tabinokoのとはずかたり

ネットの辺境でひっそりと、自分の好きなこと ―観劇、旅行、アロマetc― について、つぶやきたいと思います。

ちぬの誓い

2014-04-19 10:43:53 | 観劇
 ザザー・・・ザブーン・・・という激しい波音がまだ脳裏に響いている。

 約2年ぶりの、義君主演のTSミュージカル『ちぬの誓い』。
 私は、前回の『眠れぬ雪獅子』を観て転げ落ちるように義君ファンになったので、TSミュージカルは思い出深い。
 TSはDVDを販売しない。
 だから、大好きな雪獅子も、記憶の中で反芻するしかない。

 この、『ちぬの誓い』もまた然り。
 いつか方針をかえてDVDを販売してほしいものだ。

 今回の物語は、大輪田泊(おおわだのとまり。現在の神戸港)を完成させよという清盛の命に命をかけた男たちの物語。
 武士の世を夢見た清盛にとって、福原に都を築き、宋国との貿易を行うためには大輪田泊の完成は欠かせない。
 清盛の壮大な夢に賛同した、見習い武士や水軍衆たち若者は、来る日も来る日も岩で海を埋め立て続ける。
 ところが『ちぬの海』(現在の大阪湾)の波は荒く、沈めた先から岩を流してしまう。
 それでも男たちは、決して夢をあきらめず挑み続ける。

 と、あらすじを書くと長く恰好よくなるが、結局は見習い武士が岩で海を埋め立てたというそれだけの話だ(出演者の誰かも言っていた)。
 だが、そこは我らがTS。
 この簡単なモチーフに、主人公不動丸の苦悩、陰陽師の思惑、渡来人の密かな援助、仲間の死等々、様々な人物のエピソードを絡め、感動的な物語に仕上げてしまうのだ。
 さすがだなと思う。
 思いつつ、実は8回観劇して2回も1幕途中で寝てしまった。
 年度末の果てしなく続く残業疲れは、容赦なくやや冗長な1幕で眠気を誘い、はっと気がつくと休憩時間だった。
 悔やんでも悔やみきれない。
 その分2幕の進行はテンポよく、細部はわからなくても、ラストはなぜか感動の涙が流れるというエネルギーがある。

 さて、おふざけ版感想を書いておこう。 
①『ババの誓い』―酒飲みは事前にひっかけておくべし―
 2回目に寝てしまった時、心底へこみながら、はっと気づいた。
 今まで、開幕前にコーヒーを飲んでいたが、私にとってコーヒーとは気分転換のために飲むもので、まったりしてしまって何の眠気覚ましにもならない。
 私の五感を研ぎ澄ませるもの・・・・・・酒だ!
 私は無類の酒好きである。
 飲むといつもヨロヨロの体がシャキーンとし、神経が研ぎ澄まされる。
 疲れた体にコーヒーを入れたら、よけい疲れが出て寝てしまうのも無理はないではないか。
 早速実行に移したところ、1幕から絶好調で起きていたことは言うまでもない。

②おっさんの存在感
 この作品には2名のおっさんが出演している。
 この場合のおっさんというのは、人生の酸いも甘いもかみつくしたダンディなナイス・ミドルのことであり、新橋あたりで頭にねじりはちまきをしてよろついているおっさんのことではない。
 あれは単なる『オヤジ』である。
 今拓哉さんと戸井勝海さん。
 お二方とも個性的かつ大人の魅力で、若者たちばかりの舞台のいいアクセントになっていた。
 今さんの冷酷な陰陽師は、奇天烈なメイクも衣装もすべて似合っていたし、歌唱力もさすが。
 一歩間違うとユーモラスになってしまうギリギリのところで演じているのに感心した。
 陰陽師という役柄上「星よ」という言葉が多く出てくるのだが、どうしてもレミゼのジャベールを思い出してしまって、「もう一度きーよ(今井清隆氏)バルジャンとの対決が観たい!」と何度思ったことか。
 あの2人の組み合わせが一番好きだった。
 戸井さんは初見だったが、渡来人の誇り、我が子たちを見守る温かさが感動的だっただけでなく、大輪田泊完成のキーパーソンとしての冷静さも含めてとても存在感があった。 
 これだから、おっさん好きはやめられない。

