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『夜明けにさらって!』[著]祐咲 青☆近日発売!!

2009年10月08日 11時26分38秒 | 近刊情報
『アイラブマイヒーロー』を連載中の
祐咲 青さんの、『夜明けにさらって!』が、いよいよ発売されます。

◇◇◇

 午前二時を疾うに過ぎた頃、ようやく残っていた最後の仕事を終え、この場所に一人立っていた。
 低気圧の影響で、昼前から激しく吹き荒れている風が、半年前彼に買って貰った、カシミヤ五十パーセントのコートを巻き上げる。それでも、指先以外には不思議と冷たさを感じることもなく、私はただ、まるで他人事のように天気の悪さを傍観していた。
 深夜から明け方にかけて雪を伴うだろうと言っていた天気予報は的中し、真っ黒な空から、小さな点の白い雪が、暴れるように吹き降りて来る。しばらくそれを眺めていても、私の視線は、すぐに下へ向けられた。
 少しだけ湿ったアスファルト道路が、街路灯のオレンジに点々と照らされている。そんな代わり映えのしない夜の風景を、ただこうして真上から見下ろし続けているだけ。
 考えることと言えば、世界には、マッチを売り続け死んでしまった少女もいるのだからとか、そんな事。
 時折、広げた二つの手のひらを口の前でやんわりと丸め、そこに重く生温い息を吐きかける。
 
 いっそ、この柵を乗り越え、ここからひと思いにダイブしてしまえば、きっと楽になれる。
 真下のアスファルトに思い切り叩き付けられ、即死。
 でも万が一、運悪く死ぬことが出来なかったら…

 ……嫌だ、私に死ぬ勇気などない。
 面倒な事に巻き込まれるのも、痛いのや恐いのも嫌。

 どうして、こんな事になってしまったのか。
『婚約が破談になっても、戸籍は綺麗なままだから』
 そう言って、母は私を慰めてくれた。
 確かに、母の言うとおり戸籍は綺麗なままかもしれないが、私の存在そのものに、大きな大きな「×」印をつけられた気がしてならない。
 現にこうして、彼の言葉が頭から消えず、一日中ぐるぐると回り続けている。
 その時が来るまで私は、とても幸せな女たちの中の一人だった。

 十二月、クリスマス前の最も華やかなシーズン。
 私は、半年前から付き合い始めた彼との結婚が決まり、最高の幸せを手に入れようとしていた。
 彼は、私と同じ建築業界で働く、俗に言うエリートサラリーマン。
 見た目にも申し分なく、性格は、穏やかで優しくて、私には勿体ない程の男性だった。
 本当に、大袈裟ではなく、すでに三十を越えている私に訪れた、人生最後のチャンスと言っても決して過言ではなかった。
 ところが不幸は、何の前触れもなくやって来る。
 不規則で、残業が多い仕事の合間を縫って、更に睡眠時間を削り、彼との結婚式へ向け、急ピッチで招待客のリストを作り始めた夜のこと、仕事を終えた彼から電話で呼び出され、私は近所のファミレスへ向かった。
『どうしたの? 部屋に来れば良かったのに』
『うん…』
 最初、浮かない顔の彼を見て、きっと仕事が大変なのだろうと心配した。
 ところが、彼の口から出てきた言葉は、私の脳天に「鉄アレイ」クラスの衝撃を与えた。
『僕さ、君以外に結婚したい人がいるんだ』
『……は?』
『君のことは嫌いじゃない。今どきにしては礼儀正しいし、料理も…決して得意とは言えないけど、努力しているのも知っている。顔だって悪くないと思う。いや、むしろ可愛い方だと思うよ、それなりに』
『…………』
 私は正直、この事態を上手くのみ込めずにいた。
 魚の骨なんて生温い物ではない、それこそ、落とされた「鉄アレイ」を丸のみにしたくらい消化出来ない。
『ちょっと待って、そんな、だって、そんなこと今まで一度も…』
『うん、言えなかった。君はいつも忙しかったし、僕も忙しかった。だけど、やっぱり僕が結婚したいのは君じゃないって、今、やっと言えた』
『何よ、それ…』
 出来るなら、そう言う事は婚約する前に言って欲しかった。
 それに、そんな事なら何も、わざわざ式場までおさえなくてもよかったじゃないか。
 いくら自分のことで精一杯だったとしても、配慮の欠片《かけら》も感じられない…
 聞けば、彼が結婚したい別の女性というのは、彼よりも六つ年上で、離婚歴が三回と子どもが四人。
 そんな事情のせいで、私よりも付き合いは長いのに、どうしてもその女性と結婚したいと、彼のご両親に言い出せなかったらしい。
 そこで、たまたま縁があって紹介された私と、はずみで結婚の約束をしてしまった。つまり私はずっと二股で、最終的には、こうして捨てられる方の女だったワケだ。
『悪い、そう言うことだから、指輪返してくれる?』
『……はっ?』
『指輪、返して』
『…………』


