![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/1c/acc895bef556c47d6bfa6cb8efb7d5c8.jpg)
今から20年以上前の1988年、オリエント急行が来日。
そのインパクトは大きく、鉄道マニア以外の一般の方も、沿線でカメラを構える姿が見られました。
当時、私は高校生で、地元の常磐線を走る姿を見ることもできましたが、滅多に無い機会なので1両1両じっくり見たいと思い、451系の下り各駅停車に揺られながら、仙台駅に向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/0f/75daac1241e0a144407d443041465909.jpg)
牽引機ED75 711が機回し中。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/6e/ecec5726add5144d5c6cee5ef4e74fdd.jpg)
オリエント急行の象徴とも言える、ワゴン・リの紋章。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/30/bf5411ee0f4f8ff0f094cd6bf741b6c0.jpg)
寝台車同士の連結面。日本の車輌と連結器が異なるのはもちろん、貫通幌が長い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/b7/5365680fc3341088cac11f036b579796.jpg)
オリエント急行のプルマンカーは幾つか種類があるなか、来日したのはコートダジュールタイプ。
日本国内運行時の台車は、廃車になった旧客スハ43系のものを改造して使用。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/ec/89a4a16cc087674b3cb91a139cc00829.jpg)
No.3551 LXタイプ寝台車。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/11/6bfcaf9bfec2ee9032372be26c25d2d1.jpg)
No.4158 プルマンカー。この車輌は現在、箱根ラリック美術館で展示されているそうです。
ぜひ行ってみたいな。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/ff/a70b629adb5b8b09f1e5987ec5242387.jpg)
No.1286 荷物車。他の車輌が英語やフランス語標記が多いなか、ドイツ語GEPACK(荷物)標記が珍しいかも。
屋根上のキューポラは、JR線の建築限界に収まるよう、小ぶりなものを製作し、オリジナルと交換されました。
当時はバブル絶頂期、「カネ」の力で何でもできた時代。今では考えられないことでしょうね。
そのインパクトは大きく、鉄道マニア以外の一般の方も、沿線でカメラを構える姿が見られました。
当時、私は高校生で、地元の常磐線を走る姿を見ることもできましたが、滅多に無い機会なので1両1両じっくり見たいと思い、451系の下り各駅停車に揺られながら、仙台駅に向かいました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/0f/75daac1241e0a144407d443041465909.jpg)
牽引機ED75 711が機回し中。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/6e/ecec5726add5144d5c6cee5ef4e74fdd.jpg)
オリエント急行の象徴とも言える、ワゴン・リの紋章。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/30/bf5411ee0f4f8ff0f094cd6bf741b6c0.jpg)
寝台車同士の連結面。日本の車輌と連結器が異なるのはもちろん、貫通幌が長い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/b7/5365680fc3341088cac11f036b579796.jpg)
オリエント急行のプルマンカーは幾つか種類があるなか、来日したのはコートダジュールタイプ。
日本国内運行時の台車は、廃車になった旧客スハ43系のものを改造して使用。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/ec/89a4a16cc087674b3cb91a139cc00829.jpg)
No.3551 LXタイプ寝台車。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/11/6bfcaf9bfec2ee9032372be26c25d2d1.jpg)
No.4158 プルマンカー。この車輌は現在、箱根ラリック美術館で展示されているそうです。
ぜひ行ってみたいな。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/ff/a70b629adb5b8b09f1e5987ec5242387.jpg)
No.1286 荷物車。他の車輌が英語やフランス語標記が多いなか、ドイツ語GEPACK(荷物)標記が珍しいかも。
屋根上のキューポラは、JR線の建築限界に収まるよう、小ぶりなものを製作し、オリジナルと交換されました。
当時はバブル絶頂期、「カネ」の力で何でもできた時代。今では考えられないことでしょうね。
こんなこともあったんですね。全然知りませんでした。20年前であれば金はなくても暇とバイクはあるぞ!の世界でしたのでもっと鉄道に深い興味があればどこまでも行けたんでが・・
良いものを拝見させていただきました。ありがとうございます。
撮影もしたはずなんですが、…
写真もネガも、探しても見つからないんです…orz
その後も、上野・上越北陸線経由・大阪行きとして、半年くらい走ったでしょうか?列車が上野に戻ってくるのを一両づつ撮影しました。
バブルで、日本中が湧きかえっていた時代でしたね。
いえ、下手な写真で恐縮です。
当時社会人だったら、ツアーに参加し、その乗り心地を味わってみたかったですが、高校生には撮影するのが精一杯でした。
茉奈佳奈さま:
私も悔やまれるのは、こんな写真しか撮っておらず、走行写真を撮影しなかったことです。
ひろんぱさま:
私も同じ列車に乗っていて、平駅で見たような。
学校をサボって、撮影しておけば良かった・・・
工房5丁目さま:
そういえば、498復活はこのときでしたね!
本でしか見たこと無い車輌を目の前で見れたことは感激でしたが、石炭レンジの煙で薄汚れたワゴンリより、ナハネフ23改の控車のほうが綺麗に見えたのはご愛敬ですね。
宝くじが当たったら、ヨーロッパまで乗りに行きたいです。
車内を見学したかったですが、事前の見学会のハガキ抽選に当たらなかった…。
常磐線でも75の重連で走ってましたね。
貨物列車よりも重い編成だ、って運転士さんが言っていたのを思い出しました。
当時は大きなニュースで、主催者であるフジテレビ系でも特集番組が盛んに放映されてて、けっこうビデオに取ってあるはず。
そういえば来日記念イベントで長嶋茂雄が記念の挨拶をしていたのが謎なんですけど…。
屋根上のキューポラは、他の車に付いていたオリジナルを見た関係者が気に入って作らせたイミテーションだったかと(w
国内では夜行列車そのものが絶滅しそうですが、
本家のオリエント急行も2009年に定期列車はなくなったと聞いています。
合掌
ニアミスしていたのですね。
私も抽選に外れ、せめて近くで見たいと思い、行ってきました。
ワゴンリは確かに重そうですね。
スハ43の台車のバネもそのままでは沈んでしまうので、バネ定数の大きなものに取り替えられたとか・・・
定期のオリエント急行は廃止されたのですか、残念!
でも、定期が廃止ということは、まだ臨時便はあるのかも?