③藤岡くんのいいとこどり
  『ちぬの誓い』の宣伝で義君と出演したラジオ番組で「ミュージカルは隙間産業」なんて言って、自分の位置を自虐的に笑っていた藤岡くん。
 パンフレットをめくったら4番目に紹介されていて、まあそれなりにいい役なんだろうなとは思っていたが、実際にはセリフは多いわ、歌は多いわ、最後は涙を誘うたいへんおいしい役で、ちょっとオタク、スキマから入って主役級取ってくわけ?と問いたくなった。
 レミゼのマリウスなんて王子様的役もやっていたし、あの頃に比べると太ってしまって、ユーモラス路線に走ろうとしているのかなと、少し前に見た『ビューティフル・ゲーム』を観て思っていたが、何といっても歌唱力が群を抜いているし、容姿だってもう少しやせればまだまだ王子様をやれる。
 何しろあの歌唱力はミュージカル界が放ってはおかないだろう。

 と、長々とおふざけ感想を書いてきたが、ここで我らが義君に触れずにはいられない。
 もうすっかりミュージカルに溶け込んで、安心して観ていられるようになったと感慨深い。
 お腹から声を響かせているし、昔は微妙に揺れていた音程もしっかりとれるようになった。
 ビブラートはつけられないけれど、良知くんや藤岡くんのようなしっかりはっきりビブラート組に混じっても見劣りがしない声の良さと伸びやかさがあった。

 演技も、心配だったセリフが走ってしまう(つまりだんだん早口になる)癖もぬけて、20年後と20年前の演じ分けが上手かった。
 初登場シーンで、絵島の岩の頂で琵琶をつまびきながら「さーせー・・・」と始まる声が、地声より低く渋く、ちゃんと年代の演じ分けをしているんだと感心した。
 月の光を浴びて琵琶を一心不乱に弾く姿が壮絶に美しかった。
 若々しく普請に精を出す姿、陰陽師と仲間たちの間に立って苦悩する姿もまた然り。
 やはりこの人はどこからどう見ても美しいのだ。

 疲れた体を引きずって東京遠征2回、兵庫日帰り1回、8回観て一番印象に残ったことは、登場人物たちの生きざまもさることながら、人知を超えた自然の営みの冷酷なまでの大きさである。
 この物語では、どんなに人間が岩を沈めても、海はそれらを簡単に流してしまい、何事もなかったように荒れ狂う。
 昔、沖縄に行ったとき、エメラルド色に輝く穏やかな海を眺めながら、本当にここで50年前戦闘があって、この海が戦闘機や戦艦の残骸、人々の死体で埋め尽くされて濁ったんだろうかと不思議で仕方がなかった。
 つい数年前、海は突然津波となり、東北地方の多くを流し去った。
 自然は突然荒れ狂い、我々人間の命を奪うかと思えば、何事もなかったかのように穏やかに我々に恵みを与えてくれもする。
 それを思うたび、今でもあの『ちぬの誓い』のザザー・・・という波音が脳裏によみがえるのである

 
 

大雪騒動顛末記

2014-03-15 08:10:20 | 観劇
 もう1カ月も前になるが、忘れもしない2月14日、ヴァレンタイン・デイの大雪のことは当分(一生と言い切る自信はない(笑))忘れられないだろう。

 その日、私は仕事が休みだった。
 翌日の土曜日、業者の建物点検があるので、その代休を金曜日、つまりヴァレンタイン・デイに取ったのだ。
 そして、その日はDのバレンタインショーを観に行く予定にしていた。 
 
 ややこしくなるが、15日に建物点検が入らなければ、私は15日、16日の1泊2日でヴァレンタインショーを観る予定にしていたのだ。
 ところが、建物点検業者とこちらの都合のつく日が15日しかなかった。
 やりたくないけれど管財担当にされているし、何で他にも人がいっぱい来ているのに、鍵開け当番と業者の見張りだけのために出勤しなければならないんだろうか、仕事の遅い○○くんは、どうせ休日出勤してくるから代わってもらえないかなあなどとといろいろひどいことを考えつつ、泣く泣く15日マチネのチケットを譲ることにした。