 ……ああ、また起きたまま悪夢を見てしまったような不思議体験。
 今思えば、おかしな事は他にもたくさんあった。
『僕と付き合っていることは、友だちにも内緒にして欲しい』とか『会社の人には知られてないよね?』とか、いつも聞かれていた。
 その為、結婚の話を知っているのは本当に少ない。それは、不幸中の幸いと言えるのかもしれないが、こうなってしまった後、一番の親友にそのことを話したら『まるで結婚詐欺だね』と言われた。
 それでも、金銭的被害を伴う詐欺行為に遭ったワケではなく、戸籍に傷が付いたワケでもないから、怒りのぶつけ場所が何処にもない。

 ……もう、どうだっていい。
 頭の中では、本当にそう思っているのに、気付けば、不本意な涙と、堪えきれない嗚咽が漏れてしまう。
 何よりも情けないのは、全く男を見る目が無かった自分自身だと言うのに。
「ウッ、ウ…… ぅ…」
 止められないなら、止めるのを諦めよう。どうせ、誰に聞かれる訳でもない。
 私は一頻《ひとしき》り我が身の不幸を呪い、哀しみを垂れ流した。

 ……もう忘れる。何もかも。
 涙は綺麗に拭い去り、その場所にため息を捨てて振り返った。
 いつまでも泣いている暇はない。私には、明日も山ほど仕事がある。
 屋上と階段を隔てた扉のノブを外側から回すと、鉄製の扉が内側から勢いよく開いた。

 ……ガチャン。
 その瞬間、風のように現れた黒い人影に驚き、私はお尻から倒れ込んだ。
「キャッ!」
「……?」
「ちょっと、誰!」
 こんな時間に屋上へ来る人間なんて、私と同じ自殺志願者か、泥棒くらいのものだろう。
 しかし、まだ灯りの点いているビルへ盗みに入る泥棒が居るだろうか。
 そうなると、残るは前者ということになる。
「痛たたた…はあ、そんなに焦って自殺しなくてもいいのに…」
「……自殺?」
 ここからの自殺志願者がまた一人増えたようだ。
 仕方がない、今夜は譲ってあげる。
「あなたも残業? 仕事に行き詰まったの?」
「?」
 気を利かせて話しかけているのに、その人は無様に倒れ込んでいる私を助けるでもなく、黙って見下すように立っていた。
「何よ…見てないで手を貸してよ。怪我でもしていたらどうしてくれるの? 簡単に労災なんか下りないんだから…」
 言いたいことを言い終え、もう一度じっくり見上げると、その人の出で立ちに妙な違和感を覚えた。
 黒のニット帽を被り、タートルネックを口元まで引き上げ、わざと顔を隠しているようにも見える。
「あなた誰? どこの部署?」
 後輩? 先輩だっけ? 上司には見えないけど。
 私も、ここに勤めて随分長い。
 何より、社員数五十名前後の会社で、全く知らない顔など居るはずがない。
 こんな夜中に、見覚えのない男が、こんな格好で、こんな場所へ慌てて来る…
 えっ? まさか、後者の方?
「も、もしかして、泥棒とか言わないでよね…」
「ふっ……確かにこの格好じゃ、サンタクロースとは言えないよな」
「は?」
「死ぬつもりだったのに、怪我はしたくなかったか。治療代も馬鹿にならないからな」
「な、死ぬつもりなんてない! あなたこそ、泥棒なのか、自殺なのか、ハッキリしてくれる?」
 男は、笑いを噛み殺したような顔で、私に手を差し出した。
「……ほら、何時までも泣くな」
「え?」
「手を貸せって言うから貸してやる。ほら…」
 傲慢なのか、親切なのか分からない男の態度と、ひょっとしたら泥棒なのかもしれないと思う私の気持ちが、その男の手を掴む事を躊躇《ためら》っていると、男は遠慮無く私の手を掴んで、強引に引き上げた。
「あ、ちょっと!」
「お前と遊んでいる暇はないんだ。自殺の邪魔をして悪かったな」
「だから、私は自殺なんか…ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
 黒ずくめの男は、そのまま走って柵を飛び越え、あっと言う間に屋上から飛び降りた。
「嘘! と、飛び降りちゃったの!? ちょっとくらい躊躇いなさいよ!」
 私は慌てて大声を上げ、男が乗り越えた柵の場所まで走った。
 下を見下ろすと、まるで黒猫みたいな影が、隣接するビルの屋上へ見事に着地、暗闇に消えて行った。
「あり得ない…」
 ここからあのビルの屋上まで何メートルあるだろう。高さがある分、幅が広く感じるだけかもしれないけど、助走も無しにこれを飛び越すなんて、命知らずもいいところ。やっぱり後者か。

 ……いや、この際どっちでも構わない。
 とにかく見なかったことにしよう。面倒に巻き込まれるのはゴメンだ。
 彼が泥棒だろうと、そうでなかろうと、私の知ったことではない。

 ………カンカンカン!
 ところが、面倒な事が再び階段を駆け上がって来る音がする。

 ……えっ! また? 今度は誰?
 オロオロするばかりの私は、隠れる暇もなく、駆け上がって来た男たちに見つかってしまった。
「居たぞ! 捕まえろ!」

(『夜明けにさらって!』[著]祐咲 青より)


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