするが、全て観測所の建物となっている為建物の周辺をウロツキ見渡す。 周りの木々は強風のため低木である。 ここも多分春になれば高山植物の群落が見られるのだろう。紅葉の見られた辺りで再び写真を撮っていたら先ほどの黒犬が帰ってきた。 またしっぽを振り大喜びで近づいてきたので、長い山岳道中歩き切ったことを誉めてやるつもりで、ギュッと抱きしめてやったら逆に自分の気持ちが癒された思いになった。 ありがとうクロちゃん。  車までの所要時間約4時間も掛かってしまった。、 写真を撮ってる時間が長かった分、長時間の行程となってしまったことは反省点である。 

今回は、その写真の無いのが心残りである。 次回この袴腰岳に行く時は、別ルートの登山口から登ってみたい。  それにしても一眼レフは重たかったナ。     以上  ,12-11-05  記載  


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