 あまりいい席とはいえないそのチケットを、何と買って下さるという方が現れ、ちょうど14日もご覧になるということだったので、14日に会場でお渡しすることにした。
  14日の天気予報は大雪。
 でも、13日の名古屋はそんな気配すらみじんも感じない天気だったので、大雪といいつつ、2・3㎝積もる程度だろうとたかをくくって眠りについた。

   翌朝、カーテンを開けたら目に飛び込んできたのは一面の銀世界とぼたぼたと降り続ける雪。
  庭木の上なんて10㎝近く積もっている。
 うちに犬がいたら喜び転げ回り、そこらじゅうに魚拓ならぬ犬拓を作っていただろう。
……なんて悠長なことを考えている場合ではない。ー駄目だ!家から出られない!

 名古屋の外れにある我が家は、最寄り駅に出るのにバス、それから地下鉄を乗り継いで名古屋駅に出るか、タクシーしか交通機関がない。
  そして、雪の日はタクシーが来てくれないのだ。
   家から出られなければ、東京に行けるわけがないし、奇跡的に行けたとしても帰ってこられない。
  実は、深夜バスを予約しておいたが、万が一通行止めにでもなったら、私は、明日出勤できず、責任問題になる!

  即、チケットをお譲りする方にメールして、お詫びした。
  心配になって、携帯に留守電も残した。
  返信が来るまでの間、生きた心地がしなかった。
    せっかく楽しみにしていらしただろうに、穴を開けてしまって申し訳無い気持ちでいっぱいだった。

   幸いにも、無事連絡がついて、むしろ今日観られなくなった私のことを気遣ってくださり恐縮した。
  何ていい方だろう。一安心……しかけたところに驚愕の一文が飛び込んできた。
  「○○さんって、tabinokoさんじゃありませんか?あのグミやカイロチョッキの…」
  「あじゃぱー!!(昭和大死語)」
とまでは叫びはしなかったが、行きたくもないトイレへ行き、なぜか外の雪景色を見た。
  メールに、自分の見分け方として、オバチャンと書いたのと名古屋在住、たったこの2点でピンときたと仰るのだから、実はこの方はシャーロック・ホームズか明智小五郎か金田一少年かコナンくんなのではないだろうか。
  まさかバレる日が来るとは思わなかったから、世の中ワンダーランド。
  そんなあなたにこの歌を捧げます。
    ♪ゆきはふる~ あなたはこない~
  もし御存知でしたら同年代ですよ(笑)

 さて、14日を悶々と過ごし、翌朝8時に出勤して、建物中の扉の鍵を開けていたら、なんてと上司が出勤してきた。
  おい待て、ゴルァ、誰も出てこないと聞いていたから、私は責任感いっぱいで、雨の中朝早く出勤してきたのに、なんであんたがくるんじゃ~、われ。
  上司いわく、昨日の雪で業者がひびって、明日は中止にしてほしいと電話してきたそうな。
  こちらも無理矢理ひねり出した日程だからもう変更日がない、たとえ夜何時になろうともやってもらわなければ困るの押し問答を、本社をまきこんで延々と繰り広げたらしい。
 それを私に報告しにきた、業者が遅く来るかもしれないと言う。
 遅 く 来 る………
 途端に絶望的な気分になった。

  往生際の悪い私は、もし建物点検が早く済んで間にあったら、ソワレだけでも観たいと旅行の支度をしてきていたのだ。
 だから、普段はノーメークカオナシ顔にここぞと化粧をし、髪も念入りに巻いて、服も仕事の時には絶対着ないようなロングスカートをはいて、アクセサリーもばっちり……いかに執念深かったかおわかりいただけよう。

  ところが、何と業者が9時前にやってきた。
  扉を全部解錠しておいたので、空いている部屋からどんどんやってもらった。
  屋上点検にも立ち会った。
  どこそこの鍵が開いていないと言われれば、飛んで行って鍵をあけた。

 私の行いのよさを神がお認め下さったのだろう。
 15時半頃点検が終わった。
 私はすぐ家族に迎えに来てもらい、名古屋駅へ向かった。
 新幹線は16時24分。
  うーん、これだと間に合わないな。
 第2部からでも観られないかな。
 新幹線の中で走っても間に合うわけではないので、いつもどおり角ハイを飲んで、さらに落ち着かなかったので、ワインも飲んだ。
 多分、隣の席の若造は、よく飲むオバちゃんだと思ったことだろう。
 実際よく飲むんだから仕方がない。
  キミもこれから酒の味を覚えていくんだよ。
 
  東京駅に着いたのが、確か18時8分頃。
 タクシーも奇跡的に早くつかまえられて、大急ぎで博品館まで飛ばしてもらった。
 博品館に着いたのが18時40分頃。
 受付で、「今からでも入れますか。」と聞いたら、荷物を預かってくれて席まで案内してくれた。
 実は、手持ちのチケットの中で、その回がいちばんいい席だったのだ。
 入れてもらえて本当によかった。

 ちょうど類くんの歌の番だった。
 見られたのは、
 利ちゃんのフォッシー・ダンス
 TAKAちゃんのソロ
 新ちゃんのソロ
 皓ちゃんと愉快な仲間達(何かが違う)
だった。
 
 少し下手寄りの席だったけれど、ここがセンターかと思うくらいメンバーが飛び込んでくるので、大変いい思いができた。後悔なし!

 2部はノリノリのライブ。
 ダンスバトルは、西遊記。
 三蔵が類くんで、悟空が泰ちゃん、八戒が利ちゃん、悟浄が新ちゃん、仏様がTAKAちゃん、金角・銀角が義くん&皓ちゃん。
TAKAちゃんが、『Seaul Fantasy』で義くんが着た通称オモニのチマチョゴリを着ていた。
 身長が高くて細いから、義くんとはまた違った似合い方だった。きれいなお人形(大きいけど)のような感じ。義くんは、妖艶でお色気たっぷりだったから、こういうのも新鮮だった。
 それにしてもDは物持ちがいいなあ。
 美しく磨かれより強度が増したように見えたタライは見事にルイくんの後頭部にヒットした。
 類くんいわく、今日で「5タライ目」だったらしい。
 そして、シャンプーをしている時、味わったことのない感触を指先に感じるらしい。
 今年も楽しいダンスバトルだった。
 
 途中からだったけれど、美味しい席で大満足のソワレだった。(少し遅れてだけど)間に合わせてくださった神に感謝。

 明日は間に合わなかった義くんの花嫁姿と泰ちゃんの踊りを目が血走るほど見開いて観るぞ!(超後方席だし)
 と、意気込んで翌日劇場の椅子に座った私を待っていたのは、この2日間の騒動で疲れ果てた眠気だった。
 かろうじて義くんのダンスだけは観たが、あとは夢か現か。
 2部はその分ノったけれど、断然不完全燃焼である。

 7枚チケット買って、売ったのは3枚、パーになったのが2枚、観られたのが2枚。
 なぜ14日以外にも買ったかと言うと、いつ上司が「tabinokoさん、この日の代休認めないよ。」と言いだすかわからなかったから保険をかけたのである。
  基本的に土日祝しか休めない仕事に休日出勤が入った揚句、大雪が重なるとこういう目に遭うという痛い経験をした。

 今は、『DVDはよ!』という気分である。

VENUS IN FUR

2013-12-31 20:06:04 | 観劇
 実は稲垣吾郎ちゃんのこの舞台を観たのは、半年前の6月。
 それからずっと、blogを書こう書こうと思いつつ、その難しさに音を上げてとうとう2013年最後の日になってしまった。
 でも、この舞台はDVDにならない。
 この舞台から受けた衝撃をぜひ、今年最後の忘備録として書きとどめておこうと思う。
 

  舞台はがらんとした貸しスタジオ。
 外は大雨。
 劇作家で演出家のトーマス(ごろちゃん)が携帯電話でフィアンセに文句を並べ立てている。
 彼は、マゾッホ(ちなみにマゾヒストの生みの親)の小説『毛皮を着たヴィーナス』を脚色・演出し上演しようとしているが、何人オーディションをしても、ヴァンダ・フォン・ドゥナーエフ役の女優が見つからないのだ。
 今日も35人オーディションして、箸にも棒にもかからない女優ばかりを見てげっそり。30分前にオーディションは終了した。

 そこへ、超のつくほど高いハイヒールを履き、ずぶぬれのコートを着た若い女(中越典子さん)が現れる。
 「あたし、遅刻?やっぱ遅刻なんだ?ファック!最悪!」
 一見可愛らしいが、下品で、とても上流社会の婦人ヴァンダとは似ても似つかない女。
 女はオーディションをしてほしいとトーマスに懇願するが、何と名前が同じヴァンダ・ジョーダン、しかし、オーディションリストには載っていない。
 機関銃のように喋りまくり、スケスケの下品な白のドレスをトーマスの目の前で着替え、自己アピールをするヴァンダにうんざりするトーマスだったが、つい彼女のペースに乗せられ台本の読み合わせをすることにする。
 
 ところが、一歩役に入るとヴァンダは別人のように上流階級婦人に変貌する。
 『毛皮を着たヴィーナス』に登場する優雅な未亡人ヴァンダ・フォン・ドゥナーエフを演じるヴァンダ、彼女を愛し、その奴隷になることを切望する青年ゼヴェーリン・フォン・クジェムスキーの台詞を読むトーマス。
 予想外の演技に心をひかれたトーマスは、読み合わせの続行を提案する。
 時折、脚本と演出について熱く議論を交わしながら、2人は読み合わせを続けていく。

 そして、トーマスは気付く。
 彼女が渡していないはずの台本をすべて覚えていること、作品世界を完全に把握していること。
 彼女は何者なのか―?
 不審を抱きながらも、この不思議なオーディションはどんどん白熱していく。
 いつしか、2人は完全に作品世界に入り込み、立場が逆転していく。
 未亡人ヴァンダがクジェムスキーを支配するのと同様に、ヴァンダがトーマスを支配していく。
 空間は、台本の世界なのか現在なのか、どちらが本当の現実世界なのかわからなくなっていく。
 そして、最後、激しい稲妻が鳴り響く中、トーマスは叫ぶ。
 「私を縛ってください!」
 ヴァンダは白いストッキングでトーマスを柱に縛り付け、天空へ手を掲げて叫ぶ。
 「そして主は男を打ち、女の両手に委ねた!」―

 吾郎ちゃんと中越さんの2人芝居。
 凄まじい台詞の応酬。
 場面転換も、衣装チェンジもないただただ物語世界と現実のオーディションを行ったりきたりするだけの90分間。
 しかし、息詰まるだけでなく、現実シーンに戻ることで息が抜けるようにもなっている。
 それでも、私はいつしか2人の立場が逆転していく様子を息を飲んで観ていた。
 この謎の女ヴァンダという女性は現実の人間なのか、トーマスが作り出した幻なのか。
 結局わからないまま物語は終わる。
 観客は何とも言えない疑問に包まれたままだ。
 吾郎ちゃんは、一見神経質な劇作家からやがて自分の中に潜むマゾヒズムがどんどん引き出されていく表現がうまい。
 中越さんも、現実のエキセントリックなヴァンダと上流階級婦人でマゾヒストのヴァンダとの演じ分けが見事だ。

 マゾッホの小説『毛皮を着たヴィーナス』をめぐる物語ではあるが、劇中劇はいたって普通のシーンばかりで、まったくエロティシズムはない。
 後半、トーマスが劇中劇の中で、ソファに横たわるヴァンダに命じられブーツをはかせるシーン、ヴァンダがトーマスを柱に縛り付けるシーンが直接的なエロティシズムを表現していた程度だ。
 だが、物語全体にはヴァンダの正体の謎と相まって妖しさが漂う。

 この物語は翻訳劇で、オフ・ブロードウェイで好評を博し、オン・ブロードウェイへ進出し、トニー賞候補にもなったそうである。
 2人芝居の役者両者がバランスを保たないと成り立たない危うさを含んだ芝居。
 再演(は多分ないけれど)されたらまた観たいと思う。

ANYTHING GOES

2013-12-31 09:29:05 | 観劇
 今まで、DVDが販売される舞台はこれからDVDを観る方に余計な先入観を植え付けることを懸念して感想を書かないことにしていた。
 その代わり、DVDが販売されない舞台に関しては、自分の忘備録のために書きとめておくというルールを作っていた。

 さて、ENYTHING GOES。
 これが、全く忘備録にも何もなりゃしない。
 パンフレットを読み返すと、随分豪華な役者さんが大勢出ている。
 鹿賀丈史さん、瀬奈じゅんさん、大澄賢也さんに、保坂知寿さん、吉野圭吾さんetc.
 だが、私は、全く記憶がないのである。
 ストーリーも豪華客船の中で何やら結婚するだのしないだのどたばた劇が繰り広げられていた覚えがぼんやりあるが、内容をさっぱり覚えていない。

 なぜなら、そもそも観に行った目的が、利ちゃん(小寺利光氏)だったからである。
 利ちゃん「だけ」観ていたから、他が全く目に入ってこなかったのだ。
 利ちゃんは、何故かヨハネいう名前だが怪しい中国人。
 立場としては、名前はあるもののアンサンブルで、出番はそんなに多くないがちょこちょこ登場する。
 台詞も少ない。
 その台詞を言う時は何故か裏声で、「はい、神父さま。」(ものすごく可愛かった♡)、「~アルヨ」(中国人というとすぐ~アルヨ、~アルネだけど、そのうち中国からクレームがこないだろうか(笑))。おまけにラストはイチゴ模様のパンツ一丁。
 だが、何と2幕のオープニングに、もう1人のタップダンサーと2人だけでタップを踏む見せ場があったのだ。
 いつもDで格好よくタップを踏む利ちゃんには慣れているが、まさか帝劇のこんな大きな舞台で、2人だけでタップを踏む利ちゃんを観られるとは思ってもみなかった。
 本当に素敵だった。
 普段のダンスの時もそうだが、タップを踏む時の利ちゃんは、観客の心をつかむ術を知っている。
 動きから表情まで実に魅力的だ。
 私は、この場面だけで大満足し、ストーリーも何だかよくわからないけど大団円だったので「終わり良ければすべて良し!」と納得して終わった。

 こんな調子だから、いまだにストーリーが全くわからない。
こんな気持ちの悪いファンもいるのよ。ごめんね、利ちゃん。
 だが、いいのだ。
 利ちゃんの外部公演を以前から観たいて観たいと熱望していた私の念願が、今回やっとかなったのだから。
 利ちゃんはDの中で、最も器用だと思う。
 本業のタップだけではなく、コンテンポラリー、ジャズ、ヒップホップ、とにかく何でも踊りこなしてしまう。
 本人にとって、苦手な分野のダンスもあるのかもしれないが、そんなことを全く感じさせない。
 歌もDの中では(笑)上手い。地声が高めだから高音部までよくのびる歌声だ。
 もちろん芝居も上手いし、MCも軽快なトークでまとめてくれる。
 こんなに何でもできるのに、どうしてDの中で1人だけ、外部出演が極端に少ないのか不思議で仕方がなかった。
 外部公演すべてが必ずしもいいとは断言できないけれど、Dの舞台以外でも場数を踏むと、新たな魅力が身について存在感がぐっと増す。D以外の風を受けることで磨かれるのである。
 
 利ちゃん自身にあまり欲がないのかもしれないが、今後もぜひチャンスを逃さず外部公演でさらに魅力に磨きをかけてほしいと願う。

CHESS in Concert

2013-12-30 00:09:30 | 観劇
 私が観に行った日は偶然大阪大千秋楽。
 終演後のキャスト挨拶で、石井一孝さんが仰った言葉が深く印象に残っている。
 「これは、コンサートとミュージカルのギリギリのラインでやっている作品です。これ以上やりすぎるとミュージカルになってしまうんです。これはコンサートなんです。」
 
 今回は再演だというこの作品の予備知識を何も持たず、キャストの石井一孝さんとAKANE LIVさんのファンだというだけで観に行った作品。
 まるでミュージカルのような美しいセット。
 バレエダンサーまでいて、キャストの演技に動きがあって舞台のようだった。
 だから、始めは「CHESS in Concert」という題名のミュージカルだと思っていた。

 話が進むにつれ、キャストが歌い終わるたびに袖にはけていく形式に気がついて、これがコンサートだと知った。
 何よりも美しい音楽の数々が素晴らしい。
 オペラのような重厚な曲、讃美歌のように神聖に響く曲、ロック調のノリノリの曲etc.
 どの曲も、耳に心地よい。
 いつの間にか、私は、目を閉じ、クラッシックコンサートを聴く時のように暗闇の中で、流れてくる美しい音楽と役者たちの見事な歌声に身をゆだねていた。
 ストーリーは台詞を聞いていれば、理解できた。
 心地よい時間が流れていく。

 物語は、チェスを絡めた東西冷戦時代の重い内容。
 自由の国アメリカで、自由奔放な振る舞いをしながらも、実は世界チャンピオンであることに孤独を感じるフレディ。
 対戦相手は、のしかかる国の威信の重圧に苦しむアナトリー。
 フレディは対戦を放棄してしまい、アナトリーがチャンピオンとなる。
 そして、アナトリーは、祖国に妻子を残しながらも、フレディのセコンドをつとめるフローレンスと恋におちる。
 フローレンス自身も東側(ハンガリー)出身で、動乱で両親を亡くした身の上だ。
 アナトリーは亡命を決意する。

 ここまでが1幕で、マテ・カレラスさんが語り部役で登場していた。
 私は初めて拝見したが、『エリザベート』のトートで大変話題になった人だったので、オペラ的な朗々とした歌唱を期待していた。
 ところが、意外に軽い声だったので拍子抜けした。
 特に気になったのが高音になると喉を絞って歌うところだ。
 鶏の首を絞めているようではらはらした。
 何よりも、本人の懸命の努力は認めるが、日本語の発音がどうしても違和感があって浮いていた。
 ヨーロッパでその実力を高く評価された人とのことだが、言語体系の違いの壁は高いように思う。
 ヨーロッパ圏の人間が英語を会得するよりもはるかに、違和感のない日本語を会得することの方が難しいと思う。
 唇、舌、喉の使い方が全く違う。
 これからも日本で活動するようなので、ぜひ頑張っていただきたい。

 2幕は目が充血するくらい見開いて観た。
 何しろ、大好きなAKANE LIVさんがアナトリーの妻役で登場するのだ。
 当然、ソロもある。
 素晴らしい8頭身で相変わらず美しい。そして、高音のすごいこと。
 私は、安欄けいさんの幅広い歌唱力も大好きだが、AKANE LIVさんの美貌と音域の広さにメロメロなのだ。
 出番は少なかったが、大満足!
 ストーリーは、さらに重くなり、実はフローレンスの両親はシベリアで抑留されて生きており、アナトリーはソ連に帰還すれば、代わりにフローレンスの両親を解放するという条件をつきつけられる。
 それは、愛するフローレンスを救うことになるが、同時に永遠に別れなければならないこと。
 アナトリーは悩み抜き、結局チェス大会の連覇を果たすが、妻とともにソ連に帰国する。
 だが、残されたフローレンスに突きつけられたのは「君の両親は生きているかもしれないということだ―。」
 つまり、生きているか死んでいるかどちらの確証もないということ。ジ・エンド。

 何ともむごい結末で、観終わった後、決してふわふわと幸せな気分になれるストーリーではなかった。何とも言えない重苦しさが胸に残った。
 だが、とにかく音楽の美しさと、役者の歌、演技には圧倒された。
 役者全員が話していたが、この心地よい音楽が実はものすごく難しい曲の数々らしい。一見耳にすんなり入ってくるが、リズム、転調等が実に細かくて大変な難曲ぞろいだったらしい。
 それでも、安欄けいさんの自在に声をあやつる実力には圧倒されたし、石井一孝さんの相変わらずの中~高音部の声の伸びの素晴らしさには胸がすかっとした。
 中川晃教くんにはこれからのミュージカル界を牽引していく可能性を感じたし、アンサンブルの皆さんの誰ひとりとして見劣りする人がいない、実に実力派ぞろいの質のいいコンサートだった。

 コンサートでこの質の高さだったのだから、ミュージカル化されたら、どれだけ多くの人々が熱狂することだろう。
 とにかく音楽の質の高さに圧倒されたコンサートだった。
 再演されたら、ぜひまた行きたいと思う。